第10章 異変… X
昨日の騒ぎが嘘のように、次の日の教会は穏やかだった。アール山での出来事が嘘のように、ティマは元気に外で体をほぐしていた。ほとんど外傷を受けていなかった彼女は、ルビアやスカーレットと共に、仲間達の手当てや食事の準備を手伝うなど、本当に何事もなかったように行動している。今はその休憩中。真上から少し西に傾き始めた日の光を浴びながら、フェルンの村を一望する。ルビアが住んでいたというこの教会は、ちょっとした丘の上に建ち、その周りには木々が生い茂っている。小さな村では、住人が普段と変わらぬように見える生活を送り、その外に少しだけ見える景色は、緑に囲まれた平地だった。イーバオとは違った、陸地に囲まれた静かな場所。昨日の出来事がなければ、何も知らず、穏やかに休みを取っていただろう。
「ティマ、ここにいたのか。」
ふっと深呼吸を終えたのとほぼ同時に、後ろから聞きなれた声がした。振り返れば、教会の扉のそばにカイウスが立っていた。
「カイウス、どうしたの?」
「ちょっと気分転換。ロインは一緒じゃないのか?」
ティマの隣までやって来て、何気なく聞いた一言。彼女は少し俯きがちに「うん」と答えた。
「…ねえ。気のせいかな?ロイン、なんか様子がおかしい気がするの。」
「え?」
ティマがそう言うと、カイウスは首を傾げ理由を尋ねた。すると、彼女はカイウスを一瞥し、そしてロインが休んでいる部屋があるあたりに目を向けて話した。
「さっき、包帯を変えに部屋に行ったんだけど、ロインってば俯いたままで元気なくて…。私が『何かあった?』って聞いても、どこか上の空だったし、返事も曖昧なの。私、何かしたかな?」
最後の一言に、カイウスは内心ヒヤッとした。が、それも束の間のことで、ティマはロインのいつもと違った様子に不思議そうに首を傾げているだけだと気付いた。アール山での出来事を感付いて、というわけではなさそうで、ひとまず彼女にばれないようにほっと息をつく。そして、ロインの様子の変化にカイウスも怪訝な顔をした。
「それ、確かにおかしいな。まあ、愛想のある奴でもないけど…。頭でも打ったのか?」
「愛想って…。」
思わず苦笑するティマ。しかし、カイウスと考えても、らしい答えは見つからない。仕方がないので、この件は頭の片隅に留めておく事にした。
―――この時気付いたロインの変化の正体がわかるのは、もう少し先になってからだった。
「これくらいなら、もう平気そうね。」
日が暮れた頃、ティマは再びロインの部屋を訪れていた。そして、だいぶよくなった右脇腹の怪我を見て、にこりと微笑んでいる。
「ああ…。」
しかし、そんなティマとは対照的に、ロインは窓の外をボーっと見やりながら、気の抜けた声で相槌を打つだけだった。何を理由にそのような態度をとっているのか、ティマにはわからない。わからないからこそ、余計に彼のことが気になって頬を小さく膨らませている。ティマはロインの両肩を掴み、こちらに向かせた。
「ねえ、ロイン!どうしたの?何か悩んでる?そんな態度してたら、気になって仕方ないじゃない!」
「…ッ!…別に、何でもない。」
何でもない。そういう前、ロインは顔をしかめた。それは、ティマがロインの肩を掴んで強引にこちらに顔を向かせたのと同時だった。ティマは一瞬、どうして彼がそのような顔になったのかわからなかった。しかし、すぐにその理由を思い出し、慌てて手を引っ込めて頭を下げた。
「ご、ごめん。肩も怪我してたんだったよね。痛かった?」
「気にするな。大したことねぇから…。」
負傷している側の肩に手を伸ばしながらも、ロインは言葉をかけた。その声の調子がまた、怒っているでもなく、優しいものでもなく、心ここに在らずというものだった。それではティマの心配する気持ちを煽るだけだというのに、彼は気付いていない。また他人に対して心を閉ざしてしまったのだろうか?彼女の中で、僅かにそんな疑惑が浮かんでしまう。しかし、すぐにそうではないと思い直す。自分だって、差はあれども似た空気を作ってしまうことはある。今のロインは、何かを思い、考え、他が目に映らないだけなのだ。だが、その理由は何か?
