第9章 影と真と \
ピクリとも動かないティマ。ロインは彼女の元に行こうと必死になるが、その身体に巻きついている触手は緩まる気配を見せない。焦りだけが空回りし、苛立ちが一層募るばかりだ。対照的に、バキラは光を失った魔方陣の上で渦巻き続けている黒いものを目にし、笑い声をあげている。その渦は一気に収束したかと思うと、バン!と弾け、空間に巨大な穴を開けた。
「何、あれ…?」
ルビアは嫌な汗が伝うのを感じた。『向こう』の空間に広がっているのは、冷気に包まれた暗闇と、その中で不気味に赤く光るたくさんの点。その巨大な穴から、ゴボリと何かが零れ落ちた。それは風船が膨らみ、そして割れるようにして弾けとんだ。そしてその中から、はっきりと人の姿をしたものが現れた。その瞳の色は、穴の向こうで光るたくさんの点と同じ、血のような紅色をしていた。
「同じだ…。」
ガルザの声が呟いた。
「ヴォイドが出てきた時と同じだ…。『冥府の法』が完成したんだ。けど、あの時と規模が違いすぎる…!」
ガルザは額に汗を浮かべ、開いた穴を見つめ続けている。まるでこちらの世界までも飲み込もうとしているかのように、穴の向こうの闇は不気味に蠢いている。そして、こうして捕まっている間にも、またひとつ、ふたつ、と『冥府の法』の成果が生まれていく。バキラは歓喜の笑い声を上げている。
この光景はまるで…!
カイウスとルビアの胸が大きく脈打った。
『私は2つの世界の王となろう。』
外見に似合わぬ低い声で笑っていた者の顔が、その言葉が、あの時の光景が過去の記憶から目覚める。その圧倒的な光景に威圧されてか、自身の目を疑ってか、ルビアの身体が、カイウスの剣を握る拳が小さく震える。
このプリセプツを今すぐ止めなければ!
そう思った2人は、動かぬ身体を必死に動かした。だが、触手はさらにルビアの身体をきつく締め上げ、ヴォイドはカイウスを逃がすまいとし、にやりとした笑みを浮かべている。打つ手無し。彼らの心に絶望が訪れる。カイウスは悔しそうに歯を食いしばり、目をつぶった。
「…万象を成しえる…根源たる力…」
その時、誰かの詠唱が彼の耳に入った。はっと目を見開き、その主を探して周囲を見回す。バキラは目の前の光景に酔いしれており、ヴォイドは自分の頭と身体を押さえつけて笑っている。ロインやガルザはプリセプツを詠唱することはない。ルビアか?だが、彼女は杖がないために魔法を放てないでいる。
「太古に刻まれしその記憶…我が呼びかけに応え………」
小声で呟かれ続ける詠唱。まさか、と思いティマを見た。しかし、彼女は相変わらず倒れたままだった。ラミーやベディーでもないだろう。
「…ん?誰だ!」
ヴォイドがその声に気付いてしまった。同時に、彼の声で異変を知った者達の視線が宮殿中を探る。だがカイウス同様、誰もまだそのもとを見つけてはいない。しかし、詠唱主がわかるまでに、そう時間はかからなかった。詠唱の完成に伴い、大気に変化が起き始めていたからだ。その大元へ視線が集まる。
「今…此処に蘇れ…!」
皆に気づかれたために隠れる必要がなくなったためだろう、それまで静めていた声を開放し、思い切り天井に向かって手の平を突き出す。そこに収束していく大きな力。重傷を負い、思うように身体を動かせなくなったフレアは、それでも上半身だけで立ち上がり、2人の敵をその瞳に映し出す。ヴォイドがカイウスから手を離し、そんな彼女に向かって駆け出した。だが、すでに遅かった。
「エンシェントカタストロフィ!!」
収束した力は一気に解放され、4つの属性をまとった攻撃が容赦なく襲い掛かった。それは至近距離でプリセプツを受けることとなってしまったヴォイドはもちろん、玉座の前のバキラにすらダメージを与えるほどの圧倒的な力だった。苦痛の叫びをあげる2人。そして、ロイン達3人を締め上げ続けていた黒の触手が急に緩みだす。それをチャンスとばかりに、3人は力いっぱい触手を外に押し広げ、ようやくそこから脱出することができた。ルビアとガルザは落ちた自分の武器を拾い上げ、バキラやヴォイドに向かって構える。
