外伝3 暗夜の雲 T
それは、突然告げられた事実だった。
「…あの日、お前の父君を殺したのはリカンツではない。グレシア=ウルノア―――今はエイバスの姓になった女こそ、お前の真の仇じゃ。」
『ウルノア』と言えば、父上と―――いや、自分と同じ三騎士の1人だ。それに、グレシアという名は覚えがある。確か、父上がいつも彼女の力量や人柄について褒めていた気がする。17歳にして近衛騎士隊長を任されるほどの信頼を王から得た才の持ち主、だが、それに溺れる事なく他人と接する素晴らしい女性だ、と聞かされていた気がする。会ったことはないが、そんな評価を受けるヒトが反逆染みたことをするだろうか?俺の中で、怒りよりも先に疑いが湧き出た。だが、目の前にいる老いた大司祭・バキラ=キャッドリーは法螺を吹くようなヒトではない。父上が亡くなって以来、城に来た時には何かと世話を焼いてくれたこのヒトに、俺は信頼を置いていた。
「何故、今になってそのようなことを話されるのですか?」
もしかすると、俺を試そうとしてそう言い出したのかもしれない。心の片隅でそう思いながらバキラ様に問うてみた。けれど、返ってきた答えは違った。
「お前も、もう二十歳を過ぎた。ワシからすればまだまだ若造だが、自分のことを考えられるようになった歳だろう。じゃからこそ、ワシはお前に真実を告げる必要があると判断した。それだけの事じゃ。」
なんだ、それは?まるで「仇をとれ」と言っているようなバキラ様の口ぶりに、俺はますます混乱した。確かに、俺は父上を殺した相手を恨んでいる。その復讐を果たすために強くなると決め、また偉大な父上の跡を継ごうと思い、軍に入った。もう一人の三騎士『ナズノット』の名を引き継ぐ者に剣を教わり、己を鍛えたつもりだ。その刃を向ける先が、まさか『ウルノア』だとは思いもしなかった。しかし、よく考えれば妙に辻褄は合っていた。父上が優秀だと認めた騎士が、みすみすリカンツ如きに遅れをとるだろうか。俺の中の疑問は、すぐにウルノアへの不審に変わっていった。
次の日。俺は少しの暇をもらい、首都を出た。バキラ様の言葉の真偽を確かめるため、そして、父上の仇を討つために。やつが住むケノンに辿り着くと、真っ先に一軒の宿屋に向かった。昔、父上に世話になったという元兵士が働いているという店だった。
「いらっしゃい!」
明るい女の声で迎えられた。カウンターには男が一人。おそらく彼だろう。俺は真っ直ぐその席に向かい、そして座った。
「グレシア=ウルノアという人に用がある。どこに住んでいるか教えてもらえないか?」
給仕の女性に注文を頼み、そして男に尋ねた。よからぬ思いを悟られないよう、さりげなく、微笑を浮かべて。
「グレシアか?それなら、町の奥に緑が茂った大きな家がある。そこに住んでるよ。…ところで、あの人に何の用だ?」
その人はにこやかに答えてくれた。それから、興味深げな目をして俺に尋ねた。
「剣の指南を頼みたくてね。」
もちろん嘘だ。しかし、男は「そうか」と納得した表情を浮かべて、それ以上何も聞かなかった。そして、男は今晩の当てがなければまた来ればいいと言ってくれた。俺は笑顔で答えて、店を出た。
彼の言っていた家はすぐに見つかった。裏からは子供の威勢のいい声が聞こえてくる。俺は興味本位で、そこへ足を踏み入れた。
「やあ!えい!」
男の子だった。ほんの7歳くらいの。小さな体で木刀を力いっぱい振り回し、相手にぶつけている。その相手は大人の女性だった。金髪を優雅に風に遊ばせ、口元には笑みを、しかし瞳は真剣に子供を見ている。こちらが手にしている得物も木刀で、彼の剣を指導しているようだった。
「よし。これま、で!」
「あ!」
女性の終了の合図と同時に、子供の手から木刀が弾かれ、それは俺の前に落ちた。すると、彼は悔しそうに、けれども疲れたのか、息を切らしてぺたんとその場に座ってしまった。
