手を差し出す方法
「では、ここで」
「ええ。また後でね、レイア」
崩れた城壁を上った所で、レイアとスピカは一旦別れる事となった。
レイアはそのまま住宅地の方へ。スピカはかつて魔女が支配していた城が見える所に移動する。
そこで上着の内ポケットから紫色の小さなクリスタルを取り出すと、上に掲げる。すると、すぐ近くで空中に煙が出現した。
「クポポ!」
1つの鳴き声と共に現れたのは、一匹のモーグリだ。
モーグリはキョロキョロと首を動かし、スピカを見つけた途端に勢いよく胸の中に飛び込んだ。
「闇の女王、やっと呼び出してくれたクポね! モグは心配したクポー!!」
「心配かけてごめんなさい。そっちはどう?」
震えながら抱き着くモーグリに、スピカは優しく頭を撫でて話を続ける。
「どうなんてもんじゃないクポ! 皆女王がいなくなって大騒ぎの大混乱クポ! 今だってモグのモーグリ同士のネットワークを使ってこっちの世界にいる女王を虱潰しに探せとか、あの『ぞっこんメイド』が無茶を言ってくるクポ!」
「彼女ね…とにかく、私はこうして無事だし、すぐにそっち戻るから皆に伝えて。でね、一つ頼みがあるの」
「頼みクポ?」
スピカは頷くと、モグを撫でていた手を放す。
別のポケットから宛名の無い黒い封筒を取り出すと、モグに差し出した。
「この手紙を、老師様に渡して頂戴。出来るだけ早急に」
「…分かったクポ。他でもない女王の頼み、ちゃんと届るクポ!」
「ありがとう。よろしくね、モグ」
お礼を言ってから手紙を渡すと、モーグリはすぐに出てきたのと同じように煙に包まれてその場から姿を消した。
「さて――これからどうしましょう」
見送った後にやる事も終えてしまい、これからの事を考える。
その時、背後で足音が聞こえる。つい癖で警戒して振り返ると、一人の人物がいた。
「あなたは…!」
商店街の近くにある、住宅地に繋がる階段。
その中間ぐらいの場所で、リクとカイリが不満げに睨んでいる。
視線の矛先は、うんざりと肩を落としているソラだ。
「で、本当に何もないんだな?」
「何もないって!」
「嘘だったら承知しないわよ?」
「もー、リクもカイリも心配し過ぎ! ちょっと階段で躓いただけだろ!? 俺はこの通り平気だからー!」
両手を広げ、元気いっぱいとアピールをしてみせる。そんなソラの様子を、ヴェンは苦笑ながら眺めていた。
忘れがちになりそうだが、つい最近までソラは闇の世界で過ごしていたのだ。ちょっとした事でも二人が心配するのも当然だろう。
とは言え、ここまでくるとどうしてかソラを庇いたくなる。
「まあまあ。ソラもこう言ってるんだし、あっちで色んな人がちゃんと助けてくれたんだしさ。信じてあげなよ」
「ヴェン、ありがと〜!」
助け舟を出すなり、ソラは笑顔でお礼を言う。二人も言い過ぎたのを感じ取ったようで、それ以上は何も言わなかった。
「それじゃ、本題戻そう。商店街まで来たけど、掃除が終わるまでどうやって時間潰す?」
「それなんだけど、まずはみんなでお買い物しない? オパールの家とか家具が少なくて殺風景だったでしょ。少しは小物とか置いて華やかにしたいなって」
自分達が泊まる家の事を思っての考えだが、リクは一つの問題を指摘する。
「カイリ。本人の許可なくそう言う事を決めていいのか?」
「安心なさい、もう許可は取ってあるわ!」
「抜かりないな…」
いつの間に、とも言いたかったがオパールの事だ。返事1つで了承したに違いない。
こうしてワイワイと話をしている四人。その下の方から、ソラ達と同じように商店街に向かうルキルとウィドがやってくる。
「………」
ソラ達を見つけた途端、ルキルは足を止めて居心地が悪そうに視線を逸らす。
そのまま踵を返した所で、ウィドが上の四人に向かって声をかけた。