「ティマ!!」
ロインは一目散にティマの元へと駆け寄り、負傷していない左腕で彼女を抱き上げた。そして、ゾッとした。自分の腕の中の少女の体はひんやりと冷たく、明らかに顔が青白かった。だが頭がパニックになりそうになる寸前、彼は気付いた。まだ息をしている。しかし、今にも消えてしまいそうな、微弱で苦しそうなものだ。
「ルビア!!」
大声で名を呼ばれ、ルビアの体がビクッと跳ね上がった。その目を呼ばれた側へ向けると、ティマを抱きしめたまま必死に助けを求めるロインの姿が映る。表情を変え、急ぎ向かおうとした。だが、彼らが近づくのを阻むように、雷がその間に落ちた。ルビアは慌てて身を引き、ロインはティマを守るように抱きしめる。何が起きたかと思い顔を上げれば、そこにはフレアのプリセプツから行動を回復させたバキラの姿があるではないか。ロインは舌打ちをして老人へ剣を向ける。が、肩の凍傷が満足な動きをさせてくれない。バキラのイラついた瞳は2人を真っ直ぐとらえ、手の平を突き出し、プリセプツを放とうとする。
「やらせるか!」
だがその前に、カイウスが老人の体を突き飛ばした。いや、正確にはカイウスの突進はかわされてしまったのだが、それでもバキラのプリセプツ発動を止めることはできた。
「カイウス!大丈夫!?」
そんな彼の元へルビアが駆け寄る。大怪我をしているのに無理をしたのではないか、と。そんな彼女へ「気にするな」と短く一言。体をふらつかせ、しかも胸からの出血は相変わらずで顔を歪めているが、カイウスの言う通り、バキラから目を離している暇など無いようだ。老人は態勢を立て直し、ロイン達をイラついた目で見ている。その老人の瞳を、カイウスはしっかりとした意思の宿った瞳で睨み返す。
「…バキラ、あんた何者だ?この『冥府の法』、どう見ても『生命の法』と同質だ。目的は何だ?答えろ!」
ルビアに支えられながらも、カイウスは剣をバキラへ向けて叫ぶ。ロインはティマを抱きかかえて片膝をつきながら、ガルザは十分に動く左手で剣を握って、それぞれカイウス同様に構える。玉座の下では、動かぬ体をなんとか持ち上げるラミー、ベディー、フレア、そしていつの間にか意識を取り戻したセイルの顔が一点を向く。その視線の中心に立つ老人は、すると突然、上を向いて高らかな笑い声を上げ出す。そして笑い声がやみ、その瞳が再び地上へ向けられた時、彼らは背筋を凍らせた。それまで黄色かったバキラの瞳の色が、『冥府の法』によって生み出された者たちと同じ赤色に変わっていた。そして同時に、その身体から途轍もなく禍々しい気が流れ出す。笑みを作っているその口元は、大きくニタリと裂けている。
「低脳な鼠共に理解できるとは思えんが、いいだろう。我は偉大なる亡き王の忠実なる僕!『冥府の法』とは、我らが故郷へと続く門を開く、聖なるプリセプツよ!」
「『亡き王』?マウディーラ王なら生きてるじゃないか。」
そう疑問の声をあげたのはラミーだった。その彼女へと視線を向けたルビアが、一瞬ぎょっとした顔になる。荒い呼吸を続けるその華奢な身体の左側が、ほとんど血で真っ赤に染まっていた。足は身体を支えて立ち上がる力が残っていないのかガクガクと小刻みに震えており、腕はだらんとして力が入っていない。怪我の具合は、どう見てもカイウスと同等かそれ以上の状態。今に倒れてもおかしくないはずの少女を支えているのは、その気丈な精神だろう。そんな彼女が発した疑問。他の者も同じように理解ができずにいた。だがその中で、カイウスとルビアだけが険しい顔をしてバキラを睨み付けている。
