第11章 懐かしき人と悲しき別れ [
「それじゃ、母様。」
街が夕焼けに染まり始めた頃、ロイン達は“母様”の家を後にした。大きく手を振るラミーに、母様も手を振り返し、彼らの姿が見えなくなるまで見送っていた。
「それにしても、ラミーにお母さんがいなかったなんてね。」
しばらく歩いたのち、ティマがふと思い出してラミーに尋ねた。すると、ラミーはなんてことなさそうに、ケロッとした表情で答えた。
「ああ。親父が言うには、あたいを産んですぐに死んじゃったんだと。ベディーの言う、あたいの病弱なところは母親譲りってことかな?アハトが親代わりをしてくれてたけど、あいつはどちらかというと良い姉貴分って感じだね。その意味では、あたいの親は先代だけなのかもな。」
そう言いながら、ラミーはふと、赤く染まっている空を見上げ、立ち止まった。
「…だからこそ、大切なものほど、失えば取り戻したくなる。」
そして紡がれた寂しげな言葉に、ロイン達も立ち止まり、彼女に視線を向けた。そんな彼らに、ラミーは空元気から作った笑みを向けた。
「けど、結局不可能なんだよな。あたいの母親も親父も…もう帰ってこない。」
「ラミー…。」
「あはは!悪いね、辛気臭い事言って。さ、宿に戻ろうぜ。きっと、カイウスも戻ってる頃だろうさ。」
重たい空気を払うように、ラミーは笑い声をあげた。そして、無邪気にくるりと振り向いて彼らにそう言うと、宿に向かって駆け出した。心配そうな表情を向けるティマやベディーは、彼女の後を追って歩を進めた。
「大切なものほど、か…」
ロインはその場に立ちつくしたまま、誰にも聞こえない呟きを漏らした。その瞳は仲間達に向けられていたが、実は何も映していないように思える。そんな彼に気付いたのか、ティマが振り返って声をかけた。
「ロイン、何してるの?置いて行くよ。」
「あ、ああ…。」
そう返事をするロインは、どこか上の空というか、覇気がなかった。アール山から生還して何度もあった彼の様子に首を傾げるティマだったが、一方のロインは彼女のそんな気持ちにすら気付かないようで、ただふらふらと彼女の横を通り過ぎて行った。
(何を考えているの?ロイン…。)
いつかしか、ティマはそんな彼を不安に思うようになっていた。しかし、その気持ちすら、今の彼に届いているかどうか定かではなかった。
ロイン達が宿屋にたどり着いた時には、カイウスはすでに部屋にいた。
「お帰り、ロイン、ベディー。ティマたちも戻ったのか?」
「ああ。ルビアのところに行くって言ってた。」
宿屋の部屋は、男性3人、ルビアとアーリア、そしてティマとラミーというように分かれていた。2人は部屋に戻る前に、アーリアの様子を見てくると言ってロインと別れたのだった。
「カイウス。あの教皇と何を話してきたんだ?」
「ああ。バキラのことと冥府の法について、できるだけ情報を手に入れてもらえるように頼んできた。あとは、お互いの思い出話だな。」
「そうか。」
「ロインどうしたんだ?浮かない顔してるけど。」
そう言って、カイウスは彼の顔を覗き込んだ。ロインの表情は、宿屋に戻る道中からずっと変わらずに暗いままだった。近くの椅子に腰かけるベディーに目で問いかけるが、彼もわからないというように肩をすくめて見せるだけだった。
「…ベディー。」
その時、ロインが顔を上げないままポツリと彼を呼んだ。
「悪い。カイウスと2人で話したい。」
短く要件を告げたまま、ロインは相変わらず下を向いている。ベディーはカイウスと目を合わせ、そして小さく頷いた。
「わかった。ティマ達の所にいるから、終わったら呼びに来てほしい。」
ベディーは微笑みながらそう言い、部屋から出て行った。残されたカイウスは、ロインに向き合う形で椅子に腰かけた。ロインはしばらく、視線を泳がせたまま口を開こうとしなかった。
「…カイウスは」
カイウスが黙って待っていると、ようやくロインの口から小さく言葉が発せられた。
「カイウスは、ルビアから離れようと考えたこと、あったか?」
