カナヅチを治そう
梅雨も過ぎ、夏本番となった炎天下。
集まった場所は青い海、白い砂浜の海。
プライベートビーチにもなりえるディスティニーアイランドの離れ小島に彼らはいた。
その目的は、海で泳ぐ事――と言う、生ぬるい計画ではなかった。
「と言う訳で、数日後の海開きに向けてのカナヅチ克服作戦を開始したいと思います!!」
「嫌だぁぁぁ!! 俺泳ぎたくなんかねー!!」
「あっ逃がすか! バインド!」
「ギャン!」
「ムーン、あなたの犠牲は忘れません!! 瞬羽――」
「先生、あそこの砂浜に遺跡が埋ま」
「どこじゃ遺跡ぃぃぃーーーーーー!!!!!」
初っ端から色々と騒がしいが、この会話だけでもうお分かりだろう。
今回の舞台が海なのは、カナヅチ設定を持つウィド、更にはムーンを巻き込んで少しでも泳げるようにしようと言う計画の為だ。ちなみに、発案者はリズである。
さっそく逃げようとした二人だが、ムーンはグラッセの拘束魔法で足止めされ、ウィドはルキルの嘘の発言で犬のように両手でそこらの砂を掘り返している。
「ほい、確保っと」
「し、しまった!!」
もちろんそれも長くは続かず、結果クウによって羽交い絞めで拘束される事となる。
しかし、この計画に最初から乗り気でなく逃げ出す程だ。拘束したからと言って、「はいそうですか」と納得する程カナヅチを克服しようとする二人ではない。
「うわああああん!!! はなせぇぇぇ!!!」
「なぜ海なんかがあるんだ川なんかがあるんだ…水なんてこの世からなくなってしまえばいいんです…!!」
「いや、水無くなったら世界中の生物生きられないから」
ムーンは力づくで拘束魔法を打ち破ろうとし、ウィドは珍しくネガティブ発言を繰り出すので、ついクセで思わずクウがツッコミを入れる。
そんなこんなでもう諦めるしかない、と言う状況にも関わらず最後まで足掻こうとムーンはキーブレードを取り出した。
「畜生!こうなったら海と川凍らせてやるわぁぁぁ!!」
「いやアンタ氷魔法苦手でしょ」
「そこじゃないリズ」
ついついグラッセがツッコミを入れるが、ムーンの目はやる気だ。
このまま氷属性の技を習得か――と思われた直後、リズが動く。
「もう面倒だから気絶させるか、えい!!」
「ぐほぉ!!」
「これでOK! さぁ海のど真ん中に投げて「氷壁破!!」うわっと!?」
腹を殴って気絶させたムーンを掴んで海に向かうリズに、突如氷の壁が聳え立つ。
振り返ると、クウに組みつかれたままだと言うのにウィドが剣を取り出して海に向かって切っ先を向けていた。
「その手があったか!! 氷ならば私の出番!! 凍れ――!!」
「おい誰かこのシスコン止めろーーーー!!!」
ここ一帯の海を凍らせようとするウィドに、たまらずクウが叫ぶ。
冷気を開放し、剣に宿す…その一瞬の動作は、リズが行動するのに十分な時間だった。
「男なら覚悟決めなさい!!」
「ぎゃあ!!」
「ぐふっ!?」
何とリズは掴んでいたムーンをウィド(と、組みついていたクウ)にぶん投げて攻撃を阻止する。
そうして気絶した二人に、リズはクウに向かって叫んだ。
「今よクウ! ムーンごと海に捨てて来て!」
「お前コイツ(ムーン)と親友なんだよな!!?」
「おいグラッセ! お前あの二人にツッコミ――駄目だクウ! グラッセの目が死んでる!!」
「ツッコミ放棄すんなぁぁーーーー!!!」
*なんやかんやあって、30分後…
「――このままじゃお前らのトラウマが増えるだけだろうから、リズを抜かしての水泳教室を始める。感謝しろ」
