外伝・スピカ編《絆繋ぐ星》
人・動物…さまざまな生物が暮らすのは小さな世界。だが、実際は無数の星となって存在する大きな世界。
その星々の中にある、ホンの一粒の世界。そこは平和と呼ぶにふさわしい場所だった。
訪れた村は気候は温かく自然もある。大人達は楽しそうに仕事や談笑をし、広場では子供達が遊び回っていた。
「わ〜」
「待て〜」
どうやら鬼ごっこをしているようで、一人の男の子から他の子供達が楽しそうに逃げている。
そんな微笑ましい光景の中、急に鬼役をしていた男の子がこけてその場に倒れた。
「あぅ!」
痛そうに声を上げつつも、ゆっくりと立ち上がる。
男の子の膝は転んだ際に擦り剥けてしまい、傷口からじんわりと血が滲んでいた。
「い、いたいよぉ〜!」
どうやら我慢出来なかったようで、痛さのあまり男の子は泣いてしまう。それにより周りの子供達も心配そうに近づいては顔を見合わせる。
わんわんと泣き叫ぶ男の子に困惑と不安が広がる。そんな子供達の姿を見てしまった私はほおっておけなかった。
「――大丈夫?」
子供達を掻き分けるように、泣いている男の子の傍にしゃがみ込む。
優しく頭を撫でながら傷口を見て、ポケットからハンカチを取り出す。
まだ何も知らない無拓な子供を驚かせないよう微弱に水の魔法を発動してハンカチを濡らす。それを優しく傷口に当てると、綺麗に拭きながら頭を撫でた。
「痛くない、痛くない…ね?」
ハンカチを握る手に仄かに緑色の光を宿す。癒しの魔法を放つと、膝に出来た傷は少しずつ癒えていく。
やがて完全に傷口が治るのを確認して男の子を立ち上がらせる。男の子はいつの間にか傷が治っている事に驚くも、すぐに笑顔をみせた。
「ありがと、お姉ちゃん!」
元気になった男の子を見て、つい嬉しくなって微笑んだ。
昔、故郷で離れ離れになった弟――そして鳥籠から旅立った彼を思い出したから。
これは、シルビアによって時空の干渉をされる半年前。まだ機関が存在し暗躍していた時代に起こった彼女の――スピカの物語。
ホンの短い時間過ごした世界に別れを告げ、スピカは人が通るには危険な道――闇の回廊を歩いていた。
闇で作られたこの場所は心を闇に蝕まれ、いずれは呑み込まれてしまう。だが、彼女はその身の耐性に加え高位の魔法を応用し使う事でそれを防いでいるのだ。
ある程度歩いた所で軽く振り返る。さっきまで自分がいた世界の入口は、もう見えない。
「あの世界も平和だったわね。みんな笑い合って、伸び伸びと暮らしていて――でも、いなかった」
あの温かい雰囲気を思い浮かべるが、少しだけ寂しそうに呟く。
思い描くのは、一人の人物。
「クウ…どこにいるの?」
胸元から首にかけていたロケットを取り出し、蓋を開く。中にあるのは一枚の黒い羽根。その下には大切“だった”家族の写真。
古ぼけた両親の顔に、スピカの顔が歪む。自分を罵倒する両親の声。認めないと拒絶する態度。あの中に弟の姿はなかったが、もし会ってしまえばきっと…。
これ以上思い出さないよう、握る様にロケットに蓋をする。そうして胸元に戻すと、他の世界へ行く為に歩き出した。
その時、進もうとする方角から只ならぬ気配を感じた。
「――『バニッシュ』」
即座に隠蔽の魔法を発動し、姿を眩ますように光で包みこむ。姿を隠したスピカは足音を立てない様に離れた場所に移動する。
しばらく待っていると、奥から銀色の生物――ノーバディが移動していた。
(ノーバディのダスクに…ドラグーンタイプかしら? どうして固まって回廊を――?)
