第14章 はじまりの真実 Y
宮殿から溢れたスポットを駆逐しながらとなった、大広間への帰り道。一番暗くなる時刻を過ぎたからか、スポットの数は行きよりも少なくなったように感じ、動きもだいぶ鈍くなっていた。疲労の抜けきらない3人でもいとも簡単に片付けられることもあり、いくらかゆっくりとなった歩調で進んでいき、ようやく大広間に辿りつこうかという時だった。
「なんだ?」
大広間に近付くにつれ、スポットの数はかなり減っていった。近衛騎士たちやベディー、ルビアだけでもおそらく手が足りるだろうと思われるほどで、カイウスの強張っていた表情はわかりやすいくらいにほっとしたものになっていた。それにも関わらず、大広間の方からはざわついた物音が聞こえてくる。気付いたロインは眉間にしわを寄せ、少し駆け足気味にそこへ向かった。そして目に入った光景に、彼は思わず大きく眼を見開いた。
「ベディー!ルビア!?」
続いて大広間に顔を出したカイウスも、彼に続いて驚愕し、大声で仲間の名を叫んでいた。その仲間はというと、ベディーは床に伏す形で近衛騎士に抑えつけられており、ルビアは背後から2人掛かりで両腕をつかまれて身動きができないようにされていた。そしてルビアからそう離れていない場所で、なぜかフレアまでもが近衛騎士によって動きを封じられていたのだった。
「フレアさん!?」
「なっ!どういうことだよ、これ!」
その時、ロイン達と反対側の通路からティマたちの姿が見えた。彼女達も何が起こったのかわからず、驚きを隠せないで呆然と立ち尽くしている。少年たちはそんな2人の少女と一緒にいる隻腕の男の素性に一瞬気をとられたものの、直後に広間いっぱいに響いたルビアの声にすぐに注意を戻された。
「みんな!お願い、王様を説得して!」
「敵の数が多すぎて、まずいと思ったベディーが獣人化してしまったの!」
そう叫ぶ彼女の顔は切羽詰まっていて、続いて声を上げたフレアも為す術なく焦っているようだった。そして、彼女たちの言葉で何が起きたかを理解した仲間達の顔が一気に青ざめた。バッと王へ視線を向けると、彼は怒りで冷静さを欠いているのか、ベディー以外のものは目に入っていないようだった。かと思った次の瞬間、王の殺気に似た怒りのこもった鋭い視線がロインたちへと向けられた。
「お前たちも、“コレ”が何者か知った上で連れてきたのか?捕えろ!知っている事を全て吐かせるのだ!」
どうやら、大切な娘の仇を平然とこの場へ連れてきたことで、王らに不信感を抱かせてしまったらしい。彼の怒気のこもった命令に従い、近衛騎士らは冷たい瞳でロインたちへと迫り来た。
「彼らは関係ない!乱暴はしないでくれ!」
必死に彼らをかばおうとするベディーの声が聞こえるが、それに耳を貸そうとする者はいない。ロインは迷うことなく抜刀の構えをとり、一方でカイウスやラミーは騎士たちに立ち向かうべきか躊躇いを見せ、つっと額に汗を伝わらせた。
「待って。」
その中でただ一人、少しの怯えと決心を瞳に宿らせて、ティマが凛と声をあげた。鈴のようでありながら遠くまで届いたその声に視線が集中する中、彼女の周囲に漂う空気がいつもと違うことに気付き、仲間たちは思わず息を呑んだ。そこにいるのは無邪気に振舞うティマではなく、幼さを残しながらもどこか高貴さを感じさせる佇まいをした少女だった。
「お願いします。その人をお離し下さい。その人は、15年前の約束を果たしに来たのです。」
言いながら、少しの恐怖を抱きながらも、ティマは一歩、さらに一歩と近衛騎士らの前に歩を進めた。一方、騎士らはティマのただならぬ気迫に何かを感じ取ったのか、彼女が一歩進むごとに、左右に道を開けていった。そして少女と王の間を遮るものが何もなくなると、周囲の空気は一層緊張を増したようにピンと張り詰められた。
「…約束を果たしに、だと?なら姫は!私たちの娘はどこにいるというのだ!?」
先ほどより少しばかり冷静さを取り戻した王が、ティマに向かって荒い声をあげる。ティマはそれに少し怯みながらも、赤茶の瞳を真っすぐに彼に向け続けた。取り押さえられ続けているベディーは、そして仲間達は黙って彼女を見守っていた。張り詰めた空気の中沈黙は続き、ティマは静かに唾を飲み込む。そして一度瞳を伏せ、瞬間、何やら考えを巡らせていた。しかし、その暇もないのだと思うと、ティマは覚悟を決めたように王と后を真正面から見据え、胸に手をあて、口を開いた。