最後は上から目線でカナヅチ二人にクウが告げるが、何も言えなかった。
今のクウは水泳教室と言う事でブーメランタイプの海パンにネックレスや腕輪など付けたチャライ水着姿に着替えているが、リズと交戦したのか露出している身体は傷や痣だらけの痛々しい状態だ。
ちなみに隣にいるグラッセも水着に着替えている。こちらはズボンタイプで首には麦わら帽子を付けている。ムーンも同じくズボンタイプに着替えており、ウィドは水着にパーカーを着ていて結んでいる髪を泳ぎやすいように上に束ねている。
「あーあ、私もムーンやウィドに泳ぎを教えたかったのにー」
「止めてくれ…! これ以上先生にトラウマを植え付けないでくれ…!」
「うへへ…露出の多い水着姿、海で滴る男の身体…教師の立場に託けてこの場に来て良かったわぁ…!!(ムーン、頑張りなさい! これも苦手を克服する授業の一環よ!)」
「もうテルスったらぁ、本音と建前が逆よ? クウと弟に手を出してみなさい。その頭吹っ飛ばすわよ?」
「ひぃ!?」
尚、参観者として入り江の近くでリズとルキル、そして大人であるテルスとスピカが思い思いに話していた。
「あの、大丈夫なんでしょうか…?」
「無視しろ。ここからリズを抜かしただけでどれほど大変だったか…!!」
「まあ、その辺の気持ちは分かりますけど…」
歯を食い縛って泣くのを堪えるクウに、グラッセも遠い目を浮かべてしまう。
しかし、それ以上に死人の顔をしている者が目の前にいる。
「泳ぐの…嫌だ…」
「私もですよ…」
珍しく気が合うようで、ムーンとウィドが無表情で海を眺め続ける。
だが、嫌な所を乗り越えてこそ人はより良く成長をするものである。その為に、ここは友として、仲間として教える立場にならなければ。
「とにかく、“泳げるまで”とは言わない。最低限でも“溺れない”所まで俺とグラッセで教えるつもりだ」
「一緒に頑張ろう、ムーン! 皆で泳げるようになったら楽しいからさ!」
「うっ…グラッセが、そう言うなら…」
久々に見るグラッセの笑顔に、ムーンは少しだけ頑張ろうと言う気持ちになる。
「はぁ…ムーンはともかく、どうして私はあなたなんかに教えてもらわないと…」
「俺はスピカにコーチを頼まれたんだよ。お前のカナヅチ克服してくれってな」
「姉さん、私の為にありがとうございますっ!! 頑張ります!!」
「この野郎…っ!!」
あくまでもクウを眼中に置かず、スピカにやる気を見せるウィド。この時彼は「海の底に沈めてやろうか」と本気で思ったとか。
だが、そんなクウの考えなどお構いなしに、姉弟は微笑ましい会話を続ける。
「ウィドー、頑張ってー!」
「はい、頑張りますー! 海など液体の集合体…今の私に死角はない!!」
「ありまくりだー!! 準備運動もせずに飛び込むんじゃ「ゴボゴボゴボ…」ウィドーーーーーー!!!??」
水泳教室を開始して早々。シスコン暴走によってさっそくウィドは海の藻屑と化した…。
まっくらだ…くるしい…
わたしは…しんだのか…?
――ウィドさんがー!
――早く人工呼吸を!
この、声は…ムーンと、テルス…
そうか…わたしは、おぼれて…
――どいて、私がやるわ!
っ!? ね、ねえさんが…わたしに…!
――いや待て、スピカ! 空気吹き込むだけじゃ意味がない!
――ここは俺達がします!
――そう? ならクウとグラッセに任せるわ。
あ、あれ…? なんか…はなしが…?
――で、どうするんだ!? 早く先生を助けてくれ!
