リラ様誕生日企画・Part4-2
ハートレスの襲撃に慣れていても、この突拍子もない事件や変化に慣れていないのか一般人である町の人の騒ぎは一向に収まらない。
この光景を、リズはクウと共に窓から眺めていた。
「町中も完全にパニック起こしてるし…これからどうすればいいんだ?」
「私の所為だ…」
「リズ?」
「あの時私が、怪しさ満点の占い師に『男に出来るならしてみろ』なんて言ったから、こんな事になったんだ…グラッセも、あんた達も、この町の人も、みんな私の所為で…!」
苛立ちに任せて放った言葉。それがこんな事態を引き起こすとは夢にも思わなかった。
リズが一人いつものクセで追いつめていると、クウが慰めるように軽く頭に手を置く。
「気にし過ぎだ。それより原因が分かってるって事は、元に戻る方法もあるって事だろ? そいつを見つければ…」
そうやって慰めていると、町の至る所から「ガザザッ」と耳障りな音が鳴り響く。
反射的に二人が警戒を見せると、放送が流れ始めた。
「世界の皆さん、我々の贈り物は気に入ってくれましたか?」
「この声は…!」
「何なんだ、この放送は!? 一体どこから!?」
放送している人物の声を聴き、リズは先程の占い師だと気づく。
そうこうしていると、放送を聞きつけて茶髪のグラッセがシャオ(アンセム)を引き付けて二人の傍に駆け寄ってくる。
「我々は性別による神の信者です。この世界に住むあなた達は、今まで性別を蔑ろにしてきました。男は自分勝手に振る舞い、一部は草食男子として脆弱になり…女は弱い意思から言いなりになり、一部は肉食系女子として横暴になり――…それらの姿に我らの神はお怒りになりました。今のその姿こそがあなた達に相応しいと言うもの。それでも元に戻りたいと思うのならば、これからは男として、女として過ごしなさい。そうしてあなた達が今までの性の在り方を悔い改める時、神は元に戻す事を誓いましょう。我々は常にあなた達を見ていますよ…」
長い演説が終わり、放送が途切れる。
原因が分かり、町の人達はパニックから収まるが困惑しているのか騒めき出す。そんな中、グラッセはふざけた内容の放送に空を睨んでいた。
「そ、そんな…! 何なんですか、あいつら!」
「全くだ。男は女らしく、女は男らしくしろだぁ? そんなふざけた内容…
ちょーありえないんだけどぉ、あんたもそう思わないグラ子〜?」
まるで人が変わったように、口調を変えた状態でグラッセに上目遣いで攻めより出すクウであった。
「あんたにはプライドって物がねえのかぁ!!? 何早速あいつらの言いなりになってんですか!? しかもグラ子ってなんじゃあ!?」
「やだー、グラ子ってば怖いー。そんな小さな事に一々ツッコミ入れるから、小姑とか禿げるとか言われるのよ〜」
「あんた仮にも主人公ポジジョンだろ!? ツッコミ担当だろ!? いい加減にしろよぉ!?」
「グラッセ、落ち着きなさい。とにかく男らしくする為に――おらぁ、誰でもいいからかかってこいや!! 男らしく全員ぶっ倒してやるわぁ!!」
ツッコミ漫才をする二人を差し置いて、リズは二階の窓から飛び降りるなり住人達に向けてキーブレードを構えて宣戦布告してしまった。
「あんたの所為でリズまで変な方向に便乗しちゃったじゃないですか!! どうするんですか!?」
段々と話が拗れていく状況にグラッセがクウに怒鳴っていると、周りにいた人達が一斉にリズに注目を始める。
「お、おい! どうやら俺達で戦って生き残った方が元に戻るみたいだぞ!?」
「本当に!? 元に戻るのは私よぉ!」
「いいや俺だぁ!!」
「ま、まずい! 暴動が起きたぁ!?」
勘違いが勘違いを呼び、我先にとリズに向かう人達にグラッセが頭を抱える。
