それは、何でもないありふれた特別な味
キャンプセットで作られた少し快適なテントの中で、私は少し硬い地面に横になっていた。
頭には毛布で作った枕。着ていたローブも今は脱いで布団代わりにしている。身体はだるく、眠気はないけど動かす気力がない。
ただただテントの天井を見上げて時間を過ごしていると、入口から人の気配がした。
「入るぞ?」
そう言って、あの人が入ってくる。その手には木の器が。
「長旅で体調崩してるからな。食べれそうなもの作ったんだ。食欲はあるか?」
わざわざ私に作ってくれた。その優しさを無下にしたくなくて、頷いて起き上がる。
あの人が傍に座って、器を差し出す。中にあったのは、卵と一緒に煮込まれたご飯――お粥だ。
木の匙で掬い、そのまま一口食べる。瞬間、口の中に熱さが襲い掛かった。
「あつい、です」
「冷ましもしない状態で食べたら火傷するだろ!? あー、ちょっと返してくれ」
さっと取り上げると、匙に掬ったお粥にふーふーと息をして冷ます。
「……ほら。また火傷しそうなら言ってくれ」
口元に差し出すお粥。私は口を開けて頬張った。
「あったかい、です」
「温かい? まだ冷まさないと駄目か」
困った顔で再びお粥を掬い、息をかけてまた冷ます。
その間に、何だかじんわりとした温かさがお腹だけでなく、胸の辺りまで広がっていく。
この温かさが何なのか、今の私は言葉に出来なかった――。
料理と言う生活には欠かせない特技。得意な人、不得意な人、様々な人がいるだろう。現時点での仲間内に置いては得意と不得意の激しい差が目立つのだが。
だからこそ、仲間内で料理の腕が上であるアクアとルキルは、中間に位置するであろう人達の料理の腕についての聞き取り調査を行う事にした。拠点であるオパールの家で出払っていない人達に質問をし、今はそこそこ出来ると言うレイアに料理に関してどうしていたかを聞いている。
「なるほどね。そんな彼と一緒で、レイアはよく食生活を耐えてきたわね」
「え、えへへ……いざとなったらお店でその日のご飯を買ったり、途中から私が作るようになったりしたので」
「まあ、自分で食べれるものを作るのが一番だしな。レイアも俺と同じ形で料理を身に着けていたんだな」
レイアの身の内話。それは一緒に旅をしていたクウの料理の腕に関しても明らかになった。
彼の作る料理は材料適当に切って炒めただけの雑料理か、超が付くほどの激辛料理のどっちか。旅を続ける内に料理を学んで成長していったレイアと違って、クウは進歩しなかったであろう。なので、料理は彼の好みを除けば食べれなくはないラインに位置付ける。
アクアとルキルが心の中で料理のランク付けをしていると、レイアが思い出したように手を叩く。
「あ、でも私が体調を崩して寝込んだ時だけなんですけど、クウさんが卵を使ったお粥を作ってくれたんです。不思議とそれが美味しかったのは覚えてます」
ニコニコと思い出話をするレイアに、ルキルが眉を顰めた。
「卵のお粥……卵粥か? まあ、病人が食べる料理ではあるし作り方も簡単だが……あいつが?」
ルキルがアクアに目配せすると、気持ちは一緒なのか顎に指を当てて考える素振りをしていた。
「で、本人に聞きに来たって訳か? 別に、お粥を作るくらい誰でも出来るだろ」
スピカと共にオパールの家に戻って来るなり、入口で卵粥に関して問い詰められたクウはそう答え、面倒だとばかりに目の前のアクアとルキルに対して唯一動く左手で頭を掻く。
そんな本人とは逆に、興味が出たのかスピカも話に参加を始める。
「でもその話は初耳ね。組織にいた頃、卵粥を作った所なんて見た事ないわ」