――分かってる。まず、息を肺に送り込む為に軌道を。
――あ、こうだろ? 一応知ってるぜ。
――意外ですね、ならクウさん。後はお任せしても?
――ああ、俺が人工呼吸するよ。
「ぐはぁ!? ゲホゲホッ、オゥエ…!!」
気を失っていた筈のウィドは、気力を振り絞って起き上がった。
ようやく視界が戻ると、クウの顔がすぐ傍にある。あと少しで人工呼吸させられる所だったようだ。
「良かったわ! ウィド、大丈夫!?」
四つん這いで海水を吐き出すウィドに、スピカは涙目で抱きしめる。
「…ダイジナモノヲウシナウトコロダッタ…!!」
ウィドは青い顔でそれだけ言うと、残りの海水を必死で吐き出した。
尚、彼の言う大事なモノが命なのか、はたまた別の何かだったのか。残念ながら知る事はないだろう。
ようやくウィドが回復し、水泳教室が再開する。しかし、先程の出来事によりムーンは意欲が激減していた。
「あの、本当に俺カナヅチ克服できるのか…?」
「あいつは勝手に暴走しただけだ。自業自得な行いしなければ溺れずに済む」
「なら、ここは私が泳ぎのフォームを教えるわ!」
クウが言い聞かせていると、ここで同行者のテルスが名乗りを上げる。これにグラッセは意外と言わんばかりに目を丸くした。
「え? テルスさんが?」
「水泳も授業の一環でしていたのよ。まずは海に立ちなさい!」
テルスが指示を出すので、二人は言われるままに海の中に入る。
腰までは怖いので膝元辺りまで来ると、テルスは杖を取り出した。
「で、魔法で…ゼログラビラ!」
そうして、二人に向かって重力の魔法を放つ。
威力は抑えてあるのかダメージは起きず、代わりに二人の体が無重力状態で浮き上がる。
これにはグラッセとリズも珍しく感心した。
「なるほど! 無重力状態にして、安全に泳ぎの形を教えるんですね!」
「へー、凄いわテルス! 先生らしいじゃない!」
「これは凄えぇ…!」
「ええ…安心して出来そうです」
「さ、行くわよ…手取り足取りで教えてあげる…!」
この時…テルスの怪しげな瞳を見るまで、ムーンとウィド。そして他の人も失念していた。
彼女が、とんでもないスケベ属性を持っている事に。
「お、おいテルスどこ触って…キャーーー!!?」
「ひぃ!? は、放せぇ!! 私にそんな趣味は…!!」
「ぐへへへ、良いではないか良いではないかぁ!! さあ、泳ぎと一緒に大人の授業も「エアリルアーツゥ!!!」こぶぉ!!?」
二人の身体を厭らしい手つきで触りまくるテルスに、とうとう鉄槌の蹴りが下された。
「なぁにを教えようとしとんじゃぁぁぁ!!!」
魔の手から二人を助けると同時に、テルスを海の底に沈めようと何度も足蹴りをするクウ。女性に優しい性格と断言しているが、流石にこの行為は許せないようだ。
だが、蹴りを繰り出していた足に、途中から違和感を感じる。攻撃を止めて、よーく目を凝らすと…海に沈めていたテルスが目を光らせ、逆にクウの足を掴んでいた。
「テ、テルス…サン?」
「(ぶくぶくぶく――ザバァ!!)ぶはぁ!! スケベはこんな事で屈指はしなーい!! と言う訳で、ガシー!」
「うぎゃあ!! おい太腿触んなぁー!?」
「ぐっふっふ。同じスケベ仲間、こう言う体験はしておくべきよー? さあ、その邪魔な水着を取ってあなたも丸裸に「連続エレメト!」え…ふぎゃああああああぁ!!?」
突然テルスに様々な属性の魔法が幾多も飛んでくると、まるで水切りの石ように水面を飛んでは跳ねて飛んでは跳ねてを繰り返し、最後は水平線の辺りで沈没する。
全員が魔法の飛んできた方向を見ると、スピカが笑いながら手を翳していた。
「言った筈よ、テルス。二人に手を出したら、地平線の彼方まで吹っ飛ばすって♪」
(((そんなの一言も言ってない…)))
そうスピカにツッコミたかったが、明らかに怒りMAXな彼女に言える訳もなかった。
