海賊とクリスタルの航海日誌7
三人の口から飛び出した言葉に、目を丸くする一行。今の心境は「真面目な顔して何言ってんだ?」だろう。
いや、ウィドは分かる。誰もが認めるシスコンだから。その気になれば敵対だって過去にはしてた。けれど、リクとルキルはシスコンではないし、間違ってもそんな事は言わない。過去に闇に操られて、中二病的な事は言ってたが。
全員がゆっくりと海を隔てたステージにいるスピカに顔を向けると、満足げに笑みを浮かべた。
「これが私のスペシャルステージ、その名も『セイレーン』。相手がどんな感情を持っていたとしても、私に魅了されて仲間になってくれると言う歌姫ならではの技よ」
「家族を思うスピカさんだからこそ出来る、愛の力です! ご覧の通り家族もすぐに仲直りです!」
両手を合わせてニコニコと微笑むレイア。普段は天使の笑顔に見えるのに、善意が感じられない。
ウィドはともかく、リクとルキルって家族だっけ? あ、ルキルはウィドの義理の弟だしその繋がりで行けばリクも家族に部類されるか。半ば現実逃避をして理屈を考えていると、スピカは笑顔のまま爆弾発言をする。
「あ、家族でなくてもあなた達も倒されたら弟妹にしてあげるから安心なさい」
「愛って言うより洗脳じゃない!? 安心出来る要素がどこにもないんだけどぉ!!」
渾身のオパールのツッコミが海上に響き渡る。
そんな事はお構いなしと、マスコット軍団に変わって洗脳された三人が攻撃をしてきた。
「リ、リク!? 正気に戻るんだ、闇の力に操られるより酷いぞ!!」
「だからなんだ! 俺はお姉ちゃんを守る、たとえ親友が相手でも!」
「うわあぁ!?」
ソラが正気に戻そうとするが、リクは聞く耳なしとソラをダークファイガで吹き飛ばす。
「いいや、お姉ちゃんを守るのは俺だホンモノォ!」
「うわーん、父さんからそんな言葉聞きたくないよー!」
「お前達、喧嘩するな! 姉さんを思う気持ちに優勢も劣勢も存在しないのだぁぁぁ!」
「あぁもう! 戦いにくいったらないわぁ!」
ツバサは泣きながら、アクアは顔を歪ませてどうにかリクレクで防御をする。敵の数は増えたが、まだこちらが勝っている……筈なのに、勝てる気が一切しない。
聞けば聞くほど、頭が痛い会話を繰り広げるのだ。しかも本人達は真剣。一方的にこちらの戦意がガリガリ削れていく。
三人が好き勝手に暴れる中、カイリは船の縁に辿り着くとスピカの隣にいたレイアに叫ぶ。
「レ、レイアはリク達をこのままにしていいの!? 明らかにおかしいでしょ!?」
「え? だって家族として仲が深まってるじゃないですか? 仲良しだと、カイリさんも嬉しいですよね!」
「駄目だ、天然だから話が全く通じない! 寧ろ二つが合わさって最強になってる!」
ニコニコしながら見当違いな回答をするレイアに、ヴェンがツッコミをする。元々から平和主義な思考だが、完全に履き違えている状態では説得など皆無だ。
このままでは全滅して、スピカの弟妹にされる。オパールは本能的な危機を悟り、指示を出した。
「くっ…撤退、てったーーーーい!!」
「どうやって!?」
ソラがリクと戦いながら声を荒げる。未だにリク、ルキル、ウィドの三人が襲い掛かってるし、仮に乗せたまま離脱しても洗脳は解けない。何かそんな気がする。
「テレポ!!」
「「「なっ!」」」
移転の魔法が発動し、三人はその場から消える。次に現れたのは、海の上。為すすべもなく海へと転落する。
魔法を発動したのは、騒動に紛れてミラージュモードで姿を消していたツバサだった。
「ツバサ、ナイスよ!」
褒めるのもそこそこに、オパールは光の線を描いて口笛を鳴らす。津波を起こし、急いでその場から離れる。
大波と共に離れていく海賊船に、ルキルは海に浮かびながら目の敵とばかりに睨みつける。
「逃がすかぁ! お姉ちゃんに敵対した事、死をもってつぐ…」
「いいわよ、ルキル。追いかけなくて…リクも良く戦ってくれたわね」
「「お姉ちゃんのためだからな!」」