「そりゃ怪我はあっても、誰も病気になったりはしねーだろあそこのメンツ。――とにかく、別に作り方は大したもんじゃないし、俺なんかよりも豪勢な粥くらい作れる奴はいるだろ」
「確かにその通りだけど……何か気になるのよね。料理を嗜むものの勘として」
アクアは頬に手を当てて疑念を込めた目でクウを見る。ルキルも一緒になってジト目を浮かべる。
「お前なんで話を終わらせようとしてんだ。何か隠してないか?」
「べっ、別に! そもそも、料理でも何でもないお粥を作れる事だけでなんで根掘り葉掘り聞こうとしてんだよ!」
とうとうクウが声を荒げると、スピカはこの話の元となったレイアへ質問を変えた。
「ちなみにクウが作ったのってどんなのだったの?」
「えっと、卵とご飯と……上に刻みネギが乗ってあるものでした」
「作るのも、和風だしと醤油と生姜で軽く味付けした物だし、大したもんじゃねーよ」
「でも、食べた時美味しかったですよ? 何だか優しい味がして」
「え!?」
「ふぇ!?」
突然驚いたクウに、レイアも釣られてビックリする。
思わぬ反応に、流石のアクアも首を傾げた。
「どうしたの、いきなり?」
「や、な、なんでもない」
まるで誤魔化すようにそっぽを向くクウに、アクアとルキルだけでなくレイアとスピカも注目する。
未だに顔を逸らすクウに、アクアが切り込む。
「やっぱり怪しい……質問を変えるけど、その卵粥のレシピって誰かに教えて貰ったの? それとも万に1つはないけど独自の?」
「創作料理出来ないだろって遠回しに言われてね俺? それは……」
「それは?」
問い詰めるようにルキルが顔を近づける。
そこで観念したように思いっきり溜息を吐くと、口を開いた。
「――確かにその卵粥のレシピは教えて貰ったよ。俺が今まで出会って来た中で5本の指に入るくらいのとびっきり良い女性にな」
「……結局女絡みか、最低だな」
「はぁ!? そもそもお前らが根掘り葉掘り聞こうとするのが!」
直後、クウの肩に手が置かれる。
振り返ると、笑っているのに笑ってないスピカが。同じくレイアも怖い笑顔を作っている。
「あらそぉう……その女性について、ちょっと詳しく聞きたいんだけどクウ」
「クウさん……ちょっとあっちでお話が」
「ア、ヤッベ」
自分の運命を悟ったが抵抗する気はないようで、そのまま外に連れ出される。
やがて悲鳴が聞こえてきた所で、問い詰めてた2人は思いっきり溜息を吐いた。
「蓋を開けてみればくだらない話だったわね……聞き取りはここまでにして、そろそろ今日の献立考えましょう、ルキル」
「そうだな……ん? ツバサ、そこで立ち聞きしてたのか?」
ルキルがリビングの所にいたツバサに気付くと、彼女は引き攣った顔をする。
「あ、や、その……話し声が聞こえて、つい立ち止まって聞いちゃった、アハハ。今日の晩御飯、楽しみにしてるね」
「ああ。じゃあな」
そう言って、ルキルはアクアと一緒にキッチンへと向かう。
それを見送ると、ツバサはその場で1人考え込んだ。
「優しい卵粥、か。それって……」
「あー、酷い目に遭った……!」
夜も更けて真夜中に差し掛かった時間帯。クウがようやく戻ってきた。
相当やられたようで痛む身体を引き摺るようにしてリビングに足を踏み入れる。すると、テーブルに置いてあるランタンの光に照らされ、椅子に座っている人物に気付く。
「えへへ、ししょー」
手をヒラヒラと動かして薄暗い中で迎えるツバサの姿に、クウは呆れた表情を浮かべた。
「ツバサ、こんな時間まで起きて何してんだ。もう寝る時間だろ」
「実は夕飯前に師匠達の話を立ち聞きしてて。折角だから師匠の卵粥食べたいなーって思って起きてたの」