それから数日後―――海開き当日。
「わーい!」
「それー!」
サンサンと照り付ける太陽の日差しの中、水着に着替えたリズ達はもちろん、クウ達も誘って海で思い思いに過ごしている。
そんな中、結局泳げなかったウィドとムーンは二人一緒に、ビーチパラソルの下で三角座りしながら彼らが遊ぶのを遠くから眺めていた。
「…まあ、何です。泳げなくても困る事はありませんよね」
「そうだな…一人は寂しいが、誰かと一緒なら寂しくはないし」
そう言うと、お互いに顔を見合わせて笑い合う。
今回は残念な結果だった。でも、不思議と寂しくはない。
だって、一人ではないのだから。
「クウー!」
「うぉ! スピカ、何くっついて…!」
「んなぁ! ク、クウさん! 私もギューです!」
「あら、負けないわよ?」
「ぬおおおおおおおぉ!!! 貴様ぁ、よくも姉さんに抱き着いてくれたなぁぁぁ!!!」
「うぉあぁ!?」
「ギャン!!」
「ひー!? ジェダイトが氷漬けにー!?」
「…泳げるようになろう。一刻も早く」
砂浜から氷の剣技を飛ばしてスピカとレイアに抱き着かれるクウを狙うウィドの隣で、ムーンは密かにそんな決意をしていた。
集まった場所は青い海、白い砂浜の海。
プライベートビーチにもなりえるディスティニーアイランドの離れ小島に彼らはいた。
その目的は、海で泳ぐ事――と言う、生ぬるい計画ではなかった。
「と言う訳で、数日後の海開きに向けてのカナヅチ克服作戦を開始したいと思います!!」
「嫌だぁぁぁ!! 俺泳ぎたくなんかねー!!」
「あっ逃がすか! バインド!」
「ギャン!」
「ムーン、あなたの犠牲は忘れません!! 瞬羽――」
「先生、あそこの砂浜に遺跡が埋ま」
「どこじゃ遺跡ぃぃぃーーーーーー!!!!!」
初っ端から色々と騒がしいが、この会話だけでもうお分かりだろう。
今回の舞台が海なのは、カナヅチ設定を持つウィド、更にはムーンを巻き込んで少しでも泳げるようにしようと言う計画の為だ。ちなみに、発案者はリズである。
さっそく逃げようとした二人だが、ムーンはグラッセの拘束魔法で足止めされ、ウィドはルキルの嘘の発言で犬のように両手でそこらの砂を掘り返している。
「ほい、確保っと」
「し、しまった!!」
もちろんそれも長くは続かず、結果クウによって羽交い絞めで拘束される事となる。
しかし、この計画に最初から乗り気でなく逃げ出す程だ。拘束したからと言って、「はいそうですか」と納得する程カナヅチを克服しようとする二人ではない。
「うわああああん!!! はなせぇぇぇ!!!」
「なぜ海なんかがあるんだ川なんかがあるんだ…水なんてこの世からなくなってしまえばいいんです…!!」
「いや、水無くなったら世界中の生物生きられないから」
ムーンは力づくで拘束魔法を打ち破ろうとし、ウィドは珍しくネガティブ発言を繰り出すので、ついクセで思わずクウがツッコミを入れる。
そんなこんなでもう諦めるしかない、と言う状況にも関わらず最後まで足掻こうとムーンはキーブレードを取り出した。
「畜生!こうなったら海と川凍らせてやるわぁぁぁ!!」
「いやアンタ氷魔法苦手でしょ」
「そこじゃないリズ」
ついついグラッセがツッコミを入れるが、ムーンの目はやる気だ。
このまま氷属性の技を習得か――と思われた直後、リズが動く。
「もう面倒だから気絶させるか、えい!!」
「ぐほぉ!!」
「これでOK! さぁ海のど真ん中に投げて「氷壁破!!」うわっと!?」
腹を殴って気絶させたムーンを掴んで海に向かうリズに、突如氷の壁が聳え立つ。
振り返ると、クウに組みつかれたままだと言うのにウィドが剣を取り出して海に向かって切っ先を向けていた。
「その手があったか!! 氷ならば私の出番!! 凍れ――!!」
「おい誰かこのシスコン止めろーーーー!!!」