スピカがステージからやんわりと声をかけると、リクとルキルは180度態度を変えてすぐに笑顔を返す。
「ふふ、あなた達が仲良くしてくれると、こっちまで嬉しくなるわね」
「ですね! 仲良しが一番です!」
本心で嬉しさを露わにするスピカとレイア。周りではコヨコヨ達やサボテンダー、そして白いデブ鳥も飛んで跳ねたりしている。
余談だが、一部のコヨコヨ達はカナヅチにより溺れて気絶したウィドをUFOに打ち上げたとか。
「ど、どうにか逃げ切ったわね…!」
あれからスピカ達のいる場所が見えなく所まで逃げ切り、追ってこないと確認出来た所でアクアがその場に座り込む。それに合わせ、同じように警戒していた全員も糸が切れたようにへたり込んだ。
あれだけオパールが啖呵を切ったにも関わらず、戦いは惨敗と言う形で終わってしまった。今では全員満身創痍だ、色んな意味で。
「中々の強敵だ…もしや、レイアも洗脳されているだろうか…!」
「あれはどう見ても素よ…!」
テラの考えを、オパールは否定する。もし妹に洗脳されていたら今以上に酷い事になっている。何だかそんな予想が出来る。
頭が痛い光景を思い返している中、ソラはある事に気づく。
「あれ? でも、よくよく考えたら俺達ってスピカさん達と敵対する理由ないんじゃ」
「あんた、弟にされたいの!? 今のスピカさんに近づいたらリクみたいになるのよ!」
「それは嫌だ…!」
「とにかく、対策を考えようよ…」
鬼の形相で怒ったオパールに、ソラは先程のお姉ちゃん大好きと言う普段では考えられないリクを思い浮かべる。
思わず本音を溢すソラを置いて、ツバサは話を進める。最初に口を開いたのはアクアだった。
「スピカさんとレイアは支援系、直接戦闘に持ち込めば勝てるでしょうね。レイアの動物を操る力…あれが何か分かる、オパール?」
「多分『魔物使い』の能力だと思う。あれが魔物かどうか…もしかしたら幻獣かもしれないけど、一応使役している能力は合ってるはず。ただ、あれだけ数が多いと厄介よ。スピカさんの支援の所為で近づくのもままならないし…それが無くても、やられたらスピカさんに洗脳されて即座に敵に回る事になる」
「おかげで、リク達もスピカさん側に回った。八方塞がりね…」
自分達の置かれている現状に、思わず溜息を吐くアクア。他の人も話を聞いてゲンナリとしか顔をしている。
「はぁ、せめてレイアとスピカさんの共通する弱点とかあればなぁ〜…」
「ヴェン、そんな都合のいいものがある訳ないだろ」
現実逃避するヴェンをテラが嗜めたその時だった。
「…あるね」
「…あるわね」
「…あったわ」
「…あるよ」
『あるの!?』
カイリ、オパール、アクア、ツバサの何かを悟った目をする女性陣に、男性陣は目を丸くした。
「よーし、近場の未踏の島に到着! とにかく探すのよ!」
海図を頼りに辿り着いた島に上陸したオパール達一行。辿り着いた島と言うよりは小島と言う印象で、ソラ達の世界であるディスティニーアイランドの子供達の遊び場として使われる小島ほどの大きさくらいだ。
ザクザクと砂浜を踏みしめながら探索していると、テラが不安そうに声をかける。
「でも、本当に有効なのか?」
「ええ。洗脳は封じるし、二人の弱体化も見込める。理由は何であれ対策に逸材な人物よ、あいつは」
オパールの評価に、残りの女性陣もうんうんと頷いている。
絶大な信頼を見せていると、ヴェンは困った顔をする。
「けど、弱点が分かってもどこにいるか分からないのが問題じゃないの? 移動は今は出来ないだろうけど」
「だから、虱潰しに探すんでしょうが。そもそも、ウィド達だって適当に探して見つけたんだから」
「あはは…正直、オパールさん達が見つけてくれなかったら、ボク達あの島に居続けてたようなもんだよね」
当時の事を思い返し、ツバサは苦笑いを浮かべる。
そんな会話をしながら小島を探索したが、人の姿もそうだが、最近人が踏み入れた形跡もなかった。
「うーん、ハズレかぁ…」