スピカが思考を巡らせていると、今度はドラグーンと共に黒コートを着た大柄の男が辛そうに歩いていた。脇腹を押えている辺り、負傷しているようだ。
「く、あの男…! 邪魔をしなければ我らが同胞を連れて来れたと言うのに…!」
(黒コート…それにこの気配はノーバディ。話は聞いていたけど、まさか本当にいるなんて…)
姿を隠しながら冷静に観察していると、歩いていた男が獰猛な笑みを浮かべ出す。
「だが、あの男も野獣と同じく使える…! あの翼から感じた強い闇に強い心、上手くいけば…!」
(翼…闇、心、まさかっ!)
男の話した内容は、どれも彼の――クウの条件に当てはまる。
意外な所から飛び出した目撃情報にこうしてはいられないと、スピカは思わず男が来た方向へと走り出した。
走り出してしまった。
「っ、誰だ!」
負傷しているとはいえ他者の足音に気付き、男が六本の槍を取り出す。
そして、辺りに風が巻き上がる。
(気づかれた! 構ってる暇ないのにっ!)
心の中で悪態をつくが、この状況はつい目先の事に行ってしまった自分の責任でもあるのだ。
すぐに足を止めると、辺りを見回す男を睨み思考を巡らせる。
(『バニッシュ』の効果は残ってる。姿を消したまま応戦する? 無理にここから離脱する?)
自分の事に気付いているが、まだ相手には見つかっていない。今なら奇襲をかける事も、逃げる事も可能だ。
数秒だけ考えると、スピカは背を向けて走り逃亡を図った。
(間違いだったとしても、可能性があるのなら急いでクウの所に向かう! どうせあの人なら私の力量で倒せるだろうし!)
何気に自分を過大評価している発言だが、これはちゃんと相手の負傷を考えて出した結論だ。
スピカの予測通り、男は傷が痛むのか顔を歪めてその場にしゃがみ込んだ。
「あの戦いでの傷が…! 探せ! 姿は見えなくとも何処かにいるはずだ!」
動けない代わりに、男は配下のノーバディ達に指示を飛ばす。するとノーバディ達は辺りを探す様に無造作に散策する。
その内数匹が、運悪く逃げるスピカへと迫っていた。
(『バニッシュ』の効果が切れかかってる…何かしらの行動をすれば私の位置がバレてしまうし…!)
姿を隠す魔法とは言え、武器を振るう、魔法を放つ等の行動さえも隠せる訳ではない。何らかの音や放たれた場所、発動した魔力の流れを感じてしまえば分かってしまうのだ。
とにかくここは逃げるしかない。腹を括るようにスピカは前を見つめ、目を見開く。
そこにはあの男と同じ黒コートを着た人物がいたのだ。背丈からしてまだ大人ではないようだが、敵には変わりない。
(まだいたの!? もういいわ、気づかれる前提で距離を離す!)
覚悟を決めると、目の前の人物の横を自身が使う移動術――『瞬羽』で通り過ぎる。
この技は瞬間的に羽のように軽やかに移動を可能とする。それでも移動の際に彼の傍で少しだけ強い風が靡いてしまう。
風に煽られて被っていたフードが剥がれ落ちる。そうして現れた顔は、肩まである少し長めの銀髪に黒い目隠しをした少年だった。
「今の風は…――な、ノーバディ!?」
すると、背後にいたノーバディは味方であるだろう少年へと襲い掛かる。対して、少年も悪魔の羽を模った剣で応戦する。
この光景を、魔法の効果が切れ姿が露わになったスピカは離れた地点で目撃した。
「仲間割れ? まあいいわ、この隙に!」
