第9章 影と真と X
ビクッと身体を硬直させ、詠唱が中断された。すでに半分以上を終えていたが、これで気泡に帰すこととなった。ゲームセット。勝利を手にしたのはラミーとベディーの2人だった。
「武器を捨ててもらおう。あくまで抵抗するというのなら、僕はそれでも構わない。」
拳をフレアに突き出したまま、ベディーは静かに告げた。すると、彼女はふっと息を吐き、ラミーの足元へ手にしていた剣を放り投げた。と、その時。
「ぐっ…!?」
ガッと鈍い音がし、ベディーが少しよろめく。頬を強く殴られていた。ラミーは目の色を変え、彼を殴った女兵をキッと睨みつけた。
「…これくらい、いいわよね?私は敵なんだもの。」
フレアは強気の笑みを浮かべながら、静かにベディーを見つめて口にした。そして、握られていた拳をほどき、両手を顔の横の高さまでそっとあげる。そのまま倒れている仲間のもとへ歩み寄り、しゃがんで、その容態を確認した。セイルは意識こそなかったが、息はしていた。フレアはまずほっと息を吐き、あげていた両腕を彼にまわし、ゆっくり抱き上げた。
「行っていいわよ。そして…隊長を止めて。」
「え…?」
フレアは2人を背にそう言った。その言葉にわけがわからず、ラミーの目が丸くなる。さっきまで必死に彼らを行かせまいとしていた者の言葉とは思えなかった。2人の疑問の表情を感じ取ったのか、フレアはセイルに治癒術を施しながら言葉を続けた。
「私は、10年前から隊長と共に仕事をしてきました。だけど、初めて出会った頃と、いつの間にか彼は変わってしまった。昔の隊長なら、罪もない人々を手に掛けるなんて事しなかったはずだわ。」
どこか悲しそうな表情で語るフレア。ベディーはそんな彼女の言葉を聞きながら、さらに尋ねた。
「僕たちにガルザを止めて目を覚まさせてほしい、そういうことか?」
「…正直、わからない。けど、何かに憑かれたような隊長を、私はもう見たくない…。」
「「“何かに憑かれた”?」」
ラミーとベディーは顔を見合せて、背後にそびえ立つ宮殿を見上げた。
剣を伝ってポタポタと血液が滴り落ちる。ロインは上がった息を落ちつけながら、一気に剣を引き抜いた。それと同時に、ガルザの体からあふれ出る血の量は増し、彼は仰向けになって倒れた。ロインも苦痛に顔を歪め、一瞬ふらつくが、倒れまいとふんばり、特に出血のひどい右脇腹を押さえながらガルザを見下ろした。
勝った…!
仇を討った。その思いがロインの脳裏をよぎった。しかし、それは達成感と同時に虚無感を彼に与えた。ガルザを倒したからといって、グレシアが戻ってくるわけでも、憎悪を抱いて過ごした7年間が還ってくるわけでもない。わかっているつもりだった。だが、ここまで何も残らないものだとは予想できなかった。ガルザにはまだ息がある。だが、ロインは剣を一振りし、刃についた血を軽く払うと、それを鞘へと収め、彼に背を向けた。
「ロイン、いいの?」
ルビアがそっと問いかけた。ロインは彼女を見ることなく、まっすぐ玉座に向かって歩き出す。
「…ああ。それより、ティマを。」
獣人化を解いたカイウスとルビアは、その言葉を聞いて顔を見合わせると、ロインの後に続いた。ティマは玉座にもたれたまま、未だに目を閉ざしていた。そんな彼女の正面に跪き、ロインは少女の顔を見上げながら呼びかけてみる。
「ティマ、オレだ。ロインだ。しっかりしろ。」
だが、ティマはぴくりとも動かない。ルビアが彼女に触れ、特に外傷がないことを確認する。ロインはティマの肩を掴み、強く揺さぶってみる。だが、目を覚ます気配はない。
「ティマ、おい!」
「…なんで起きないんだ?」
「わからないわ。もしかすると、薬か何かで眠らされているのかも…。」
ロインの大声にも反応はない。どうやら、このまま連れ出すしかなさそうだ。3人はそう思い、その手順の確認を行おうとした、その瞬間だった。
「…チッ。もロイ器だ。」
ふと呟かれた不気味な声。その場の空気全てが凍りついた。背筋にぞっとするものを感じ、バッと後ろを振り向く。そこには倒れているガルザ以外誰もいない。だが、そのガルザから、周囲に黒い靄のようなものが溢れ出ている。口が不気味に歪み、にたりと笑っている。何が起きているのか見当がつかず、3人はただ息を呑み、目をこれでもかという程見開き、身構えていた。そうしていると、突然、ガルザの体を覆っていた黒い靄が一気に噴き出し、彼の上で収束し始めた。やがてそれは形を成し、赤い禍々しい目をギラつかせた人の影のような姿へ変わっていった。
「何だ…あれ…!?」
ロインは目の前に出現した得体の知れぬソレに警戒心をあらわにする。嫌な汗が額を伝う。ソレが危険な何かであるのには間違いなさそうだった。カイウスとルビアもソレの存在に驚愕していた。だが、それはロインとは少し違う。信じられない。彼らの瞳はその気持ちを表し、目の前の現象を否定しようとしていた。
「あれは…まさか、スポット!?」
「なんでここに?“生命の法”はもう行われていないのに!」
カイウスが『スポット』と呼んだソレは、彼らの事など眼中にないらしい。目の前で苦しそうに呻いているガルザを見下ろし、不気味に赤い目を細める。そしてゆっくり太い両腕を高く上げ、彼めがけて一気に振り下ろした。
「や、やめろぉおおっ!!」
その時、階段を飛び越し、ロインがその間に割って入った。剣を鞘から抜き、その重い両腕を受け止める。先ほどの負傷を抱えたままの彼に、その攻撃は耐えるにはキツイものだった。グッと顔を歪めるが、そこから動こうとはしない。スポットの目がロインを見つめる。ロインはその赤い目をにらみ返す。
「ロイン!あいつ、何で…!?」
カイウスは驚愕の表情を浮かべたままそう言い、ロイン同様に剣を抜き、加勢へと向う。ルビアはティマの横に立ったまま、その場でプリセプツの準備を始める。
何故?
