誕生日の人、おめでとう
走る。晴天の青空の下を。何度も戻ってきた帰り道を。
小さな足を精一杯動かし、小さな手に握り締めた物を落とさないように。
やがて見えた自分の家。ずっと走ったから疲れて立ち止まるけど、すぐに息を整えて中に入る。
中にいるのは、自分と同じ黒髪と黒目をしているお母さん。そして、金髪で青目の父さん。父さんが何かを渡していて、お母さんは凄く喜んでいる。
それを見て何だか羨ましくて、自分も言われたくて、すぐにお母さんの所に走って差し出した。
それは、折り紙で作った花。子供だから、父さんみたいに買う事が出来なくてこう言うのしか出来なかった。
それでも、お母さんは喜んでくれた。同じ笑顔を見せてくれて、頭を撫でて作ったプレゼントを受け取ってくれた。
――ありがとう。こうして家族に祝って貰えるなんて、今日は最高の誕生日ね。
たったそれだけなのに、凄く嬉しいのとくすぐったい気持ちになったんだ。
でも、気持ちは分かる。お母さんと同じように誕生日を祝って貰えて、凄く嬉しかった。プレゼントもそうだし、祝って貰えるから愛されているんだって実感するんだ。
それだけじゃない。歳を取る事に大人に近づける。だから子供の頃は誕生日が楽しみで楽しみで仕方なかった。
だけど、何時からだろう。大人になるのが億劫になったのは。
大人になると言うのが、どれだけ大変なのか。
子供の頃が羨ましいと思えてしまうのは。
誕生日を迎えても、特別な日って思えなくなって。
…そんな気持ち、何時しか心から消えていった。
「……ん…」
朝日が顔に差し込み、クウはまどろみから目を覚ます。
今いる部屋はデイブレイクタウンのキーブレード使いに与えられる一室。来たばかりで泊まる場所の無い自分達の為にと、一人のキーブレード使いが特別に建物を管理する人に頼み込んで借りた空き部屋だ。
寝ていたベットから体を起こす。まだボンヤリする頭で目をこすっていると、指が濡れる感触がする。その事実に気づくと、頬に水滴が伝った。
「っ、何で…っ!」
何もしていないのに、勝手に瞳から涙が零れ落ちる。
止まらない涙にゴシゴシと乱暴に拭っていると、扉から控えめなノックが鳴った。
「クウさん、起きてますか?」
「あ、レイア。ちょっと待て…」
泣いている所を見せられないとより強く目元を擦るが、扉越しのレイアは部屋に入ろうとしなかった。
「いえ、このままでいいので聞いて下さい。準備が出来たら噴水前にあるモーグリの店に来てくださいね? 待ってますから」
「おい、レイア?」
つい条件反射で呼び止めるが、レイアは部屋の前から去っていく。クウは残された伝言の意味を考えつつ、収まりつつある涙を拭った。
街の中央にある噴水広場。そこは、世界中でルクスを回収するキーブレード使い達の憩いの場の一つだ。
準備を終えたクウはそこに辿り着くと、モーグリの経営する店の扉を開けた。
「レイア、来た、ぞ…?」
中を見ると、いつもはロウソクの灯りでほんのり明るい店内が真っ暗になっている。
普段とは違う闇に塗り潰された店内に、クウは不審がりながら中に入る。
そのまま3歩ぐらい踏み込んだ所で、唯一の光源となる開けている扉がなぜか独りでに閉まった。
「なっ――!」
光が遮断されて暗闇の中に閉じ込められる。驚きながらもクウは真っ直ぐに扉の方に手を伸ばす。
パン、パン、パパパーンっ!!