そう言うと、少年を囮にして逃げるスピカ。後に半年後、彼の仲間になる事などこの時の彼女はまだ知らない。
邪魔者もいなくなった回廊を駆け、世界に繋がる光が見えてくる。ようやく会えるかもしれない大切な人を思いながら、スピカは祈る。
「お願い、クウ…!」
《見つけた、希望の光よ》
「え…っ!」
脳裏に響いた男性の声に、スピカは思わず足を止める。
何か嫌な予感を感じて辺りを警戒していると、突然不思議な光に包まれた。
「なに!? きゃあぁ!!」
為す術も無く光に呑み込まれると、闇で覆われている場所から灰色の空間へと引き摺りこまるように落ちていた。
「なに…これ…!?」
光でも闇でもない。明らかに人には使えない異質な力に身震いを感じた時だ。
《案ずるな、お前は選ばれた。我が世界に招待する為に》
再び聞こえてきた男の声。強大な力を秘めているのが分かる。
だが、スピカとしてはそんな声の主に畏怖や敬拝所か、不満を感じていた。叶うかもしれない再会を邪魔されたのだから。
「やっと、会えるかもしれないのに――別の世界に連れてく? このまま捕まって堪るものですかっ!!!」
怒りに任せて闇の剣を取り出し、刃に覇気を纏わせる。それも、もの凄い量の。
《い、いや待て。我は捕まえる気は全く…》
「ゴチャゴチャとうるさいわね!! この私を…【闇の女王】の二つ名を侮らないで!! 『一閃・修羅』ァ!!!」
《止めろぉ!! 別世界を結ぶ境界が壊れて――!!》
その言葉の途中で空間全体に無数の斬撃が起こり……一瞬で全てが真っ暗になった。
黒。
黒、黒、くろ…。
闇とは違う、本当に真っ黒な世界。
顔を動かしても自分の姿すら見えない。
目を開けているのか閉じているのかすら分からない。
自分がどうなっているのか。抜け出す方法も。何も分からない。
もう…なにも…
(見つけられる)
幼いながらも、はっきりと響く懐かしい声が蘇る。
あれは、何時だったか――そうだ、昔戦いの最中に敵の攻撃で分担されて、闇の世界で迷子になっていた時。
闇の中でもう駄目だと思ったその時、クウが見つけてくれた。彼も自分と同じ立場にも関わらず。
(どんなに暗くて深い闇でも、俺はこうしてスピカを見つけられた。どうしてか分かるか?)
お互い帰り道が分からない絶望的な中で、そんな答え分かる訳が無くて、私は黙って首を振った。
そしたら、彼は笑って答えてくれた。
(あの闇の中で光が見えたんだ。夜空に輝く星のようにさ…それを辿ったら、スピカがいた。暗闇だからこそ見つけられた)
にっと強く、光のように明るく笑うと彼は徐に上を見上げた。
(星座って知ってるか? 並んだ星と星とを繋ぐ事で見える絵のようなものでさ、それは人を導いたりするって師匠が教えてくれたんだ)
そう言って、笑う彼の姿。
闇に塗り潰された世界の空なのに、星空が広がっているのではと錯覚を覚える。
(だったらさ、星と同じ光を持つスピカだって繋がりがあるかもしれないだろ。見えない繋がりかもしれないけど、導いてくれる。俺達を待ってくれる人達の所に)
思い出はここで終わり、彼の笑顔が消える。
同時に、スピカの心にはもう諦めも怯えも消えていた。
「繋がり…」
小さく呟くと、上か下かも分からない空間を睨み決意する。
必ずここから抜け出すと。
(何処に繋がるか分からなくてもいい。あなたに会う為なら、私は…!!)