それはロイン自身もわからなかった。ただ、胸の奥がざわめき、叫び声をあげる何かに突き動かされていた。その結果が、憎んでいたはずのガルザをかばう行動へと繋がっただけなのだ。しかし、カイウスが言うこの『スポット』という存在は、ロインにとっても有益なものではないことを感じ取っていた。だから剣を向けることに迷いはない。痛みを堪え、構えなおした、その時だった。
「…ロ…イン……か…?」
後ろで倒れているガルザが自分を呼んだ。その声の調子は、先ほどまでとはまるで違い、どこか弱弱しい不安定なものだった。それに戸惑いを覚えながらも振り返ると、彼の赤い瞳はロインの姿をまっすぐ映していた。だが、そこにはあの禍々しい感じは一切ない。何が起きているのかわからない、そう思わせる表情をしていた。
「ガルザ、お前…」
その変わりようにロインも驚く。そんなロインに、スポットの巨腕が襲いかかった。
「やらせるか!」
そこへカイウスが乱入し、スポットに獅子戦吼を叩きつけ吹き飛ばす。ギャッと声をあげ、スポットは双眼を細める。そこへ
「ディバインレーザー!!」
ルビアの光属性のプリセプツが放たれる。スポットはそれをかわせず、この世の物とは思えないおぞましい断末魔の叫びをあげ、そして跡形もなく文字通り消えてなくなった。
「武器を捨ててもらおう。あくまで抵抗するというのなら、僕はそれでも構わない。」
拳をフレアに突き出したまま、ベディーは静かに告げた。すると、彼女はふっと息を吐き、ラミーの足元へ手にしていた剣を放り投げた。と、その時。
「ぐっ…!?」
ガッと鈍い音がし、ベディーが少しよろめく。頬を強く殴られていた。ラミーは目の色を変え、彼を殴った女兵をキッと睨みつけた。
「…これくらい、いいわよね?私は敵なんだもの。」
フレアは強気の笑みを浮かべながら、静かにベディーを見つめて口にした。そして、握られていた拳をほどき、両手を顔の横の高さまでそっとあげる。そのまま倒れている仲間のもとへ歩み寄り、しゃがんで、その容態を確認した。セイルは意識こそなかったが、息はしていた。フレアはまずほっと息を吐き、あげていた両腕を彼にまわし、ゆっくり抱き上げた。
「行っていいわよ。そして…隊長を止めて。」
「え…?」
フレアは2人を背にそう言った。その言葉にわけがわからず、ラミーの目が丸くなる。さっきまで必死に彼らを行かせまいとしていた者の言葉とは思えなかった。2人の疑問の表情を感じ取ったのか、フレアはセイルに治癒術を施しながら言葉を続けた。
「私は、10年前から隊長と共に仕事をしてきました。だけど、初めて出会った頃と、いつの間にか彼は変わってしまった。昔の隊長なら、罪もない人々を手に掛けるなんて事しなかったはずだわ。」
どこか悲しそうな表情で語るフレア。ベディーはそんな彼女の言葉を聞きながら、さらに尋ねた。
「僕たちにガルザを止めて目を覚まさせてほしい、そういうことか?」
「…正直、わからない。けど、何かに憑かれたような隊長を、私はもう見たくない…。」
「「“何かに憑かれた”?」」
ラミーとベディーは顔を見合せて、背後にそびえ立つ宮殿を見上げた。
剣を伝ってポタポタと血液が滴り落ちる。ロインは上がった息を落ちつけながら、一気に剣を引き抜いた。それと同時に、ガルザの体からあふれ出る血の量は増し、彼は仰向けになって倒れた。ロインも苦痛に顔を歪め、一瞬ふらつくが、倒れまいとふんばり、特に出血のひどい右脇腹を押さえながらガルザを見下ろした。
勝った…!