「…15年前に消息不明になったあなた達の娘、ティマリア・ルル・マウディーラなら……ここにいます。」
そして静かな空間に、ティマの声が響いた。次いで再来した沈黙は、驚愕に満ちていた。ロイン達を除く全員が動揺し、目を丸くし、何も言葉を発せずにいた。
「それは、どういう…?あの時、バキラは違うと」
「いいえ。彼女は確かに『白き星の民』の力を有しております。」
突然の事態に思考が追いついていないのか、后から出た言葉は困惑に満ちたものだった。一方、フレアはそれに対し、はっきりとした声で答えた。それを聞き、今度は「まさか」「本当に?」と、次々に騎士らからどよめきが起きた。その動揺は予想以上に大きかったのか、ルビアやフレア、そしてベディーを拘束する力はいつの間にか失われていた。
「白き星の、民?」
一方で、ティマは聞き慣れない言葉に首を傾げた。拘束を解かれたフレアはティマの前に数歩進み出て、その疑問に答えた。
「このマウディーラは、いくつもの島々と、そこに住みついた様々な人々が入り混じって生きる国です。その中で、このマウディーラ島と近隣の島々に最も古くから住んでいたある一族が『白き星の民』と呼ばれていました。」
「その、『白き星』って?」
「巨大な白い結晶でできた岩のことです。知る者には『白晶岩』と呼ばれているようで、昔の人は、あの岩を星の欠片と捉えていたようです。」
その説明を聞き、ロインは一人、心の中でなるほど、と呟いていた。確かに、夜空の下で淡く発光していたあの様は、夜空で輝く星と似通っていた。
「そんな大昔から存在していたのか、あれは…。」
そして今度は、ぽつりと口から溢していた。マウディーラで最も古くから生きる一族の名の由来になっているのなら、同等かそれ以上昔から存在していたに違いないだろう。それと同時に、彼の中でひとつの疑問が浮かび上がった。それほど昔からあったものなら、『白き星の民』の名の由来にもなった岩について、何故父の資料以外に記録が残されていなかったのか。そんなロインの心を読んだかのようなタイミングで、フレアは再び口を開いた。
「そして、その白晶岩の中に宿っている魔力を引き出し、自在に操ることができた。それが最古の一族最大の特徴です。」
「だから、『白き星の民』?」
確認するように尋ねたティマに、フレアはゆっくりと頷いた。そしてその問答で、ロインは自身の中に生まれた疑問の答えとして、ふたつの仮説を得た。一つは『当然だった』こと。この国最古の一族。その一族が有していた力と密接に関係していた物体。その存在は一族にとって当たり前過ぎて、記録に残す必要がどこにもなかった、という説だ。そしてもう一つは…。
「なるほどね。その末裔が、今のマウディーラ王家ってわけか。」
ロインが2つ目の仮説を頭に浮かべたのと、ルキウスが声を発したのは同時だった。そう。ルキウスの言うとおり、今の王族が『白き星の民』の末裔であるなら、今もなお記録が残されていない理由に成り得るのだ。それは、『知られないため』。外から巨大な魔力を引き出し、自在に操る事が出来るということは、通常なら扱えない強力なプリセプツを操ることも容易になるということ。『白き星の民』にとって重宝された能力だったに違いない。だがその能力は、源である白晶岩が失われてしまっては意味がないもの。ならばその関係性を隠すことで、その能力を絶対のものにしようと考えた可能性もある。その目的か、結果か。どちらが先かはわからないが、『白き星の民』の能力は人々に特殊なものだと認識させ、畏怖させた。畏れを生むには、無知が最も効果的だからだ。そして、『白き星の民』は権力者となった。おそらくそんなところだろう。ロインがそのようなことを考えている間に、フレアはルキウスに頷き、そしてラミーに視線を向けていた。
「ええ。隊長はラミー、あなたの報告から、彼女が消息不明のティマリア様である可能性に気付きました。」
「! あん時のプリセプツ!」
それを聞いたラミーの脳裏をよぎったのは、オスルカ山の洞窟でロインたちと離ればなれになった時にティマが放ったインブレイスエンドの事だ。ルビアに聞き、身の丈を超えるプリセプツを容易に扱ってみせたことの違和感に気付いたラミーは、確かにそのことをガルザに報告していた。まさか『白晶の耳飾』の他に王族かどうかを判別する方法があるなんて、その時のラミーは思いもしなかった。