ここ一帯の海を凍らせようとするウィドに、たまらずクウが叫ぶ。
冷気を開放し、剣に宿す…その一瞬の動作は、リズが行動するのに十分な時間だった。
「男なら覚悟決めなさい!!」
「ぎゃあ!!」
「ぐふっ!?」
何とリズは掴んでいたムーンをウィド(と、組みついていたクウ)にぶん投げて攻撃を阻止する。
そうして気絶した二人に、リズはクウに向かって叫んだ。
「今よクウ! ムーンごと海に捨てて来て!」
「お前コイツ(ムーン)と親友なんだよな!!?」
「おいグラッセ! お前あの二人にツッコミ――駄目だクウ! グラッセの目が死んでる!!」
「ツッコミ放棄すんなぁぁーーーー!!!」
*なんやかんやあって、30分後…
「――このままじゃお前らのトラウマが増えるだけだろうから、リズを抜かしての水泳教室を始める。感謝しろ」
最後は上から目線でカナヅチ二人にクウが告げるが、何も言えなかった。
今のクウは水泳教室と言う事でブーメランタイプの海パンにネックレスや腕輪など付けたチャライ水着姿に着替えているが、リズと交戦したのか露出している身体は傷や痣だらけの痛々しい状態だ。
ちなみに隣にいるグラッセも水着に着替えている。こちらはズボンタイプで首には麦わら帽子を付けている。ムーンも同じくズボンタイプに着替えており、ウィドは水着にパーカーを着ていて結んでいる髪を泳ぎやすいように上に束ねている。
「あーあ、私もムーンやウィドに泳ぎを教えたかったのにー」
「止めてくれ…! これ以上先生にトラウマを植え付けないでくれ…!」
「うへへ…露出の多い水着姿、海で滴る男の身体…教師の立場に託けてこの場に来て良かったわぁ…!!(ムーン、頑張りなさい! これも苦手を克服する授業の一環よ!)」
「もうテルスったらぁ、本音と建前が逆よ? クウと弟に手を出してみなさい。その頭吹っ飛ばすわよ?」
「ひぃ!?」
尚、参観者として入り江の近くでリズとルキル、そして大人であるテルスとスピカが思い思いに話していた。
「あの、大丈夫なんでしょうか…?」
「無視しろ。ここからリズを抜かしただけでどれほど大変だったか…!!」
「まあ、その辺の気持ちは分かりますけど…」
歯を食い縛って泣くのを堪えるクウに、グラッセも遠い目を浮かべてしまう。
しかし、それ以上に死人の顔をしている者が目の前にいる。
「泳ぐの…嫌だ…」
「私もですよ…」
珍しく気が合うようで、ムーンとウィドが無表情で海を眺め続ける。
だが、嫌な所を乗り越えてこそ人はより良く成長をするものである。その為に、ここは友として、仲間として教える立場にならなければ。
「とにかく、“泳げるまで”とは言わない。最低限でも“溺れない”所まで俺とグラッセで教えるつもりだ」
「一緒に頑張ろう、ムーン! 皆で泳げるようになったら楽しいからさ!」
「うっ…グラッセが、そう言うなら…」
久々に見るグラッセの笑顔に、ムーンは少しだけ頑張ろうと言う気持ちになる。
「はぁ…ムーンはともかく、どうして私はあなたなんかに教えてもらわないと…」
「俺はスピカにコーチを頼まれたんだよ。お前のカナヅチ克服してくれってな」
「姉さん、私の為にありがとうございますっ!! 頑張ります!!」
「この野郎…っ!!」
あくまでもクウを眼中に置かず、スピカにやる気を見せるウィド。この時彼は「海の底に沈めてやろうか」と本気で思ったとか。
だが、そんなクウの考えなどお構いなしに、姉弟は微笑ましい会話を続ける。
「ウィドー、頑張ってー!」
「はい、頑張りますー! 海など液体の集合体…今の私に死角はない!!」
「ありまくりだー!! 準備運動もせずに飛び込むんじゃ「ゴボゴボゴボ…」ウィドーーーーーー!!!??」
水泳教室を開始して早々。シスコン暴走によってさっそくウィドは海の藻屑と化した…。
まっくらだ…くるしい…
わたしは…しんだのか…?
