リラ様誕生日企画・Part5-2
なんで、こんな事になったんだろう?
ツバサはそうぼんやり考えながら、目の前で椅子に座って対峙しているグラッセを見る。完全に勝ちを狙う顔をしており、テーブルに置いてある盤上にチェスの駒を並べている。陣営は自分が黒、グラッセが白だ。
勝負を持ち掛けられたと思ったらオパールの家に戻り、チェスで対決する事になった。黙々とグラッセが対局の準備をする中、他の人達は観戦するために周りに集まっている。
その一人であるテルスは、二人を様子を眺めつつ頬に手を当てていた。
「それにしても、帰ってきて早々あの子とチェス勝負ねぇ…」
「うー…あのままリクにリベンジするつもりだったのにぃ…」
「他にもやりたい人いるんだから。独占しちゃダメだよ、オパール」
「いいじゃない! 元はと言えばあたしのでしょ、あのチェスー!」
「俺だってまたリクと対戦したいー!」
「…すまないな、騒がしい二人で」
「あ、いえ…お気遣いなく」
嗜めるカイリに文句をぶつけるオパールとソラに、原因とも言えるリクが謝る。そんな姿に、ジェダイトはどこか苦労人を見るような目線を送る。
そんな話をしている間にも、準備が完了した。
「それじゃ、始めよっか」
「グラッセは、その…チェスの経験、あるの?」
「知識で知ったくらいだよ。そう言う君は?」
「ボクは…今しがた、やったばかり。駒の動かし方は、知ってる」
「お互い初心者か。ま、お手柔らかに頼むよ」
笑ってそう言うグラッセ。ある程度緊張を解そうとしているのだろう。けれど、ツバサは笑う気になれなかった。
「先行後攻はどうするの…?」
「ツバサからでいいよ。女性には優しくしろってさっき怒られたばっかりだしね」
「…じゃあ、よろしく」
ぎこちなくも挨拶をして、早速黒のポーンを摘まんで一手を打つ。グラッセも同じように、まずはポーンを動かす。
二人とも初手は様子見といった無難なスタート。ここからどう動くのかは、当人しか分からない。
「それにしても…」
「どうしたんだい、レイア?」
「ツバサさん、何だか乗り気じゃないように思えて…私達と、正確にはクウさんと一回だけやった時は楽しそうだったんですが」
暢気なラックと違い、レイアは心配そうにツバサを見る。勝負が始まったのに、どことなく不安気な表情でビショップの駒を斜めに動かす。
「ふーん? 子供相手に本気出したんじゃないだろうね、クウは?」
「うん、本気出したよ。本気を出して負けてたんだ」
「流石にあれは…うん」
「ヴェン、テラ、余計な事は言わなくていいんだよ!?」
相当に負けを見たのだろう。泣きそうになるクウの悲鳴が響き渡った。
白の駒。黒の駒。交互に駒を動かし合い、キングの駒を取る為に動かしていく。
その過程で、それぞれの駒が取られては取って。どんどん盤上にあった駒が少なくなっていく。
条件は一緒の筈なのに。一手一手で行動しているはずなのに。
黒がどんどん無くなっていく。
(どうしよう…どうしよう…!)