「もう、くやしい!!次は、ぜったい一本とるからね!」
「はいはい。何回も聞いたわよ。…で、どちら様?」
木刀を持って近づいてきた俺に、彼女はおだやかな表情と口調、しかし真剣な瞳で尋ねた。
「ガルザ=ペトリスカと言います。」
「ペトリスカ…!」
木刀を返し、俺は敢えて静かに名乗った。その名を聞いた途端、彼女は怖い顔になって目を見開き、俺をじっと見つめた。俺も彼女を見つめ返す。
「…母さん?」
そんな空気を察したのか、さっきの子供は少し怯えるように彼女を呼んだ。彼女は子供に微笑みかけ、彼の金髪の頭を撫でた。
「平気よ、ロイン。母さん、このお客さんとお話があるの。父さんのところで待ってて。いいわね?」
「うん。」
ロインは頷くと、自分と彼女の木刀を受け取り、家へと走っていった。彼の背を見送ると、目の前の女性―――グレシアは俺に真っ直ぐ向いた。
「ガルザ…。サームから、あなたの話は聞いたことがあったわ。目的は何かしら?」
「ずいぶんと直球ですね。」
「わざわざ私を訪ねて来たのに、理由がないってことはないでしょ。」
グレシアは肩をすくめて笑った。すべてを見透かしているような、そんな吸い込まれそうな青い瞳で俺を見ている。いや、わかっているのだろう。『ペトリスカ』の血族がここを訪れた、その意味を。俺は静かに腰にある剣に触れた。その動作を目にし、グレシアの眉がぴくりと動く。
「スディアナ事件の後、父上は死にました。貴女は」
「斬ったわ。」
彼女は目を伏せ、俺の言葉に続くようにして答えた。それがショックで、目を見開く。
「…ずいぶん、あっさり言いましたね?」
平静を保って言ったつもりだが、もしかすると、怒りで震えていたかもしれない。そんな俺を見て、彼女は静かに口を開いた。
「言い訳をしたところで、事実は変わらない。…それとも、否定して欲しかった?」
「ふざけているのか!」
たまらず剣を抜き、一閃させた。けれど、彼女はひらりとそれをかわし、腰にあった細身の剣を抜いて構えた。
「剣士は言葉じゃなく、剣で語るもの。…来なさい、ガルザ。全力で。」
「最初からそのつもりだ!!」
バキラ様の言葉は真実だった。それがたまらず悔しく、そして目の前の者に憎悪を抱いた。待ちわびた瞬間に、これまでの全てをぶつけ、挑んだ。積極的に剣を振るう俺に対し、グレシアはそれをかわそうとせず受け止め続けた。しかし、俺の剣は彼女自身を切り裂けない。戦況を見極める青の光が、鋭く俺と俺の剣を見る。…圧倒的だった。近衛騎士の役から離れて数年が経つというのに、まるで衰えらしいものが見受けられない。その方が復讐のし甲斐があるとはいえ、だがその余裕に腹が立つ。
「剛・魔神剣!」
剣を地面に突きたて、周囲へ衝撃波を放つ。
「魔神剣・双牙!!」
だが、グレシアの放つ2つの衝撃波に、俺の剛・魔神剣は両断された。俺と彼女の実力差をはっきりと見せ付けられた瞬間。だが、だからといって諦めるわけにはいかない。俺は雄叫びと共に、再び彼女に向かって行った。
あまりに夢中だったせいだろうか、俺はほとんど、何が起きたか覚えていない。ただ、気が付いた時には、彼女の剣先が俺ののど元にあった。敗北。それだけはわかった。
「…殺せ。」
奥歯をギリッと鳴らし、俺はグレシアに吼えた。
「殺せ!情けなんかいらない!俺を殺せ!!」
彼女の青い瞳をまっすぐ見ながら吼えた。怖くなんかない。もとより、刺し違えてでも討とうと誓って挑んだ死闘だ。情けをかけられるほうが屈辱だった。だが、奴の剣はいつまで経っても俺を貫かない。それどころか、俺の喉元から剣を引いた。引いて、剣を鞘に戻した。そして、ふっとため息をついた。
「グラビティ。」
奴がそう呟いたのと同時に、俺の体は突然衝撃に倒された。地に這い蹲るような、無様な格好。
俺に屈辱を与えてから殺そうというのか?