――ウィドさんがー!
――早く人工呼吸を!
この、声は…ムーンと、テルス…
そうか…わたしは、おぼれて…
――どいて、私がやるわ!
っ!? ね、ねえさんが…わたしに…!
――いや待て、スピカ! 空気吹き込むだけじゃ意味がない!
――ここは俺達がします!
――そう? ならクウとグラッセに任せるわ。
あ、あれ…? なんか…はなしが…?
――で、どうするんだ!? 早く先生を助けてくれ!
――分かってる。まず、息を肺に送り込む為に軌道を。
――あ、こうだろ? 一応知ってるぜ。
――意外ですね、ならクウさん。後はお任せしても?
――ああ、俺が人工呼吸するよ。
「ぐはぁ!? ゲホゲホッ、オゥエ…!!」
気を失っていた筈のウィドは、気力を振り絞って起き上がった。
ようやく視界が戻ると、クウの顔がすぐ傍にある。あと少しで人工呼吸させられる所だったようだ。
「良かったわ! ウィド、大丈夫!?」
四つん這いで海水を吐き出すウィドに、スピカは涙目で抱きしめる。
「…ダイジナモノヲウシナウトコロダッタ…!!」
ウィドは青い顔でそれだけ言うと、残りの海水を必死で吐き出した。
尚、彼の言う大事なモノが命なのか、はたまた別の何かだったのか。残念ながら知る事はないだろう。
ようやくウィドが回復し、水泳教室が再開する。しかし、先程の出来事によりムーンは意欲が激減していた。
「あの、本当に俺カナヅチ克服できるのか…?」
「あいつは勝手に暴走しただけだ。自業自得な行いしなければ溺れずに済む」
「なら、ここは私が泳ぎのフォームを教えるわ!」
クウが言い聞かせていると、ここで同行者のテルスが名乗りを上げる。これにグラッセは意外と言わんばかりに目を丸くした。
「え? テルスさんが?」
「水泳も授業の一環でしていたのよ。まずは海に立ちなさい!」
テルスが指示を出すので、二人は言われるままに海の中に入る。
腰までは怖いので膝元辺りまで来ると、テルスは杖を取り出した。
「で、魔法で…ゼログラビラ!」
そうして、二人に向かって重力の魔法を放つ。
威力は抑えてあるのかダメージは起きず、代わりに二人の体が無重力状態で浮き上がる。
これにはグラッセとリズも珍しく感心した。
「なるほど! 無重力状態にして、安全に泳ぎの形を教えるんですね!」
「へー、凄いわテルス! 先生らしいじゃない!」
「これは凄えぇ…!」
「ええ…安心して出来そうです」
「さ、行くわよ…手取り足取りで教えてあげる…!」
この時…テルスの怪しげな瞳を見るまで、ムーンとウィド。そして他の人も失念していた。
彼女が、とんでもないスケベ属性を持っている事に。
「お、おいテルスどこ触って…キャーーー!!?」
「ひぃ!? は、放せぇ!! 私にそんな趣味は…!!」
「ぐへへへ、良いではないか良いではないかぁ!! さあ、泳ぎと一緒に大人の授業も「エアリルアーツゥ!!!」こぶぉ!!?」
二人の身体を厭らしい手つきで触りまくるテルスに、とうとう鉄槌の蹴りが下された。