必死で頭を働かせるが、思いつかなくて無難にキングの駒を安全圏へと動かす。
そんな一手を、グラッセはナイトの駒で追い詰める。
「何て言うか…どんな戦い方するのかなって思ったんだけど、逃げてばっかりだ。いや、時間を稼いでいる感じか?」
「……追い詰められたら、それくらいしか出来ないよ…」
「それと、気になってたんだけど。君も一緒なんだね、シャオと」
「そ、そうかな…?」
「君もシャオと同じで、自分の事を『ボク』って言うだろ。それに、キーブレードも」
「っ…!」
嫌でも動揺が走る。胸の内がザワザワする。
盤上を見ても、もうどうすればいいか分からなくなる。それでも、キングは取られたくなくて後ろに下がらせる。
「はい、クイーンゲットっと」
「あっ…!」
縦・横・ナナメを自由に動けるクイーンを取られてしまい、ツバサの顔色が一気に悪くなる。
こちらも対抗してクイーンを奪おうとするが、逆に他の駒を取られて戦力が奪われていく。
その光景はまるで…光が闇を消し去っていくようだ。
「これでチェックだ」
気づけば、黒のキングは一気に攻めた白のクイーンに取られる所まで来ていた。
このままでは次のグラッセの番でキングは取られてしまい、負けになる。
「………」
「何も出来ないって事は、チェックメイトだな」
顔を俯かせ、ギュっと膝の上で両手の拳を握る。
きっと、これでいい。
怯えちゃダメだ。
負けたのだから、本当の事を話さないと…。
「グラッセ…ボクは――」
「…ちょっとだけ、『ストップ』」
スピカが言うと、周りの空気が凍った。凍った、と言うのは少し語弊がある。
止まったのだ。グラッセも、ソラ達も。魔法による妨害に耐性があるラックと、ここ一帯に時の魔法を使ったスピカ。そして自分以外。
「は? え? はい!?」
「スピカさん…?」
狼狽えるラックを余所に、スピカはこちらを見て腕を組む。
その表情は、真剣そのものだ。
「ねえ、ツバサ。本当にいいの?」
「いいの、って…だって、そう言う約束だし、隠し事だって、良くないし…っ!」
「ツバサ?」
怯えて俯きながらも自分の思いを伝える。ラックは何が何だか分かってない様子だ。
あんな別れ方をしたけど、リズ達とは友達なのだ。ずっと自分がシャオであった事を隠し通す訳にはいかない。本当の事を話さないといけない、その気持ちだって嘘じゃない。
そうやって無理やり奮い立たせようとしてた自分に、スピカは優しく笑いかけた。
「自分の秘密を話すのは大事。信じてくれる人ならね――けれど、秘密を話すのはそれだけじゃダメ。あなたの覚悟も必要な事」
「覚悟…?」
「ツバサ。私はあなたに自分の過去をありのまま、全てを話してはいない。まだまだ言ってない事は沢山ある」
突然の告白に、思わず目を見開く。
「私だけじゃない。みんな、語っていない何かしらの傷を持っている。自分が信じられる人だけじゃダメ。それはただ、秘密を開く為の心の鍵を渡しただけ」
「そう、なの…?」
「ええ。一番分かりやすいのはオパールかしら、彼女はリクの事好きだけど告白までは至ってないでしょ? 私達みたいに」
ああ、とスピカが語った内容を納得する。
オパールはリクの事が好きなのは明らかだ。けれど、本人は正反対の態度を取って好意を隠している。告白出来るだけの勇気を持っていないから。今の関係に一歩踏み出す事はせず、現状維持を続けている。
正直二人の関係はじれったいと思う時はある。けれど、オパールの恋心の事は誰も…親友のソラやカイリですら、リクに伝えたりはしない。当人にとっては大事な気持ちだと知ってるから、本人が伝えるべきだと分かっているから。
今もスピカが味方をしてくれているのは、そう言う事なのだろう。無理やり言わせるのではない、ちゃんと自分の口から伝えるべきなんだと。
「秘密って言うのは、その人自身が覚悟を持って初めて言える事。知れる事。心に掛けた錠を見せる事だから」
「だから、無理に言う必要はない…って事? でも、勝負は」
「本当にそうかしら? 盤上をよく見なさい、ツバサ。あなたの師匠は負けっぱなしだったけど、諦める事はしなかったでしょ」
スッ、と盤上に置いた一つの駒を取り上げる。
チェスにおいて一番大事な駒、黒のキングをスピカは見せつける。
「光と闇は共に必要なモノ。秘密を明かすのも大切だけど、隠すと言うのも心にとっては必要な事よ」
そして、キングの駒をそっと手渡す。一人話に置いてけぼりのラックは困惑しているが、口を挟んではいけないと空気を読んだのか口出しはしなかった。
ツバサは盤上を見る。キングはチェックをかけて追い詰められている。駒は白が多い。逆転は難しいだろう。
先程とは打って変わってツバサの目つきが変わる。同時に、時が動き出してテルスとグラッセがスピカに詰め寄った。
「スピカ、あなた今」
「そんな顔しないの、テルスにグラッセ。私、何もしてないわよ」
「確かに何もイカサマは…いや、黒のキングの駒は」
「――まだ、終わってない」
カン、と言う音と共に、キングの駒を置く。
さっきとは違う気迫。瞳に宿る意思。追い詰められた状況であるにも関わらず、それらがツバサに宿っている。
グラッセは無言でキングを追い詰める。だが、ツバサはそのクイーンを背後に置いていたビショップで奪った。
「なっ、取られた…!?」
「でも、駒の数はグラッセ君が勝ってます!」
焦るグラッセを、まだ反撃の余地はあるとジェダイトが元気づける。
確かに白の駒はまだまだ多い。一歩間違えば再びチェックをされるだろう。
けれど、ツバサは恐れずに一手を打ち続ける。
(ボクはまだ、話せる勇気がない)
きっとグラッセも、リズもムーンも、ラック達だって気にする事はないだろう。
それでも、全く傷つけない訳じゃない。
シャオはもうどこにもいないと言う事実は、多かれ少なかれきっと心を蝕む棘となる。
(臆病かもしれない。リズにあんな事言ってたのに、心の底から信じきれてないのかもしれない)
人を殺す。自分自身を殺した。そんな告白をされ、最後の最後で喧嘩別れをした。
許せない気持ちはツバサとなった今も残ってる。この気持ちは完全に消しちゃいけないものだろうが…友達としての繋がりを持った以上、縁を完全に切れない。
けれど、もう二度とシャオとして謝る事は出来ない。
(でも、それはボクだけじゃない。みんなだって同じなんだ)
辛い事実、悲しい事実、それぞれ抱えて、みんなここにいる。
こんな気持ちで、正体を明かしても辛いだけ。
だから――
(今はまだ…鍵は、使わせない!)