「え?」
それは、今までカイウスが見てきた中で、ロインの一番弱気な発言だったように思えた。今の彼の調子もそうだが、質問の内容もカイウスを戸惑わせ、答えるまでに少しばかり時間がかかってしまった。
「…あったな。そんなことも。」
カイウスは天井を見上げ、どこか苦い記憶を呼び起こした。ロインがその言葉に顔をあげれば、カイウスは苦笑を交えて話し出した。
「2年前の旅で、オレがレイモーンの民で獣人化もできるってわかった時だ。初めて獣人化した時の出来事が、オレにとって悲しいものでしかなくてさ。自分のことを“化け物”だって思った。その不安がルビアにもうつって、あいつに辛い思いをさせたこともある。」
話しながら、今度はカイウスが視線を下し、力の入る自身の両手を見つめた。そんな彼を見つめながら、ロインは黙って耳を傾ける。
「それで…結果としては、ルキウスがオレ達の仲を繋いでくれたんだろうな。その頃、オレ達とルキウスは敵対していて、ルキウスがルビアを人質にして、交換条件にペイシェントを渡せ、って言ったことがあったんだ。」
「あの教皇が?」
「まあな。で、オレはその条件を呑んだけど、ルビアが人質から解放された時に迷ったんだ。オレと一緒にいることができない、って。…その時、オレはルビアのためだって思って、一緒に旅することをやめようと思った。けど、その一件で離ればなれになったことで、2人ともお互いに大切な存在なんだって事にも気付いて、迷いも吹っ切れて仲直りできたんだけどな。」
そう言ってカイウスは笑った。その笑顔は、その話が過去のものだと物語っていた。ロインはその笑顔を見て、また俯いた。
「ロイン。なんでそんなことを?ティマと、何かあったのか?」
そんな彼の様子に、カイウスの表情も暗くなる。
「何でもない。約束は、変わらない…。」
だが、ロインはその視線から逃れるように顔をそむけ、独り言のように呟くだけだった。その日、彼はそれ以上口を開かず、その話題に触れようとしなかった。
街が夕焼けに染まり始めた頃、ロイン達は“母様”の家を後にした。大きく手を振るラミーに、母様も手を振り返し、彼らの姿が見えなくなるまで見送っていた。
「それにしても、ラミーにお母さんがいなかったなんてね。」
しばらく歩いたのち、ティマがふと思い出してラミーに尋ねた。すると、ラミーはなんてことなさそうに、ケロッとした表情で答えた。
「ああ。親父が言うには、あたいを産んですぐに死んじゃったんだと。ベディーの言う、あたいの病弱なところは母親譲りってことかな?アハトが親代わりをしてくれてたけど、あいつはどちらかというと良い姉貴分って感じだね。その意味では、あたいの親は先代だけなのかもな。」
そう言いながら、ラミーはふと、赤く染まっている空を見上げ、立ち止まった。
「…だからこそ、大切なものほど、失えば取り戻したくなる。」
そして紡がれた寂しげな言葉に、ロイン達も立ち止まり、彼女に視線を向けた。そんな彼らに、ラミーは空元気から作った笑みを向けた。
「けど、結局不可能なんだよな。あたいの母親も親父も…もう帰ってこない。」
「ラミー…。」
「あはは!悪いね、辛気臭い事言って。さ、宿に戻ろうぜ。きっと、カイウスも戻ってる頃だろうさ。」
重たい空気を払うように、ラミーは笑い声をあげた。そして、無邪気にくるりと振り向いて彼らにそう言うと、宿に向かって駆け出した。心配そうな表情を向けるティマやベディーは、彼女の後を追って歩を進めた。
「大切なものほど、か…」
ロインはその場に立ちつくしたまま、誰にも聞こえない呟きを漏らした。その瞳は仲間達に向けられていたが、実は何も映していないように思える。そんな彼に気付いたのか、ティマが振り返って声をかけた。
「ロイン、何してるの?置いて行くよ。」
「あ、ああ…。」
そう返事をするロインは、どこか上の空というか、覇気がなかった。アール山から生還して何度もあった彼の様子に首を傾げるティマだったが、一方のロインは彼女のそんな気持ちにすら気付かないようで、ただふらふらと彼女の横を通り過ぎて行った。
