第10章 異変… W
「難しいだろうな。バキラって奴は、アレウーラ王と同じで相当な力を持ってるスポットだ。一筋縄では行かないと思う。」
「そんな…」
カイウスの言葉に、ティマが思わず身を乗り出す。だが、ルビアが首を振って手がないことを改めて告げる。
「2年前、あたし達は確かにスポットと戦い、アレウーラ王を倒したわ。けど、普通のスポットならともかく、あいつは別よ。あたしとアーリアのプリセプツを合わせて、ようやく倒すことができたんだもの。」
「その、さっきから出てくるアーリアって誰だい?」
そう尋ねたのはベディー。腕を組んで、彼らに目を向けていた。
「2年前に一緒に戦った仲間さ。ジャンナの僧で、今はセンシビアって国にいるはずさ。」
カイウスが、少しだけ顔を綻ばせて答えた。雪のような白い肌に美しい金髪の優しい女性。ルビアよりもプリセプツの扱いに長けており、悲しい闇を抱えていた女性。あの戦いの後、彼女は教会の辞令で西のセンシビアという国に派遣された。そのアーリアとルビアが、とある人物から教わったふたつのプリセプツ。その力によって、戦いは彼らに有利に働いた。しかし
「ジャンナになら、南のナルス港からすぐに向かえる。けど、センシビアに行くにはそれなりに時間もかかってしまう。…これじゃ、応援は頼めそうにない。」
カイウスの言うとおり、のんびりしてる時間は恐らくないだろう。アーリアの、彼女が習得したプリセプツの助けは望めない。それはすなわち、バキラと戦うための切り札が欠けてしまったということ。ルビアが首を横に振った原因はそこにある。
「じゃあ、大人しく指くわえてみてろってのか?冗談じゃない!」
案の定、ラミーはそれくらいで引き下がりはしない。怒りで真っ赤になった顔を向けてカイウスらに聞く。それを何とかなだめようとするも、駄々をこねるように聞き分けがない。騒ぎ続けるラミーに対し、それに困ったようにため息をつく仲間達。その中で、ラミーの他に、一人苛立ちを募らせていく者がいる。
「いい加減にしやがれ!!」
ブチッと何かが切れる音がし、ダンッと拳を叩きつける音が響いた。続いて響くロインの怒声に、思わず皆が萎縮した。それまで暴れていたラミーですら大人しくなってしまう勢いだ。そんな彼女の胸倉を荒くつかみ、ロインは再び怒鳴りつけた。
「あのじじいを打ん殴りてぇのは、てめえだけじゃねぇんだよ!こっちだって、ティマが手出されて腸煮えくり返ってんだ!…ティマだけじゃねえ。母さんもガルザも、全部あいつに滅茶苦茶にされた!一人だけ喚き散らしてんじゃねえよ!!」
ロインに怒鳴られ、すっかり怯んでしまったのか、ラミーは一言も発せなくなっていた。そんな彼女を、ロインは軽く突き飛ばすようにして手放した。そのまま荒々しい足取りで、礼拝堂の奥へと消えていこうとする。
「お、おい、ロイン!?」
慌ててカイウスが声をかけた。すると
「寝る!」
短く一言言い放ち、ロインは奥の部屋へと完全に姿を消してしまった。少しして、戸を強く叩きつけるバーンという音が響き、残された5人は体をすくめた。それから呆然とするばかりで、しばらく沈黙が場を支配した。何十秒、いや、何分も経ったような感覚を覚えた頃、ボソッと沈黙を破る声がした。
「…だから、黙ってどこか行くの、治せって言ってんだろうが。」
「悪い癖かもね、ロインの。」
頭を掻きながら言うカイウスに、ルビアが同意するように続けた。
「そういえば、ロインのああいうとこ、昔からそうだったかも。」
「そうなのか?」
「そうなの?」
ティマの呟きに、思わずカイウスとルビアが同時に顔を彼女に向けて聞いた。だが、その空気を破るように、ゴホンとベディーが咳払いをして彼らの注目をひきつけた。
「…まあ、皆それぞれ思うところはあるだろう。そこで、僕は今後皆がどうしたいのか聞いておきたい。傷を癒した後、すぐに行動に移せるように。」
切り出した発言に、緊張した空気が訪れる。最初に口を開いたのは、やはりラミーだった。
「あたいはもちろん、白髪じじいをぶっ倒す!!そうでもしなきゃ、気が、収まら、ね…」
そこまで言いかけ、突然ラミーはぱたりと倒れてしまった。慌ててティマが抱き起こすと、彼女から規則正しい呼吸音が聞こえてくる。眠っていた。緊張の糸が切れ、4人はほっと息をついた。
「ったく…今日はいろいろ心臓に悪い事ばかりね。」
額に手を当てながら、ルビアはため息をついた。苦笑してカイウスたちも同意する。
「まだ回復もしきれていないし、仕方ないな。今日はもう休もう。ロインを含め、他の皆の意見はまた明日聞きたい。…ティマリア、ラミーは僕が部屋に連れて行くよ。」