自分が今どう言う状況なのか、盤上がよく見えない。
けれど、不思議と気持ちが軽い。無意識に手が動き続ける。
あんなに遠かった白のキングが視界に映る。そちらに進むように、自信を持って黒のキングの駒を叩きつけるように置いた。
「チェックメイト――ですね」
ウィドの言葉に、ツバサの意識が戻る。
盤上を見ると、白のキングが一つだけ。自分の黒い駒が四方を囲むようにして逃げ場を防いでいた。
どう動かしてもキングを取られる配置。完全に自分の勝利だ。
「か、った…!」
いつの間にか荒い息をしていたようで、椅子の背もたれに倒れ込む。
その状態でスピカを見ると、にこやかに微笑んでいた。
「うわーん! やっぱり負けたー!」
「くそう、テルスやジェダイトはともかく、何でラックにまで負けんだよー!」
「よーしクウ、あんた裏に来い」
ツバサとグラッセの勝負をキッカケに、チェス勝負により興味を抱いた皆はそれぞれ対戦を始めた。
その中でも、ソラとクウだけは誰にも勝てないようで、しまいにはラックを怒らせる発言まで飛び交う始末。
ギャアギャアと騒がしい光景から離れた場所で、ツバサは苦笑しながら休憩していた。グラッセとの戦いで燃え尽きたのか、頭も身体もだるさを感じるからだ。
「ツバサ、少しだけいいか?」
振り向くと、グラッセはバツの悪い顔で頭を掻いている。
「さっきは悪かった。無理やり言わせるような事を俺はしてたんだな」
「ううん、気にしないでよ…これは、ボクが未熟な所為」
心の弱さを隠す事はせず、ありのままの自分を見せる。
「けど、これだけは言える。…もう少しだけ待って欲しい」
未だに怖いのは変わりないし、勇気も身についてない。
それでも、今度はグラッセの目を見てちゃんと伝える。
「言いたい事、ちゃんと言えるようになるから」
「――分かった。俺はそれを信じるよ、君が言えるようになるその時まで待ってる。ツバサ」
「うんっ!」
まだまだ本当の事を言うのは遠いけど。
一歩ずつ、一歩ずつ、歩んでいけばいい。
キチンと心の鍵を使える、その日まで。
ツバサはそうぼんやり考えながら、目の前で椅子に座って対峙しているグラッセを見る。完全に勝ちを狙う顔をしており、テーブルに置いてある盤上にチェスの駒を並べている。陣営は自分が黒、グラッセが白だ。
勝負を持ち掛けられたと思ったらオパールの家に戻り、チェスで対決する事になった。黙々とグラッセが対局の準備をする中、他の人達は観戦するために周りに集まっている。
その一人であるテルスは、二人を様子を眺めつつ頬に手を当てていた。
「それにしても、帰ってきて早々あの子とチェス勝負ねぇ…」
「うー…あのままリクにリベンジするつもりだったのにぃ…」
「他にもやりたい人いるんだから。独占しちゃダメだよ、オパール」
「いいじゃない! 元はと言えばあたしのでしょ、あのチェスー!」
「俺だってまたリクと対戦したいー!」
「…すまないな、騒がしい二人で」
「あ、いえ…お気遣いなく」
嗜めるカイリに文句をぶつけるオパールとソラに、原因とも言えるリクが謝る。そんな姿に、ジェダイトはどこか苦労人を見るような目線を送る。
そんな話をしている間にも、準備が完了した。
「それじゃ、始めよっか」
「グラッセは、その…チェスの経験、あるの?」
「知識で知ったくらいだよ。そう言う君は?」
「ボクは…今しがた、やったばかり。駒の動かし方は、知ってる」
「お互い初心者か。ま、お手柔らかに頼むよ」
笑ってそう言うグラッセ。ある程度緊張を解そうとしているのだろう。けれど、ツバサは笑う気になれなかった。
「先行後攻はどうするの…?」
「ツバサからでいいよ。女性には優しくしろってさっき怒られたばっかりだしね」
「…じゃあ、よろしく」
ぎこちなくも挨拶をして、早速黒のポーンを摘まんで一手を打つ。グラッセも同じように、まずはポーンを動かす。