手探りの状態になったが、胸に手を当てる。
そこにある確かな固い感触…彼との繋がりを感じながら。
(こんな所で終われない。私は――【鍵の英知】として、使命を果たす者)
自分の望む未来、そして世界の未来の為にも――繋ぐ。
「――光よっ!!」
攻撃としてではなく、自身を発光させるように魔法を発動して全てを白に染め上げる。
素早く辺りを見回すと、斜め下の方に一点だけ白ではない様々な色が入り混じった空間の入り口のような物を見つける。
スピカはすぐに剣を具現化させ、大きく振るった。
「『風破・飛燕』!」
暴風を足元にぶつけ、勢いをつけて一気に飛び込む。
そうして入口に入った瞬間、意識が白に染まり上がった。
「…ん…」
何か冷たくて固い感触を感じながら、スピカは目を覚ます。
周りを見回すと、煉瓦造りの建物で囲まれた夜の世界だった。
「この世界は…――“トラヴァースタウン”…?」
知識にあったのを思いだしながらスピカは立ち上がる。
その時、周りの風景に違和感を覚える。合っているのに合っていない。何かが微妙にずれている感じが…。
「…もしかしてここ、前に老師様が言ってた【平行世界】って所?」
賢者とも言えるべき人物から与えられた知識を思い出し、不安そうに辺りを見回す。
同じなようで違う世界。本来自分のいる世界ではない。それが分かり顔を俯かせる。
しかし、それも数秒の事ですぐに顔を上げた。
「嘆いたって仕方ないか。まずは何としてでもここに連れてきた奴を探し出して、しばき倒してから元の世界に帰らないと」
落ち込んでばかりはいられない。来る事が出来たのだから帰る事だって出来る筈。再び帰る方法を探そうと、スピカは夜の街を歩き出した。
そうして、あの破天荒な少女と出会い、彼女達との絆が作られるのはあと少しだけ先の事…。
その星々の中にある、ホンの一粒の世界。そこは平和と呼ぶにふさわしい場所だった。
訪れた村は気候は温かく自然もある。大人達は楽しそうに仕事や談笑をし、広場では子供達が遊び回っていた。
「わ〜」
「待て〜」
どうやら鬼ごっこをしているようで、一人の男の子から他の子供達が楽しそうに逃げている。
そんな微笑ましい光景の中、急に鬼役をしていた男の子がこけてその場に倒れた。
「あぅ!」
痛そうに声を上げつつも、ゆっくりと立ち上がる。
男の子の膝は転んだ際に擦り剥けてしまい、傷口からじんわりと血が滲んでいた。
「い、いたいよぉ〜!」
どうやら我慢出来なかったようで、痛さのあまり男の子は泣いてしまう。それにより周りの子供達も心配そうに近づいては顔を見合わせる。
わんわんと泣き叫ぶ男の子に困惑と不安が広がる。そんな子供達の姿を見てしまった私はほおっておけなかった。
「――大丈夫?」
子供達を掻き分けるように、泣いている男の子の傍にしゃがみ込む。
優しく頭を撫でながら傷口を見て、ポケットからハンカチを取り出す。
まだ何も知らない無拓な子供を驚かせないよう微弱に水の魔法を発動してハンカチを濡らす。それを優しく傷口に当てると、綺麗に拭きながら頭を撫でた。
「痛くない、痛くない…ね?」
ハンカチを握る手に仄かに緑色の光を宿す。癒しの魔法を放つと、膝に出来た傷は少しずつ癒えていく。
やがて完全に傷口が治るのを確認して男の子を立ち上がらせる。男の子はいつの間にか傷が治っている事に驚くも、すぐに笑顔をみせた。
「ありがと、お姉ちゃん!」
元気になった男の子を見て、つい嬉しくなって微笑んだ。
昔、故郷で離れ離れになった弟――そして鳥籠から旅立った彼を思い出したから。
これは、シルビアによって時空の干渉をされる半年前。まだ機関が存在し暗躍していた時代に起こった彼女の――スピカの物語。
ホンの短い時間過ごした世界に別れを告げ、スピカは人が通るには危険な道――闇の回廊を歩いていた。
闇で作られたこの場所は心を闇に蝕まれ、いずれは呑み込まれてしまう。だが、彼女はその身の耐性に加え高位の魔法を応用し使う事でそれを防いでいるのだ。
ある程度歩いた所で軽く振り返る。さっきまで自分がいた世界の入口は、もう見えない。
「あの世界も平和だったわね。みんな笑い合って、伸び伸びと暮らしていて――でも、いなかった」
あの温かい雰囲気を思い浮かべるが、少しだけ寂しそうに呟く。
思い描くのは、一人の人物。
「クウ…どこにいるの?」
胸元から首にかけていたロケットを取り出し、蓋を開く。中にあるのは一枚の黒い羽根。その下には大切“だった”家族の写真。
古ぼけた両親の顔に、スピカの顔が歪む。自分を罵倒する両親の声。認めないと拒絶する態度。あの中に弟の姿はなかったが、もし会ってしまえばきっと…。
これ以上思い出さないよう、握る様にロケットに蓋をする。そうして胸元に戻すと、他の世界へ行く為に歩き出した。
その時、進もうとする方角から只ならぬ気配を感じた。
「――『バニッシュ』」
即座に隠蔽の魔法を発動し、姿を眩ますように光で包みこむ。姿を隠したスピカは足音を立てない様に離れた場所に移動する。
しばらく待っていると、奥から銀色の生物――ノーバディが移動していた。
(ノーバディのダスクに…ドラグーンタイプかしら? どうして固まって回廊を――?)
