第9章 影と真と ]T
ロインは迫りくる光に思わず目をつぶった。まぶたを通しても視界にうつる眩い光。反射的に両腕を交差させ、自身を守ろうと身構える。果たして、それが効果のあることかはわからない。しかし、彼の身には何も起きなかった。
何も感じないままに殺されてしまったのだろうか?
彼は恐る恐る目を開けた。視界に映るのは、相変わらず眩しい光だけ。だが、ロインはあることに気が付いた。
この光は自分の命を奪うものではない。
「……い…ん…」
「!」
何者かの声が遠くから聞こえてきた。しかし、それはカイウスやルビア、ガルザらのものではない。だが、ロインはその声を知っていた。彼にとって、とても懐かしく、そして優しさを感じる声だ。
「ロイン…!」
ぼやけて聞こえていたその声は、次第に凛としたものに変わっていった。同時に、ロインの目の前で、ひときわ強い輝きを放つ物体が姿を現していく。それは、ティマの意識と一緒に失ったと思われていた白い結晶の欠片だった。次の瞬間、欠片が放つ光は急激に勢いを増した。すると、ロインの周囲の光がその欠片に吸い込まれて消え、驚きの表情を浮かべて立つバキラが目の前に現れた。そして、吸収された光は一気にバキラ目掛けて解き放たれ、今度はバキラが光に呑まれ、苦痛の声が宮殿内に響き渡った。何が起きたのか理解できず、ロインは、そしてカイウス達もただその場に立ち尽くすだけだった。
その時、ふとあるものが目に付いた。ロインから少し離れた位置で浮かぶ光の球体。そこはちょうど、ティマがバキラのプリセプツでやられてしまった場所だった。
「まさか…!」
ロインの目がはっと開く。次の瞬間、その球体は徐々に光を失っていき、代わりにその中から人の姿が現れた。
「ティマ!!」
光が消えてなくなる刹那、ロインは彼女のもとへ駆け寄った。宙に浮いていた彼女の体は、突然支えを失って力なく倒れ、そのままロインに抱きかかえられた。意識はない。しかし、息はある。生きていた。それがわかると、ロインは安堵の表情を浮かべ、ティマの体をきつく抱きしめた。
「グぅ…何ジャ、今のハ?」
だが、ほっとしたのもつかの間。光の攻撃からバキラが戻ってきた。ロインは再び剣を構えた。だがその時、突如彼の体が悲鳴を上げだした。ガルザとの戦いの傷が開き、バキラの攻撃によって負ったダメージも大きい。身体は重くて言うことを聞かない。それは、バキラとヴォイド、そして『冥府の法』によって生まれてきた者たちを除いた全員がそうであった。このまま戦い続けるのは難しく、かと言って逃げるのも容易いことではない。この状況は死を意味する以外になかった。
『逃げなさい!』
彼らの脳裏に絶望がよぎった、その時だった。再び聞こえてきた凛とした声。同時に、ロインとティマ、ラミーとベディー、フレアとセイル、そしてカイウス、ルビア、ガルザは風に包まれ、宮殿の中からその姿を消した。
9人が姿を現したのは宮殿の外、ラミーたち4人が先ほど戦いを繰り広げた場所だった。カイウス達は、先ほど聞こえた覚えのない声、そして自身にかけられた転移の魔法(プリセプツ)にただ驚き、そして戸惑っていた。そんな中、ロインとガルザは真剣な表情をして、互いに顔を見合わせていた。
「ロイン。今の声はまさか…。」
半信半疑に言うガルザに、ロインは静かに頷いた。
「たぶん間違いない。だけど、一体どうして…?」
「さあな。だが、あの人は“逃げなさい”と言った。そしてこの状況。今はとりあえず、一度ここから離れて態勢を立て直そう。このままじゃ、全滅するのは時間の問題だ。」
ガルザはそう言い、互いの仲間を見る。脚や腕が折れ、思うように動けずにいるガルザら3人。出血が多く、あるいは全身を強く打ちつけて満身創痍のロインら6人。うちティマは意識がなく、体は冷たくなっていて最も危険な状態であった。一行はガルザの言葉に意見することなく、互いの傷ついた体を支え合いながら山を下り始めた。だが、その時