そう思うと、また怒りが心の奥底から湧き上がる。
「…口を挟まれると面倒だから、悪いけどその状態で聞いてくれる?」
頭上からあいつの声がした。呆れ、面倒、というより、いたって平常だった。
「ガルザ。あんたは、私の元で剣を学びな。」
「…は!?」
思ってもいなかった言葉。グラビティに動きを封じられつつも、俺は驚きの声を上げた。重い首をあげて奴を見る。奴の目はきらきらしていた。まるで子供みたいに。
「私を倒したいんでしょ?だったら、私の傍で学ぶといい。私の癖、剣筋、全部を奪い、超えてみな!その代わり、堂々と申し込むなら、死闘はいつでも受けてあげる。どう?」
そこまで言うと、奴がかけたプリセプツは突然解けた。圧倒的な圧力から解放された俺の身体は、まずは息を整えた。落ち着いたところで、再びあいつを睨み付けた。
「…お前、一体何言って」
「あ。悪いけど、拒否権なしね。おーい、ロイン!!」
「なっ!?」
俺が全てを言う前に、あいつはさっきの子供を呼んだ。驚きを通り越して呆れに到達しそうな感情を抱く俺をまるで無視し、そして、さっきの子供が無邪気に走ってやってきた。
「母さん、なに?」
「ロイン。この人は、ガルザ。今日から、っていうか、今から母さんの弟子になるから、仲良くして頂戴。」
片手を腰にあて、奴は笑顔でロインに言った。ロインはそれを聞き、俺の顔をじっと覗き込んだ。奴と同じ金髪。瞳は翡翠の緑色だ。曇りのない、純粋な瞳。それが憎しみに染まった俺の紅い目を覗き込む。小さな手が俺に差し出された。
「オレ、ロイン!よろしく!」
にこっと笑って短く一言。俺は戸惑いながらも、その小さな手を優しく握り返した。どうしたらいいかわからなかった。それが正直なところだ。ただ混乱し、その場の流れに流されてしまった。
けれど、この時の流れのおかげで、ひとつわかった。
こいつは―――グレシアは悪意あって父上を殺した人ではない、と。
「…あの日、お前の父君を殺したのはリカンツではない。グレシア=ウルノア―――今はエイバスの姓になった女こそ、お前の真の仇じゃ。」
『ウルノア』と言えば、父上と―――いや、自分と同じ三騎士の1人だ。それに、グレシアという名は覚えがある。確か、父上がいつも彼女の力量や人柄について褒めていた気がする。17歳にして近衛騎士隊長を任されるほどの信頼を王から得た才の持ち主、だが、それに溺れる事なく他人と接する素晴らしい女性だ、と聞かされていた気がする。会ったことはないが、そんな評価を受けるヒトが反逆染みたことをするだろうか?俺の中で、怒りよりも先に疑いが湧き出た。だが、目の前にいる老いた大司祭・バキラ=キャッドリーは法螺を吹くようなヒトではない。父上が亡くなって以来、城に来た時には何かと世話を焼いてくれたこのヒトに、俺は信頼を置いていた。
「何故、今になってそのようなことを話されるのですか?」
もしかすると、俺を試そうとしてそう言い出したのかもしれない。心の片隅でそう思いながらバキラ様に問うてみた。けれど、返ってきた答えは違った。
「お前も、もう二十歳を過ぎた。ワシからすればまだまだ若造だが、自分のことを考えられるようになった歳だろう。じゃからこそ、ワシはお前に真実を告げる必要があると判断した。それだけの事じゃ。」
なんだ、それは?まるで「仇をとれ」と言っているようなバキラ様の口ぶりに、俺はますます混乱した。確かに、俺は父上を殺した相手を恨んでいる。その復讐を果たすために強くなると決め、また偉大な父上の跡を継ごうと思い、軍に入った。もう一人の三騎士『ナズノット』の名を引き継ぐ者に剣を教わり、己を鍛えたつもりだ。その刃を向ける先が、まさか『ウルノア』だとは思いもしなかった。しかし、よく考えれば妙に辻褄は合っていた。父上が優秀だと認めた騎士が、みすみすリカンツ如きに遅れをとるだろうか。俺の中の疑問は、すぐにウルノアへの不審に変わっていった。