仇を討った。その思いがロインの脳裏をよぎった。しかし、それは達成感と同時に虚無感を彼に与えた。ガルザを倒したからといって、グレシアが戻ってくるわけでも、憎悪を抱いて過ごした7年間が還ってくるわけでもない。わかっているつもりだった。だが、ここまで何も残らないものだとは予想できなかった。ガルザにはまだ息がある。だが、ロインは剣を一振りし、刃についた血を軽く払うと、それを鞘へと収め、彼に背を向けた。
「ロイン、いいの?」
ルビアがそっと問いかけた。ロインは彼女を見ることなく、まっすぐ玉座に向かって歩き出す。
「…ああ。それより、ティマを。」
獣人化を解いたカイウスとルビアは、その言葉を聞いて顔を見合わせると、ロインの後に続いた。ティマは玉座にもたれたまま、未だに目を閉ざしていた。そんな彼女の正面に跪き、ロインは少女の顔を見上げながら呼びかけてみる。
「ティマ、オレだ。ロインだ。しっかりしろ。」
だが、ティマはぴくりとも動かない。ルビアが彼女に触れ、特に外傷がないことを確認する。ロインはティマの肩を掴み、強く揺さぶってみる。だが、目を覚ます気配はない。
「ティマ、おい!」
「…なんで起きないんだ?」
「わからないわ。もしかすると、薬か何かで眠らされているのかも…。」
ロインの大声にも反応はない。どうやら、このまま連れ出すしかなさそうだ。3人はそう思い、その手順の確認を行おうとした、その瞬間だった。
「…チッ。もロイ器だ。」
ふと呟かれた不気味な声。その場の空気全てが凍りついた。背筋にぞっとするものを感じ、バッと後ろを振り向く。そこには倒れているガルザ以外誰もいない。だが、そのガルザから、周囲に黒い靄のようなものが溢れ出ている。口が不気味に歪み、にたりと笑っている。何が起きているのか見当がつかず、3人はただ息を呑み、目をこれでもかという程見開き、身構えていた。そうしていると、突然、ガルザの体を覆っていた黒い靄が一気に噴き出し、彼の上で収束し始めた。やがてそれは形を成し、赤い禍々しい目をギラつかせた人の影のような姿へ変わっていった。
「何だ…あれ…!?」
ロインは目の前に出現した得体の知れぬソレに警戒心をあらわにする。嫌な汗が額を伝う。ソレが危険な何かであるのには間違いなさそうだった。カイウスとルビアもソレの存在に驚愕していた。だが、それはロインとは少し違う。信じられない。彼らの瞳はその気持ちを表し、目の前の現象を否定しようとしていた。
「あれは…まさか、スポット!?」
「なんでここに?“生命の法”はもう行われていないのに!」
カイウスが『スポット』と呼んだソレは、彼らの事など眼中にないらしい。目の前で苦しそうに呻いているガルザを見下ろし、不気味に赤い目を細める。そしてゆっくり太い両腕を高く上げ、彼めがけて一気に振り下ろした。
「や、やめろぉおおっ!!」
その時、階段を飛び越し、ロインがその間に割って入った。剣を鞘から抜き、その重い両腕を受け止める。先ほどの負傷を抱えたままの彼に、その攻撃は耐えるにはキツイものだった。グッと顔を歪めるが、そこから動こうとはしない。スポットの目がロインを見つめる。ロインはその赤い目をにらみ返す。
「ロイン!あいつ、何で…!?」
カイウスは驚愕の表情を浮かべたままそう言い、ロイン同様に剣を抜き、加勢へと向う。ルビアはティマの横に立ったまま、その場でプリセプツの準備を始める。
何故?
それはロイン自身もわからなかった。ただ、胸の奥がざわめき、叫び声をあげる何かに突き動かされていた。その結果が、憎んでいたはずのガルザをかばう行動へと繋がっただけなのだ。しかし、カイウスが言うこの『スポット』という存在は、ロインにとっても有益なものではないことを感じ取っていた。だから剣を向けることに迷いはない。痛みを堪え、構えなおした、その時だった。
「…ロ…イン……か…?」
後ろで倒れているガルザが自分を呼んだ。その声の調子は、先ほどまでとはまるで違い、どこか弱弱しい不安定なものだった。それに戸惑いを覚えながらも振り返ると、彼の赤い瞳はロインの姿をまっすぐ映していた。だが、そこにはあの禍々しい感じは一切ない。何が起きているのかわからない、そう思わせる表情をしていた。
「ガルザ、お前…」
その変わりようにロインも驚く。そんなロインに、スポットの巨腕が襲いかかった。
「やらせるか!」
そこへカイウスが乱入し、スポットに獅子戦吼を叩きつけ吹き飛ばす。ギャッと声をあげ、スポットは双眼を細める。そこへ
「ディバインレーザー!!」
ルビアの光属性のプリセプツが放たれる。スポットはそれをかわせず、この世の物とは思えないおぞましい断末魔の叫びをあげ、そして跡形もなく文字通り消えてなくなった。