第16章 引き潮の彼方で Z
そしてクレッシェルは、さらに驚くべきことを口にした。
「彼らも相当なプリセプツの使い手だったそうで、中には古代レイモーンの民が編み出した最強のプリセプツに匹敵する術もあったそうじゃ」
「それ、本当ですか!?」
その情報に真っ先に反応したのはルビアだ。
彼女の持つセイクリッドシャインと、アーリアが持つテンペスト。
アーレスを相手にするには、この二つだけでは足りなかった。これらに匹敵する切り札がまだ必要になるはずだ。
意外なところでその手掛かりを得ることになり、彼女は一縷の望みを込めて老人を見つめた。
しかし、彼もそれ以上は知らないのだろう。噂に聞いただけだ、これ以上の期待には応えられないと、ルビアを言い宥めた。
「僕はプリセプツのことはさっぱりだけど、姉貴なら何か知っているかもしれない」
だが代わりに、ベディーがそう口にした。彼と同じ一族であり、ティマに槍と魔法の使い方を教えた戦いの師でもあるマリワナ。ただそれだけのことではあるが、尋ねてみる価値はあるだろう。彼の提案を拒む者は誰もいなかった。
ちょうどティマも欠片を取り出し終えた。彼らは踵を返し、来た道を戻って行った。
「あれは……」
海辺で遊んでいるチャーク達を眺めていたルキウス。ふと空を見上げたその時、彼は何かに気がついた。太陽の影になって、こちらに近づいてくる小さなシルエット。ルキウスは誘わるように、空に向かって腕を差し伸べた。
やがて、導かれるようにその腕に止まった一羽の鳥。その足にくくりつけられている小さな文に気付き、彼がそれを外しにかかった時だった。
「ルキウス!」
入江の奥へと見送った兄達が戻ってきた。笑顔で手を振るその姿に、名前を呼ばれ振り返ったルキウスは嬉しそうに、腕に止まった鳥を連れて駆け寄って行った。
「その鳥、アレウーラからか?」
「ええ。そのようです」
その小さな存在に気付き問いかけたフォレストに、ルキウスは短く返した。そして鳥から預かったそれに書かれていた内容に目を通すと、ひそかに眉間に皺を寄せた。
「黒騎士のパルナミスさんからだ。――アレウーラ各地でスポットによる侵攻が進んでいる。教会やレイモーン評議会と協力して対抗しているが、被害は広がる一方だ、と」
「!」
その報告にフォレストの瞳が鋭くなった。大した足止めを食うこともなくこの秘境にやってこれたのは、本当に幸いだったに違いない。彼らが思っている以上に、早いところ『冥府の法』をどうにかしなければならないようだ。
「ルキウス。『冥府の法』の解読はどうなっている?」
「おおよそはすでに。アーリアが手伝ってくれたおかげで、あとは再構築すればいけるはずです」
ルキウスの瞳に迷いはなかった。確かな答えに、フォレストは頷いて返した。
――これで最後の白晶岩の欠片を手に入れ次第、アール山へ向かうことができる。
二人はそう考え、仲間達に先を急ぐよう促そうとした。
その時だった。
周囲の空気が変わった。空は晴れたままだというのに、波の高さは変わってなどいないはずなのに、嵐が訪れたように黒く、重たい。発生源は、ボーウへと戻る海の中の道からだ。
「何だ……?」
誰かが呟いた、次の瞬間だった。
入江の出口に、突如黒い穴が開いた。それはまるで地獄へとつながる沼が現れたような光景。そしてそこから不気味に浮き上がってきたのは、見慣れた相手だった。
「アルバート……!」
優雅な物腰ながら、この世の者ならぬ者を宿した瞳は禍々しく。咄嗟に飛び出したティルキスとアーリアは真っ向からその瞳に対峙し、ロイン達もその後ろで身構えた。老夫婦もアルバートから溢れる何かに気付いたのだろう、驚きと恐怖からすくむザレット一家と共に、彼らの後ろに隠れるように素早く退いた。
「しばらくぶりだな」
「まったくだ。どうして俺たちがここにいるとわかった?」
「フン。スポットどもが集めてくる情報から推測したにすぎん。最も、貴様らがここにいると読んだのは私ではなく、あのじいさんだがな」
「ほう? かつて天下を目指した黒騎士団団長様も大人しくなったもんだな。お偉いさんには逆らえないと悟ったか?」