次の日。俺は少しの暇をもらい、首都を出た。バキラ様の言葉の真偽を確かめるため、そして、父上の仇を討つために。やつが住むケノンに辿り着くと、真っ先に一軒の宿屋に向かった。昔、父上に世話になったという元兵士が働いているという店だった。
「いらっしゃい!」
明るい女の声で迎えられた。カウンターには男が一人。おそらく彼だろう。俺は真っ直ぐその席に向かい、そして座った。
「グレシア=ウルノアという人に用がある。どこに住んでいるか教えてもらえないか?」
給仕の女性に注文を頼み、そして男に尋ねた。よからぬ思いを悟られないよう、さりげなく、微笑を浮かべて。
「グレシアか?それなら、町の奥に緑が茂った大きな家がある。そこに住んでるよ。…ところで、あの人に何の用だ?」
その人はにこやかに答えてくれた。それから、興味深げな目をして俺に尋ねた。
「剣の指南を頼みたくてね。」
もちろん嘘だ。しかし、男は「そうか」と納得した表情を浮かべて、それ以上何も聞かなかった。そして、男は今晩の当てがなければまた来ればいいと言ってくれた。俺は笑顔で答えて、店を出た。
彼の言っていた家はすぐに見つかった。裏からは子供の威勢のいい声が聞こえてくる。俺は興味本位で、そこへ足を踏み入れた。
「やあ!えい!」
男の子だった。ほんの7歳くらいの。小さな体で木刀を力いっぱい振り回し、相手にぶつけている。その相手は大人の女性だった。金髪を優雅に風に遊ばせ、口元には笑みを、しかし瞳は真剣に子供を見ている。こちらが手にしている得物も木刀で、彼の剣を指導しているようだった。
「よし。これま、で!」
「あ!」
女性の終了の合図と同時に、子供の手から木刀が弾かれ、それは俺の前に落ちた。すると、彼は悔しそうに、けれども疲れたのか、息を切らしてぺたんとその場に座ってしまった。
「もう、くやしい!!次は、ぜったい一本とるからね!」
「はいはい。何回も聞いたわよ。…で、どちら様?」
木刀を持って近づいてきた俺に、彼女はおだやかな表情と口調、しかし真剣な瞳で尋ねた。
「ガルザ=ペトリスカと言います。」
「ペトリスカ…!」
木刀を返し、俺は敢えて静かに名乗った。その名を聞いた途端、彼女は怖い顔になって目を見開き、俺をじっと見つめた。俺も彼女を見つめ返す。
「…母さん?」
そんな空気を察したのか、さっきの子供は少し怯えるように彼女を呼んだ。彼女は子供に微笑みかけ、彼の金髪の頭を撫でた。
「平気よ、ロイン。母さん、このお客さんとお話があるの。父さんのところで待ってて。いいわね?」
「うん。」
ロインは頷くと、自分と彼女の木刀を受け取り、家へと走っていった。彼の背を見送ると、目の前の女性―――グレシアは俺に真っ直ぐ向いた。
「ガルザ…。サームから、あなたの話は聞いたことがあったわ。目的は何かしら?」
「ずいぶんと直球ですね。」
「わざわざ私を訪ねて来たのに、理由がないってことはないでしょ。」
グレシアは肩をすくめて笑った。すべてを見透かしているような、そんな吸い込まれそうな青い瞳で俺を見ている。いや、わかっているのだろう。『ペトリスカ』の血族がここを訪れた、その意味を。俺は静かに腰にある剣に触れた。その動作を目にし、グレシアの眉がぴくりと動く。
「スディアナ事件の後、父上は死にました。貴女は」
「斬ったわ。」
彼女は目を伏せ、俺の言葉に続くようにして答えた。それがショックで、目を見開く。
「…ずいぶん、あっさり言いましたね?」
平静を保って言ったつもりだが、もしかすると、怒りで震えていたかもしれない。そんな俺を見て、彼女は静かに口を開いた。
「言い訳をしたところで、事実は変わらない。…それとも、否定して欲しかった?」
「ふざけているのか!」