ベディーはそう言って、ティマの腕の中にいるラミーを背に負った。ティマはそんな彼に、笑みを向けた。
「ありがとう、ベディーさん。それと、私は『ティマ』でいいわ。」
「けど、それが君の本当の名だし…」
「『ティマリア』なんて長いし、それに『ティマ』と呼ばれるのに慣れちゃったし、『マウディーラのお姫様』って肩書きも実感ないもん。だから前みたいに、普通の女の子の『ティマ』として見て、ね?」
その言葉に、ベディーは少し困った顔になったが、すぐに頷いた。それに満足げに笑みを向け、ティマは立ち上がった。そしてベディーと眠ってしまったラミーと共に、寝室へと向かって行った。残されたカイウスとルビアは、隣り合って椅子に座っていた。
「傷が癒えた後、か。」
カイウスがボソッと呟き、ルビアは彼の顔を覗きこむようにして見た。
「とりあえず、極力アール山には近付かないようにした方がいいよな。あのスポットに憑かれた死者がうろついてそうだし、何より危険だ。」
「スポットによって生き返った人、か…。さしずめ、“スポットゾンビ”ってところかしら?」
ルビアは嫌悪感を抱いた声で言った。カイウスはそのネーミングに小さな笑い声を短く上げ、「そりゃいいや」と呟いた。それにルビアは、笑い事じゃないとキッと睨みつけるが、カイウスはその前に笑みを消し、再び真面目な表情になっていた。
「…まさか、終わっていなかったなんてな……。」
「カイウス…?」
「今度こそ終わらせないと…。あんな悲劇は、もう、たくさんだ…。」
カイウスはそう言って、胸の辺りをぎゅっと握り締めた。隣で見つめるルビアには、彼が今はもうない形見を握り締めているようにも見えた。握り締めることで、過去を思い出すように、またはこれからを決意しているように見えた。彼女も膝の上に置いた両手を強く握り締め、「ええ」と短く声を発した。
「今度こそ、全てに決着をつけなきゃ。」
死んだ自分の両親や、カイウスの父親たちのためにも。
ルビアは声に出さなかったが、もしかすると、カイウスには伝わっていたかもしれない。彼女の言葉を聞いた後、ふっと彼の表情が僅かに軽く、しかし強いものに変わっていた。
そんな想いを知らず、夜に紛れて闇は蠢いていた。彼らを急かすように、赤い光を放ちながら…。
「そんな…」
カイウスの言葉に、ティマが思わず身を乗り出す。だが、ルビアが首を振って手がないことを改めて告げる。
「2年前、あたし達は確かにスポットと戦い、アレウーラ王を倒したわ。けど、普通のスポットならともかく、あいつは別よ。あたしとアーリアのプリセプツを合わせて、ようやく倒すことができたんだもの。」
「その、さっきから出てくるアーリアって誰だい?」
そう尋ねたのはベディー。腕を組んで、彼らに目を向けていた。
「2年前に一緒に戦った仲間さ。ジャンナの僧で、今はセンシビアって国にいるはずさ。」
カイウスが、少しだけ顔を綻ばせて答えた。雪のような白い肌に美しい金髪の優しい女性。ルビアよりもプリセプツの扱いに長けており、悲しい闇を抱えていた女性。あの戦いの後、彼女は教会の辞令で西のセンシビアという国に派遣された。そのアーリアとルビアが、とある人物から教わったふたつのプリセプツ。その力によって、戦いは彼らに有利に働いた。しかし
「ジャンナになら、南のナルス港からすぐに向かえる。けど、センシビアに行くにはそれなりに時間もかかってしまう。…これじゃ、応援は頼めそうにない。」
カイウスの言うとおり、のんびりしてる時間は恐らくないだろう。アーリアの、彼女が習得したプリセプツの助けは望めない。それはすなわち、バキラと戦うための切り札が欠けてしまったということ。ルビアが首を横に振った原因はそこにある。
「じゃあ、大人しく指くわえてみてろってのか?冗談じゃない!」
案の定、ラミーはそれくらいで引き下がりはしない。怒りで真っ赤になった顔を向けてカイウスらに聞く。それを何とかなだめようとするも、駄々をこねるように聞き分けがない。騒ぎ続けるラミーに対し、それに困ったようにため息をつく仲間達。その中で、ラミーの他に、一人苛立ちを募らせていく者がいる。
「いい加減にしやがれ!!」
ブチッと何かが切れる音がし、ダンッと拳を叩きつける音が響いた。続いて響くロインの怒声に、思わず皆が萎縮した。それまで暴れていたラミーですら大人しくなってしまう勢いだ。そんな彼女の胸倉を荒くつかみ、ロインは再び怒鳴りつけた。