「なぁにを教えようとしとんじゃぁぁぁ!!!」
魔の手から二人を助けると同時に、テルスを海の底に沈めようと何度も足蹴りをするクウ。女性に優しい性格と断言しているが、流石にこの行為は許せないようだ。
だが、蹴りを繰り出していた足に、途中から違和感を感じる。攻撃を止めて、よーく目を凝らすと…海に沈めていたテルスが目を光らせ、逆にクウの足を掴んでいた。
「テ、テルス…サン?」
「(ぶくぶくぶく――ザバァ!!)ぶはぁ!! スケベはこんな事で屈指はしなーい!! と言う訳で、ガシー!」
「うぎゃあ!! おい太腿触んなぁー!?」
「ぐっふっふ。同じスケベ仲間、こう言う体験はしておくべきよー? さあ、その邪魔な水着を取ってあなたも丸裸に「連続エレメト!」え…ふぎゃああああああぁ!!?」
突然テルスに様々な属性の魔法が幾多も飛んでくると、まるで水切りの石ように水面を飛んでは跳ねて飛んでは跳ねてを繰り返し、最後は水平線の辺りで沈没する。
全員が魔法の飛んできた方向を見ると、スピカが笑いながら手を翳していた。
「言った筈よ、テルス。二人に手を出したら、地平線の彼方まで吹っ飛ばすって♪」
(((そんなの一言も言ってない…)))
そうスピカにツッコミたかったが、明らかに怒りMAXな彼女に言える訳もなかった。
それから数日後―――海開き当日。
「わーい!」
「それー!」
サンサンと照り付ける太陽の日差しの中、水着に着替えたリズ達はもちろん、クウ達も誘って海で思い思いに過ごしている。
そんな中、結局泳げなかったウィドとムーンは二人一緒に、ビーチパラソルの下で三角座りしながら彼らが遊ぶのを遠くから眺めていた。
「…まあ、何です。泳げなくても困る事はありませんよね」
「そうだな…一人は寂しいが、誰かと一緒なら寂しくはないし」
そう言うと、お互いに顔を見合わせて笑い合う。
今回は残念な結果だった。でも、不思議と寂しくはない。
だって、一人ではないのだから。
「クウー!」
「うぉ! スピカ、何くっついて…!」
「んなぁ! ク、クウさん! 私もギューです!」
「あら、負けないわよ?」
「ぬおおおおおおおぉ!!! 貴様ぁ、よくも姉さんに抱き着いてくれたなぁぁぁ!!!」
「うぉあぁ!?」
「ギャン!!」
「ひー!? ジェダイトが氷漬けにー!?」
「…泳げるようになろう。一刻も早く」
砂浜から氷の剣技を飛ばしてスピカとレイアに抱き着かれるクウを狙うウィドの隣で、ムーンは密かにそんな決意をしていた。
■作者メッセージ
今回の番外編ですが、これは前にリラさんとチャットをしていた際に思い付いた夏のネタです。お互いカナヅチ設定を持つキャラが水泳教室したら…と言う話から盛り上がり、一話キッカリの作品として出すことができました。
その為、リラさんのキャラも一緒になって出てますが、ちゃんとネタの際に許可は取ってあります。
その為、リラさんのキャラも一緒になって出てますが、ちゃんとネタの際に許可は取ってあります。