「お前までからかうな……俺のは何の変哲もない卵粥だって言ったろ。病人用に作る奴だから食べた所で」
「師匠の作る卵粥ってさ、師匠のお母さんから教えて貰ったものじゃないの?」
「――――」
ツバサの口から飛び出した言葉に、クウは言葉を失う。
図星だと分かり、ツバサはにんまりと笑みを深める。
「あ、もしかして当たってた?」
「お前、何で――いや、まさかそっちもか?」
自分の世界とツバサの世界との差は大きいが、同一人物が何人も存在している。バレているとしたら、ツバサの世界のクウがその事について教えている可能性がある。
この考察に、合っていたようでツバサは頷いてテーブルに両肘を当てて両手に顎を乗せた。
「まあ、ボクはル……人伝に聞いた話だけどね。体調が悪い時に作ってくれるクウさんの卵粥、実の母親から唯一教わってたレシピで作られたものだって。ボクは食べた事ないけど、そのレシピの卵粥を食べた人はみんな口を揃えて言ってた。『優しい味だ』って」
「そこまで一緒で知ってるのなら、もうお前には誤魔化せねーな……」
観念したと言わんばかりにクウは空いている向かい側に座る。するとツバサは目を輝かせてクウに迫った。
「ねえねえ、師匠のお母さんからどんな風に教えて貰ったの?」
「どんなって……」
まだ世界の広さを知らない幼い頃。
キッチンで母親が竈で鍋を温めていて、それを隣で見ていた。
『ここで卵を入れて、弱火のままかき混ぜる――ね、簡単でしょ?』
『うん。今度は俺でも作れるかな?』
『そうね。でも火を使うから、作る時は私かお父さんと一緒にね、クウ』
クウにはまだ危ないからね、と微笑む。
そうして卵がお粥と一緒に混ざっていくのを眺めていると、ふと母親は思い出したように人差し指を立てる。
『そうそう、これも教えなきゃね。このお粥を作る時に大事な事があるの』
『大事な事?』
オウム返しに聞くと、母親は再び鍋の中を見る。その視線に慈しみを込めて。
『“少しでも早く治りますように”。そう思いを込めながらながら作るの。そうすると優しい味になるのよ』
『優しい? おいしいじゃなくて?』
『そう。……さて、こんなものかしら。最後に器に盛って、刻みネギを一つまみ分乗せて。はい完成』
そうして出来上がった卵粥。見た目はシンプルで、特別美味しい訳ではない。それでも俺はその味が――。
「師匠?」
過去の記憶から意識を戻すと、ツバサは未だに好奇心を覗かせたままこちらを見ている。
卵粥の思い出を教えるのが少しもったいなくて、笑って左肘をテーブルに乗せて顔を支える様にして視線を逸らす。
「――教えねーよ」
「えー! いいじゃーん、気になるー! あ、じゃあ師匠の卵粥食べたい! 作っておねがーい!」
分かりやすく両手を当てておねだりを見せるツバサに、クウは呆れ顔を作った。
「あのな。俺の卵粥なんて元の世界に帰ってから食べればいいだろ」
「弟子って言ってもボク余所の子なんだから、食べれないもん! ボクもレイアさんみたいに師匠の優しい卵粥食べたいー!」
「駄目だ。ほら話は終わりださっさと寝ろ」
「ぶー!」
シッシと手で追い払う動作を見せると、思いっきり頬を膨らませる。
引く気の無いツバサに、クウは溜息を吐くと立ち上がる。
「俺の母親が作る卵粥は、元気な時に食べるものじゃない」
脳裏に過るのは、幼い頃に体調を崩した時の自分。
味自体はシンプルだ。それでも温かくて、優しい味だったのは覚えている。それはきっと作る相手を想う優しさで作られていたからだ。
「体調が悪くなった時に食べるからこそ、意味のある料理なんだよ」
普段は見せない穏やかな笑みをクウは浮かべる。それを見たツバサは、釣られて笑みを浮かべて我儘を止めた。