たまらず剣を抜き、一閃させた。けれど、彼女はひらりとそれをかわし、腰にあった細身の剣を抜いて構えた。
「剣士は言葉じゃなく、剣で語るもの。…来なさい、ガルザ。全力で。」
「最初からそのつもりだ!!」
バキラ様の言葉は真実だった。それがたまらず悔しく、そして目の前の者に憎悪を抱いた。待ちわびた瞬間に、これまでの全てをぶつけ、挑んだ。積極的に剣を振るう俺に対し、グレシアはそれをかわそうとせず受け止め続けた。しかし、俺の剣は彼女自身を切り裂けない。戦況を見極める青の光が、鋭く俺と俺の剣を見る。…圧倒的だった。近衛騎士の役から離れて数年が経つというのに、まるで衰えらしいものが見受けられない。その方が復讐のし甲斐があるとはいえ、だがその余裕に腹が立つ。
「剛・魔神剣!」
剣を地面に突きたて、周囲へ衝撃波を放つ。
「魔神剣・双牙!!」
だが、グレシアの放つ2つの衝撃波に、俺の剛・魔神剣は両断された。俺と彼女の実力差をはっきりと見せ付けられた瞬間。だが、だからといって諦めるわけにはいかない。俺は雄叫びと共に、再び彼女に向かって行った。
あまりに夢中だったせいだろうか、俺はほとんど、何が起きたか覚えていない。ただ、気が付いた時には、彼女の剣先が俺ののど元にあった。敗北。それだけはわかった。
「…殺せ。」
奥歯をギリッと鳴らし、俺はグレシアに吼えた。
「殺せ!情けなんかいらない!俺を殺せ!!」
彼女の青い瞳をまっすぐ見ながら吼えた。怖くなんかない。もとより、刺し違えてでも討とうと誓って挑んだ死闘だ。情けをかけられるほうが屈辱だった。だが、奴の剣はいつまで経っても俺を貫かない。それどころか、俺の喉元から剣を引いた。引いて、剣を鞘に戻した。そして、ふっとため息をついた。
「グラビティ。」
奴がそう呟いたのと同時に、俺の体は突然衝撃に倒された。地に這い蹲るような、無様な格好。
俺に屈辱を与えてから殺そうというのか?
そう思うと、また怒りが心の奥底から湧き上がる。
「…口を挟まれると面倒だから、悪いけどその状態で聞いてくれる?」
頭上からあいつの声がした。呆れ、面倒、というより、いたって平常だった。
「ガルザ。あんたは、私の元で剣を学びな。」
「…は!?」
思ってもいなかった言葉。グラビティに動きを封じられつつも、俺は驚きの声を上げた。重い首をあげて奴を見る。奴の目はきらきらしていた。まるで子供みたいに。
「私を倒したいんでしょ?だったら、私の傍で学ぶといい。私の癖、剣筋、全部を奪い、超えてみな!その代わり、堂々と申し込むなら、死闘はいつでも受けてあげる。どう?」
そこまで言うと、奴がかけたプリセプツは突然解けた。圧倒的な圧力から解放された俺の身体は、まずは息を整えた。落ち着いたところで、再びあいつを睨み付けた。
「…お前、一体何言って」
「あ。悪いけど、拒否権なしね。おーい、ロイン!!」
「なっ!?」
俺が全てを言う前に、あいつはさっきの子供を呼んだ。驚きを通り越して呆れに到達しそうな感情を抱く俺をまるで無視し、そして、さっきの子供が無邪気に走ってやってきた。
「母さん、なに?」
「ロイン。この人は、ガルザ。今日から、っていうか、今から母さんの弟子になるから、仲良くして頂戴。」
片手を腰にあて、奴は笑顔でロインに言った。ロインはそれを聞き、俺の顔をじっと覗き込んだ。奴と同じ金髪。瞳は翡翠の緑色だ。曇りのない、純粋な瞳。それが憎しみに染まった俺の紅い目を覗き込む。小さな手が俺に差し出された。
「オレ、ロイン!よろしく!」
にこっと笑って短く一言。俺は戸惑いながらも、その小さな手を優しく握り返した。どうしたらいいかわからなかった。それが正直なところだ。ただ混乱し、その場の流れに流されてしまった。
けれど、この時の流れのおかげで、ひとつわかった。
こいつは―――グレシアは悪意あって父上を殺した人ではない、と。