第15章 継がれゆく灯火 ]
『話を戻すわよ。白晶岩のそのシステムに従って、瀕死の私も例外なく生命エネルギー―――この場合、魂の欠片とでも例えればいいかしら?それを、『白晶の首飾』は吸収した。つまり、今ここにいる私は、命果てる直前に『白晶の首飾』の中に切り分けられた魂の欠片にあるグレシアの自我、ということになるわ。そしてその意識は『白晶の首飾』の中で眠り続けて、私もまた、いずれ結晶に同化して消えていく…はずだった。』
「何かあったんですか?」
首を傾げたベディーに、グレシアは静かに頷いた。
『ある日突然、強い力に引っ張り上げられるように、私の自我は眠りから覚めた。…そう。ティマリア様。あの首飾りが貴女の手に渡った、あの日からです。』
「! 気づいて…?」
ティマは驚いたように顔を上げると、まっすぐ自分を見据える青い瞳と視線がぶつかった。グレシアはもちろん、というように微笑をむけると、話を続けた。
『おそらく、貴女の力が『白晶の首飾』に作用した時、私の自我がまだ結晶と同化しきれていなかったことが要因でしょう。初めは今みたいに周囲に干渉もできなかったし、干渉もされなかった。けれど、貴女たちがエルナの森を訪れた時、白晶岩と首飾の魔力が同調して、ぼんやりとしていた私の意識は、それ以来はっきりしたものになった。…とは言っても、私に出来たことといえば、この白晶岩が過去に吸い上げた私の血を媒介に、白晶岩と『白晶の首飾』の間で自我を移すことくらいだけど。』
「エルナの森…。じゃあ、あの時聞こえた声って!」
先ほどの戦いの中で聞いた、直接頭に響くように届いた声。それは初めてエルナの森を通った時に、ティマにしか聞こえなかった声と同じ聞こえ方だった。ようやくあの不思議な現象に合点がいったティマをよそに、グレシアはのんきにその時のことを思い出すように腕を組んだ。
『ああ、あれね。だって、周囲がわかるようになったと思ったら、まだおかしなままのガルザがロインに斬りかかろうとしてるんだもの。びっくりしたなんてもんじゃないわよ。思わず取り乱して叫んじゃったわ。それが、白き星の民の力を持つ貴女には聞こえてしまったのね。』
「じゃあ、あの時バキラから助けてくれたのはどうやって?あれも母さんが関係していたんだろう?」
今度はロインが尋ねる。バキラのプリセプツからロインとティマは命を救われ、カイウスやガルザ達と共に転移の魔法によって宮の外へと逃がされた。その時、ロイン、そしてガルザは確かに彼女の声を聞いていた。だが今のグレシアの言葉の通りなら、彼女にその力はなかったことになる。
『まぁ、そうね。あのまま化けもんになった爺さんにやられっぱなしっていうのは癪だったから、砕けた『白晶の装具』に残る魔力をかき集めての悪あがき…をしてやったのは確かなんだけど、正直、必死過ぎてどうやってやったかは覚えてないのよねぇ。今まではそんなことできなかったし。それにさすがにあれ以来、この白晶岩に留まらざるをえなくなってしまったし。』
しかしその問いに、グレシア自身も不可解だというように髪を掻き、首を傾げるばかりだ。だが彼女の話を聞いて、ロインは瞬時にある仮説を立てた。それは、長いこと『白晶の首飾』の中に自我が存在したことで、知らずのうちにグレシアの自我と結晶の魔力が同化したのかもしれない、ということ。その理屈であれば、今こうして彼女が実体化しているのもなんとなく頷けるのだが、彼女の意思でいつでも自由にその力を使えるわけでもなさそうだ。
やはり、白晶岩にはまだ人智の及ばない謎が秘められているのかもしれない…。
『さ、こんな話をするためにここへ来たわけじゃないのでしょ?おしゃべりはひとまず置いといて、目的を果たしたらどう?』
そのままロインが深い思考に耽いろうとしていると、グレシアはそれを切り上げるようにパンッと手を鳴らした。それによって現実に戻され、あっ、と一瞬呆ける息子の顔に、グレシアはどこか慣れたように肩をすくめた。それから視線をティマへと向けると、彼女までもが同じような反応を返し、グレシアは思わず苦笑してしまった。
「…すっかり忘れてたんだな、ティマ。」
「まぁ、さっきの騒動の後じゃ無理もないよ。」
その様子に双子たちは思わず呟きを、そして仲間たちも苦笑をこぼした。ティマは気を取り直すと、白晶岩の前へとゆっくり歩み寄った。グレシアの横を通り過ぎてその目の前に立つと、彼女はゼガから教わったことを思い出すように、目を閉じて意識を集中した。すると次の瞬間、白晶岩は再び発光を始めた。淡く、どこか穏やかに光が岩を包む。それを感じると、ティマは両手を白晶岩にむけて掲げるように広げた。