「あのじじいを打ん殴りてぇのは、てめえだけじゃねぇんだよ!こっちだって、ティマが手出されて腸煮えくり返ってんだ!…ティマだけじゃねえ。母さんもガルザも、全部あいつに滅茶苦茶にされた!一人だけ喚き散らしてんじゃねえよ!!」
ロインに怒鳴られ、すっかり怯んでしまったのか、ラミーは一言も発せなくなっていた。そんな彼女を、ロインは軽く突き飛ばすようにして手放した。そのまま荒々しい足取りで、礼拝堂の奥へと消えていこうとする。
「お、おい、ロイン!?」
慌ててカイウスが声をかけた。すると
「寝る!」
短く一言言い放ち、ロインは奥の部屋へと完全に姿を消してしまった。少しして、戸を強く叩きつけるバーンという音が響き、残された5人は体をすくめた。それから呆然とするばかりで、しばらく沈黙が場を支配した。何十秒、いや、何分も経ったような感覚を覚えた頃、ボソッと沈黙を破る声がした。
「…だから、黙ってどこか行くの、治せって言ってんだろうが。」
「悪い癖かもね、ロインの。」
頭を掻きながら言うカイウスに、ルビアが同意するように続けた。
「そういえば、ロインのああいうとこ、昔からそうだったかも。」
「そうなのか?」
「そうなの?」
ティマの呟きに、思わずカイウスとルビアが同時に顔を彼女に向けて聞いた。だが、その空気を破るように、ゴホンとベディーが咳払いをして彼らの注目をひきつけた。
「…まあ、皆それぞれ思うところはあるだろう。そこで、僕は今後皆がどうしたいのか聞いておきたい。傷を癒した後、すぐに行動に移せるように。」
切り出した発言に、緊張した空気が訪れる。最初に口を開いたのは、やはりラミーだった。
「あたいはもちろん、白髪じじいをぶっ倒す!!そうでもしなきゃ、気が、収まら、ね…」
そこまで言いかけ、突然ラミーはぱたりと倒れてしまった。慌ててティマが抱き起こすと、彼女から規則正しい呼吸音が聞こえてくる。眠っていた。緊張の糸が切れ、4人はほっと息をついた。
「ったく…今日はいろいろ心臓に悪い事ばかりね。」
額に手を当てながら、ルビアはため息をついた。苦笑してカイウスたちも同意する。
「まだ回復もしきれていないし、仕方ないな。今日はもう休もう。ロインを含め、他の皆の意見はまた明日聞きたい。…ティマリア、ラミーは僕が部屋に連れて行くよ。」
ベディーはそう言って、ティマの腕の中にいるラミーを背に負った。ティマはそんな彼に、笑みを向けた。
「ありがとう、ベディーさん。それと、私は『ティマ』でいいわ。」
「けど、それが君の本当の名だし…」
「『ティマリア』なんて長いし、それに『ティマ』と呼ばれるのに慣れちゃったし、『マウディーラのお姫様』って肩書きも実感ないもん。だから前みたいに、普通の女の子の『ティマ』として見て、ね?」
その言葉に、ベディーは少し困った顔になったが、すぐに頷いた。それに満足げに笑みを向け、ティマは立ち上がった。そしてベディーと眠ってしまったラミーと共に、寝室へと向かって行った。残されたカイウスとルビアは、隣り合って椅子に座っていた。
「傷が癒えた後、か。」
カイウスがボソッと呟き、ルビアは彼の顔を覗きこむようにして見た。
「とりあえず、極力アール山には近付かないようにした方がいいよな。あのスポットに憑かれた死者がうろついてそうだし、何より危険だ。」
「スポットによって生き返った人、か…。さしずめ、“スポットゾンビ”ってところかしら?」
ルビアは嫌悪感を抱いた声で言った。カイウスはそのネーミングに小さな笑い声を短く上げ、「そりゃいいや」と呟いた。それにルビアは、笑い事じゃないとキッと睨みつけるが、カイウスはその前に笑みを消し、再び真面目な表情になっていた。
「…まさか、終わっていなかったなんてな……。」
「カイウス…?」
「今度こそ終わらせないと…。あんな悲劇は、もう、たくさんだ…。」
カイウスはそう言って、胸の辺りをぎゅっと握り締めた。隣で見つめるルビアには、彼が今はもうない形見を握り締めているようにも見えた。握り締めることで、過去を思い出すように、またはこれからを決意しているように見えた。彼女も膝の上に置いた両手を強く握り締め、「ええ」と短く声を発した。
「今度こそ、全てに決着をつけなきゃ。」
死んだ自分の両親や、カイウスの父親たちのためにも。
ルビアは声に出さなかったが、もしかすると、カイウスには伝わっていたかもしれない。彼女の言葉を聞いた後、ふっと彼の表情が僅かに軽く、しかし強いものに変わっていた。
そんな想いを知らず、夜に紛れて闇は蠢いていた。彼らを急かすように、赤い光を放ちながら…。