ここまで事が大きくなってしまえばもはや収集など出来ない。リズを中心に暴動が起き、当の本人は素手で次々と襲い掛かる住人達を殴り飛ばしている。
段々と争いが大きく広がる中で、一人の少女が暴動達の手前で足を止めた。
「どうしよ…これじゃ、この道を通れないよ「どけっ!!」きゃあ!」
立ち竦む少女の背後から男の服を着た女性によって突き飛ばされて地面に倒れ込む。
痛みを堪えて起き上がろうとする少女に、騒ぎを聞きつけてやってきた暴走した住民達が押し寄せて押し潰そうとする。
「――危ない!!」
その時、少女の危機を目ざとく見つけたリズはとっさにトルネドで暴風を起こす。
巨大な竜巻を起こして人々を上空へと退けると(吹き飛ばしたとも言う)、少女に駆け寄って手を差し伸べた。
「大丈夫!?」
「ありがと…助かったよ」
お礼を言いながら、リズの手を取って顔を上げる。
その人物にリズは目を見開く。そして、二階にいたグラッセも同じように驚きを見せた。
「か、母さ――いや、カイリさん!?」
その少女は紛れもなく、母の若き頃――正確には、クウ達の世界からやってきたカイリだった。
少々手荒な方法で暴動を静めたリズ達一行は、カイリと合流すると場所を変えて近くの喫茶店へとやってきた。
目の前に…リズの隣で座っているカイリは自分達と違って性別転換が起きていない。しかもグラッセのように一部が変わった訳でもなさそうだ。
この疑問に、グラッセは黙っていられずにカイリに質問していた。
「にしても、かあ…カイリさん、どうして無事なんですか?」
「いや、無事じゃないだろ。だっていつもより胸が小さぐはぁ!?」
「クウさーん!?」
速攻で額にフォークが突き刺さり倒れこむクウに、たまらずグラッセが悲鳴を上げる。
一方で、素早くフォークを放ったカイリは冷ややかな目をしてまた座り直した。
「残念でした! 私は用事があってここには遅れてきたの。正確に言えば、騒動が起こった直後にね。みんな騒いで何があったのか凄く不思議だったんだけど――これを見て納得しちゃったー」
何やら黒い笑みを浮かべると、ムニッと弾力のある目の前の物を掴む。
背凭れに倒れこんでいた、女性となって膨らんでしまったクウの胸を。
「良かったじゃない、ヒロイン差し置いて一瞬でこーんな大きな胸に変わって…これならラッキースケベ発動させなくても揉み放題じゃない、ねえクウゥ!!?」
「いでででぇ!? もげる!! 胸がもげるぅぅぅ!!?」
「お、落ち着いて!! 今はそんな事してる場合じゃないですよ!?」
爪を立ててまで剥がしにかかろうとするカイリに、グラッセは慌てて宥めだす。すると、グラッセの言葉に納得するようにリズは腕を組んで頷く。
「そうね。少なくとも、あいつらは『私達を見ている』と言ってたわ。きっと何処かで監視でもしているんでしょうね。男らしく、女らしくしとかないと、何が起こるか分からないわ」
「さすがだな、リズ。それでこそ選ばれし者と言うものだ」
「この人、本当にあのシャオなんですよね? 何かもう性格がゼアノートに汚染されてません?」
「こんな環境なんだから、逆に丁度いいだろ。それよりも…女らしくって、具体的にどうすりゃいいんだよグラッセ?」
「何で俺に聞くんですか!?」
「え? だってお前パーティで誇るヒロインだろ?」
「真顔で答えるなぁ!!! 女の姿でも上級魔法喰らわせるぞ!!!」
悪びれもなく真顔で答えるクウに、グラッセはトランス一歩手前まで魔力を全身に溜め込む。
「だったら、私が教えましょうか?」
突然の第三者の割り込みに、全員が振り返る。
そこには、隣の席で銀髪の美しい女性が優雅にカップを傾けながら自分達に向かって笑みを浮かべていた。