「お前、あのスポットの仲間か!」
「ほう?我が主を知っているのか。…ということは、もしや貴様らか?あの御方の命を絶ったのは。」
カイウスの言葉に、バキラはギロリと鋭い双眸を2人へ向ける。
「アレウーラ王を指すなら、そういうことになるわね。」
そして彼の問いに、ルビアは声を低くして答えた。それを聞いたバキラは瞳を細め、「そうか」と小さく呟いた。
「アレウーラ王を殺した、だと…!?」
彼らの会話を耳にしていたセイルの驚愕の声が響く。同時に、驚きを隠せずにいる6人の視線がカイウスとルビアを一気にとらえる。「自国の王を殺した逆賊」というレッテルが2人に貼られようとする寸前、カイウスが口を開いた。
「正確には違う。アレウーラ王は、100年以上前にスポットに憑依され、そのまま自我を失った。」
「100年…!?そんなことが」
「事実よ。」
突拍子も無い値を口にするカイウスに不審の目を向けたガルザ。人間がそんなに生存できるとは思えない。否定の言葉を紡ごうとした。しかし、ルビアが静かにその言葉を遮って続ける。一度ガルザへ向けられたその瞳は、静かにバキラへと戻される。
「そしてそのスポットは、スポットの世界の王だった。あいつは自分の世界に帰るために『生命の法』を構築し、実験を繰り返したの。そしてそれが完成した時、この世界をスポットの世界に塗り替えようともしたわ。」
杖を握る手に力が込められていく。それを防ぐために戦ったのが2年前。今でもあの時の光景は鮮明に思い出せる。
「そう。そして『生命の法』の元となったのが、この『冥府の法』なのだよ!」
バキラが喜々とした声で言う。カイウスたち2人に向けられていた視線を再び彼へ向けると、バキラの周囲に黒い靄のような物が漂い、それが老人の姿をうっすらと覆っていた。その中で怪しく光る赤い二つの目が、よりいっそう不気味さを増している。
「はじめ、このプリセプツは我が故郷と黄泉とを繋ぐ事しか出来なかった。王はこのプリセプツを捨て、新たに『生命の法』を編み出し、実験を繰り返した。だが、我は諦めなかった!そして数十年の日々を費やし、この世と黄泉とを繋げることを可能とし、『冥府の法』を完全なるものとしたのだ!」
その言葉を聞き、カイウスとルビアは2つのプリセプツの間にある違いをようやく知ることができた。それは、黄泉を中継してこの世界とスポットの世界を繋いでいるか否かということ。故に“死者が生き返る”という副産物が、『生命の法』には無かったのだ、と。
「何、あれ…?」
ルビアは嫌な汗が伝うのを感じた。『向こう』の空間に広がっているのは、冷気に包まれた暗闇と、その中で不気味に赤く光るたくさんの点。その巨大な穴から、ゴボリと何かが零れ落ちた。それは風船が膨らみ、そして割れるようにして弾けとんだ。そしてその中から、はっきりと人の姿をしたものが現れた。その瞳の色は、穴の向こうで光るたくさんの点と同じ、血のような紅色をしていた。
「同じだ…。」
ガルザの声が呟いた。
「ヴォイドが出てきた時と同じだ…。『冥府の法』が完成したんだ。けど、あの時と規模が違いすぎる…!」
ガルザは額に汗を浮かべ、開いた穴を見つめ続けている。まるでこちらの世界までも飲み込もうとしているかのように、穴の向こうの闇は不気味に蠢いている。そして、こうして捕まっている間にも、またひとつ、ふたつ、と『冥府の法』の成果が生まれていく。バキラは歓喜の笑い声を上げている。
この光景はまるで…!
カイウスとルビアの胸が大きく脈打った。
『私は2つの世界の王となろう。』
外見に似合わぬ低い声で笑っていた者の顔が、その言葉が、あの時の光景が過去の記憶から目覚める。その圧倒的な光景に威圧されてか、自身の目を疑ってか、ルビアの身体が、カイウスの剣を握る拳が小さく震える。
このプリセプツを今すぐ止めなければ!