二人とも初手は様子見といった無難なスタート。ここからどう動くのかは、当人しか分からない。
「それにしても…」
「どうしたんだい、レイア?」
「ツバサさん、何だか乗り気じゃないように思えて…私達と、正確にはクウさんと一回だけやった時は楽しそうだったんですが」
暢気なラックと違い、レイアは心配そうにツバサを見る。勝負が始まったのに、どことなく不安気な表情でビショップの駒を斜めに動かす。
「ふーん? 子供相手に本気出したんじゃないだろうね、クウは?」
「うん、本気出したよ。本気を出して負けてたんだ」
「流石にあれは…うん」
「ヴェン、テラ、余計な事は言わなくていいんだよ!?」
相当に負けを見たのだろう。泣きそうになるクウの悲鳴が響き渡った。
白の駒。黒の駒。交互に駒を動かし合い、キングの駒を取る為に動かしていく。
その過程で、それぞれの駒が取られては取って。どんどん盤上にあった駒が少なくなっていく。
条件は一緒の筈なのに。一手一手で行動しているはずなのに。
黒がどんどん無くなっていく。
(どうしよう…どうしよう…!)
必死で頭を働かせるが、思いつかなくて無難にキングの駒を安全圏へと動かす。
そんな一手を、グラッセはナイトの駒で追い詰める。
「何て言うか…どんな戦い方するのかなって思ったんだけど、逃げてばっかりだ。いや、時間を稼いでいる感じか?」
「……追い詰められたら、それくらいしか出来ないよ…」
「それと、気になってたんだけど。君も一緒なんだね、シャオと」
「そ、そうかな…?」
「君もシャオと同じで、自分の事を『ボク』って言うだろ。それに、キーブレードも」
「っ…!」
嫌でも動揺が走る。胸の内がザワザワする。
盤上を見ても、もうどうすればいいか分からなくなる。それでも、キングは取られたくなくて後ろに下がらせる。
「はい、クイーンゲットっと」
「あっ…!」
縦・横・ナナメを自由に動けるクイーンを取られてしまい、ツバサの顔色が一気に悪くなる。
こちらも対抗してクイーンを奪おうとするが、逆に他の駒を取られて戦力が奪われていく。
その光景はまるで…光が闇を消し去っていくようだ。
「これでチェックだ」
気づけば、黒のキングは一気に攻めた白のクイーンに取られる所まで来ていた。
このままでは次のグラッセの番でキングは取られてしまい、負けになる。
「………」
「何も出来ないって事は、チェックメイトだな」
顔を俯かせ、ギュっと膝の上で両手の拳を握る。
きっと、これでいい。
怯えちゃダメだ。
負けたのだから、本当の事を話さないと…。
「グラッセ…ボクは――」
「…ちょっとだけ、『ストップ』」
スピカが言うと、周りの空気が凍った。凍った、と言うのは少し語弊がある。
止まったのだ。グラッセも、ソラ達も。魔法による妨害に耐性があるラックと、ここ一帯に時の魔法を使ったスピカ。そして自分以外。
「は? え? はい!?」
「スピカさん…?」
狼狽えるラックを余所に、スピカはこちらを見て腕を組む。
その表情は、真剣そのものだ。
「ねえ、ツバサ。本当にいいの?」
「いいの、って…だって、そう言う約束だし、隠し事だって、良くないし…っ!」
「ツバサ?」
怯えて俯きながらも自分の思いを伝える。ラックは何が何だか分かってない様子だ。
あんな別れ方をしたけど、リズ達とは友達なのだ。ずっと自分がシャオであった事を隠し通す訳にはいかない。本当の事を話さないといけない、その気持ちだって嘘じゃない。
そうやって無理やり奮い立たせようとしてた自分に、スピカは優しく笑いかけた。
「自分の秘密を話すのは大事。信じてくれる人ならね――けれど、秘密を話すのはそれだけじゃダメ。あなたの覚悟も必要な事」
「覚悟…?」
「ツバサ。私はあなたに自分の過去をありのまま、全てを話してはいない。まだまだ言ってない事は沢山ある」