(何を考えているの?ロイン…。)
いつかしか、ティマはそんな彼を不安に思うようになっていた。しかし、その気持ちすら、今の彼に届いているかどうか定かではなかった。
ロイン達が宿屋にたどり着いた時には、カイウスはすでに部屋にいた。
「お帰り、ロイン、ベディー。ティマたちも戻ったのか?」
「ああ。ルビアのところに行くって言ってた。」
宿屋の部屋は、男性3人、ルビアとアーリア、そしてティマとラミーというように分かれていた。2人は部屋に戻る前に、アーリアの様子を見てくると言ってロインと別れたのだった。
「カイウス。あの教皇と何を話してきたんだ?」
「ああ。バキラのことと冥府の法について、できるだけ情報を手に入れてもらえるように頼んできた。あとは、お互いの思い出話だな。」
「そうか。」
「ロインどうしたんだ?浮かない顔してるけど。」
そう言って、カイウスは彼の顔を覗き込んだ。ロインの表情は、宿屋に戻る道中からずっと変わらずに暗いままだった。近くの椅子に腰かけるベディーに目で問いかけるが、彼もわからないというように肩をすくめて見せるだけだった。
「…ベディー。」
その時、ロインが顔を上げないままポツリと彼を呼んだ。
「悪い。カイウスと2人で話したい。」
短く要件を告げたまま、ロインは相変わらず下を向いている。ベディーはカイウスと目を合わせ、そして小さく頷いた。
「わかった。ティマ達の所にいるから、終わったら呼びに来てほしい。」
ベディーは微笑みながらそう言い、部屋から出て行った。残されたカイウスは、ロインに向き合う形で椅子に腰かけた。ロインはしばらく、視線を泳がせたまま口を開こうとしなかった。
「…カイウスは」
カイウスが黙って待っていると、ようやくロインの口から小さく言葉が発せられた。
「カイウスは、ルビアから離れようと考えたこと、あったか?」
「え?」
それは、今までカイウスが見てきた中で、ロインの一番弱気な発言だったように思えた。今の彼の調子もそうだが、質問の内容もカイウスを戸惑わせ、答えるまでに少しばかり時間がかかってしまった。
「…あったな。そんなことも。」
カイウスは天井を見上げ、どこか苦い記憶を呼び起こした。ロインがその言葉に顔をあげれば、カイウスは苦笑を交えて話し出した。
「2年前の旅で、オレがレイモーンの民で獣人化もできるってわかった時だ。初めて獣人化した時の出来事が、オレにとって悲しいものでしかなくてさ。自分のことを“化け物”だって思った。その不安がルビアにもうつって、あいつに辛い思いをさせたこともある。」
話しながら、今度はカイウスが視線を下し、力の入る自身の両手を見つめた。そんな彼を見つめながら、ロインは黙って耳を傾ける。
「それで…結果としては、ルキウスがオレ達の仲を繋いでくれたんだろうな。その頃、オレ達とルキウスは敵対していて、ルキウスがルビアを人質にして、交換条件にペイシェントを渡せ、って言ったことがあったんだ。」
「あの教皇が?」
「まあな。で、オレはその条件を呑んだけど、ルビアが人質から解放された時に迷ったんだ。オレと一緒にいることができない、って。…その時、オレはルビアのためだって思って、一緒に旅することをやめようと思った。けど、その一件で離ればなれになったことで、2人ともお互いに大切な存在なんだって事にも気付いて、迷いも吹っ切れて仲直りできたんだけどな。」
そう言ってカイウスは笑った。その笑顔は、その話が過去のものだと物語っていた。ロインはその笑顔を見て、また俯いた。
「ロイン。なんでそんなことを?ティマと、何かあったのか?」
そんな彼の様子に、カイウスの表情も暗くなる。
「何でもない。約束は、変わらない…。」
だが、ロインはその視線から逃れるように顔をそむけ、独り言のように呟くだけだった。その日、彼はそれ以上口を開かず、その話題に触れようとしなかった。