「そう言うな。私とて不服だが、こうしてこの世に存在している限り、ある程度の制約はつきものだ」
まるで世間話でもしているような口ぶりだが、お互いに目は笑っていない。ぴりぴりとした緊張が漂っているものの、今はどちらも動く時ではないと知っているように悠長に構えている。
しかし、アルバートの口が弧を描いた瞬間、再び事態は動いた。
彼の後方。先ほどよりもだいぶ大きい穴が開き、そこからぞろぞろと影の住人達が這い出るように現れてきたのだ。その数は、あまり広くないこの入江を埋め尽くすに容易いほどだった。
「なんと!」
「スポットがこんなに……!」
「スポットゾンビも、ちゃんといるぞ……!」
その圧倒的な物量にか、はたまた初めてお目にかかったであろう異界の住人の姿にか、クレッシェルは驚愕から思わず声を上げた。チャーク達が恐怖するのを背に感じ取る中、ティマは冷や汗が伝うのを感じ、ロインは忌々しそうに彼らを睨む。
もとよりここに現れた目的などわかりきっていたが、どうやら本気でロイン達を屠りに来たらしい。これまで相手にしてきた愚鈍なものばかりではなく、戦士の如く鋭いオーラをまとうものも数人いるようだ。
「みんな。アルバートは俺が相手する」
「わたしも。お願い」
徐々に近付く死闘の合図を前に、当然とばかりにティルキスとアーリアが言う。仲間に背を向けたまま武器を手に、瞳はアルバートに向けられたまま微動だにしない。アーリアも砂漠で交戦した時とは違い、今回は初めから覚悟を決めているようだ。美しい青眼の中に、迷いは一片もない。
「ああ、こっちはオレたちに任せろ!」
「ベディー、ルビアは後ろを頼む!」
「ああ」
「任せて」
「ってことは、あたいは突っ込んでいいんだな? ラッキー!」
快く返事をしたカイウス。そして非戦闘員の守りを指示したロインに、ラミーは気合を入れるようにガッと両手を組み合わせた。口調は軽いが、口元は不敵に笑み、赤目には戦士としての鋭さを宿している。こうなった彼女は頼もしいの一言だ。
「……行け」
そして、スポットらに向けて出された指示を合図に、死闘は始まった。
「彼らも相当なプリセプツの使い手だったそうで、中には古代レイモーンの民が編み出した最強のプリセプツに匹敵する術もあったそうじゃ」
「それ、本当ですか!?」
その情報に真っ先に反応したのはルビアだ。
彼女の持つセイクリッドシャインと、アーリアが持つテンペスト。
アーレスを相手にするには、この二つだけでは足りなかった。これらに匹敵する切り札がまだ必要になるはずだ。
意外なところでその手掛かりを得ることになり、彼女は一縷の望みを込めて老人を見つめた。
しかし、彼もそれ以上は知らないのだろう。噂に聞いただけだ、これ以上の期待には応えられないと、ルビアを言い宥めた。
「僕はプリセプツのことはさっぱりだけど、姉貴なら何か知っているかもしれない」
だが代わりに、ベディーがそう口にした。彼と同じ一族であり、ティマに槍と魔法の使い方を教えた戦いの師でもあるマリワナ。ただそれだけのことではあるが、尋ねてみる価値はあるだろう。彼の提案を拒む者は誰もいなかった。
ちょうどティマも欠片を取り出し終えた。彼らは踵を返し、来た道を戻って行った。
「あれは……」
海辺で遊んでいるチャーク達を眺めていたルキウス。ふと空を見上げたその時、彼は何かに気がついた。太陽の影になって、こちらに近づいてくる小さなシルエット。ルキウスは誘わるように、空に向かって腕を差し伸べた。
やがて、導かれるようにその腕に止まった一羽の鳥。その足にくくりつけられている小さな文に気付き、彼がそれを外しにかかった時だった。
「ルキウス!」
入江の奥へと見送った兄達が戻ってきた。笑顔で手を振るその姿に、名前を呼ばれ振り返ったルキウスは嬉しそうに、腕に止まった鳥を連れて駆け寄って行った。
「その鳥、アレウーラからか?」
「ええ。そのようです」
その小さな存在に気付き問いかけたフォレストに、ルキウスは短く返した。そして鳥から預かったそれに書かれていた内容に目を通すと、ひそかに眉間に皺を寄せた。