「あ、あの…?」
「こんな状況ですもの、突然自分の性別が変わって戸惑ってしまっても仕方ないと言うもの。だけど、慣れてみたら意外と簡単な物よ? 元男だから手取り足取りで教えられるわ」
あまりの美人にグラッセが困惑しながら声をかけると、女性は変わらぬ笑みを見せつけながら訊き返す。
女好きとはいえ本命がいるクウも、この美しい女性の姿に思わず見惚れてしまう。
「そ、そうですか? なら、お願いしようかなぁ…?」
「クウさん、鼻の下伸びてますよ?」
蔑んだ目でグラッセが指摘すると、慌てて男としての本能を隠滅させようとクウはぶかぶかとなったコートの袖で口元を強く拭いだす。
だが、気にしていないのか女性はクスリと笑うと席から立ち上がった。
「では、ここでは何ですから外でお教えしますね。大丈夫、感覚としては他人の身体を乗っ取って動かすのと同じですよ、ぶるぅあ」
「「「「………ぶるぅあ?」」」」
なんか、聞き覚えのある語尾の発言にアンセムを除いた四人が同時に言い返す。
何故だか――いや、本能的に嫌な予感がして、念の為にリズが女性へと質問してみた。
「あ、あの…あんた、名前は?」
「ああ、失礼。私、この事件の連中を追っている――]V機関のリーダーです、ぶうぅあ!」
笑顔で言い切る美人の正体は――まさかの、ゼムナスだった。
「ふざけんじゃないわよぉ!!! 何で筋肉ムキムキのナスが宝塚になっているのよぉぉぉ!!!」
「不覚にも見惚れてしまった俺の純粋な心を返しやがれこのストーカー予備軍KYボッチ指導者がぁぁぁ!!!」
「ぶるぁぁぁぁ!!?」
カイリが怒りのアッパーをかまし、撃墜とばかりにクウが新武器による全魔力を込めた白いオーラの拳を鳩尾に放ち窓ガラスを叩き割りながらゼムナスを店の外へと吹き飛ばす。怒り・憎しみの感情だけで、女性の姿でも強大な力を発揮出来るのが証明された瞬間だった。
いやあんたの心純粋でもなく既に穢れきってるだろ。そうグラッセがツッコミたかったがそれどころではない。
地面に倒れるゼムナスにまだ怒りが収まらないのか、そのまま馬乗りになってカイリが殴りかかっているのだから。これにはグラッセが慌てて外に出て叫んだ。
「カカカカイリさん!? 落ち着いて!! 暴れちゃだめぇ!!」
「暴れたくもなるわよっ!!! 美人な上に私よりも大きい胸ってどう言う事だゴラァァァ!!!」
「ぶるあああああ!!? 胸がもげるぅぅぅ!!!」
先程のクウのようにでかくなった胸を剥ぎ取りにかかるカイリに、ゼムナスが悲鳴を上げる。
また新たな騒動が始まってしまった時、町中から《ウゥー!》とけたたましいサイレンの音が鳴り渡った。
「この音は警報か!? 畜生、原因はナスか、カイリか!? だーもう、心当たりが多すぎる!!」
「いやあんたもその一人だからね!?」
頭を押えて叫ぶクウに、すかさずグラッセがツッコミを入れる。
そうこうしている内に大勢の信者が現れ、あっという間にリズ達は囲まれてしまった。
「そこの6人、我々の理念に背く行いをしかと拝見させて貰いました。あなた達を異教徒として処罰させてもらいます」
「くっ…!」
「どうするんですか!?」
「どうするって相手が多すぎるし、こんな体じゃロクに戦えない…」
「ぬぅ…」
リズやグラッセはまだしも、クウは女性の身体でついさっき全部の魔力を使い切ったばかり。シャオもアンセムに変化しているが分が悪いと感じているのか渋い表情を浮かべている。
容赦なくゼムナスを殴っていたカイリも不安がり、絶体絶命のピンチに曝された。
「そこまでだ!」
その時、頭上から鋭い声が飛んでくる。
同時に、リズ達の前に黒い影が降り立った。