そう思った2人は、動かぬ身体を必死に動かした。だが、触手はさらにルビアの身体をきつく締め上げ、ヴォイドはカイウスを逃がすまいとし、にやりとした笑みを浮かべている。打つ手無し。彼らの心に絶望が訪れる。カイウスは悔しそうに歯を食いしばり、目をつぶった。
「…万象を成しえる…根源たる力…」
その時、誰かの詠唱が彼の耳に入った。はっと目を見開き、その主を探して周囲を見回す。バキラは目の前の光景に酔いしれており、ヴォイドは自分の頭と身体を押さえつけて笑っている。ロインやガルザはプリセプツを詠唱することはない。ルビアか?だが、彼女は杖がないために魔法を放てないでいる。
「太古に刻まれしその記憶…我が呼びかけに応え………」
小声で呟かれ続ける詠唱。まさか、と思いティマを見た。しかし、彼女は相変わらず倒れたままだった。ラミーやベディーでもないだろう。
「…ん?誰だ!」
ヴォイドがその声に気付いてしまった。同時に、彼の声で異変を知った者達の視線が宮殿中を探る。だがカイウス同様、誰もまだそのもとを見つけてはいない。しかし、詠唱主がわかるまでに、そう時間はかからなかった。詠唱の完成に伴い、大気に変化が起き始めていたからだ。その大元へ視線が集まる。
「今…此処に蘇れ…!」
皆に気づかれたために隠れる必要がなくなったためだろう、それまで静めていた声を開放し、思い切り天井に向かって手の平を突き出す。そこに収束していく大きな力。重傷を負い、思うように身体を動かせなくなったフレアは、それでも上半身だけで立ち上がり、2人の敵をその瞳に映し出す。ヴォイドがカイウスから手を離し、そんな彼女に向かって駆け出した。だが、すでに遅かった。
「エンシェントカタストロフィ!!」
収束した力は一気に解放され、4つの属性をまとった攻撃が容赦なく襲い掛かった。それは至近距離でプリセプツを受けることとなってしまったヴォイドはもちろん、玉座の前のバキラにすらダメージを与えるほどの圧倒的な力だった。苦痛の叫びをあげる2人。そして、ロイン達3人を締め上げ続けていた黒の触手が急に緩みだす。それをチャンスとばかりに、3人は力いっぱい触手を外に押し広げ、ようやくそこから脱出することができた。ルビアとガルザは落ちた自分の武器を拾い上げ、バキラやヴォイドに向かって構える。
「ティマ!!」
ロインは一目散にティマの元へと駆け寄り、負傷していない左腕で彼女を抱き上げた。そして、ゾッとした。自分の腕の中の少女の体はひんやりと冷たく、明らかに顔が青白かった。だが頭がパニックになりそうになる寸前、彼は気付いた。まだ息をしている。しかし、今にも消えてしまいそうな、微弱で苦しそうなものだ。
「ルビア!!」
大声で名を呼ばれ、ルビアの体がビクッと跳ね上がった。その目を呼ばれた側へ向けると、ティマを抱きしめたまま必死に助けを求めるロインの姿が映る。表情を変え、急ぎ向かおうとした。だが、彼らが近づくのを阻むように、雷がその間に落ちた。ルビアは慌てて身を引き、ロインはティマを守るように抱きしめる。何が起きたかと思い顔を上げれば、そこにはフレアのプリセプツから行動を回復させたバキラの姿があるではないか。ロインは舌打ちをして老人へ剣を向ける。が、肩の凍傷が満足な動きをさせてくれない。バキラのイラついた瞳は2人を真っ直ぐとらえ、手の平を突き出し、プリセプツを放とうとする。
「やらせるか!」
だがその前に、カイウスが老人の体を突き飛ばした。いや、正確にはカイウスの突進はかわされてしまったのだが、それでもバキラのプリセプツ発動を止めることはできた。
「カイウス!大丈夫!?」
そんな彼の元へルビアが駆け寄る。大怪我をしているのに無理をしたのではないか、と。そんな彼女へ「気にするな」と短く一言。体をふらつかせ、しかも胸からの出血は相変わらずで顔を歪めているが、カイウスの言う通り、バキラから目を離している暇など無いようだ。老人は態勢を立て直し、ロイン達をイラついた目で見ている。その老人の瞳を、カイウスはしっかりとした意思の宿った瞳で睨み返す。
「…バキラ、あんた何者だ?この『冥府の法』、どう見ても『生命の法』と同質だ。目的は何だ?答えろ!」