「では…本当に…?」
彼女たちの会話を黙って聞いていた后は、やがてそうポツリとこぼし、潤ませた半信半疑の眼差しをティマへと向けていた。ティマはそれに、どこか困惑した顔を向けて答えた。
「なんだ?」
大広間に近付くにつれ、スポットの数はかなり減っていった。近衛騎士たちやベディー、ルビアだけでもおそらく手が足りるだろうと思われるほどで、カイウスの強張っていた表情はわかりやすいくらいにほっとしたものになっていた。それにも関わらず、大広間の方からはざわついた物音が聞こえてくる。気付いたロインは眉間にしわを寄せ、少し駆け足気味にそこへ向かった。そして目に入った光景に、彼は思わず大きく眼を見開いた。
「ベディー!ルビア!?」
続いて大広間に顔を出したカイウスも、彼に続いて驚愕し、大声で仲間の名を叫んでいた。その仲間はというと、ベディーは床に伏す形で近衛騎士に抑えつけられており、ルビアは背後から2人掛かりで両腕をつかまれて身動きができないようにされていた。そしてルビアからそう離れていない場所で、なぜかフレアまでもが近衛騎士によって動きを封じられていたのだった。
「フレアさん!?」
「なっ!どういうことだよ、これ!」
その時、ロイン達と反対側の通路からティマたちの姿が見えた。彼女達も何が起こったのかわからず、驚きを隠せないで呆然と立ち尽くしている。少年たちはそんな2人の少女と一緒にいる隻腕の男の素性に一瞬気をとられたものの、直後に広間いっぱいに響いたルビアの声にすぐに注意を戻された。
「みんな!お願い、王様を説得して!」
「敵の数が多すぎて、まずいと思ったベディーが獣人化してしまったの!」
そう叫ぶ彼女の顔は切羽詰まっていて、続いて声を上げたフレアも為す術なく焦っているようだった。そして、彼女たちの言葉で何が起きたかを理解した仲間達の顔が一気に青ざめた。バッと王へ視線を向けると、彼は怒りで冷静さを欠いているのか、ベディー以外のものは目に入っていないようだった。かと思った次の瞬間、王の殺気に似た怒りのこもった鋭い視線がロインたちへと向けられた。
「お前たちも、“コレ”が何者か知った上で連れてきたのか?捕えろ!知っている事を全て吐かせるのだ!」
どうやら、大切な娘の仇を平然とこの場へ連れてきたことで、王らに不信感を抱かせてしまったらしい。彼の怒気のこもった命令に従い、近衛騎士らは冷たい瞳でロインたちへと迫り来た。
「彼らは関係ない!乱暴はしないでくれ!」
必死に彼らをかばおうとするベディーの声が聞こえるが、それに耳を貸そうとする者はいない。ロインは迷うことなく抜刀の構えをとり、一方でカイウスやラミーは騎士たちに立ち向かうべきか躊躇いを見せ、つっと額に汗を伝わらせた。
「待って。」
その中でただ一人、少しの怯えと決心を瞳に宿らせて、ティマが凛と声をあげた。鈴のようでありながら遠くまで届いたその声に視線が集中する中、彼女の周囲に漂う空気がいつもと違うことに気付き、仲間たちは思わず息を呑んだ。そこにいるのは無邪気に振舞うティマではなく、幼さを残しながらもどこか高貴さを感じさせる佇まいをした少女だった。
「お願いします。その人をお離し下さい。その人は、15年前の約束を果たしに来たのです。」
言いながら、少しの恐怖を抱きながらも、ティマは一歩、さらに一歩と近衛騎士らの前に歩を進めた。一方、騎士らはティマのただならぬ気迫に何かを感じ取ったのか、彼女が一歩進むごとに、左右に道を開けていった。そして少女と王の間を遮るものが何もなくなると、周囲の空気は一層緊張を増したようにピンと張り詰められた。
「…約束を果たしに、だと?なら姫は!私たちの娘はどこにいるというのだ!?」
先ほどより少しばかり冷静さを取り戻した王が、ティマに向かって荒い声をあげる。ティマはそれに少し怯みながらも、赤茶の瞳を真っすぐに彼に向け続けた。取り押さえられ続けているベディーは、そして仲間達は黙って彼女を見守っていた。張り詰めた空気の中沈黙は続き、ティマは静かに唾を飲み込む。そして一度瞳を伏せ、瞬間、何やら考えを巡らせていた。しかし、その暇もないのだと思うと、ティマは覚悟を決めたように王と后を真正面から見据え、胸に手をあて、口を開いた。
「…15年前に消息不明になったあなた達の娘、ティマリア・ルル・マウディーラなら……ここにいます。」