「―――。」
そして彼女が何かを呟くと、光は急激に強さを増した。あまりの眩しさに、ロイン達は一瞬目を背けてしまう。そして再び視線を戻すと、ティマの前に光の粒子が集いだしていた。それはまるで、グレシアが彼らの前に姿を現した時のよう。
「そうか。欠片を取り出すのではなく、魔力を抽出して結晶として再形成するのか。」
「これじゃ、確かに父さんには無理だな。」
その光景が意味する事象を理解し、ティルキスが声に出す。ロインも納得したように頭を掻きながら、その光景を見守った。やがて光が収まると、ティマの手に小さな白い結晶が落ちた。
「これで、まず一つ目だな。」
その小さな存在を確かめるようにそっと目を開くティマの肩に、ベディーは労うように手を置いた。彼に微笑で答えるティマのもとにルビアも駆け寄り、そしてその手の中に収まる結晶を覗き込んだ。
「あの、この欠片の中にも、グレシアさんは…?」
『いないわよ。』
それからグレシアへと視線を移し、おずおずと疑問を口にした。だが皆まで言わずとも理解したのか、グレシアはルビアの言葉が終わる瞬間にあっさりと、ケロッとした顔で即答した。
『だって私、ここにいるし。』
次いで告げられた理由に、ルビアだけでなく、その場にいる全員までもが「それもそうだ」と妙に納得した顔になった。加えて、彼女がまた「当然でしょ?」と言うような態度でいるものだから、なんだかそれに反応を示す気にもならない。しかし彼らの考えなどお構いなしなのか、グレシアは「というわけで」と、いきなり続けた。
『ヴァニアスに伝言頼むわ。“ティマリア様と私の可愛いロインに何かあったら呪ってやるから、そのつもりで”って。』
「どうせまだアイツ生きてんでしょ?」と笑いながら言う彼女に、ロインは呆れてため息を吐いた。
「今のあんたが言うと、シャレにならないって。」
『あら、本気よ?私の可愛い愛息子と大事な姫様に万が一、だなんて、死んでも死にきれないもの。』
それでもくすくすと笑っている母に、ロインはもう、ため息を吐く以外の反応ができなかった。
「帰るぞ。」
「えっ?けど」
「これ以上今の母さんに付き合ってたら疲れる。」
切り捨てるような言い方。どうやら実の母相手とはいえ、本当に面倒に感じてきたらしい。踵を返してしまったロインを、ティマは慌てて追いかけ出す。それに続いて、カイウス達も、躊躇いながらも広間の外に向かって足を動かした。その様子を、グレシアはやれやれという様子で眺めながら、だがまだ笑っていた。
「何かあったんですか?」
首を傾げたベディーに、グレシアは静かに頷いた。
『ある日突然、強い力に引っ張り上げられるように、私の自我は眠りから覚めた。…そう。ティマリア様。あの首飾りが貴女の手に渡った、あの日からです。』
「! 気づいて…?」
ティマは驚いたように顔を上げると、まっすぐ自分を見据える青い瞳と視線がぶつかった。グレシアはもちろん、というように微笑をむけると、話を続けた。
『おそらく、貴女の力が『白晶の首飾』に作用した時、私の自我がまだ結晶と同化しきれていなかったことが要因でしょう。初めは今みたいに周囲に干渉もできなかったし、干渉もされなかった。けれど、貴女たちがエルナの森を訪れた時、白晶岩と首飾の魔力が同調して、ぼんやりとしていた私の意識は、それ以来はっきりしたものになった。…とは言っても、私に出来たことといえば、この白晶岩が過去に吸い上げた私の血を媒介に、白晶岩と『白晶の首飾』の間で自我を移すことくらいだけど。』
「エルナの森…。じゃあ、あの時聞こえた声って!」
先ほどの戦いの中で聞いた、直接頭に響くように届いた声。それは初めてエルナの森を通った時に、ティマにしか聞こえなかった声と同じ聞こえ方だった。ようやくあの不思議な現象に合点がいったティマをよそに、グレシアはのんきにその時のことを思い出すように腕を組んだ。
『ああ、あれね。だって、周囲がわかるようになったと思ったら、まだおかしなままのガルザがロインに斬りかかろうとしてるんだもの。びっくりしたなんてもんじゃないわよ。思わず取り乱して叫んじゃったわ。それが、白き星の民の力を持つ貴女には聞こえてしまったのね。』
「じゃあ、あの時バキラから助けてくれたのはどうやって?あれも母さんが関係していたんだろう?」
今度はロインが尋ねる。バキラのプリセプツからロインとティマは命を救われ、カイウスやガルザ達と共に転移の魔法によって宮の外へと逃がされた。その時、ロイン、そしてガルザは確かに彼女の声を聞いていた。だが今のグレシアの言葉の通りなら、彼女にその力はなかったことになる。