スピカが思考を巡らせていると、今度はドラグーンと共に黒コートを着た大柄の男が辛そうに歩いていた。脇腹を押えている辺り、負傷しているようだ。
「く、あの男…! 邪魔をしなければ我らが同胞を連れて来れたと言うのに…!」
(黒コート…それにこの気配はノーバディ。話は聞いていたけど、まさか本当にいるなんて…)
姿を隠しながら冷静に観察していると、歩いていた男が獰猛な笑みを浮かべ出す。
「だが、あの男も野獣と同じく使える…! あの翼から感じた強い闇に強い心、上手くいけば…!」
(翼…闇、心、まさかっ!)
男の話した内容は、どれも彼の――クウの条件に当てはまる。
意外な所から飛び出した目撃情報にこうしてはいられないと、スピカは思わず男が来た方向へと走り出した。
走り出してしまった。
「っ、誰だ!」
負傷しているとはいえ他者の足音に気付き、男が六本の槍を取り出す。
そして、辺りに風が巻き上がる。
(気づかれた! 構ってる暇ないのにっ!)
心の中で悪態をつくが、この状況はつい目先の事に行ってしまった自分の責任でもあるのだ。
すぐに足を止めると、辺りを見回す男を睨み思考を巡らせる。
(『バニッシュ』の効果は残ってる。姿を消したまま応戦する? 無理にここから離脱する?)
自分の事に気付いているが、まだ相手には見つかっていない。今なら奇襲をかける事も、逃げる事も可能だ。
数秒だけ考えると、スピカは背を向けて走り逃亡を図った。
(間違いだったとしても、可能性があるのなら急いでクウの所に向かう! どうせあの人なら私の力量で倒せるだろうし!)
何気に自分を過大評価している発言だが、これはちゃんと相手の負傷を考えて出した結論だ。
スピカの予測通り、男は傷が痛むのか顔を歪めてその場にしゃがみ込んだ。
「あの戦いでの傷が…! 探せ! 姿は見えなくとも何処かにいるはずだ!」
動けない代わりに、男は配下のノーバディ達に指示を飛ばす。するとノーバディ達は辺りを探す様に無造作に散策する。
その内数匹が、運悪く逃げるスピカへと迫っていた。
(『バニッシュ』の効果が切れかかってる…何かしらの行動をすれば私の位置がバレてしまうし…!)
姿を隠す魔法とは言え、武器を振るう、魔法を放つ等の行動さえも隠せる訳ではない。何らかの音や放たれた場所、発動した魔力の流れを感じてしまえば分かってしまうのだ。
とにかくここは逃げるしかない。腹を括るようにスピカは前を見つめ、目を見開く。
そこにはあの男と同じ黒コートを着た人物がいたのだ。背丈からしてまだ大人ではないようだが、敵には変わりない。
(まだいたの!? もういいわ、気づかれる前提で距離を離す!)
