四月の一日の出来事
4月1日。寒かった長い冬を越え、春が本格的に訪れる日。
それと同時に、多くの人がある事を企む日でもある。
「リクー、カイリー!」
「どうした、ソラ?」
「あのな、俺さっきくじ引きで一等のPS4当てたんだ! 凄いだろー!」
「ふーん、そうか。ところでソラ、さっきアイス買ったんだが食べるか?」
「アイス! 食べる食べるー!」
「はい、騙されたと」
「えっ、あー!? 騙したなー!」
「もー、ソラってば単純なんだから」
ショックを隠し切れずに悲鳴を上げるソラと、可笑しそうに笑うリクとカイリ。
この3人の会話に、クウはある事を思い出した。
「そっか、今日はエイプリルフールか…」
エイプリルフール。4月馬鹿とも言われるこの日は嘘を吐いてもいいとされている。普段から嘘を吐く事はあるだろうが、この日になると少し特別だ。罪のない嘘を吐いてもいいと言う事で、ついつい何らかの嘘を考えてしまうだろう。
そんな事を思い出していると、小走りでレイアが近づいてきた。
「クウさん、え、えーとですね…その…!」
「レイア、口に米粒ついてるぞ」
「ふえぇ!?」
クウの言葉に、レイアは慌てて袖で口元を拭う。何もついていないにも関わらずだ。
「なーんてな」
「むぅ〜…」
「師匠ー!」
思わずレイアがむくれていると、今度はシャオが不自然なくらいの満面な笑顔で近づいてきた。
「師匠! あのね、ボクね」
「シャオ、帽子を裏にして被ってるぞ」
「うそぉ!?」
即座に放ったクウの嘘に、シャオはニット帽を脱いで確認してしまう。
騙すはずが見事に騙された光景に笑っていると、オパールがソラ達に歩み寄るのが見えた。
「リ、リク!」
「何だ?」
「あ、あんたなんて本当は好きでも何でもないんだからね。仲間だから優しくしてるだけで、本当は何とも思ってないんだから!」
「オパール、それバレバレだよ…」
「って言うか、いつも言ってる事だよなーそれ」
オパールが吐いた嘘はもはやツンデレのそれであり、カイリとソラは呆れてしまう。
だが…。
「…ソラ、カイリ。今のオパールの言葉は嘘と捉えていいのか?」
「「騙されてる!?」」
「あんたなんで変な所で鈍いのよ、このバカ!! 鈍感!! エイプリルフールだから安心したあたしの気持ちどうしてくれんのよぉぉぉ!!?」
本音が伝わらず見事にすれ違うリクに癇癪を起すなり、オパールが合成済みの魔石を取り出す。
その数秒後、爆発が起こると共にリクの悲鳴も上がった。
「あーあ、修羅場が始まったか…」
「みんなー!」
思わずクウが目を逸らしていると、次に現れたのはヴェンだった。テラとアクアも同伴している。
「俺、さっきテラと模擬戦して勝ったんだ! 凄いだろー!」
「わぁ! 良かったですね、ヴェンさん!」
「凄いよ、ヴェンさん!」
嬉しそうなヴェンにレイアとシャオが純粋に賞賛を送るが、クウはその後ろで生温かい目で苦笑しているテラとアクアにほくそ笑んだ。
「ホントだよなー。テラ、さっきまで腹の調子が悪かったってのに」
「ええ!? テラ、本当!?」
「は!? いや、俺は…!」
心配して訊くヴェンにテラは覚えのない事に狼狽えてしまう。
これには堪らずクウが噴き出すと、やっとヴェンは今のが嘘だと理解した。
「うわー、逆に騙されたー! 二人に頼んでまで作った嘘なのに…」
「まあまあ、レイアとシャオは騙せたじゃない」
「クウは意外と嘘を吐くのが上手いんだな」
「まあなー」
簡単に嘘を見抜くだけでなく逆に嘘を吹き込む手腕にテラが関心すると、クウは嬉しそうに頭の後ろで腕を組んだ。
「ヴェンー!」
その時、急にソラがヴェンの元まで全速力で駆け付けた。少し遅れてカイリも息を切らして合流する。