「誰も来なかったのが分かっただけでも収穫よ。さっ、まだ調べてない箇所はあるわ、次に行くわよ!」
カイリを励ましつつ、オパールは海図に今いる島にバツ印を付けて船へと向かった。
青い海、白い砂浜、どこまでも広がる空。
これだけならば、きっと誰もが美しい海の光景を思い浮かべる事だろう。そして次に思うだろう。そんな場所に行きたいと。
自分も最初はそうだった。どこまでも広がる自然の光景に美しいとか心が洗われるとか、そんな事を思った。
けど、今は違う。
「腹へった…しぬ…!」
容赦なく降り注ぐ炎天下。日陰はヤシの木が数本のみ。
そりゃそうだ。ここは島と言うより、砂浜だけで形成された場所だ。端から30歩くらい歩けば対岸に到着…無人島なんてもんじゃない、一種の孤島だ。
いや、本来の自分ならこんな場所から去る事は可能だ。けれど、闇の力を使えない今は封じられたも同然。海を泳ごうにも、先の見えない場所まで泳ぐとか無理。
唯一の救いは、砂浜に埋まっていた石を手に取った事で新しく手に入れた力で飲み水の確保と熱中症にならずに済んだ事だろう。全身黒い服のままだったら確実にぶっ倒れてた。
とはいえ、もう何日も食べていない。どこかで聞いた事あるが、人は一週間水だけで過ごす事が出来ると言う…つまり、水以外を摂取しないと一週間後に死ぬ。
魚を取るのにも挑戦しようとした。けど、能力が変化していてサバイバルの素人レベルになった自分では無理だった。一人旅の時は食料は余分に確保していたし、無い時は現地調達で頑張ってたと言うのにだ。
助けを求める努力もしていたが、段々と現実逃避で色々ふざけたりした。流石にもう飽きた…と言うより気力が尽きた。
空腹の所為だろう、最近は視界が眩む。暑さで海の向こうがゆらゆらと風景が滲むように動いている。真っ青な色だけが広がっているのに、何だか黒っぽい色が遠くに見えて…。
「んあ…?」
瞬きをして、目を擦ってみる。
黒っぽい何かは、ゆっくりとだが海を横切っている。出来る限り、海の中に入って腹の部分まで浸かるまで近づくと、それは帆にドクロマークが描かれている船である事が分かった。
「海賊船か…! でも助かった! おーい、おーーーい!!」
こちらに気づいて貰おうと、大声を上げる。けれど、海賊船はそのまま横切ろうとしている。
せっかくの天の助けなのに、このままでは気づいて貰えない。何か方法は…そう考えて見回して、ある物に目を向けた。
それは、次の島に向かって航海していた時だった。
「オパールさーん! 3時の方向!」
ツバサの声で、全員が目を向ける。
何と、海の真ん中で煙が上がっていた。
「何あれ、火事!?」
ヴェンが慌てていると、カイリは煙を見て思いついたように振り返る。
「ソラ、あれって狼煙じゃない!?」
「狼煙?」
「えっと、助けを呼ぶ時に煙を上げる事なんだ。俺達の世界はほとんどが海だから、船に乗って沖に流されて遭難する事もあるんだ。そんな時の為に、煙を出したり光を出して位置を知らせるんだ」
ソラがヴェンに教えると、オパールはすぐに舵を切る。
「とにかくあの煙に向かって進むわよ! もしかしたら、あそこにいるかもしれない! 全速力で走るわ、みんなしっかり捕まって!」
全員が船の縁に掴まると、オパールは予備動作を終えて口笛を鳴らす。海賊船を津波に乗せて、一気に煙が上がっている地点へと距離を縮める。
煙に向かって近づくと、白っぽい小島が見えて来た。どうやら砂浜で形成されているようだ。そして、煙の下にはヤシの木が燃えているのが分かる。
ようやく島の全貌が見える地点にまで辿り着くと…。
「よっしゃぁやっと助かったぁぁぁ!!」
左手でガッツポーズを浮かべる、スピカ&レイア対策の人物――衣装が変わっているクウと。
【水着美女のパラダイスまで連れてって!】
SOS用だろうか、そんな文字が書かれた砂浜だった。
『…………』
喜ぶクウとは対照的に、全員が冷ややかな目になる。
そんな中、オパールは無言のまま大砲を蹴り上げる。クウ目掛けて弾を飛ばして、汚い文字ごと爆発させた。