「そっか……それじゃあしょうがないねー。じゃあボク、頑張って風邪引いて師匠に作って貰おーっと」
「こら、勝手に風邪引くような事するんじゃない。とっとと寝ろ」
軽くツバサの頭を小突くと、最後まで笑顔のまま「おやすみなさい」と挨拶してその場から立ち去った。
こうして1人になったクウは、ふとレイアに卵粥を作った日の事を思い出す。
(確か、和風だしと醤油と生姜で作った出汁でご飯がくたくたになるまで煮込んで、それから卵を入れてたはず……)
料理は得意じゃない。そんな自分が、昔作ってた卵粥の記憶を引っ張り出しながらキャンプセットの調理器具を使って挑戦していた。
卵割りくらいは両手で出来るので綺麗に割って、ゆっくりと鍋の中をかき混ぜる。
そうして、母親のあの教えを思い出す。
(レイアが少しでも早く治りますように――)
思いを込めて作った卵粥。あの時はレイアの薄い反応で失敗かと思ってたが、ちゃんと成功していた。
「優しい味、か。俺も作れたかな、母さん」
そう呟き、ランタンに照らされた自分の左手を見つめる。
もうあの日々には戻れない。それでも、家族の思い出は形を変えてこうして存在出来た事に。
頭には毛布で作った枕。着ていたローブも今は脱いで布団代わりにしている。身体はだるく、眠気はないけど動かす気力がない。
ただただテントの天井を見上げて時間を過ごしていると、入口から人の気配がした。
「入るぞ?」
そう言って、あの人が入ってくる。その手には木の器が。
「長旅で体調崩してるからな。食べれそうなもの作ったんだ。食欲はあるか?」
わざわざ私に作ってくれた。その優しさを無下にしたくなくて、頷いて起き上がる。
あの人が傍に座って、器を差し出す。中にあったのは、卵と一緒に煮込まれたご飯――お粥だ。
木の匙で掬い、そのまま一口食べる。瞬間、口の中に熱さが襲い掛かった。
「あつい、です」
「冷ましもしない状態で食べたら火傷するだろ!? あー、ちょっと返してくれ」
さっと取り上げると、匙に掬ったお粥にふーふーと息をして冷ます。
「……ほら。また火傷しそうなら言ってくれ」
口元に差し出すお粥。私は口を開けて頬張った。
「あったかい、です」
「温かい? まだ冷まさないと駄目か」
困った顔で再びお粥を掬い、息をかけてまた冷ます。
その間に、何だかじんわりとした温かさがお腹だけでなく、胸の辺りまで広がっていく。
この温かさが何なのか、今の私は言葉に出来なかった――。
料理と言う生活には欠かせない特技。得意な人、不得意な人、様々な人がいるだろう。現時点での仲間内に置いては得意と不得意の激しい差が目立つのだが。
だからこそ、仲間内で料理の腕が上であるアクアとルキルは、中間に位置するであろう人達の料理の腕についての聞き取り調査を行う事にした。拠点であるオパールの家で出払っていない人達に質問をし、今はそこそこ出来ると言うレイアに料理に関してどうしていたかを聞いている。
「なるほどね。そんな彼と一緒で、レイアはよく食生活を耐えてきたわね」
「え、えへへ……いざとなったらお店でその日のご飯を買ったり、途中から私が作るようになったりしたので」
「まあ、自分で食べれるものを作るのが一番だしな。レイアも俺と同じ形で料理を身に着けていたんだな」
レイアの身の内話。それは一緒に旅をしていたクウの料理の腕に関しても明らかになった。
彼の作る料理は材料適当に切って炒めただけの雑料理か、超が付くほどの激辛料理のどっちか。旅を続ける内に料理を学んで成長していったレイアと違って、クウは進歩しなかったであろう。なので、料理は彼の好みを除けば食べれなくはないラインに位置付ける。
