開闢の宴・外伝『対極の想い』
大事な家族。大事な恋人。
姉として、恋人して…短い時間の中で彼女が分け与えた愛情は、同じなようで全く違う。
それでも共に過ごして大きな愛情を貰った彼らは、同じ想いを持っている。
守りたい。失いたくない。別れの時に感じた悲しみと苦しみを知っているから…。
巨大な城のすぐ傍に建てられた、神殿の形をした修練場。
そこで双剣を使いこなす為に、迫りくる刃と共に必死で両手に握られたキーブレードを振るっているクウの姿があった。
「ぐわぁ!?」
甲高い音が響くと共に、クウが地面へと倒れ込む。
離れた場所にいた指導係のウラドが軽く腕を組むと、今の戦い方の感想を述べた。
「ふむ…始めた時より大分上達はしたが、まだ構えの型が仕上がっていない。今度は自分に合った構え方を探して戦ってみろ。と、言いたいが…」
助言の口を止めるなり、ウラドはチラリと横目を向ける。
そこには、クウの他にも修行の相手になっていた神月、紗那、オルガが大量の汗や激しい息切れをしながら床にへたり込んでいた。
「もうダメだ……さすがに、疲れる…」
「私も…」
「俺もちょっと…」
「少し、休憩…」
三人に続き、クウもだらしなく床に寝そべって休憩を申し出る。
自分がここに来て一時間は経っている。その前から特訓をしているクウ達の事を考えると、そろそろ身体も限界だろう。
「仕方ないな…」
このウラドの言葉をキッカケに、四人は一旦休憩を取る事にする。
ウラドと一緒に修行していた広間を離れて隅の方に移動して腰を下ろすと、アーファが飲み物を持ってきた。
「皆お疲れさま、はいこれ!」
労わる様に声をかけると、一人一人にジュースを手渡すアーファ。
激しく動いた事で水分の抜けきった身体となった四人にはありがたい品で、すぐに口に含んで飲み出した。
「くぅー! うめー!」
「まるで子供だな」
「神月、そう言わないの」
一気にジュースを飲み干して口元を拭うクウに神月が率直な感想を入れると、紗那が苦笑を浮かべる。
それぞれ修行の合間に訪れた休憩を楽しんでいると、一人の女性が近づいてきた。
「頑張っているようだな、お前達」
「毘羯羅さん!」
紗那が声をかけると、毘羯羅は静かに微笑む。
直後、神月達の間で黒い何かが通り過ぎた。
「初めまして、麗しき貴婦人。俺はクウと言う者で――」
即座に毘羯羅の前に立つなり、何時ものように口説き始めるクウ。
そうして目を合わせた瞬間、首元に冷たい何かが当たる。
恐る恐る目を向けると、毘羯羅が鞘に納めた刀を首元に当てていた。
「口説くのは構わんが、一瞬で首が吹っ飛ぶぞ?」
「スミマセンデシタ…ッ!!」
「師匠にナンパとは…さすがはイリアドゥスに手を出しただけの事はあるな」
一種の毘羯羅の脅しにどうにか片言でクウが謝ると、呆れた声が返って来る。
見ると、半目になって脅されるクウを眺める刃沙羅がいた。
「刃沙羅も来たのか」
神月が刃沙羅に気付くと、彼は一つ頷いて全員を見回した。
「特訓の成果はそれなりに出ているようだな。それでいて、お前らの鍛錬になっている。ちゃんと互いに成長しあっているな」
「この男に関しては特別にワタクシがコーチしているのだ。基礎ぐらい身に付けて貰わなければ困る」
「それにしても、キーブレードか…」
そう毘羯羅は呟くと、壁に立てかけてあるクウのキーブレードを意味深に見つける。
この視線に込められた意味に、すぐにクウは気付いた。
「あんたらの敵が使ってる武器を見るのは、抵抗あるか?」
キーブレードを武器にするこちらでの敵、カルマ。会議の時に見た、カルマ達が作り出した贋作のキーブレードを使う空洞の鎧。
彼らはカルマだけでなく、そいつらとも戦っていた。形状は違うものの、敵が使う武器である事には変わりない。
「いや…お前達と奴らは違う。それは武器を見れば明らかだ」
「そうだよ! 寧ろ、戦力が増えてありがたいくらいなんだから!」
「あ…ありがとな」
キーブレード使いであるカルマによって苦しめられたのに自分達を受け入れてくれる毘羯羅とアーファに、さすがのクウも恥ずかしそうに顔を逸らしてお礼を言う。
そんなクウに、オルガは少し不満げになって話しかける。
「なに照れてんだよ、あんたにはちゃんと“恋人”がいるんだろ?」
「バッ!? そうハッキリと言う奴があるかぁ!!」
「ハッキリって、あの会議であんたも話してただろうが」
思いもよらぬ話をされ、一気に顔を赤くするクウ。
この話に、神月と紗那は彼の仲間である一人の少女を思い浮かべた。
「あー、あの子か」
「あの子の事ね」
「ねえ、誰の事?」
二人が頷く横で、分かってないのかアーファが会話に入る。どうやら、クウの恋バナに興味があるようだ。