「ロイン…。」
一人で背負わず、自分にも分けて欲しい。そんな思いを込めてティマはロインの名を呼んだ。その直後だった。
「きゃああああ!!」
「ひっ!た、たすけてくれえええ!!」
その時、突如外から悲鳴が上がった。それまで上の空だった様子が嘘のように、ロインはばっと振り向き、窓へと駆け寄る。すると、村の外が異常な騒ぎを起こしていた。
「どうしたの?」
「わかんねえ。けど、ただの騒ぎじゃねえだろうな、あの悲鳴は。」
ティマの問いに、ロインは外の様子を伺いながら答えた。そして身を翻すと、ベッドの横に立てかけてあった剣を手に取り、部屋を飛び出して行く。ティマもそれに続き、一度寝室へ戻って得物を持ち出すと、教会の外へと駆けていった。教会の外に出ようとすると、入れ替わるように人の波が教会に押し寄せた。慌て、混乱するフェルン村の人々だった。
「ば、化け物だぁああ!!」
誰かが悲鳴を上げた。
魔物が襲撃してきたのか?
なんとか人の波を掻き分けて、ロイン達は村の広間へと出た。そこにいたのは、すでに戦闘の態勢に入っているカイウスとルビア、そして複数の影と、影と同じ赤い瞳を持つ数人の集団だった。
「あいつら、『冥府の法』の死者とスポットじゃねぇか!」
「化け物」の正体を確認した途端、ロインの目は驚愕で見開かれる。
何故ここに?奴らの登場に、何か意味はあるのか?
考えながらも足は止めない。ロインは鞘から剣を抜き、ティマは杖を構えながらカイウスとルビアの元へと駆け寄る。
「カイウス!ルビア!」
「ロイン!ティマ!」
ロインの声に反応し、カイウスがこちらに目を向けた。だが、すぐに彼らに襲い掛かってくる集団にその目は向く。集団内の1人が、手にした棍棒を振り上げて向かってきた。
「スナイプゲイト!」
その時、カイウスと相手の間に銃弾が落ち、着弾点から亜空間を広げた。そこに飲み込まれていく数体の影と人。その攻撃主は、それまでどこにいたのか民家の屋根から飛び降り、着地を決めて4人のもとへ走ってきた。その後から、銀髪の青年が遅れてやってくる。ラミーとベディーだった。
「まさか、追っ手か?」
拳を構えながら、ベディーはカイウスたちに視線を向けた。6人は隊列を組み、スポットたちにいつでも立ち向かえるよう態勢を整える。
「考えたくないけど、スポットがここに来たってことは、あり得るな。」
カイウスはそう言って剣を強く握る。そんな彼らの顔を交互に見、ティマは口を開いた。
「追っ手?なんのために?」
「知るかよ!相手に直接聞きな!」
ラミーが叫ぶと同時に、その一体がティマ目掛けて飛び掛ってきた。それを合図に、他のスポット、スポットゾンビが一斉に飛び掛ってくる。
「魔神剣・双牙!」
相手が動き出すのと同時に、カイウスの剣からふたつの衝撃波が飛び出す。まともに食らった数体のスポットは動きを止め、その隙にカイウスは距離を一気に詰めて薙ぎ払っていく。
「カイウス、下がって!イラプション!」
ルビアの声が響き、彼らの足元が赤く光りだす。そしてカイウスがバックステップで後退したのと同時に、灼熱の炎が大地から噴出し、スポットやスポットゾンビのおぞましい悲鳴があがる。
「三散華!」
「ツインバレット!!」
スポットの黒い腕をかわし、ゾンビの持つ武器をかわし、ベディーの拳とラミーの銃撃が炸裂する。どうやら、その不気味な姿にも通常の攻撃は効くようだ。未知の相手に大袈裟すぎるほどに事を構えていたが、なるほど、と2人は表情を変え、臆することなく術技を繰り出していく。
「アイスニードル!」
ティマも相手の攻撃をかわし、得意のプリセプツをスポットへ唱えた。…だが、何も起こらない。空中に現れるはずの氷柱の姿はそこにない。驚き、目を見開くティマ。だが、ボーっとしている暇はない。敵の攻撃は容赦なく続いてくる。咄嗟に横に転げ、繰り出された敵の攻撃をかわす。そして得物を相手の胸に突き立て、反撃に出た。
「くらえ!氷舞槍!!」
先端が槍の形状をした長杖を回転させ、敵をなぎ払い、止めの突きを繰り出した。それは見事、周囲にいる多数の敵を倒すことに成功した。だが、その技に生じるはずの氷の粒子たちが現れない。ティマは再び目を見開き、杖を持つ自身の手を見つめた。その背後から、斧を振りかざすゾンビが迫ってくるが、ティマは気付かない。にやりと口元に笑みを浮かべ、一気に走ってくる。
「死ネエ!」
「こっちの台詞だ!!」
斧が振り下ろされる直前、ロインがティマとゾンビの間に割って入り、その胴を切り裂いた。断末魔の叫びを上げ、ゾンビはそのまま倒れていく。
「ク…ククク……無駄ダ!我ガ同胞ハ、オ前ラヲ逃シハシナイ…!ヒ、ヒャヒャッ……」
そんな不気味な言葉を残して、倒したスポットゾンビは黒い霧となって消えた。倒されたスポットも、同じように霧となって消えうせていった。
「終わったか?」