「ソラ、どうしたの!?」
「カイリ、何かあったの?」
「あのね、エイプリルフールって嘘を吐いていい日じゃなくて、嘘を吐かないといけない日だったんだって!」
「嘘を多く吐かないと、この一年間安泰に過ごせないんだって! 沢山嘘を吐かないと!」
二人は切羽詰まりながら心配するヴェンとアクアにそんな事を話し出す。
これにはヴェンだけでなくレイアやシャオも驚きを露わにするが、クウは半目になって頭を押さえ出した。
「…ソラ、それ誰から聞いた?」
「ウィドが言ったんだ」
「と言っても、あたし達も騙されかけたけど」
そう言いながら、ウィドの介入で助かったのかボロボロになったリクとオパールも会話に加わる。嘘に騙されそうになっただけあって少し不機嫌そうだ。
ある意味この日に関して最強と化した人物が動き回っている光景が、嫌でもこの場にいる全員の目に浮かんだ。
「上には上がいたか…」
「って事は、俺また騙されたの!? うわーん、何で俺ばっかりー!」
テラがしみじみと呟く中、嘘を吐いてもバレるだけでなく次から次に騙されてしまいとうとうソラが泣いてしまう。
そんなソラの姿に、思わずクウが頭を強く撫で出した。
「よーし、任せろソラ! お前の敵は俺が取る!」
「本当!? 頼むな、クウ!」
自分の為に敵討ちをしてくれるクウに、ソラは涙を拭いて笑顔を見せる。
しかし、ウィドを騙すと言うこの決意にアクアは不安げな表情を浮かべてしまう。
「でも大丈夫なの? ウィドは意外と強敵では」
「大丈夫だ、とっておきの秘策を思いついた」
自信ありげに親指を立てるクウに、誰もが不思議そうに顔を見合わせた。
「ウィド」
少しでも多くの知り合いを騙そうと適当に歩いていると、突然後ろから呼び止められる。
振り返ると、そこにはクウがいた。
「おや。クウ、どうしたんです?」
あちらから来た格好の獲物に、ウィドがいつも通りの人優しい笑みを浮かべる。
どう騙すかはまずは相手の反応を見てから。そうやって静観していると、急にクウが近づいて肩を掴み上げた。
「好きだ」
そのまま、真剣な顔で、目を合わせ、ストレートに言葉をぶつけた。
「え…――な…ななななななな、なに、なにをぉぉ!?」
「お前が好きだって言った。何か悪いか?」
「はぁ!? 私は男ですよ、そんな見え透いた嘘に騙されると――!」
「おいおい、俺はいつでも本気だ。今日が嘘を吐く日で信じられないなら、俺は信じてくれるまでこの思いをぶつけるだけだ」
そう言うなり、さっとウィドの腕を引いて体を引き寄せる。
男性とは言え身長差もあって胸の中に収まると、自然な流れで顎を持ち上げた。
「は…え…ふ…!?」
この女性を口説く流れにウィドが完全に顔を真っ赤にしていると、クウは微笑して囁く。
「お前が男だろうと女だろうと関係ない。俺はなウィド、お前がいいんだ。お前と言う心を持つ奴が欲しいんだ…」
甘く、そして低い声で呟き、瞳を合わせる。
男性として美しく整ったクウの顔が、ゆっくりと近づく。目を逸らそうとするが顔を動かせない分どうしても視界に入ってしまう。やがてその顔は、固定された自分の口に――。
「う…うっ…うわあああああああああぁぁぁ!!?」
「ごふぉ!?」
直後、ウィドは顔を真っ赤にしたまま持参していた本でクウの頭を殴りつける。
「うあああああああああああああっ!!!」
ようやく解放されるなり、ウィドは悲鳴にも似た声を上げて脱兎の如くその場から去ってしまった。
「いってぇ…! だが完璧に騙されたな。どうだ、俺の渾身の嘘の演技は!?」
クウは殴られた部分を押えつつ、後ろの壁際に向かって振り返る。
すると、そこに隠れて二人の成り行きを見ていたソラ達が現れた。
「ああ! クウは嘘の天才だな!」