アクアとルキルが心の中で料理のランク付けをしていると、レイアが思い出したように手を叩く。
「あ、でも私が体調を崩して寝込んだ時だけなんですけど、クウさんが卵を使ったお粥を作ってくれたんです。不思議とそれが美味しかったのは覚えてます」
ニコニコと思い出話をするレイアに、ルキルが眉を顰めた。
「卵のお粥……卵粥か? まあ、病人が食べる料理ではあるし作り方も簡単だが……あいつが?」
ルキルがアクアに目配せすると、気持ちは一緒なのか顎に指を当てて考える素振りをしていた。
「で、本人に聞きに来たって訳か? 別に、お粥を作るくらい誰でも出来るだろ」
スピカと共にオパールの家に戻って来るなり、入口で卵粥に関して問い詰められたクウはそう答え、面倒だとばかりに目の前のアクアとルキルに対して唯一動く左手で頭を掻く。
そんな本人とは逆に、興味が出たのかスピカも話に参加を始める。
「でもその話は初耳ね。組織にいた頃、卵粥を作った所なんて見た事ないわ」
「そりゃ怪我はあっても、誰も病気になったりはしねーだろあそこのメンツ。――とにかく、別に作り方は大したもんじゃないし、俺なんかよりも豪勢な粥くらい作れる奴はいるだろ」
「確かにその通りだけど……何か気になるのよね。料理を嗜むものの勘として」
アクアは頬に手を当てて疑念を込めた目でクウを見る。ルキルも一緒になってジト目を浮かべる。
「お前なんで話を終わらせようとしてんだ。何か隠してないか?」
「べっ、別に! そもそも、料理でも何でもないお粥を作れる事だけでなんで根掘り葉掘り聞こうとしてんだよ!」
とうとうクウが声を荒げると、スピカはこの話の元となったレイアへ質問を変えた。
「ちなみにクウが作ったのってどんなのだったの?」
「えっと、卵とご飯と……上に刻みネギが乗ってあるものでした」
「作るのも、和風だしと醤油と生姜で軽く味付けした物だし、大したもんじゃねーよ」
「でも、食べた時美味しかったですよ? 何だか優しい味がして」
「え!?」
「ふぇ!?」
突然驚いたクウに、レイアも釣られてビックリする。
思わぬ反応に、流石のアクアも首を傾げた。
「どうしたの、いきなり?」
「や、な、なんでもない」
まるで誤魔化すようにそっぽを向くクウに、アクアとルキルだけでなくレイアとスピカも注目する。
未だに顔を逸らすクウに、アクアが切り込む。
「やっぱり怪しい……質問を変えるけど、その卵粥のレシピって誰かに教えて貰ったの? それとも万に1つはないけど独自の?」
「創作料理出来ないだろって遠回しに言われてね俺? それは……」
「それは?」
問い詰めるようにルキルが顔を近づける。
そこで観念したように思いっきり溜息を吐くと、口を開いた。
「――確かにその卵粥のレシピは教えて貰ったよ。俺が今まで出会って来た中で5本の指に入るくらいのとびっきり良い女性にな」
「……結局女絡みか、最低だな」
「はぁ!? そもそもお前らが根掘り葉掘り聞こうとするのが!」
直後、クウの肩に手が置かれる。
振り返ると、笑っているのに笑ってないスピカが。同じくレイアも怖い笑顔を作っている。
「あらそぉう……その女性について、ちょっと詳しく聞きたいんだけどクウ」
「クウさん……ちょっとあっちでお話が」
「ア、ヤッベ」
自分の運命を悟ったが抵抗する気はないようで、そのまま外に連れ出される。
やがて悲鳴が聞こえてきた所で、問い詰めてた2人は思いっきり溜息を吐いた。
「蓋を開けてみればくだらない話だったわね……聞き取りはここまでにして、そろそろ今日の献立考えましょう、ルキル」