『まぁ、そうね。あのまま化けもんになった爺さんにやられっぱなしっていうのは癪だったから、砕けた『白晶の装具』に残る魔力をかき集めての悪あがき…をしてやったのは確かなんだけど、正直、必死過ぎてどうやってやったかは覚えてないのよねぇ。今まではそんなことできなかったし。それにさすがにあれ以来、この白晶岩に留まらざるをえなくなってしまったし。』
しかしその問いに、グレシア自身も不可解だというように髪を掻き、首を傾げるばかりだ。だが彼女の話を聞いて、ロインは瞬時にある仮説を立てた。それは、長いこと『白晶の首飾』の中に自我が存在したことで、知らずのうちにグレシアの自我と結晶の魔力が同化したのかもしれない、ということ。その理屈であれば、今こうして彼女が実体化しているのもなんとなく頷けるのだが、彼女の意思でいつでも自由にその力を使えるわけでもなさそうだ。
やはり、白晶岩にはまだ人智の及ばない謎が秘められているのかもしれない…。
『さ、こんな話をするためにここへ来たわけじゃないのでしょ?おしゃべりはひとまず置いといて、目的を果たしたらどう?』
そのままロインが深い思考に耽いろうとしていると、グレシアはそれを切り上げるようにパンッと手を鳴らした。それによって現実に戻され、あっ、と一瞬呆ける息子の顔に、グレシアはどこか慣れたように肩をすくめた。それから視線をティマへと向けると、彼女までもが同じような反応を返し、グレシアは思わず苦笑してしまった。
「…すっかり忘れてたんだな、ティマ。」
「まぁ、さっきの騒動の後じゃ無理もないよ。」
その様子に双子たちは思わず呟きを、そして仲間たちも苦笑をこぼした。ティマは気を取り直すと、白晶岩の前へとゆっくり歩み寄った。グレシアの横を通り過ぎてその目の前に立つと、彼女はゼガから教わったことを思い出すように、目を閉じて意識を集中した。すると次の瞬間、白晶岩は再び発光を始めた。淡く、どこか穏やかに光が岩を包む。それを感じると、ティマは両手を白晶岩にむけて掲げるように広げた。
「―――。」
そして彼女が何かを呟くと、光は急激に強さを増した。あまりの眩しさに、ロイン達は一瞬目を背けてしまう。そして再び視線を戻すと、ティマの前に光の粒子が集いだしていた。それはまるで、グレシアが彼らの前に姿を現した時のよう。
「そうか。欠片を取り出すのではなく、魔力を抽出して結晶として再形成するのか。」
「これじゃ、確かに父さんには無理だな。」
その光景が意味する事象を理解し、ティルキスが声に出す。ロインも納得したように頭を掻きながら、その光景を見守った。やがて光が収まると、ティマの手に小さな白い結晶が落ちた。
「これで、まず一つ目だな。」
その小さな存在を確かめるようにそっと目を開くティマの肩に、ベディーは労うように手を置いた。彼に微笑で答えるティマのもとにルビアも駆け寄り、そしてその手の中に収まる結晶を覗き込んだ。
「あの、この欠片の中にも、グレシアさんは…?」
『いないわよ。』
それからグレシアへと視線を移し、おずおずと疑問を口にした。だが皆まで言わずとも理解したのか、グレシアはルビアの言葉が終わる瞬間にあっさりと、ケロッとした顔で即答した。
『だって私、ここにいるし。』
次いで告げられた理由に、ルビアだけでなく、その場にいる全員までもが「それもそうだ」と妙に納得した顔になった。加えて、彼女がまた「当然でしょ?」と言うような態度でいるものだから、なんだかそれに反応を示す気にもならない。しかし彼らの考えなどお構いなしなのか、グレシアは「というわけで」と、いきなり続けた。
『ヴァニアスに伝言頼むわ。“ティマリア様と私の可愛いロインに何かあったら呪ってやるから、そのつもりで”って。』
「どうせまだアイツ生きてんでしょ?」と笑いながら言う彼女に、ロインは呆れてため息を吐いた。
「今のあんたが言うと、シャレにならないって。」
『あら、本気よ?私の可愛い愛息子と大事な姫様に万が一、だなんて、死んでも死にきれないもの。』
それでもくすくすと笑っている母に、ロインはもう、ため息を吐く以外の反応ができなかった。
「帰るぞ。」
「えっ?けど」
「これ以上今の母さんに付き合ってたら疲れる。」
切り捨てるような言い方。どうやら実の母相手とはいえ、本当に面倒に感じてきたらしい。踵を返してしまったロインを、ティマは慌てて追いかけ出す。それに続いて、カイウス達も、躊躇いながらも広間の外に向かって足を動かした。その様子を、グレシアはやれやれという様子で眺めながら、だがまだ笑っていた。