直後、クラッカー音と共に店内が一気に明るくなった。
『誕生日、おめでとうっ!!』
そうして、暗闇の中で隠れていたであろう大勢の人に祝いの言葉を贈られた。
「…エ?」
「もう、クウったら。やっぱり自分の誕生日忘れてたのね」
「姉さんが教えてくれなかったらスルーしてましたよ、ホントに」
未だ思考が追い付いてないクウに、スピカとウィドが呆れながら不貞腐れる。
すると、後ろからツバサが手を引っ張ってくる。どうやら、彼女が開けっぱなしにしておいた扉を閉めたようだ。
「見て見て、師匠! これ、ボク達が急ピッチで作ったんだよ! あと、このケーキ! ルキルさんとオパールさんとリリィさんが作ってくれたの!!」
壁の飾りつけやテーブルに並べられた料理を見せつけ、得意げになるツバサ。
今気づいたが、ここにいるのは三人だけじゃない。レイア・オパール・ルキル・リリィ・シルビア、組織で世話になったクロトスラル・スズノヨミ、そして知らない顔の子供が三人――名はリヴァル・フレイア・ルシフだが――もいる。
これらの光景に、ようやくクウも今日が何の日か理解した。
「…あー、そういや俺の誕生日だったっけ…」
「ったく、年に一度の大事な日を忘れるって一つ歳を取っただけでボケが進行したのかい?」
「だからお前は何時まで経ってもバカ弟子なんだよ」
「あぁ!? 自分の誕生日忘れてたくらいでそこまで言うかよ年寄り二人組!」
「「誰が年寄りって、ええ!?」」
売り言葉に買い言葉でクロトスラルとスズノヨミが喧嘩腰になる中、呆れながらリヴァルがクウを席に引っ張った。
「いいから主役はさっさと席につけ。わざわざ関係ない……(十分関係あるが)……僕達まで巻き込んだんだ、早く終わらせろ」
「誰だ、この黒髪赤目のガキ? しかも後ろに知らない二人組も…――あれ? どっかで見たような顔な気が」
「あー! 未来からシャオ…と言うかツバサに連れてこられた関係者だよ!」
「早く座ってくださいっ!!」
「うおっ!?」
まるで話を遮るように、無理やりフレイアとルシフに席に座らされたクウ。
仕方なく目の前に広がる数々の料理を眺めていると、レイアが背中に何かを隠しながら隣に立った。
「はい、クウさん。これ、私達からです」
「花束?」
渡されたのは、赤や黄色にピンクと明るい色の花と、それらの花を引き立てる様に飾られた白い小さな花だ。
花束を受け取って観察するクウに、レイアとシルビアはにっこりと笑顔になる。
「この花は【ジニア(百日草)】です。花言葉は《絆》、《いつまでも変わらぬ心》って意味があるんですよ?」
「そして、この小さな白い花は【カスミソウ】でな。花言葉は《感謝》――《無垢の愛》じゃ」
「本当はクウの欲しい物を用意したかったんだけど、気づいたの昨日だったから…でも、これなら私達の思いが伝わるでしょ?」
二人と同じように、スピカも花束を贈った意味を告げる。
「私は殆どあなたと面識ないですが、リクとオパールの友達なら私とも友達ですよね? だから一緒に祝わさせて貰いました」
関係性の薄いリリィも、はにかむ様に笑う。
彼女だけじゃない。師匠も、スズも、知らない子供達も、自分の誕生日を祝う為にここにきている。
嬉しい筈なのに、胸に込み上げたのは罪悪感だった。
「……何か、ごめん」
「何で謝るんだ?」
突然謝るクウに、不思議そうにルキルが訊き返す。
「だって、俺…迷惑ばっかりかけてるし。皆の気持ちに何も、返してやれない…」
「迷惑かけてるって自覚はあったんですね。ええ、あなたは本当に女たらしで嫌らしいし行動が突拍子だし変な持論を押し付けるし無茶して心配させるし人の気持ち考えないしで迷惑かけてばっかりですよ」
グサグサと心に来る事を浴びせるものだから、クウのメンタルもボロボロになってしまう。
流石にこれ以上はまずいとウィドを止めようとした時、「でも」と区切るように呟く。
「そんな人でも、私は祝いたいと思いました――でなければ、こんな催しに最初から参加なんてしてません」
「ウィド…」
「今の、もしかしてツンデレ?」
「あなたに言われるとは、私も終わりですかね?」
「ちょっとどういう意味!!」
未だ収まらないウィドの毒舌に、今度はオパールが騒ぎ立てる。
こんな時にまで賑やかな一時にクウも笑ってしまう。ようやく笑顔になったクウに、レイア、スピカ、シルビア、ツバサは互いに目配せしてから彼に向き直った。
「私達も同じです。だって、こんな広い世界で沢山の人がいる中で、こうしてクウさんと出会えた。クウさんと今もこうして絆が繋がってます」
「お互い大人になって環境も思考も変わったけど、大事な部分は変わってなかった。いつまでも変わらぬ心を持ってて、私は凄く嬉しかったわ」