「生キテは帰さンゾ、鼠共。」
バキラとヴォイドが後ろから追いつき、彼らの行く手を巨大な岩壁で塞いでしまった。舌打ちをして振り返れば、スポットの赤い瞳をギラつかせて不気味に微笑む2人がいる。戦うしかない。皆がそう思い、覚悟を決めようとした時だった。
「…フレア。まだ魔力は残っているか?」
ガルザが声を潜めて尋ねた。フレアは少し戸惑った表情を浮かべたが、すぐに肯定の意を示した。すると、彼は前線に立とうとしていたロインやカイウスを手で制し、そして言った。
「フレア、セイル、『S2』だ。ロイン達は一箇所に固まっていろ。」
「! はい!」
「マジかよ…。ま、それしかねぇな。」
ガルザの号令を受け、フレアは引き締めた顔に、セイルは口元に笑みを浮かべて剣を抜いた。
「ガルザ、何を…?」
そう問うたのはラミー。すっかり半身に力が入らなくなり、ルビアに支えられて立っていた。
「…俺とセイルが囮になり、その隙にフレアのプリセプツを完成させて攻撃を仕掛ける。タイミングの難しい戦い方だ。お前達は邪魔にならないよう、下がっていろ。」
ガルザはラミーを見ずに答え、そして言い終わると同時にバキラ目指して走り出した。それを合図に、続けてセイルもヴォイドに向かっていき、フレアはプリセプツの詠唱を開始した。ロイン達はガルザに言われたとおり、一箇所に集まって彼らを見守っていた。ガルザとセイルの動きは鈍い。セイルが突きを放てば、ヴォイドはそれを軽々とかわして拳を食らわせ、ガルザが剣を振り下ろせば、バキラは瞬間移動で距離を作り、即座にプリセプツを放ち、彼を苦しめていく。
「ガルザ!」
ティマを抱きしめたまま、ロインは彼の名を叫んだ。すぐにでも加勢に行きたいのをぐっと堪える。それは想像以上に苦しく、フレアの詠唱が完成するまでのわずか十数秒の時が何十分、何時間にも感じられた。その時、ロイン達の足元でかすかに風が起きた。気が付いた時には、その風はロイン達を包み込み、ガルザ達から隔てるように渦巻いていた。
「まさか、転移の魔法!?」
ルビアがいち早くそれに気が付き、声を発した。すると、ロインは顔色を変えてガルザの元へと駆け出した。しかし、彼らを囲う風はそれを許さなかった。ロインの身体は風に弾かれ、外に出ることができない。そうしているうちに、渦巻く風のせいで外の光景は見えなくなっていく。
「ガルザ!これはどういうつもりだ!?」
ロインはできる限り大声で叫んだ。そうでもしないと、この声は風に掻き消されて届かない気がした。風の隙間から、ガルザが振り向き、ふっと微笑をこぼす姿が目に入った。
「さすがに、9人全員を逃がすのは無理そうだからな。俺達がこいつらを足止めしてる隙に、お前達は先に逃げろ。」
「そんな!」
「ロイン。…スポットのせいとはいえ、済まなかった。」
「ガル……」
ロインの言葉は最後まで紡がれなかった。転移の魔法は完成し、つむじ風と共にロイン達の姿はこの場から消え去った。
「逃シタカ。」
バキラのしゃがれた声が言い、忌々しそうに目の前の3人を見つめる。
「ガルザ隊長。これが終わったら、俺のこと昇格させてくださいよ?じゃなきゃ、割に合いませんから。」
「なら、私には休暇を。今回の件で相当魔力を消費してしまって、正直辛いんですからね?」
ガルザの両脇に、強気な態度を崩さない2人の部下が並んだ。傷つきながらも、各々武器をしっかりと構え、バキラとヴォイドをはっきり両の瞳で捉えている。
「…ああ。約束しよう。」
ガルザも微笑を浮かべ、剣を握りなおした。
(…ならば、俺はロイン、お前にもう一度謝りに行こう。そして……)
男達の雄叫びがアール山に響いた
開かれた“門”は閉じる気配を見せない―――
何も感じないままに殺されてしまったのだろうか?