「皆さん、集まって何か相談事ですか?」
「あ、ウィド。それとルキルも」
「皆で買い物しようって思って」
ソラが二人に気づいて声をかけると、カイリも問いに答える。
「そうですか。良ければ、私達も一緒にいいでしょうか?」
「私達?」
「ええ。私と」
そうリクに言いながら、ウィドは腕を伸ばして。
「ぐえっ!」
下に降りようとしたルキルの襟首をつかみ上げて引っ張った。
「ルキルも」
「せ、先生…!?」
ニコニコと笑うウィドに、ルキルは抵抗出来ずに固まってしまう。
そんなルキルの心情などお構いなしに、ソラは真っ先に頷いた。
「うん! 人数は多い方が楽しいしな!」
「俺も賛成!」
「私も! ルキルとちゃんと話をした事もなかったし!」
「決まりですね。では、行きましょうか」
ヴェンとカイリも乗り気なのを見て、ウィドはルキルをはんば引き摺るように階段を上って行った。
「うーん、これとか?」
「こっちの方がいいんじゃないか?」
「ソラは形が微妙だし、ヴェンは色がダサイよ。もっと華やかなのを選ばないと…」
早速雑貨屋を見つけたソラ達は、家に飾る商品を物色する。
女子であるカイリの目利きによってソラとヴェンの選んだ物が次々と一蹴されていく。その横では、ウィドはルキルとリクと共に商品を選んでいた。
「ルキル、この小物入れですがどう思いますか?」
「え、えーと…俺には、その…よく、分からない」
「ふむ。リクはどう思います?」
「…悪い、俺にもよく分からない」
似たような答えを返す二人は、どこかぎこちない。
ウィドは敢えて二人の傍を離れて、選んだ商品を手にしてソラ達の所へ向かった。
「「………」」
残された二人は互いに困ったように目を合わせては逸らし、また視線がぶつかったと思えば逸らす。
同じ顔故に一見すると奇妙な行動に映るそれは、当然ソラ達も目にしていた。
「…なに、あそこの空気?」
「ウィド、いいの?」
気まずい空気にヴェンがチラチラと気にすると、カイリもどうにかしようとウィドに耳打ちする。
しかし、ウィドは決して二人を見ようとせずに商品に目を移したままだ。
「いいんですよ。ほおって置いて」
「でも…」
「ルキルはあなた達への接し方が分かってないだけ。それをリクも感じてはいるけど、手助けのやり方に戸惑っているだけなんです。言い換えれば、それさえ分かってしまえばすぐに仲良くなりますよ」
あの二人、似た者同士ですから。最後にそう付け加えると、目ぼしい物を見つけたのか白くて細いシンプルな花瓶を手に取る。
見捨てているのではなく、ウィドなりにちゃんと二人の事を考えてくれている。それが分かり、三人は思わず笑みが零れてしまう。
笑い声が聞こえて不思議そうに振り向くウィド。すると、ソラは笑いながら両手を頭の後ろに回した。
「…ウィド、変わったよな」
「え?」
突然の事にウィドが首を傾げると、ヴェンとカイリも納得したように頷く。
「クウを憎んでた頃もそうだけど、学者モードの時とかしか知らなかったから」
「私達ようやく、ウィドの素を見れた気がする」
「前者はともかく、後者はどう言う意味だ?」
「「「ごめんなさいっ!!!」」」
スッと音もなく垂直に構えた分厚い本に、三人は即座に謝る。
一方、リクとルキルは彼らの騒ぎに気付いて同時に近づこうとした為に足を止めて、踏み出した一歩を引いた。そして、相手の動きを伺って視線を向ける。
「…助けないのか?」
「そっちそこ…」
一言で会話は終わってしまい、再び沈黙が過ぎる。
「大体お前達は考古学の素晴らしさを分かっていない!! 私がコロシアムで丸一日かけて説明した事を、ソラ!! 答えてみろ!!」
「ええー!! 俺半分くらい寝てて何も覚えてな「ばっかもーーーーーーーん!!!」あいだぁ!!?」