「ボクは師匠に感謝してるよ。沢山教えて貰って、沢山助けて貰って…こんないい人と奇跡に近い出会いがあった事を本当に感謝してる」
「我は…いや、我らはお主に与えた気持ちや物を返して欲しいなどと思っとらん。お主だって我らと同じ無垢の愛を抱いては接してきた。それと同じじゃ」
「「「「クウ(クウさん)(師匠)。生まれてきてくれて、出会ってくれてありがとう!!」」」」
普段は言えない、彼女達の心からの気持ちにクウは花束を強く握り締める。
花束に込められた意味。ここにいる皆が自分を思う感情。その全てを受け止めて、クウも今の気持ちを返した。
「ありがと…っ!!」
必死で泣くのを堪えて笑おうとするが、顔が歪んでしまい涙を流してしまう。でも、この場にいる全員は純粋なクウの気持ちを笑顔で受け止めた。
誕生日はケーキや料理、プレゼントがあるだけじゃ意味がない。
誰かが一つ年を重ねた自分を祝ってこそ、本当の意味を持つのだ。
こうしてクウの誕生日で店の中が盛り上がっているが、その様子を店の窓から見ている人物が三人いた。
一人は白いローブを着た青年。二人目は、長い黒髪に黒のワンピースを着た少女。最後は着物姿に長い挑発と眼帯を付けたキーブレードを持つ女だ。
「いやー、ありがとね。この日の為に店を貸し切りにして貰って」
「別に構わないよ。この店だって、お得意様のよしみで頼んでモーグリに借りれたから。君達が泊まり込んだ施設も《新しいキーブレード使いが来た》って事でマスターのイラ様と交渉したに過ぎないから」
「どうして、私達の無茶振りを承諾したんですか……?」
「誕生日はその人にとって特別な日。だから祝わせる手伝いをしただけだよ。でも彼、幸せ者だね。こんなに沢山祝ってくれる人がいて…羨ましいな」
「そうだね…俺達も早くみんなの輪の中に入りたいな」
「入らないの?」
「入れません、私達はまだ……」
「うん。皆の前に入れる時じゃないからね…でも、そう遠くないうちに俺達は出会える。そう信じてるから」
「そっか…それじゃ、後はお好きに。もし次会う時、運が良ければ貰える魚座のチャームクラウン付けてると思うからそれを目印にするといいよ」
「うん、ありがとね。“親切なキーブレード使い”さん」
「棘のある言い方だなぁ…じゃあね、デコボコなお二人さん」
■作者メッセージ
衝動に襲われて書いてしまった。反省はする、後悔はない。
と言うのも、私の誕生日を迎える前日に唐突に誕生日と言う意味について悶々と考えてしまって…物も料理も大事だけど、結局大事なのは誕生日を祝ってくれる人と気持ちなんじゃないかなと考えてこんな話を作りました。
誕生日は本来、自分が生まれてきた日。それが『特別な日』となったのは、一年に一度の日を祝ってくれる人がいるから。物を貰ったり豪華な料理を食べたり、そんな贅沢な事を一人でするよりは、誰かと一緒にいて「おめでとう」と言ってくれた方が嬉しい。そして、子供の頃は誕生日は楽しみの一つだったのに、大人となった今では歳を取るのが億劫になっている――そんな実体験をもとに、今回の話を書き上げました。きっとKHで言う《繋がる心》と言うのは、こう言うのも含まれるんじゃないかと個人的に思ってます。
ちなみに、クウの誕生日ですが…と言うか、うちのキャラの誕生日設定は全く考えてません。今日クウに置き換えて出したのは、元々彼が主役級の立ち位置と言うのもあるのですが、密接な関係があったので今回誕生日を彼に置き換えました。ここで小説書き始めて長いですが、初めてクウの家族を出したかもしれません…頭の片隅でちらっと考えてはいたんですが、些細な設定なので出す予定は0だったんですが。
あと、花言葉の意味もネットで検索しながら調べているので合っていると思います。出来るだけこれからの付き合いや繋がり、何より彼女達の思いをどう表現するかで苦労しました。
そして最後に登場した三人ですが、キーブレード使い以外の二人は今後の新キャラです。昔GAYMの時に使っていたキャラなので、それなりのプランも頭に構成しています。キーブレード使いは、KHχで使っている私のキャラです。もうすぐ春ですが、暖かくなるまでは厚着の恰好をさせたくて《大正ロマン》の服を着させています。そしてランキング入りすれば魚座のチャームクラウン…私の誕生日の星座が貰えるので、今必死に頑張ってます。5000位入りしないと貰えないってスマホになってから鬼畜仕様になってないか運営…?PC版は10000位以内で限定アイテム貰えたのに…。
愚痴はここまでとして…これから誕生日の方、もう過ぎてしまった人、そうでない方もおめでとう。