第10章 異変… T
目を覚ますと、そこは木造の建物の中だった。フカフカとは言い難いが、ある程度整えられたベッドの上にロインは横たわっていた。
「ここは?」
見覚えのない風景に、ロインは少し混乱していた。起きたばかりだからだろう、まだ意識ははっきりしない。霞がかった頭で、ゆっくりと記憶を探る。
確か、アール山であの老司祭と戦っていたはずだ。そして…
「ガルザ!」
はっと重要なことを思い出し、ベッドから飛び起き上がった。しかし、次の瞬間、彼の全身を激しい痛みが襲った。顔をしかめ、再びベッドの上に横たわると、特に激しい痛みを感じる部位へそっと手を伸ばした。そこは、ガルザとの戦いで深く斬られていた右脇腹。包帯による手当てがなされていた。そこでロインはふと気が付いた。上着は身にまとっておらず、他の負傷した箇所全てに手当てがされていた。
「おっ!気が付いたみたいだな。」
その時、聞き覚えのある声と共にいい匂いが漂ってきた。ロインがそちらを向くと、2人分の食事を手にしたカイウスが現れた。彼は気が付いたロインに嬉しそうな顔を見せ、傍にある椅子を引き寄せて座った。それから、また起き上がろうとするロインを手で制し、話しかけた。
「気分はどうだ?」
「…まあまあだな。それより、カイウス。ここは?あれから何があった?」
「まぁ、落ち着けって。食べられるか?」
焦りを見せるロインをなだめるように、カイウスは運んできた器を手渡した。中には、でき立て熱々のお粥が入っていた。「それどころじゃない」と怒鳴り声を上げそうになったロインだが、カイウスを睨み付けたのとほぼ同時に、腹の虫が鳴き声をあげた。それを聞き、カイウスは笑い声をあげ、ロインは赤面する。
「わ、笑うな!!」
「ははっ!悪い悪い。けど、仕方ねぇよ。2日は眠ってたんだから。」
その言葉を聞いた途端、ロインは目を丸くした。
「2日…だって?」
「ああ。それだけ怪我もひどかった、ってことだろう。」
カイウスはそう言って、もう一度ロインに器を渡した。ロインは何か物言いたげだったが、それを堪え、ぎこちなく頷くとカイウスの手から器を受け取った。一口それを口に運ぶと、体は次々とその温もりを受け入れていく。さすがに眠り続けたせいだろうか、いつの間にか空腹を満たすために懸命になっていた。そんなロインの姿を見て、カイウスは微笑を浮かべる。そして自分もお粥を頬張り、静かに口を開いた。
「ここはフェルン村。オレとルビアの故郷だ。」
「『フェルン』?アレウーラか?」
少しだけ手を休め、ロインはカイウスを向いた。カイウスはまたお粥を口に運び、それからひとつ頷いた。
「ああ。大陸の南にある小さな村さ。転移の魔法(プリセプツ)で、オレ達はフェルンのはずれに飛ばされたんだ。」
順を追って話そう。カイウスはそう言って、静かに口を開いた。
時刻は夜明け前。ふと意識を取り戻したカイウスは、周囲を見回した。生い茂る木々に囲まれた場所で、他の仲間たちと共に倒れ伏していた。その中でもう1人、幼馴染のルビアがカイウス同様目を覚ました。
「ルビア、大丈夫か?」
「うん。けど、あたしより皆の方が…」
そう言ってルビアは、他の4人に目を向けた。彼女の一番そばで倒れているのは、左半身の怪我が酷いラミーだ。顔色は青ざめ、すぐになんらかの処置を行わなければ危険な状態。ルビアは立ち上がり、彼女に治癒術を施そうとした。だが、その体はふらつき安定しない。すぐに地面に手をついてしまう。カイウスらに比べ、ルビアは一番外傷が少ない。しかし、先の戦いで魔力を消費しすぎた。その疲労が、彼女の動きを鈍らせる。
「無理するなよ。それより、ここはどこだ?」
再び周囲を見回す。暗いせいで、いまいち現在地を把握できない。しかし感じる、妙な懐かしさ。今までに訪れたことのある場所だとすれば、その感覚に納得がいく。暗闇を照らすのは、沈みかけている星星や月、そして昇りかけている太陽だ。だが、それらに照らされていても、自分達を見下ろす巨山は目に入らない。どうやらアール山からは離れることができているらしい。それを理解し、ひとまずほっと息をつく。あのまま戦い続けるのは、さすがに拙かった。
「…っ!誰だ!!」