「さっすが、師匠! あのウィドさんを打ち負かすなんて!」
「あんなウィド、見た事ないわね……フフッ」
ソラとシャオが褒め称える中、アクアも狼狽えたウィドの姿に思い出し笑いをしてしまう。
普段は呆れるナンパ術も意外な形で役に立ち、更には滅多に見られないウィドの姿に誰もが笑ってしまう。
そんな彼らに、一人の人物がやってきた。
「あ、ルキル…どうしたの、顔真っ青だよ?」
やってきたルキルにカイリは声をかけるが、何故かその顔色は悪く顔には恐怖を浮かべている。
ルキルはゆっくりと顔を上げると、クウに向かって震え声で話しかけた。
「おい、クウ…! まずい事になってるぞ…!」
「へ?」
いきなりそんな事をルキルから言われ、クウは目を丸くする。
「クウゥゥ…!!! どぉういう事ぉ…!!?」
それと同時に、まるでタイミング見計らうようにその場が轟くような唸り声が上がる。
嫌な予感――否、生命の危機を感じてクウが恐る恐る振り返る。
そこには、背後に斬鉄剣を構えたオーディンの幻影を宿したスピカが鋭い眼光で睨み付けていた。
「ス、スピカァ!! なななななんだってそんなに怒って…!!?」
「ウィドから聞いたわ…あなた、あの子に愛の告白したそうじゃない…!! よりによって、私の弟に結婚申し込んだって…!!! そっちの道に走った上に私じゃなくて弟に惚れたって何よそれぇぇぇ!!!」
「結婚!? 俺そんなの一言も――!!」
女神の怒りによって生み出され戦いの中であらゆる血液を吸い取った殺戮と破壊の女神、カーリーの如く怒り狂うスピカの姿にクウは血の気を引きながら弁解を試みる。
その時、今にも大地を砕きそうなスピカの後ろで「参ったか」と言わんばかりにドヤ顔しているウィドの姿が視界に映った。
「てめぇ!!! 逆にスピカを騙したかぁぁぁ!!!」
さっきの嘘の口説きの仕返しに、明らかに話を5割くらい増してスピカに告げ口したであろうウィドに怒鳴るクウ。しかし、こうなってはもう後の血祭りだ。
「クウ、そこで正座なさい…!! その思考、力ずくで捻じって折り曲げて引き千切ってでも矯正させてあげるから!!!」
「お、おい!! 誰でもいいからスピカを説得して――!!」
このままでは殺されるとばかりに、クウは後ろにいるメンバーに助けを求める。
しかし、スピカの姿に恐れをなして逃げたのか一人もいなかった。
「逃げるなぁぁぁーーーーーーーっ!!?」
「クウゥゥゥゥゥーーーーーーーーーっ!!!!!」
「誤解だぁぁぁーーーーーーっ!!!!!」
そんなクウの悲鳴と共に、激しい閃光と共にとんでもない轟音が遠くまで響き渡ったと言う…。
一方、全速力で逃げたメンバーはと言うと―――
「そう言えば――あなた達も私に何か言いたい事あるようですが?」
『『『イエ…ナニモアリマセン…ッ!!!』』』
例えエイプリルフールでも嘘を吐いてはいけない人物がいる。
その事を嫌と言う程感じながら、ニコニコと笑うウィドに全員が頭を下げたと言う。
■作者メッセージ
とまあ、4月1日はエイプリルフールと言う事で当日の夜中(0時過ぎ)に何かが降って来たので勢いのまま書いて見ました。まあ、結局時間が足りなくて一日遅れになってしまいました…申し訳ない。
製作時間は数時間。本編は何日もかけて書いてるのに、よく短時間でこんなの書けたなと少し自分でも驚いてます。調子はそこそこ取り戻しているのに…うむむ。
ちなみにこの日の夜、私はKHVの最新トレーラーが出ている夢を見ました。アナ雪・ベイマが登場してさまざまなKHキャラで自由にパーティ組んで冒険すると言うあまりのシステムの凄さに興奮していたら目が覚めました。自分の夢に騙されると思わんかった…。