「ひとまず、ね。」
呼吸を落ち着け、カイウスとルビアは武器を収めながら言った。広間に残ったのは、器として利用された、すでに死人だった者の亡骸だけ。数はそこそこあったものの、相手の力が弱かったのか、戦いはすぐに終わった。物陰から、怯える人々が顔を覗かせ始める。
「ティマ、無事か?」
「うん。平気。」
ロインの問いに、ティマは明るい声で答えた。だが、その顔に心からの笑みはない。杖を固く握り締め、浮かない顔をしていた。ロインは、そんなティマの様子に気付いたようだったが、それを気にする余裕がなくなる出来事が続いて起きてしまう。
「ラミー、大丈夫か?」
ベディーがラミーに聞いた。彼女はいつものにやりとした笑みを浮かべ、ベディーを向いた。
「ああ。このくらいどうってこと…ケホッ、ゲホゲホッ!ゲホッ、ゴホッ…!」
「! ラミー、しっかりして!」
また突然の咳。しかも、以前よりも酷い。ルビアは慌ててラミーに駆け寄り、その背をさすった。しかし、どうも咳が落ち着く様子はない。そのままラミーの呼吸は速くなっていき、その意識は朦朧としていく。ロインとティマも、ラミーの急変に急いで駆け寄る。
(なんだ、ってん…だ……)
うまく呼吸ができず、徐々に意識が遠くなる。ラミーはその中で、自分の名を叫ぶ仲間達の声、そしてその姿が遠ざかっていくのを感じていた。視界がぼやけ、狭くなっていく。
「ラミー!?」
珍しい声が彼女の名を呼んだのが耳に入った。しかし、赤い瞳は光を失い、閉じられた。
「ティマ、ここにいたのか。」
ふっと深呼吸を終えたのとほぼ同時に、後ろから聞きなれた声がした。振り返れば、教会の扉のそばにカイウスが立っていた。
「カイウス、どうしたの?」
「ちょっと気分転換。ロインは一緒じゃないのか?」
ティマの隣までやって来て、何気なく聞いた一言。彼女は少し俯きがちに「うん」と答えた。
「…ねえ。気のせいかな?ロイン、なんか様子がおかしい気がするの。」
「え?」
ティマがそう言うと、カイウスは首を傾げ理由を尋ねた。すると、彼女はカイウスを一瞥し、そしてロインが休んでいる部屋があるあたりに目を向けて話した。
「さっき、包帯を変えに部屋に行ったんだけど、ロインってば俯いたままで元気なくて…。私が『何かあった?』って聞いても、どこか上の空だったし、返事も曖昧なの。私、何かしたかな?」
最後の一言に、カイウスは内心ヒヤッとした。が、それも束の間のことで、ティマはロインのいつもと違った様子に不思議そうに首を傾げているだけだと気付いた。アール山での出来事を感付いて、というわけではなさそうで、ひとまず彼女にばれないようにほっと息をつく。そして、ロインの様子の変化にカイウスも怪訝な顔をした。
「それ、確かにおかしいな。まあ、愛想のある奴でもないけど…。頭でも打ったのか?」
「愛想って…。」
思わず苦笑するティマ。しかし、カイウスと考えても、らしい答えは見つからない。仕方がないので、この件は頭の片隅に留めておく事にした。
―――この時気付いたロインの変化の正体がわかるのは、もう少し先になってからだった。
「これくらいなら、もう平気そうね。」
日が暮れた頃、ティマは再びロインの部屋を訪れていた。そして、だいぶよくなった右脇腹の怪我を見て、にこりと微笑んでいる。
「ああ…。」
しかし、そんなティマとは対照的に、ロインは窓の外をボーっと見やりながら、気の抜けた声で相槌を打つだけだった。何を理由にそのような態度をとっているのか、ティマにはわからない。わからないからこそ、余計に彼のことが気になって頬を小さく膨らませている。ティマはロインの両肩を掴み、こちらに向かせた。
「ねえ、ロイン!どうしたの?何か悩んでる?そんな態度してたら、気になって仕方ないじゃない!」
「…ッ!…別に、何でもない。」
何でもない。そういう前、ロインは顔をしかめた。それは、ティマがロインの肩を掴んで強引にこちらに顔を向かせたのと同時だった。ティマは一瞬、どうして彼がそのような顔になったのかわからなかった。しかし、すぐにその理由を思い出し、慌てて手を引っ込めて頭を下げた。
「ご、ごめん。肩も怪我してたんだったよね。痛かった?」
「気にするな。大したことねぇから…。」
負傷している側の肩に手を伸ばしながらも、ロインは言葉をかけた。その声の調子がまた、怒っているでもなく、優しいものでもなく、心ここに在らずというものだった。それではティマの心配する気持ちを煽るだけだというのに、彼は気付いていない。また他人に対して心を閉ざしてしまったのだろうか?彼女の中で、僅かにそんな疑惑が浮かんでしまう。しかし、すぐにそうではないと思い直す。自分だって、差はあれども似た空気を作ってしまうことはある。今のロインは、何かを思い、考え、他が目に映らないだけなのだ。だが、その理由は何か?