彼は恐る恐る目を開けた。視界に映るのは、相変わらず眩しい光だけ。だが、ロインはあることに気が付いた。
この光は自分の命を奪うものではない。
「……い…ん…」
「!」
何者かの声が遠くから聞こえてきた。しかし、それはカイウスやルビア、ガルザらのものではない。だが、ロインはその声を知っていた。彼にとって、とても懐かしく、そして優しさを感じる声だ。
「ロイン…!」
ぼやけて聞こえていたその声は、次第に凛としたものに変わっていった。同時に、ロインの目の前で、ひときわ強い輝きを放つ物体が姿を現していく。それは、ティマの意識と一緒に失ったと思われていた白い結晶の欠片だった。次の瞬間、欠片が放つ光は急激に勢いを増した。すると、ロインの周囲の光がその欠片に吸い込まれて消え、驚きの表情を浮かべて立つバキラが目の前に現れた。そして、吸収された光は一気にバキラ目掛けて解き放たれ、今度はバキラが光に呑まれ、苦痛の声が宮殿内に響き渡った。何が起きたのか理解できず、ロインは、そしてカイウス達もただその場に立ち尽くすだけだった。
その時、ふとあるものが目に付いた。ロインから少し離れた位置で浮かぶ光の球体。そこはちょうど、ティマがバキラのプリセプツでやられてしまった場所だった。
「まさか…!」
ロインの目がはっと開く。次の瞬間、その球体は徐々に光を失っていき、代わりにその中から人の姿が現れた。
「ティマ!!」
光が消えてなくなる刹那、ロインは彼女のもとへ駆け寄った。宙に浮いていた彼女の体は、突然支えを失って力なく倒れ、そのままロインに抱きかかえられた。意識はない。しかし、息はある。生きていた。それがわかると、ロインは安堵の表情を浮かべ、ティマの体をきつく抱きしめた。
「グぅ…何ジャ、今のハ?」
だが、ほっとしたのもつかの間。光の攻撃からバキラが戻ってきた。ロインは再び剣を構えた。だがその時、突如彼の体が悲鳴を上げだした。ガルザとの戦いの傷が開き、バキラの攻撃によって負ったダメージも大きい。身体は重くて言うことを聞かない。それは、バキラとヴォイド、そして『冥府の法』によって生まれてきた者たちを除いた全員がそうであった。このまま戦い続けるのは難しく、かと言って逃げるのも容易いことではない。この状況は死を意味する以外になかった。
『逃げなさい!』
彼らの脳裏に絶望がよぎった、その時だった。再び聞こえてきた凛とした声。同時に、ロインとティマ、ラミーとベディー、フレアとセイル、そしてカイウス、ルビア、ガルザは風に包まれ、宮殿の中からその姿を消した。
9人が姿を現したのは宮殿の外、ラミーたち4人が先ほど戦いを繰り広げた場所だった。カイウス達は、先ほど聞こえた覚えのない声、そして自身にかけられた転移の魔法(プリセプツ)にただ驚き、そして戸惑っていた。そんな中、ロインとガルザは真剣な表情をして、互いに顔を見合わせていた。
「ロイン。今の声はまさか…。」
半信半疑に言うガルザに、ロインは静かに頷いた。
「たぶん間違いない。だけど、一体どうして…?」
「さあな。だが、あの人は“逃げなさい”と言った。そしてこの状況。今はとりあえず、一度ここから離れて態勢を立て直そう。このままじゃ、全滅するのは時間の問題だ。」
ガルザはそう言い、互いの仲間を見る。脚や腕が折れ、思うように動けずにいるガルザら3人。出血が多く、あるいは全身を強く打ちつけて満身創痍のロインら6人。うちティマは意識がなく、体は冷たくなっていて最も危険な状態であった。一行はガルザの言葉に意見することなく、互いの傷ついた体を支え合いながら山を下り始めた。だが、その時
「生キテは帰さンゾ、鼠共。」