すると、神月と紗那とオルガは同時に答えた。
「「レイアちゃんの事」」「スピカって人」
「「「「え?」」」」
ハッキリと別の答えを出した三人に、アーファだけでなくウラド、毘羯羅、刃沙羅も首を傾げる。
答えた三人もそれぞれ不思議そうに目を合わせるが、すぐにクウに視線を向ける。
話の中心であるクウは、何処か居心地が悪そうに顔を逸らしている。この様子に、刃沙羅はある結論を導き出した。
「なるほど、二股してたのか」
「ちげーよっ!!! 話すといろいろとややこしくなるんだが…」
クウが大声で否定するなり、これ以上誤解されないようこの場にいる全員に説明をする。
昔、闇の世界でスピカに助けられ付き合っていた事。自由を手に入れる為にスピカを残して闇の世界を抜け出した事。10年以上経ってからレイアと出会い好きになった事。そして…二度と会えないと思っていたスピカと再会出来た事。
これらを全て語り終えると、紗那が冷めた表情で頷いた。
「つまり、話を要約すると……昔の恋人がスピカって人で、その人を振ってレイアちゃんを選んだって事ですよね?」
「何でそんな棘のある言い方なんだよ…!」
紗那の言葉にクウは文句を言うが、合ってると言えば合っているので否定は出せない。
思わず縮こまるクウだが、次の毘羯羅の話で空気は変わる。
「しかし、元恋人と言えど……お前にとって戦うのは辛い相手ではないのか?」
「まあ、な…」
顔を歪ませてクウが頭を押さえると共に、神月達も表情を暗くさせる。
説明の際、スピカもカルマの洗脳を受けている事を話した。神月、オルガ、毘羯羅もかつてはカルマに洗脳を施されて、そんな彼らを救おうと紗那、アーファ、刃沙羅は戦いを挑んだ。
言葉にするのは簡単だが、いざ行動に起こしたら大変だった。大事な人と戦う覚悟、洗脳によって自らの意思を代償に強化される強さ。それらを経験したからこそ、今のクウの気持ちが手に取る様に分かる。
「本当に戦うのか? 辛いようなら、俺達に任せて貰えば――」
「いや、いい。あいつは…俺が助けなくちゃならないんだ」
オルガの提案を断り、固く拳を握るクウ。
脳裏に浮かぶのは、スピカが見せてくれた笑顔。
「スピカは何時だって俺に光を与えてくれた…――それで昔誓ったんだ、どんな事があっても守るって。と言っても、結局は二回も見捨てたけどな…」
一回目は闇の世界を抜け出す際。必死になって自分を引き止めたのに、それを振り払って自由を選んだ。
二回目はある世界を救う際。世界に忍び寄る闇の脅威を消す為に、スピカの自我ではなく世界を選んだ。
もはや誓いを破ったと言っても過言ではない。それでも、クウの心の中にある思いを紗那は見抜いた。
「それでも、その人の事を助けたいんですよね?」
「ああ。失ったモノを取り戻せるのなら…絶対に、掴んでやるさ」
一つの決意を口にすると、クウは胸の辺りで拳を握る。
もう二度と手放したくない。そう表す様に…。
このセカイに存在する心剣について説明を受ける事になったウィドは、別室でさまざまな剣の使い手を呼びに行った王羅を待っていた。
「姉さん…」
窓の外に広がる光景を眺めながら、ウィドは姉であるスピカの事を思う。
何時だって優しく、引っ込み思案だった自分を外に連れ出し、運動も出来て、頭も良く何だって教えてくれた。
その中でも大好きな姉の笑顔を思い浮かべると、悔しそうに表情を歪める。
「こんなに姉さんの事思ってるのに…今の私は、何も出来ない…」
武器である剣を失い、スピカはもちろん敵の行方も分からない。
敵を探しに行く事など簡単には出来ない。それ以前に、武器が無い状態では戦う事すらままならない。
唯一自分に残っているのは知識だが、こんな状況では使いようが無い。
「思うだけでは、駄目なんだ…」
その呟きと共に、ウィドはギュッと拳を握る。
姉を救う。その為にはどんな形であれ、力が必要なのだ。
仮面の洗脳を解く力。それともう一つ…奴を倒す力が。
「クウ…お前みたいな奴が姉さんの恋人だとは認めない…――いや、私はお前を許さない…!!」
弟である自分よりも、心惹かれている存在であるクウ。
それだけでも不愉快なのに、彼はその関係を隠そうとした。それどころかレイアと言う少女を大切にし、スピカを見捨てて世界を守る側に付いた。
何より…姉を利用したエンと彼は同一人物と言ってもいい。そんな奴を認める訳にはいかない。
「お前は何時かこの手で断罪してやる、絶対に…!!」
そう呟くと、ウィドは爪が喰い込むほどの強い力で拳を握りしめる。
愛と憎しみの狭間で揺れ動く一つの感情。それは後に、どんな影響を及ぼすのかは…まだ誰にも分からない。