がさっと草を踏む音がした。カイウスは瞬時にそちらを向き、傷ついた身体で身構えた。すると、カイウスの声に驚いた小さい悲鳴が返ってきて、木の陰から、誰かが恐る恐る姿を覗かせた。その人物を見た途端、ルビアの目が大きく開いた。
「もしかして、スカーレット?」
「あなた達、カイウスにルビアね!」
ルビアが呼んだスカーレットという女性は、その声を聞くと、驚きと喜びの声を上げて彼らに駆け寄った。そして、顔色を変え、慌てた声をあげた。
「どうしたの!?酷く傷ついているじゃない。歩ける?こっちよ!」
彼女はすぐさま手を差し伸べ、カイウスとルビアをゆっくり立たせ、気を失っているロイン達を背負って歩き出した。その時、ベディーも意識を取り戻し、自分の足で彼らのあとを歩き出した。そして5分もかからないうちに見えた複数の灯火。そして最も近くに現れた建物に、ルビアは息を呑んだ。
「ここ…あたしの家だ…」
夢を見ているようなルビアの声。だが、高い屋根の教会は、間違いなく彼女がずっと暮らしてきた場所だった。そのそばには、2年前に亡くなった彼女の両親の墓がある。
「さあ、早く中へ。手当てをしてあげるから。」
「け、けど…」
スカーレットの誘いに、なぜかカイウスは渋った。その表情を感じ取ったルビアの顔も、途端に曇りだす。しかし、スカーレットはそんなカイウスをお構いなしに、その傷ついた腕を引っ張って教会の中へ連れて行こうとする。
「あなたの“事情”なら、気にすることないわ。さ、ルビア達も。」
スカーレットはそう言い、ルビアやベディーは多少戸惑いつつも、彼女の言葉に従い、教会の奥へと足を踏み入れた。
「…それじゃ、ここはフェルンの教会の中?」
キョロキョロと部屋の中を見回しながら、ロインは尋ねた。カイウスは「まあな」と答えた。
「女子は別の部屋で休んでる。ベディーは外出してるけどな。」
「! そうだ、ティマ!あいつは無事…っ!」
突然激しく動いたロインは、再び怪我の痛みに襲われた。それを、カイウスが慌てて落ち着けた。
「お、おい!まだ無理するなって。オレだって、まだ治りきってないんだから。」
そう言って、カイウスは自分の服を途中までめくりあげた。ロイン同様、傷口は包帯などで手当されている。その白い包帯が、一部赤く染まっていた。それは、バキラのあの黒い触手のようなものに貫かれたところだった。まだ塞がりきれていないのだろう。じわりと赤が広がっていく。
「なっ!?カイウス、お前大丈夫なのかよ!」
「まあな。痛えけど、だいぶマシになった方だ。」
心配の様子を見せるロインにニカッと笑ってみせ、カイウスは服を元に戻した。言葉通り、苦痛の表情は見えない。自分の眠っている間に、だいぶ回復できたようだった。
「それと、ティマにはルビアがついてる。あいつがいれば、なんとかなるさ。」
カイウスは心から、大丈夫だとロインに笑みをみせた。
赤茶の瞳はまだ開かない。ティマは、彼らと再会してからずっと眠り続けていた。その隣で思わず耳を覆いたくなるほどの絶叫が聞こえていても、その目は閉じられたままだ。
「痛い痛い痛い痛いいっ!!」
「もう、それくらい我慢しなさいよ。」
ルビアはため息を吐きながら、ベッドで上半身を起こしているラミーの左腕に包帯を巻いていた。2人とも、普段は結い上げている赤髪を下ろし、上着やマントは羽織っていない。
「もう少し優しくできないのかよ?」
「残念だけど、あたしはお医者様じゃないもの。それより、そんなに大きな声を出さないで。ティマが起きちゃうわ。」
「むしろ、いい加減起こせよ!いつまで寝かしとくつもり…げほ、げほっ!」
きつく巻かれていく包帯に涙目になるラミー。その威勢は変わらずだが、ルビアの言葉に反抗しようとした時、突然咳き込んでしまった。ルビアはその背を優しくさする。
「大丈夫?」
「あ、ああ…平気さ。」
息を整え、ラミーはもう一度ティマを見た。その目にあるのは、眠り続けている彼女への不安だった。ラミーが目覚めたのは、フェルンにたどり着いた日の日没後だった。ロインも目を覚まし、あとはティマだけ。ルビアも不安に思えど、どうすることもできなかった。どういうわけか、今のティマに癒しの術は効かなかった。外傷の処置は無事に終えた。あとは彼女次第。今のルビア達にできるのは、神に祈り、ティマが無事に目覚めるその時を待つことだけだった。
「……るび、あ…らみぃ……いるの…?」