「黒騎士のパルナミスさんからだ。――アレウーラ各地でスポットによる侵攻が進んでいる。教会やレイモーン評議会と協力して対抗しているが、被害は広がる一方だ、と」
「!」
その報告にフォレストの瞳が鋭くなった。大した足止めを食うこともなくこの秘境にやってこれたのは、本当に幸いだったに違いない。彼らが思っている以上に、早いところ『冥府の法』をどうにかしなければならないようだ。
「ルキウス。『冥府の法』の解読はどうなっている?」
「おおよそはすでに。アーリアが手伝ってくれたおかげで、あとは再構築すればいけるはずです」
ルキウスの瞳に迷いはなかった。確かな答えに、フォレストは頷いて返した。
――これで最後の白晶岩の欠片を手に入れ次第、アール山へ向かうことができる。
二人はそう考え、仲間達に先を急ぐよう促そうとした。
その時だった。
周囲の空気が変わった。空は晴れたままだというのに、波の高さは変わってなどいないはずなのに、嵐が訪れたように黒く、重たい。発生源は、ボーウへと戻る海の中の道からだ。
「何だ……?」
誰かが呟いた、次の瞬間だった。
入江の出口に、突如黒い穴が開いた。それはまるで地獄へとつながる沼が現れたような光景。そしてそこから不気味に浮き上がってきたのは、見慣れた相手だった。
「アルバート……!」
優雅な物腰ながら、この世の者ならぬ者を宿した瞳は禍々しく。咄嗟に飛び出したティルキスとアーリアは真っ向からその瞳に対峙し、ロイン達もその後ろで身構えた。老夫婦もアルバートから溢れる何かに気付いたのだろう、驚きと恐怖からすくむザレット一家と共に、彼らの後ろに隠れるように素早く退いた。
「しばらくぶりだな」
「まったくだ。どうして俺たちがここにいるとわかった?」
「フン。スポットどもが集めてくる情報から推測したにすぎん。最も、貴様らがここにいると読んだのは私ではなく、あのじいさんだがな」
「ほう? かつて天下を目指した黒騎士団団長様も大人しくなったもんだな。お偉いさんには逆らえないと悟ったか?」
「そう言うな。私とて不服だが、こうしてこの世に存在している限り、ある程度の制約はつきものだ」
まるで世間話でもしているような口ぶりだが、お互いに目は笑っていない。ぴりぴりとした緊張が漂っているものの、今はどちらも動く時ではないと知っているように悠長に構えている。
しかし、アルバートの口が弧を描いた瞬間、再び事態は動いた。
彼の後方。先ほどよりもだいぶ大きい穴が開き、そこからぞろぞろと影の住人達が這い出るように現れてきたのだ。その数は、あまり広くないこの入江を埋め尽くすに容易いほどだった。
「なんと!」
「スポットがこんなに……!」
「スポットゾンビも、ちゃんといるぞ……!」
その圧倒的な物量にか、はたまた初めてお目にかかったであろう異界の住人の姿にか、クレッシェルは驚愕から思わず声を上げた。チャーク達が恐怖するのを背に感じ取る中、ティマは冷や汗が伝うのを感じ、ロインは忌々しそうに彼らを睨む。
もとよりここに現れた目的などわかりきっていたが、どうやら本気でロイン達を屠りに来たらしい。これまで相手にしてきた愚鈍なものばかりではなく、戦士の如く鋭いオーラをまとうものも数人いるようだ。
「みんな。アルバートは俺が相手する」
「わたしも。お願い」
徐々に近付く死闘の合図を前に、当然とばかりにティルキスとアーリアが言う。仲間に背を向けたまま武器を手に、瞳はアルバートに向けられたまま微動だにしない。アーリアも砂漠で交戦した時とは違い、今回は初めから覚悟を決めているようだ。美しい青眼の中に、迷いは一片もない。
「ああ、こっちはオレたちに任せろ!」
「ベディー、ルビアは後ろを頼む!」
「ああ」
「任せて」
「ってことは、あたいは突っ込んでいいんだな? ラッキー!」
快く返事をしたカイウス。そして非戦闘員の守りを指示したロインに、ラミーは気合を入れるようにガッと両手を組み合わせた。口調は軽いが、口元は不敵に笑み、赤目には戦士としての鋭さを宿している。こうなった彼女は頼もしいの一言だ。
「……行け」
そして、スポットらに向けて出された指示を合図に、死闘は始まった。