「そうだな……ん? ツバサ、そこで立ち聞きしてたのか?」
ルキルがリビングの所にいたツバサに気付くと、彼女は引き攣った顔をする。
「あ、や、その……話し声が聞こえて、つい立ち止まって聞いちゃった、アハハ。今日の晩御飯、楽しみにしてるね」
「ああ。じゃあな」
そう言って、ルキルはアクアと一緒にキッチンへと向かう。
それを見送ると、ツバサはその場で1人考え込んだ。
「優しい卵粥、か。それって……」
「あー、酷い目に遭った……!」
夜も更けて真夜中に差し掛かった時間帯。クウがようやく戻ってきた。
相当やられたようで痛む身体を引き摺るようにしてリビングに足を踏み入れる。すると、テーブルに置いてあるランタンの光に照らされ、椅子に座っている人物に気付く。
「えへへ、ししょー」
手をヒラヒラと動かして薄暗い中で迎えるツバサの姿に、クウは呆れた表情を浮かべた。
「ツバサ、こんな時間まで起きて何してんだ。もう寝る時間だろ」
「実は夕飯前に師匠達の話を立ち聞きしてて。折角だから師匠の卵粥食べたいなーって思って起きてたの」
「お前までからかうな……俺のは何の変哲もない卵粥だって言ったろ。病人用に作る奴だから食べた所で」
「師匠の作る卵粥ってさ、師匠のお母さんから教えて貰ったものじゃないの?」
「――――」
ツバサの口から飛び出した言葉に、クウは言葉を失う。
図星だと分かり、ツバサはにんまりと笑みを深める。
「あ、もしかして当たってた?」
「お前、何で――いや、まさかそっちもか?」
自分の世界とツバサの世界との差は大きいが、同一人物が何人も存在している。バレているとしたら、ツバサの世界のクウがその事について教えている可能性がある。
この考察に、合っていたようでツバサは頷いてテーブルに両肘を当てて両手に顎を乗せた。
「まあ、ボクはル……人伝に聞いた話だけどね。体調が悪い時に作ってくれるクウさんの卵粥、実の母親から唯一教わってたレシピで作られたものだって。ボクは食べた事ないけど、そのレシピの卵粥を食べた人はみんな口を揃えて言ってた。『優しい味だ』って」
「そこまで一緒で知ってるのなら、もうお前には誤魔化せねーな……」
観念したと言わんばかりにクウは空いている向かい側に座る。するとツバサは目を輝かせてクウに迫った。
「ねえねえ、師匠のお母さんからどんな風に教えて貰ったの?」
「どんなって……」
まだ世界の広さを知らない幼い頃。
キッチンで母親が竈で鍋を温めていて、それを隣で見ていた。
『ここで卵を入れて、弱火のままかき混ぜる――ね、簡単でしょ?』
『うん。今度は俺でも作れるかな?』
『そうね。でも火を使うから、作る時は私かお父さんと一緒にね、クウ』
クウにはまだ危ないからね、と微笑む。
そうして卵がお粥と一緒に混ざっていくのを眺めていると、ふと母親は思い出したように人差し指を立てる。
『そうそう、これも教えなきゃね。このお粥を作る時に大事な事があるの』
『大事な事?』
オウム返しに聞くと、母親は再び鍋の中を見る。その視線に慈しみを込めて。
『“少しでも早く治りますように”。そう思いを込めながらながら作るの。そうすると優しい味になるのよ』
『優しい? おいしいじゃなくて?』
『そう。……さて、こんなものかしら。最後に器に盛って、刻みネギを一つまみ分乗せて。はい完成』
そうして出来上がった卵粥。見た目はシンプルで、特別美味しい訳ではない。それでも俺はその味が――。
「師匠?」
過去の記憶から意識を戻すと、ツバサは未だに好奇心を覗かせたままこちらを見ている。
卵粥の思い出を教えるのが少しもったいなくて、笑って左肘をテーブルに乗せて顔を支える様にして視線を逸らす。