その時、久々に聞く声が2人を呼んだ。はっと横を見ると、虚ろな赤茶色の瞳がこちらを見ていた。
「ここは?」
見覚えのない風景に、ロインは少し混乱していた。起きたばかりだからだろう、まだ意識ははっきりしない。霞がかった頭で、ゆっくりと記憶を探る。
確か、アール山であの老司祭と戦っていたはずだ。そして…
「ガルザ!」
はっと重要なことを思い出し、ベッドから飛び起き上がった。しかし、次の瞬間、彼の全身を激しい痛みが襲った。顔をしかめ、再びベッドの上に横たわると、特に激しい痛みを感じる部位へそっと手を伸ばした。そこは、ガルザとの戦いで深く斬られていた右脇腹。包帯による手当てがなされていた。そこでロインはふと気が付いた。上着は身にまとっておらず、他の負傷した箇所全てに手当てがされていた。
「おっ!気が付いたみたいだな。」
その時、聞き覚えのある声と共にいい匂いが漂ってきた。ロインがそちらを向くと、2人分の食事を手にしたカイウスが現れた。彼は気が付いたロインに嬉しそうな顔を見せ、傍にある椅子を引き寄せて座った。それから、また起き上がろうとするロインを手で制し、話しかけた。
「気分はどうだ?」
「…まあまあだな。それより、カイウス。ここは?あれから何があった?」
「まぁ、落ち着けって。食べられるか?」
焦りを見せるロインをなだめるように、カイウスは運んできた器を手渡した。中には、でき立て熱々のお粥が入っていた。「それどころじゃない」と怒鳴り声を上げそうになったロインだが、カイウスを睨み付けたのとほぼ同時に、腹の虫が鳴き声をあげた。それを聞き、カイウスは笑い声をあげ、ロインは赤面する。
「わ、笑うな!!」
「ははっ!悪い悪い。けど、仕方ねぇよ。2日は眠ってたんだから。」
その言葉を聞いた途端、ロインは目を丸くした。
「2日…だって?」
「ああ。それだけ怪我もひどかった、ってことだろう。」
カイウスはそう言って、もう一度ロインに器を渡した。ロインは何か物言いたげだったが、それを堪え、ぎこちなく頷くとカイウスの手から器を受け取った。一口それを口に運ぶと、体は次々とその温もりを受け入れていく。さすがに眠り続けたせいだろうか、いつの間にか空腹を満たすために懸命になっていた。そんなロインの姿を見て、カイウスは微笑を浮かべる。そして自分もお粥を頬張り、静かに口を開いた。
「ここはフェルン村。オレとルビアの故郷だ。」
「『フェルン』?アレウーラか?」
少しだけ手を休め、ロインはカイウスを向いた。カイウスはまたお粥を口に運び、それからひとつ頷いた。
「ああ。大陸の南にある小さな村さ。転移の魔法(プリセプツ)で、オレ達はフェルンのはずれに飛ばされたんだ。」
順を追って話そう。カイウスはそう言って、静かに口を開いた。
時刻は夜明け前。ふと意識を取り戻したカイウスは、周囲を見回した。生い茂る木々に囲まれた場所で、他の仲間たちと共に倒れ伏していた。その中でもう1人、幼馴染のルビアがカイウス同様目を覚ました。
「ルビア、大丈夫か?」
「うん。けど、あたしより皆の方が…」
そう言ってルビアは、他の4人に目を向けた。彼女の一番そばで倒れているのは、左半身の怪我が酷いラミーだ。顔色は青ざめ、すぐになんらかの処置を行わなければ危険な状態。ルビアは立ち上がり、彼女に治癒術を施そうとした。だが、その体はふらつき安定しない。すぐに地面に手をついてしまう。カイウスらに比べ、ルビアは一番外傷が少ない。しかし、先の戦いで魔力を消費しすぎた。その疲労が、彼女の動きを鈍らせる。
「無理するなよ。それより、ここはどこだ?」
再び周囲を見回す。暗いせいで、いまいち現在地を把握できない。しかし感じる、妙な懐かしさ。今までに訪れたことのある場所だとすれば、その感覚に納得がいく。暗闇を照らすのは、沈みかけている星星や月、そして昇りかけている太陽だ。だが、それらに照らされていても、自分達を見下ろす巨山は目に入らない。どうやらアール山からは離れることができているらしい。それを理解し、ひとまずほっと息をつく。あのまま戦い続けるのは、さすがに拙かった。
「…っ!誰だ!!」
がさっと草を踏む音がした。カイウスは瞬時にそちらを向き、傷ついた身体で身構えた。すると、カイウスの声に驚いた小さい悲鳴が返ってきて、木の陰から、誰かが恐る恐る姿を覗かせた。その人物を見た途端、ルビアの目が大きく開いた。