バキラとヴォイドが後ろから追いつき、彼らの行く手を巨大な岩壁で塞いでしまった。舌打ちをして振り返れば、スポットの赤い瞳をギラつかせて不気味に微笑む2人がいる。戦うしかない。皆がそう思い、覚悟を決めようとした時だった。
「…フレア。まだ魔力は残っているか?」
ガルザが声を潜めて尋ねた。フレアは少し戸惑った表情を浮かべたが、すぐに肯定の意を示した。すると、彼は前線に立とうとしていたロインやカイウスを手で制し、そして言った。
「フレア、セイル、『S2』だ。ロイン達は一箇所に固まっていろ。」
「! はい!」
「マジかよ…。ま、それしかねぇな。」
ガルザの号令を受け、フレアは引き締めた顔に、セイルは口元に笑みを浮かべて剣を抜いた。
「ガルザ、何を…?」
そう問うたのはラミー。すっかり半身に力が入らなくなり、ルビアに支えられて立っていた。
「…俺とセイルが囮になり、その隙にフレアのプリセプツを完成させて攻撃を仕掛ける。タイミングの難しい戦い方だ。お前達は邪魔にならないよう、下がっていろ。」
ガルザはラミーを見ずに答え、そして言い終わると同時にバキラ目指して走り出した。それを合図に、続けてセイルもヴォイドに向かっていき、フレアはプリセプツの詠唱を開始した。ロイン達はガルザに言われたとおり、一箇所に集まって彼らを見守っていた。ガルザとセイルの動きは鈍い。セイルが突きを放てば、ヴォイドはそれを軽々とかわして拳を食らわせ、ガルザが剣を振り下ろせば、バキラは瞬間移動で距離を作り、即座にプリセプツを放ち、彼を苦しめていく。
「ガルザ!」
ティマを抱きしめたまま、ロインは彼の名を叫んだ。すぐにでも加勢に行きたいのをぐっと堪える。それは想像以上に苦しく、フレアの詠唱が完成するまでのわずか十数秒の時が何十分、何時間にも感じられた。その時、ロイン達の足元でかすかに風が起きた。気が付いた時には、その風はロイン達を包み込み、ガルザ達から隔てるように渦巻いていた。
「まさか、転移の魔法!?」
ルビアがいち早くそれに気が付き、声を発した。すると、ロインは顔色を変えてガルザの元へと駆け出した。しかし、彼らを囲う風はそれを許さなかった。ロインの身体は風に弾かれ、外に出ることができない。そうしているうちに、渦巻く風のせいで外の光景は見えなくなっていく。
「ガルザ!これはどういうつもりだ!?」
ロインはできる限り大声で叫んだ。そうでもしないと、この声は風に掻き消されて届かない気がした。風の隙間から、ガルザが振り向き、ふっと微笑をこぼす姿が目に入った。
「さすがに、9人全員を逃がすのは無理そうだからな。俺達がこいつらを足止めしてる隙に、お前達は先に逃げろ。」
「そんな!」
「ロイン。…スポットのせいとはいえ、済まなかった。」
「ガル……」
ロインの言葉は最後まで紡がれなかった。転移の魔法は完成し、つむじ風と共にロイン達の姿はこの場から消え去った。
「逃シタカ。」
バキラのしゃがれた声が言い、忌々しそうに目の前の3人を見つめる。
「ガルザ隊長。これが終わったら、俺のこと昇格させてくださいよ?じゃなきゃ、割に合いませんから。」
「なら、私には休暇を。今回の件で相当魔力を消費してしまって、正直辛いんですからね?」
ガルザの両脇に、強気な態度を崩さない2人の部下が並んだ。傷つきながらも、各々武器をしっかりと構え、バキラとヴォイドをはっきり両の瞳で捉えている。
「…ああ。約束しよう。」
ガルザも微笑を浮かべ、剣を握りなおした。
(…ならば、俺はロイン、お前にもう一度謝りに行こう。そして……)
男達の雄叫びがアール山に響いた
開かれた“門”は閉じる気配を見せない―――