「――教えねーよ」
「えー! いいじゃーん、気になるー! あ、じゃあ師匠の卵粥食べたい! 作っておねがーい!」
分かりやすく両手を当てておねだりを見せるツバサに、クウは呆れ顔を作った。
「あのな。俺の卵粥なんて元の世界に帰ってから食べればいいだろ」
「弟子って言ってもボク余所の子なんだから、食べれないもん! ボクもレイアさんみたいに師匠の優しい卵粥食べたいー!」
「駄目だ。ほら話は終わりださっさと寝ろ」
「ぶー!」
シッシと手で追い払う動作を見せると、思いっきり頬を膨らませる。
引く気の無いツバサに、クウは溜息を吐くと立ち上がる。
「俺の母親が作る卵粥は、元気な時に食べるものじゃない」
脳裏に過るのは、幼い頃に体調を崩した時の自分。
味自体はシンプルだ。それでも温かくて、優しい味だったのは覚えている。それはきっと作る相手を想う優しさで作られていたからだ。
「体調が悪くなった時に食べるからこそ、意味のある料理なんだよ」
普段は見せない穏やかな笑みをクウは浮かべる。それを見たツバサは、釣られて笑みを浮かべて我儘を止めた。
「そっか……それじゃあしょうがないねー。じゃあボク、頑張って風邪引いて師匠に作って貰おーっと」
「こら、勝手に風邪引くような事するんじゃない。とっとと寝ろ」
軽くツバサの頭を小突くと、最後まで笑顔のまま「おやすみなさい」と挨拶してその場から立ち去った。
こうして1人になったクウは、ふとレイアに卵粥を作った日の事を思い出す。
(確か、和風だしと醤油と生姜で作った出汁でご飯がくたくたになるまで煮込んで、それから卵を入れてたはず……)
料理は得意じゃない。そんな自分が、昔作ってた卵粥の記憶を引っ張り出しながらキャンプセットの調理器具を使って挑戦していた。
卵割りくらいは両手で出来るので綺麗に割って、ゆっくりと鍋の中をかき混ぜる。
そうして、母親のあの教えを思い出す。
(レイアが少しでも早く治りますように――)
思いを込めて作った卵粥。あの時はレイアの薄い反応で失敗かと思ってたが、ちゃんと成功していた。
「優しい味、か。俺も作れたかな、母さん」
そう呟き、ランタンに照らされた自分の左手を見つめる。
もうあの日々には戻れない。それでも、家族の思い出は形を変えてこうして存在出来た事に。
■作者メッセージ
今までずっとリラさんのキャラ中心のギャグばかり書いていたからだろうな。先にネタ出ししてたとはいえ、前回の投稿から凄い早さで完成してしまった。やっぱ大事だな……同じではなく別角度から書くって言うのも。
卵粥に関しては私の実話が含まれています。味付けもあるんでしょうけど、よく家族の看病で作る際、優しい味と言われる事が多いのでこのように作ってみました。特に今の時期はまた例のウイルスが猛威を振るい始めましたからね。自分もまた感染して1週間ほど動けなかったです。特に喉をやられたら固形物は食べれなくなるので、お粥やうどんは必須の料理ですね。
そしてこれは今回の裏話ですが、実はクウは嘘を何一つ言っていません。まあ誤魔化してる時は本当の事も言ってませんが。
卵粥に関しては私の実話が含まれています。味付けもあるんでしょうけど、よく家族の看病で作る際、優しい味と言われる事が多いのでこのように作ってみました。特に今の時期はまた例のウイルスが猛威を振るい始めましたからね。自分もまた感染して1週間ほど動けなかったです。特に喉をやられたら固形物は食べれなくなるので、お粥やうどんは必須の料理ですね。
そしてこれは今回の裏話ですが、実はクウは嘘を何一つ言っていません。まあ誤魔化してる時は本当の事も言ってませんが。