突然の告白に、思わず目を見開く。
「私だけじゃない。みんな、語っていない何かしらの傷を持っている。自分が信じられる人だけじゃダメ。それはただ、秘密を開く為の心の鍵を渡しただけ」
「そう、なの…?」
「ええ。一番分かりやすいのはオパールかしら、彼女はリクの事好きだけど告白までは至ってないでしょ? 私達みたいに」
ああ、とスピカが語った内容を納得する。
オパールはリクの事が好きなのは明らかだ。けれど、本人は正反対の態度を取って好意を隠している。告白出来るだけの勇気を持っていないから。今の関係に一歩踏み出す事はせず、現状維持を続けている。
正直二人の関係はじれったいと思う時はある。けれど、オパールの恋心の事は誰も…親友のソラやカイリですら、リクに伝えたりはしない。当人にとっては大事な気持ちだと知ってるから、本人が伝えるべきだと分かっているから。
今もスピカが味方をしてくれているのは、そう言う事なのだろう。無理やり言わせるのではない、ちゃんと自分の口から伝えるべきなんだと。
「秘密って言うのは、その人自身が覚悟を持って初めて言える事。知れる事。心に掛けた錠を見せる事だから」
「だから、無理に言う必要はない…って事? でも、勝負は」
「本当にそうかしら? 盤上をよく見なさい、ツバサ。あなたの師匠は負けっぱなしだったけど、諦める事はしなかったでしょ」
スッ、と盤上に置いた一つの駒を取り上げる。
チェスにおいて一番大事な駒、黒のキングをスピカは見せつける。
「光と闇は共に必要なモノ。秘密を明かすのも大切だけど、隠すと言うのも心にとっては必要な事よ」
そして、キングの駒をそっと手渡す。一人話に置いてけぼりのラックは困惑しているが、口を挟んではいけないと空気を読んだのか口出しはしなかった。
ツバサは盤上を見る。キングはチェックをかけて追い詰められている。駒は白が多い。逆転は難しいだろう。
先程とは打って変わってツバサの目つきが変わる。同時に、時が動き出してテルスとグラッセがスピカに詰め寄った。
「スピカ、あなた今」
「そんな顔しないの、テルスにグラッセ。私、何もしてないわよ」
「確かに何もイカサマは…いや、黒のキングの駒は」
「――まだ、終わってない」
カン、と言う音と共に、キングの駒を置く。
さっきとは違う気迫。瞳に宿る意思。追い詰められた状況であるにも関わらず、それらがツバサに宿っている。
グラッセは無言でキングを追い詰める。だが、ツバサはそのクイーンを背後に置いていたビショップで奪った。
「なっ、取られた…!?」
「でも、駒の数はグラッセ君が勝ってます!」
焦るグラッセを、まだ反撃の余地はあるとジェダイトが元気づける。
確かに白の駒はまだまだ多い。一歩間違えば再びチェックをされるだろう。
けれど、ツバサは恐れずに一手を打ち続ける。
(ボクはまだ、話せる勇気がない)
きっとグラッセも、リズもムーンも、ラック達だって気にする事はないだろう。
それでも、全く傷つけない訳じゃない。
シャオはもうどこにもいないと言う事実は、多かれ少なかれきっと心を蝕む棘となる。
(臆病かもしれない。リズにあんな事言ってたのに、心の底から信じきれてないのかもしれない)
人を殺す。自分自身を殺した。そんな告白をされ、最後の最後で喧嘩別れをした。
許せない気持ちはツバサとなった今も残ってる。この気持ちは完全に消しちゃいけないものだろうが…友達としての繋がりを持った以上、縁を完全に切れない。
けれど、もう二度とシャオとして謝る事は出来ない。
(でも、それはボクだけじゃない。みんなだって同じなんだ)
辛い事実、悲しい事実、それぞれ抱えて、みんなここにいる。
こんな気持ちで、正体を明かしても辛いだけ。
だから――
(今はまだ…鍵は、使わせない!)