どこぞの雷親父のお叱りと共に、知識の鉄槌(辞典)がソラの頭に下された。バコォンと言う音と共に、ソラは頭を押えて上げようとしない。相当痛かったようだ。
リクが冷静に分析していると、ガミガミと叱るようにウィドは本格的に学者モードとなってソラ、カイリ、ヴェンを対象に考古学講座を始めてしまった。
「……来い、リク」
「お、おい…」
「ああなった先生は止まらない。巻き込まれたいか?」
虚ろな目で忠告するルキルに、リクは何も言わず一緒に立ち去る。背後で行かないでと引き止めたり、裏切り者とかの声が聞こえるが無視する。戦闘ならともかく、こんな馬鹿げた騒ぎならば友の絆より身の保証を優先して当然だ。
学者モードで騒がしくなった店内を後にして、少し歩いた所の広場まで二人は差し掛かった。
「さて。先生の気が晴れるまでどうするか……って、どこに行くんだ?」
急にリクが別の店に行くので、ルキルが後を追う。着いたのは、食材や飲み物を売っている露店だった。
「このジュース3つくれ」
「ジュース?」
「ソラ達を犠牲にして逃げたんだ。お詫びの品くらい用意しないと、恨み言吐くぞ。特にカイリは怖いからな」
説明しながら、店主にお金を払って袋に入ったジュースを受け取るリク。
そうして店から離れようとしたが、ルキルは動こうとせずに何かを考えていた。
「お詫びの品、か…」
「ああ。…何なら探してみるか? ソラ達と話すキッカケにはなるだろう」
「べ、別にそんな事考えてない!」
否定しつつも、顔を赤くして反論するルキル。
態度でバレバレで微笑ましいが、如何せん自分と同じ顔なだけに複雑な気持ちになってしまう。だが、これで少しはルキルもソラ達との距離を縮められるはずだ。和解して共に行動する今は、仲良くなってくれるとこちらとしても嬉しい。
探しに行こうと声をかけようとしたが、彼は店の中の食材を物色し始めた。
「ルキル?」
「これと、これで…それから余った食材を…残りはアレンジして…」
考え込みながらブツブツと呟き、ルキルは食材を吟味している。
何をしたがっているのか何となく理解していると、ルキルは若干不機嫌そうにこちらを振り返った。
「おい、リク…荷物持ち、手伝え」
「は? まさかお前、料理するのか?」
「…悪いか?」
「悪くは、ないが…出来るのか?」
「…心配なら見てればいい。どうせあいつの家に泊まるんだ、誰かが料理作らないと困るだろ」
それだけ言うと、ルキルは食材を次々と備え付けの籠へと放り込んでいく。
完全に作る気になったルキルを止める事はどうにも出来ず、リクは内心不安になってしまった。
皆と別れた後、ツバサは1人城壁の上に座り込んでシーソルトアイスを食べていた。
「久々だなぁ、このアイス」
投げ出した足をプラプラと動かし、シャクリと一口齧る。
この世界にも売ってあるとは思いもしなくて、ついつい買ってしまった。
いつもと同じ、甘くてしょっぱい冷たいアイス。世界が違っても…この身が変わってしまっても、この味は変わらない。
「お兄ちゃんと一緒に食べれたらなぁ…」
そんな事を考えて、すぐに首を振って思考を追い出す。
兄であるシャオはもういないし、再び成り代わる気もない。自分は『ツバサ』として歩むと決めたのだから。
「ツバサ」
半分以上食べた所で、城壁の下から呼ばれる。
背中を逸らして顔を向けると、スピカが手を振っていた。
「スピカさーん、どうしたのー?」
「ちょっと聞きたい事があって」
「聞きたい事ー?」
訊き返すと、スピカは答える前に跳躍する。
軽い足取りで城壁の上へと到着すると、ツバサの隣に近付いて顔を覗き込む様に屈んだ。
「あなた――“リズ”って子を知っているのよね? 少し、付き合って欲しい所があるの」
そう言ったスピカの手には、一枚の切符が握られていた…。