「もしかして、スカーレット?」
「あなた達、カイウスにルビアね!」
ルビアが呼んだスカーレットという女性は、その声を聞くと、驚きと喜びの声を上げて彼らに駆け寄った。そして、顔色を変え、慌てた声をあげた。
「どうしたの!?酷く傷ついているじゃない。歩ける?こっちよ!」
彼女はすぐさま手を差し伸べ、カイウスとルビアをゆっくり立たせ、気を失っているロイン達を背負って歩き出した。その時、ベディーも意識を取り戻し、自分の足で彼らのあとを歩き出した。そして5分もかからないうちに見えた複数の灯火。そして最も近くに現れた建物に、ルビアは息を呑んだ。
「ここ…あたしの家だ…」
夢を見ているようなルビアの声。だが、高い屋根の教会は、間違いなく彼女がずっと暮らしてきた場所だった。そのそばには、2年前に亡くなった彼女の両親の墓がある。
「さあ、早く中へ。手当てをしてあげるから。」
「け、けど…」
スカーレットの誘いに、なぜかカイウスは渋った。その表情を感じ取ったルビアの顔も、途端に曇りだす。しかし、スカーレットはそんなカイウスをお構いなしに、その傷ついた腕を引っ張って教会の中へ連れて行こうとする。
「あなたの“事情”なら、気にすることないわ。さ、ルビア達も。」
スカーレットはそう言い、ルビアやベディーは多少戸惑いつつも、彼女の言葉に従い、教会の奥へと足を踏み入れた。
「…それじゃ、ここはフェルンの教会の中?」
キョロキョロと部屋の中を見回しながら、ロインは尋ねた。カイウスは「まあな」と答えた。
「女子は別の部屋で休んでる。ベディーは外出してるけどな。」
「! そうだ、ティマ!あいつは無事…っ!」
突然激しく動いたロインは、再び怪我の痛みに襲われた。それを、カイウスが慌てて落ち着けた。
「お、おい!まだ無理するなって。オレだって、まだ治りきってないんだから。」
そう言って、カイウスは自分の服を途中までめくりあげた。ロイン同様、傷口は包帯などで手当されている。その白い包帯が、一部赤く染まっていた。それは、バキラのあの黒い触手のようなものに貫かれたところだった。まだ塞がりきれていないのだろう。じわりと赤が広がっていく。
「なっ!?カイウス、お前大丈夫なのかよ!」
「まあな。痛えけど、だいぶマシになった方だ。」
心配の様子を見せるロインにニカッと笑ってみせ、カイウスは服を元に戻した。言葉通り、苦痛の表情は見えない。自分の眠っている間に、だいぶ回復できたようだった。
「それと、ティマにはルビアがついてる。あいつがいれば、なんとかなるさ。」
カイウスは心から、大丈夫だとロインに笑みをみせた。
赤茶の瞳はまだ開かない。ティマは、彼らと再会してからずっと眠り続けていた。その隣で思わず耳を覆いたくなるほどの絶叫が聞こえていても、その目は閉じられたままだ。
「痛い痛い痛い痛いいっ!!」
「もう、それくらい我慢しなさいよ。」
ルビアはため息を吐きながら、ベッドで上半身を起こしているラミーの左腕に包帯を巻いていた。2人とも、普段は結い上げている赤髪を下ろし、上着やマントは羽織っていない。
「もう少し優しくできないのかよ?」
「残念だけど、あたしはお医者様じゃないもの。それより、そんなに大きな声を出さないで。ティマが起きちゃうわ。」
「むしろ、いい加減起こせよ!いつまで寝かしとくつもり…げほ、げほっ!」
きつく巻かれていく包帯に涙目になるラミー。その威勢は変わらずだが、ルビアの言葉に反抗しようとした時、突然咳き込んでしまった。ルビアはその背を優しくさする。
「大丈夫?」
「あ、ああ…平気さ。」
息を整え、ラミーはもう一度ティマを見た。その目にあるのは、眠り続けている彼女への不安だった。ラミーが目覚めたのは、フェルンにたどり着いた日の日没後だった。ロインも目を覚まし、あとはティマだけ。ルビアも不安に思えど、どうすることもできなかった。どういうわけか、今のティマに癒しの術は効かなかった。外傷の処置は無事に終えた。あとは彼女次第。今のルビア達にできるのは、神に祈り、ティマが無事に目覚めるその時を待つことだけだった。
「……るび、あ…らみぃ……いるの…?」
その時、久々に聞く声が2人を呼んだ。はっと横を見ると、虚ろな赤茶色の瞳がこちらを見ていた。