自分が今どう言う状況なのか、盤上がよく見えない。
けれど、不思議と気持ちが軽い。無意識に手が動き続ける。
あんなに遠かった白のキングが視界に映る。そちらに進むように、自信を持って黒のキングの駒を叩きつけるように置いた。
「チェックメイト――ですね」
ウィドの言葉に、ツバサの意識が戻る。
盤上を見ると、白のキングが一つだけ。自分の黒い駒が四方を囲むようにして逃げ場を防いでいた。
どう動かしてもキングを取られる配置。完全に自分の勝利だ。
「か、った…!」
いつの間にか荒い息をしていたようで、椅子の背もたれに倒れ込む。
その状態でスピカを見ると、にこやかに微笑んでいた。
「うわーん! やっぱり負けたー!」
「くそう、テルスやジェダイトはともかく、何でラックにまで負けんだよー!」
「よーしクウ、あんた裏に来い」
ツバサとグラッセの勝負をキッカケに、チェス勝負により興味を抱いた皆はそれぞれ対戦を始めた。
その中でも、ソラとクウだけは誰にも勝てないようで、しまいにはラックを怒らせる発言まで飛び交う始末。
ギャアギャアと騒がしい光景から離れた場所で、ツバサは苦笑しながら休憩していた。グラッセとの戦いで燃え尽きたのか、頭も身体もだるさを感じるからだ。
「ツバサ、少しだけいいか?」
振り向くと、グラッセはバツの悪い顔で頭を掻いている。
「さっきは悪かった。無理やり言わせるような事を俺はしてたんだな」
「ううん、気にしないでよ…これは、ボクが未熟な所為」
心の弱さを隠す事はせず、ありのままの自分を見せる。
「けど、これだけは言える。…もう少しだけ待って欲しい」
未だに怖いのは変わりないし、勇気も身についてない。
それでも、今度はグラッセの目を見てちゃんと伝える。
「言いたい事、ちゃんと言えるようになるから」
「――分かった。俺はそれを信じるよ、君が言えるようになるその時まで待ってる。ツバサ」
「うんっ!」
まだまだ本当の事を言うのは遠いけど。
一歩ずつ、一歩ずつ、歩んでいけばいい。
キチンと心の鍵を使える、その日まで。
■作者メッセージ
えー、どうにか期限内に完成しました…ただ、アトガキまでは完成してません。一か月以上前にテーマ決めて書いてたのに、締め切りくらいちゃんとガンバレ自分…。
こちらのアトガキは、最低でも自分の誕生日までには書く予定です。本当にすみませんリラさん。
作者「本編は時間ギリギリに出せましたが、あとがきの方は遅れてしまい申し訳ありません。何がともあれ、無事に出す事が出来ました。さて、KHUxもまさかのDRと一緒になるとは思いませんでした…野村さんが『2本立て』みたいな事をインタビューで言ってた気がするが、この事だったのか…長年やってて良かったとは思いたい…」
ツバサ「まあ遅れたのがあとがきだから、いつもの制裁は別になくてもいいかな?」
グラッセ「今回はうちの作者みたいに世紀末な酷い話でもないしな。俺も許そう」
作者「ほっ…」
ツバサ「で、今年はシリアス話って事でグラッセとチェス勝負か。チェスってKH3でエラクゥスとゼアノートがやってたから?」
作者「ぶっちゃけ言うとそうです。KH3もDLC出して、作品としては追加もなく終わりましたからね。どうせ作品を作るなら、何かKH3らしいものを取り入れたかったんです。そこで作品を思い返して、チェス勝負があったのでこれを取り入れようと決めました」
クウ「そこに関して、俺は不満あるがな。なんで俺がチェスで全敗するって設定なんだよ!? ソラなら分かるが!」
ソラ「さり気に俺酷い事言われてる!?」
作者「いや、チェスって意外と頭使うんだよ? 今回の作品を作るにあたってネットでチェスの基本の知識と一緒に無料のチェスゲームを何回かやってみたんだけど、初心レベルでも負けるし、大体引き分けになっちゃうし。将棋の経験ならそこそこあったけども、どこぞのラノベ作品では『チェスなんて〇×ゲームと一緒』とかの台詞あるけどさ、慣れるまでが大変だよあれ? そんなのにソラは当然として、直感型のクウが初心者レベルで勝てるわけがない」
ウィド「まあバカですからね」
スピカ「バカは言い過ぎよ。騙されやすいと言いなさい」
クウ「スピカ、全くフォローしてねーぞ!?」
オパール「まー、確かにクウは戦いやすかったわね」