覚悟を決めると、目の前の人物の横を自身が使う移動術――『瞬羽』で通り過ぎる。
この技は瞬間的に羽のように軽やかに移動を可能とする。それでも移動の際に彼の傍で少しだけ強い風が靡いてしまう。
風に煽られて被っていたフードが剥がれ落ちる。そうして現れた顔は、肩まである少し長めの銀髪に黒い目隠しをした少年だった。
「今の風は…――な、ノーバディ!?」
すると、背後にいたノーバディは味方であるだろう少年へと襲い掛かる。対して、少年も悪魔の羽を模った剣で応戦する。
この光景を、魔法の効果が切れ姿が露わになったスピカは離れた地点で目撃した。
「仲間割れ? まあいいわ、この隙に!」
そう言うと、少年を囮にして逃げるスピカ。後に半年後、彼の仲間になる事などこの時の彼女はまだ知らない。
邪魔者もいなくなった回廊を駆け、世界に繋がる光が見えてくる。ようやく会えるかもしれない大切な人を思いながら、スピカは祈る。
「お願い、クウ…!」
《見つけた、希望の光よ》
「え…っ!」
脳裏に響いた男性の声に、スピカは思わず足を止める。
何か嫌な予感を感じて辺りを警戒していると、突然不思議な光に包まれた。
「なに!? きゃあぁ!!」
為す術も無く光に呑み込まれると、闇で覆われている場所から灰色の空間へと引き摺りこまるように落ちていた。
「なに…これ…!?」
光でも闇でもない。明らかに人には使えない異質な力に身震いを感じた時だ。
《案ずるな、お前は選ばれた。我が世界に招待する為に》
再び聞こえてきた男の声。強大な力を秘めているのが分かる。
だが、スピカとしてはそんな声の主に畏怖や敬拝所か、不満を感じていた。叶うかもしれない再会を邪魔されたのだから。
「やっと、会えるかもしれないのに――別の世界に連れてく? このまま捕まって堪るものですかっ!!!」
怒りに任せて闇の剣を取り出し、刃に覇気を纏わせる。それも、もの凄い量の。
《い、いや待て。我は捕まえる気は全く…》
「ゴチャゴチャとうるさいわね!! この私を…【闇の女王】の二つ名を侮らないで!! 『一閃・修羅』ァ!!!」
《止めろぉ!! 別世界を結ぶ境界が壊れて――!!》
その言葉の途中で空間全体に無数の斬撃が起こり……一瞬で全てが真っ暗になった。
黒。
黒、黒、くろ…。
闇とは違う、本当に真っ黒な世界。
顔を動かしても自分の姿すら見えない。
目を開けているのか閉じているのかすら分からない。
自分がどうなっているのか。抜け出す方法も。何も分からない。
もう…なにも…
(見つけられる)
幼いながらも、はっきりと響く懐かしい声が蘇る。
あれは、何時だったか――そうだ、昔戦いの最中に敵の攻撃で分担されて、闇の世界で迷子になっていた時。
闇の中でもう駄目だと思ったその時、クウが見つけてくれた。彼も自分と同じ立場にも関わらず。
(どんなに暗くて深い闇でも、俺はこうしてスピカを見つけられた。どうしてか分かるか?)
お互い帰り道が分からない絶望的な中で、そんな答え分かる訳が無くて、私は黙って首を振った。
そしたら、彼は笑って答えてくれた。
(あの闇の中で光が見えたんだ。夜空に輝く星のようにさ…それを辿ったら、スピカがいた。暗闇だからこそ見つけられた)
にっと強く、光のように明るく笑うと彼は徐に上を見上げた。
(星座って知ってるか? 並んだ星と星とを繋ぐ事で見える絵のようなものでさ、それは人を導いたりするって師匠が教えてくれたんだ)
そう言って、笑う彼の姿。
闇に塗り潰された世界の空なのに、星空が広がっているのではと錯覚を覚える。
(だったらさ、星と同じ光を持つスピカだって繋がりがあるかもしれないだろ。見えない繋がりかもしれないけど、導いてくれる。俺達を待ってくれる人達の所に)
思い出はここで終わり、彼の笑顔が消える。
同時に、スピカの心にはもう諦めも怯えも消えていた。
「繋がり…」
小さく呟くと、上か下かも分からない空間を睨み決意する。
必ずここから抜け出すと。
(何処に繋がるか分からなくてもいい。あなたに会う為なら、私は…!!)