そして静かな空間に、ティマの声が響いた。次いで再来した沈黙は、驚愕に満ちていた。ロイン達を除く全員が動揺し、目を丸くし、何も言葉を発せずにいた。
「それは、どういう…?あの時、バキラは違うと」
「いいえ。彼女は確かに『白き星の民』の力を有しております。」
突然の事態に思考が追いついていないのか、后から出た言葉は困惑に満ちたものだった。一方、フレアはそれに対し、はっきりとした声で答えた。それを聞き、今度は「まさか」「本当に?」と、次々に騎士らからどよめきが起きた。その動揺は予想以上に大きかったのか、ルビアやフレア、そしてベディーを拘束する力はいつの間にか失われていた。
「白き星の、民?」
一方で、ティマは聞き慣れない言葉に首を傾げた。拘束を解かれたフレアはティマの前に数歩進み出て、その疑問に答えた。
「このマウディーラは、いくつもの島々と、そこに住みついた様々な人々が入り混じって生きる国です。その中で、このマウディーラ島と近隣の島々に最も古くから住んでいたある一族が『白き星の民』と呼ばれていました。」
「その、『白き星』って?」
「巨大な白い結晶でできた岩のことです。知る者には『白晶岩』と呼ばれているようで、昔の人は、あの岩を星の欠片と捉えていたようです。」
その説明を聞き、ロインは一人、心の中でなるほど、と呟いていた。確かに、夜空の下で淡く発光していたあの様は、夜空で輝く星と似通っていた。
「そんな大昔から存在していたのか、あれは…。」
そして今度は、ぽつりと口から溢していた。マウディーラで最も古くから生きる一族の名の由来になっているのなら、同等かそれ以上昔から存在していたに違いないだろう。それと同時に、彼の中でひとつの疑問が浮かび上がった。それほど昔からあったものなら、『白き星の民』の名の由来にもなった岩について、何故父の資料以外に記録が残されていなかったのか。そんなロインの心を読んだかのようなタイミングで、フレアは再び口を開いた。
「そして、その白晶岩の中に宿っている魔力を引き出し、自在に操ることができた。それが最古の一族最大の特徴です。」
「だから、『白き星の民』?」
確認するように尋ねたティマに、フレアはゆっくりと頷いた。そしてその問答で、ロインは自身の中に生まれた疑問の答えとして、ふたつの仮説を得た。一つは『当然だった』こと。この国最古の一族。その一族が有していた力と密接に関係していた物体。その存在は一族にとって当たり前過ぎて、記録に残す必要がどこにもなかった、という説だ。そしてもう一つは…。
「なるほどね。その末裔が、今のマウディーラ王家ってわけか。」
ロインが2つ目の仮説を頭に浮かべたのと、ルキウスが声を発したのは同時だった。そう。ルキウスの言うとおり、今の王族が『白き星の民』の末裔であるなら、今もなお記録が残されていない理由に成り得るのだ。それは、『知られないため』。外から巨大な魔力を引き出し、自在に操る事が出来るということは、通常なら扱えない強力なプリセプツを操ることも容易になるということ。『白き星の民』にとって重宝された能力だったに違いない。だがその能力は、源である白晶岩が失われてしまっては意味がないもの。ならばその関係性を隠すことで、その能力を絶対のものにしようと考えた可能性もある。その目的か、結果か。どちらが先かはわからないが、『白き星の民』の能力は人々に特殊なものだと認識させ、畏怖させた。畏れを生むには、無知が最も効果的だからだ。そして、『白き星の民』は権力者となった。おそらくそんなところだろう。ロインがそのようなことを考えている間に、フレアはルキウスに頷き、そしてラミーに視線を向けていた。
「ええ。隊長はラミー、あなたの報告から、彼女が消息不明のティマリア様である可能性に気付きました。」
「! あん時のプリセプツ!」
それを聞いたラミーの脳裏をよぎったのは、オスルカ山の洞窟でロインたちと離ればなれになった時にティマが放ったインブレイスエンドの事だ。ルビアに聞き、身の丈を超えるプリセプツを容易に扱ってみせたことの違和感に気付いたラミーは、確かにそのことをガルザに報告していた。まさか『白晶の耳飾』の他に王族かどうかを判別する方法があるなんて、その時のラミーは思いもしなかった。
「では…本当に…?」
彼女たちの会話を黙って聞いていた后は、やがてそうポツリとこぼし、潤ませた半信半疑の眼差しをティマへと向けていた。ティマはそれに、どこか困惑した顔を向けて答えた。