ルキル「単純だからな」
ジェダイト「ですね。僕も安心して戦えました」
テルス「初心者にはいい相手かもね」
ラック「ボードゲームはあんまりしないけど、ボッコボコに出来るのは楽しいね!」
クウ「ちくしょー! グレてやるー!」
ツバサ「そんなんだから負けるんだよ、師匠…」
グラッセ「どうして今回の作品にチェスを取り入れたのかは分かった。内容は、ツバサがシャオと明かすのをバラすかどうかか…」
作者「今の所、シャオ=ツバサと言うのはどの作品でもバレてはいませんので。ツバサ自身も簡単には話せない内容です。作中でも話しましたが、シャオがツバサになった訳ではなく、最初からシャオの現身として存在していた。例えシャオとしての記憶や感情はあるにしても、元の自分に戻る事でその時まで存在したシャオはいなくなるのと同じなのです。道を提示したのはクウ達ですが、最終的に選んだのはツバサ自身。彼女が話すと決めない限りリズ達にも明かさないようにしたい…そんな思いがあったから、この作品を作りました」
グラッセ「中々難しい問題だな…俺達は気にしないのに」
ツバサ「そこは分かってるけど、当人からしたら物凄く悩む問題だからね? そっちだっておもたーい隠し事沢山するでしょ? それと一緒」
グラッセ「確かに俺も中々重たい設定持ってるけどな!? リズ達よりはマシだ!!」
作者「まあ、ここからは裏話なんですが。実はチェス話より前に思いついてたの、ウィドの悪夢の話だったんですよね」
ツバサ&グラッセ「「は?」」
作者「いやー。KH3にリッチって言う、最終決戦前に出たハートレスいたでしょ? あいつを使おうと思ってました」
ツバサ「あの…その敵、確か光の守護者達の心を…」
グラッセ「闇の深淵に持っていく、って奴だよな…?」
作者「うむ。構成としては、リズ達の世界に現れたリッチが間違ってこっちの世界に来ちゃって、そいつがウィドの心を捕って闇の深淵に持っていくって感じでした。ウィドはウィドで闇に囚われ、カヤ達の協力を得て悪夢と対峙するって言うのを考えてたんだけど…それだとウィドが中心になってしまい、コラボの比率が合わないと判断してボツにした…」
ウィド「ほぉう? 誕生日企画のシリアス作品でそんな設定を作っていたんですかここ数年作品作りの勢いが急激に衰えた三流作者は…!!」(黒いオーラ)
作者「ぎゃー!! き〇ひー並みのヤバイオーラがー!?」
ツバサ&グラッセ「「ひいいいいいぃ!!?」」
ウィド「丁度いい、だらけた生活習慣を治すいい機会です…! 一ヵ月に一度な投稿ペースを少しでも早める為に、ここらで活を入れてあげましょう…!」(ズゴゴゴゴ…)
作者「そこらは本当に弁解は出来ないけど、今回はちゃんとリラさんの誕生日に間に合わせたからそれは『削吹雪!!』ぎゃあああ冬にそれは寒いいいいしもやけるぅぅぅ!!!」
ツバサ「あっちは無視して――何がともあれリラさん、お誕生日おめでとうございます。ヘルニアで辛いでしょうが、投稿ペースはゆっくりで大丈夫です。お体にお気をつけて!」
グラッセ「まあその分、俺が眠ったままなんだろうけどさ…1年間ポッドで眠るって、COMと358/2Daysの頃の父さんじゃんか…!」
ツバサ「皆の記憶から消えてないだけマシだよ…うん…」
こちらのアトガキは、最低でも自分の誕生日までには書く予定です。本当にすみませんリラさん。
作者「本編は時間ギリギリに出せましたが、あとがきの方は遅れてしまい申し訳ありません。何がともあれ、無事に出す事が出来ました。さて、KHUxもまさかのDRと一緒になるとは思いませんでした…野村さんが『2本立て』みたいな事をインタビューで言ってた気がするが、この事だったのか…長年やってて良かったとは思いたい…」
ツバサ「まあ遅れたのがあとがきだから、いつもの制裁は別になくてもいいかな?」
グラッセ「今回はうちの作者みたいに世紀末な酷い話でもないしな。俺も許そう」
作者「ほっ…」
ツバサ「で、今年はシリアス話って事でグラッセとチェス勝負か。チェスってKH3でエラクゥスとゼアノートがやってたから?」
作者「ぶっちゃけ言うとそうです。KH3もDLC出して、作品としては追加もなく終わりましたからね。どうせ作品を作るなら、何かKH3らしいものを取り入れたかったんです。そこで作品を思い返して、チェス勝負があったのでこれを取り入れようと決めました」