手探りの状態になったが、胸に手を当てる。
そこにある確かな固い感触…彼との繋がりを感じながら。
(こんな所で終われない。私は――【鍵の英知】として、使命を果たす者)
自分の望む未来、そして世界の未来の為にも――繋ぐ。
「――光よっ!!」
攻撃としてではなく、自身を発光させるように魔法を発動して全てを白に染め上げる。
素早く辺りを見回すと、斜め下の方に一点だけ白ではない様々な色が入り混じった空間の入り口のような物を見つける。
スピカはすぐに剣を具現化させ、大きく振るった。
「『風破・飛燕』!」
暴風を足元にぶつけ、勢いをつけて一気に飛び込む。
そうして入口に入った瞬間、意識が白に染まり上がった。
「…ん…」
何か冷たくて固い感触を感じながら、スピカは目を覚ます。
周りを見回すと、煉瓦造りの建物で囲まれた夜の世界だった。
「この世界は…――“トラヴァースタウン”…?」
知識にあったのを思いだしながらスピカは立ち上がる。
その時、周りの風景に違和感を覚える。合っているのに合っていない。何かが微妙にずれている感じが…。
「…もしかしてここ、前に老師様が言ってた【平行世界】って所?」
賢者とも言えるべき人物から与えられた知識を思い出し、不安そうに辺りを見回す。
同じなようで違う世界。本来自分のいる世界ではない。それが分かり顔を俯かせる。
しかし、それも数秒の事ですぐに顔を上げた。
「嘆いたって仕方ないか。まずは何としてでもここに連れてきた奴を探し出して、しばき倒してから元の世界に帰らないと」
落ち込んでばかりはいられない。来る事が出来たのだから帰る事だって出来る筈。再び帰る方法を探そうと、スピカは夜の街を歩き出した。
そうして、あの破天荒な少女と出会い、彼女達との絆が作られるのはあと少しだけ先の事…。
■作者メッセージ
えー、本編だけ先に書いてしまった事で、あとがきが遅くなりました。
今回の外伝は旅館イベントでの身内(作者内とも言う)で決めたものです。内容は読めば分かる通りスピカが主役の話で、ただ今リラ様が別枠で書いているレディアントチルドレンの導入として書かせていただきました。
詳しく…するとネタバレになってしまうので、軽く解説をします。時期は『開闢の宴』の半年前としています。その為、クウとレイアは出会ったばかりですしザルディンとも戦闘しています。
謎の声については…リラ様の作品に登場する人物なので今はまだ内緒です。引き込まなかったらスピカはクウと再会出来たたかもしれないと言う感じで進めたのは…これでヒロインらしく立ち振る舞えるかなと言う配慮を含めてみました。リラ様から聞いた話では、彼女をヒロインポジに書くと言うことでしたので…。
外伝も書き終えたので、早く本編の方を書けるよう頑張りたいと思うのですが…ここしばらくはイベントで時間が潰れるので…土日休み? GW? そんなのねぇよ!!(心の叫び)
今回の外伝は旅館イベントでの身内(作者内とも言う)で決めたものです。内容は読めば分かる通りスピカが主役の話で、ただ今リラ様が別枠で書いているレディアントチルドレンの導入として書かせていただきました。
詳しく…するとネタバレになってしまうので、軽く解説をします。時期は『開闢の宴』の半年前としています。その為、クウとレイアは出会ったばかりですしザルディンとも戦闘しています。
謎の声については…リラ様の作品に登場する人物なので今はまだ内緒です。引き込まなかったらスピカはクウと再会出来たたかもしれないと言う感じで進めたのは…これでヒロインらしく立ち振る舞えるかなと言う配慮を含めてみました。リラ様から聞いた話では、彼女をヒロインポジに書くと言うことでしたので…。
外伝も書き終えたので、早く本編の方を書けるよう頑張りたいと思うのですが…ここしばらくはイベントで時間が潰れるので…土日休み? GW? そんなのねぇよ!!(心の叫び)