ルビアに支えられながらも、カイウスは剣をバキラへ向けて叫ぶ。ロインはティマを抱きかかえて片膝をつきながら、ガルザは十分に動く左手で剣を握って、それぞれカイウス同様に構える。玉座の下では、動かぬ体をなんとか持ち上げるラミー、ベディー、フレア、そしていつの間にか意識を取り戻したセイルの顔が一点を向く。その視線の中心に立つ老人は、すると突然、上を向いて高らかな笑い声を上げ出す。そして笑い声がやみ、その瞳が再び地上へ向けられた時、彼らは背筋を凍らせた。それまで黄色かったバキラの瞳の色が、『冥府の法』によって生み出された者たちと同じ赤色に変わっていた。そして同時に、その身体から途轍もなく禍々しい気が流れ出す。笑みを作っているその口元は、大きくニタリと裂けている。
「低脳な鼠共に理解できるとは思えんが、いいだろう。我は偉大なる亡き王の忠実なる僕!『冥府の法』とは、我らが故郷へと続く門を開く、聖なるプリセプツよ!」
「『亡き王』?マウディーラ王なら生きてるじゃないか。」
そう疑問の声をあげたのはラミーだった。その彼女へと視線を向けたルビアが、一瞬ぎょっとした顔になる。荒い呼吸を続けるその華奢な身体の左側が、ほとんど血で真っ赤に染まっていた。足は身体を支えて立ち上がる力が残っていないのかガクガクと小刻みに震えており、腕はだらんとして力が入っていない。怪我の具合は、どう見てもカイウスと同等かそれ以上の状態。今に倒れてもおかしくないはずの少女を支えているのは、その気丈な精神だろう。そんな彼女が発した疑問。他の者も同じように理解ができずにいた。だがその中で、カイウスとルビアだけが険しい顔をしてバキラを睨み付けている。
「お前、あのスポットの仲間か!」
「ほう?我が主を知っているのか。…ということは、もしや貴様らか?あの御方の命を絶ったのは。」
カイウスの言葉に、バキラはギロリと鋭い双眸を2人へ向ける。
「アレウーラ王を指すなら、そういうことになるわね。」
そして彼の問いに、ルビアは声を低くして答えた。それを聞いたバキラは瞳を細め、「そうか」と小さく呟いた。
「アレウーラ王を殺した、だと…!?」
彼らの会話を耳にしていたセイルの驚愕の声が響く。同時に、驚きを隠せずにいる6人の視線がカイウスとルビアを一気にとらえる。「自国の王を殺した逆賊」というレッテルが2人に貼られようとする寸前、カイウスが口を開いた。
「正確には違う。アレウーラ王は、100年以上前にスポットに憑依され、そのまま自我を失った。」
「100年…!?そんなことが」
「事実よ。」
突拍子も無い値を口にするカイウスに不審の目を向けたガルザ。人間がそんなに生存できるとは思えない。否定の言葉を紡ごうとした。しかし、ルビアが静かにその言葉を遮って続ける。一度ガルザへ向けられたその瞳は、静かにバキラへと戻される。
「そしてそのスポットは、スポットの世界の王だった。あいつは自分の世界に帰るために『生命の法』を構築し、実験を繰り返したの。そしてそれが完成した時、この世界をスポットの世界に塗り替えようともしたわ。」
杖を握る手に力が込められていく。それを防ぐために戦ったのが2年前。今でもあの時の光景は鮮明に思い出せる。
「そう。そして『生命の法』の元となったのが、この『冥府の法』なのだよ!」
バキラが喜々とした声で言う。カイウスたち2人に向けられていた視線を再び彼へ向けると、バキラの周囲に黒い靄のような物が漂い、それが老人の姿をうっすらと覆っていた。その中で怪しく光る赤い二つの目が、よりいっそう不気味さを増している。
「はじめ、このプリセプツは我が故郷と黄泉とを繋ぐ事しか出来なかった。王はこのプリセプツを捨て、新たに『生命の法』を編み出し、実験を繰り返した。だが、我は諦めなかった!そして数十年の日々を費やし、この世と黄泉とを繋げることを可能とし、『冥府の法』を完全なるものとしたのだ!」
その言葉を聞き、カイウスとルビアは2つのプリセプツの間にある違いをようやく知ることができた。それは、黄泉を中継してこの世界とスポットの世界を繋いでいるか否かということ。故に“死者が生き返る”という副産物が、『生命の法』には無かったのだ、と。