クウ「そこに関して、俺は不満あるがな。なんで俺がチェスで全敗するって設定なんだよ!? ソラなら分かるが!」
ソラ「さり気に俺酷い事言われてる!?」
作者「いや、チェスって意外と頭使うんだよ? 今回の作品を作るにあたってネットでチェスの基本の知識と一緒に無料のチェスゲームを何回かやってみたんだけど、初心レベルでも負けるし、大体引き分けになっちゃうし。将棋の経験ならそこそこあったけども、どこぞのラノベ作品では『チェスなんて〇×ゲームと一緒』とかの台詞あるけどさ、慣れるまでが大変だよあれ? そんなのにソラは当然として、直感型のクウが初心者レベルで勝てるわけがない」
ウィド「まあバカですからね」
スピカ「バカは言い過ぎよ。騙されやすいと言いなさい」
クウ「スピカ、全くフォローしてねーぞ!?」
オパール「まー、確かにクウは戦いやすかったわね」
ルキル「単純だからな」
ジェダイト「ですね。僕も安心して戦えました」
テルス「初心者にはいい相手かもね」
ラック「ボードゲームはあんまりしないけど、ボッコボコに出来るのは楽しいね!」
クウ「ちくしょー! グレてやるー!」
ツバサ「そんなんだから負けるんだよ、師匠…」
グラッセ「どうして今回の作品にチェスを取り入れたのかは分かった。内容は、ツバサがシャオと明かすのをバラすかどうかか…」
作者「今の所、シャオ=ツバサと言うのはどの作品でもバレてはいませんので。ツバサ自身も簡単には話せない内容です。作中でも話しましたが、シャオがツバサになった訳ではなく、最初からシャオの現身として存在していた。例えシャオとしての記憶や感情はあるにしても、元の自分に戻る事でその時まで存在したシャオはいなくなるのと同じなのです。道を提示したのはクウ達ですが、最終的に選んだのはツバサ自身。彼女が話すと決めない限りリズ達にも明かさないようにしたい…そんな思いがあったから、この作品を作りました」
グラッセ「中々難しい問題だな…俺達は気にしないのに」
ツバサ「そこは分かってるけど、当人からしたら物凄く悩む問題だからね? そっちだっておもたーい隠し事沢山するでしょ? それと一緒」
グラッセ「確かに俺も中々重たい設定持ってるけどな!? リズ達よりはマシだ!!」
作者「まあ、ここからは裏話なんですが。実はチェス話より前に思いついてたの、ウィドの悪夢の話だったんですよね」
ツバサ&グラッセ「「は?」」
作者「いやー。KH3にリッチって言う、最終決戦前に出たハートレスいたでしょ? あいつを使おうと思ってました」
ツバサ「あの…その敵、確か光の守護者達の心を…」
グラッセ「闇の深淵に持っていく、って奴だよな…?」
作者「うむ。構成としては、リズ達の世界に現れたリッチが間違ってこっちの世界に来ちゃって、そいつがウィドの心を捕って闇の深淵に持っていくって感じでした。ウィドはウィドで闇に囚われ、カヤ達の協力を得て悪夢と対峙するって言うのを考えてたんだけど…それだとウィドが中心になってしまい、コラボの比率が合わないと判断してボツにした…」
ウィド「ほぉう? 誕生日企画のシリアス作品でそんな設定を作っていたんですかここ数年作品作りの勢いが急激に衰えた三流作者は…!!」(黒いオーラ)
作者「ぎゃー!! き〇ひー並みのヤバイオーラがー!?」
ツバサ&グラッセ「「ひいいいいいぃ!!?」」
ウィド「丁度いい、だらけた生活習慣を治すいい機会です…! 一ヵ月に一度な投稿ペースを少しでも早める為に、ここらで活を入れてあげましょう…!」(ズゴゴゴゴ…)
作者「そこらは本当に弁解は出来ないけど、今回はちゃんとリラさんの誕生日に間に合わせたからそれは『削吹雪!!』ぎゃあああ冬にそれは寒いいいいしもやけるぅぅぅ!!!」
ツバサ「あっちは無視して――何がともあれリラさん、お誕生日おめでとうございます。ヘルニアで辛いでしょうが、投稿ペースはゆっくりで大丈夫です。お体にお気をつけて!」
グラッセ「まあその分、俺が眠ったままなんだろうけどさ…1年間ポッドで眠るって、COMと358/2Daysの頃の父さんじゃんか…!」
ツバサ「皆の記憶から消えてないだけマシだよ…うん…」