「ロイン…。」
一人で背負わず、自分にも分けて欲しい。そんな思いを込めてティマはロインの名を呼んだ。その直後だった。
「きゃああああ!!」
「ひっ!た、たすけてくれえええ!!」
その時、突如外から悲鳴が上がった。それまで上の空だった様子が嘘のように、ロインはばっと振り向き、窓へと駆け寄る。すると、村の外が異常な騒ぎを起こしていた。
「どうしたの?」
「わかんねえ。けど、ただの騒ぎじゃねえだろうな、あの悲鳴は。」
ティマの問いに、ロインは外の様子を伺いながら答えた。そして身を翻すと、ベッドの横に立てかけてあった剣を手に取り、部屋を飛び出して行く。ティマもそれに続き、一度寝室へ戻って得物を持ち出すと、教会の外へと駆けていった。教会の外に出ようとすると、入れ替わるように人の波が教会に押し寄せた。慌て、混乱するフェルン村の人々だった。
「ば、化け物だぁああ!!」
誰かが悲鳴を上げた。
魔物が襲撃してきたのか?
なんとか人の波を掻き分けて、ロイン達は村の広間へと出た。そこにいたのは、すでに戦闘の態勢に入っているカイウスとルビア、そして複数の影と、影と同じ赤い瞳を持つ数人の集団だった。
「あいつら、『冥府の法』の死者とスポットじゃねぇか!」
「化け物」の正体を確認した途端、ロインの目は驚愕で見開かれる。
何故ここに?奴らの登場に、何か意味はあるのか?
考えながらも足は止めない。ロインは鞘から剣を抜き、ティマは杖を構えながらカイウスとルビアの元へと駆け寄る。
「カイウス!ルビア!」
「ロイン!ティマ!」
ロインの声に反応し、カイウスがこちらに目を向けた。だが、すぐに彼らに襲い掛かってくる集団にその目は向く。集団内の1人が、手にした棍棒を振り上げて向かってきた。
「スナイプゲイト!」
その時、カイウスと相手の間に銃弾が落ち、着弾点から亜空間を広げた。そこに飲み込まれていく数体の影と人。その攻撃主は、それまでどこにいたのか民家の屋根から飛び降り、着地を決めて4人のもとへ走ってきた。その後から、銀髪の青年が遅れてやってくる。ラミーとベディーだった。
「まさか、追っ手か?」
拳を構えながら、ベディーはカイウスたちに視線を向けた。6人は隊列を組み、スポットたちにいつでも立ち向かえるよう態勢を整える。
「考えたくないけど、スポットがここに来たってことは、あり得るな。」
カイウスはそう言って剣を強く握る。そんな彼らの顔を交互に見、ティマは口を開いた。
「追っ手?なんのために?」
「知るかよ!相手に直接聞きな!」
ラミーが叫ぶと同時に、その一体がティマ目掛けて飛び掛ってきた。それを合図に、他のスポット、スポットゾンビが一斉に飛び掛ってくる。
「魔神剣・双牙!」
相手が動き出すのと同時に、カイウスの剣からふたつの衝撃波が飛び出す。まともに食らった数体のスポットは動きを止め、その隙にカイウスは距離を一気に詰めて薙ぎ払っていく。
「カイウス、下がって!イラプション!」
ルビアの声が響き、彼らの足元が赤く光りだす。そしてカイウスがバックステップで後退したのと同時に、灼熱の炎が大地から噴出し、スポットやスポットゾンビのおぞましい悲鳴があがる。
「三散華!」
「ツインバレット!!」
スポットの黒い腕をかわし、ゾンビの持つ武器をかわし、ベディーの拳とラミーの銃撃が炸裂する。どうやら、その不気味な姿にも通常の攻撃は効くようだ。未知の相手に大袈裟すぎるほどに事を構えていたが、なるほど、と2人は表情を変え、臆することなく術技を繰り出していく。
「アイスニードル!」
ティマも相手の攻撃をかわし、得意のプリセプツをスポットへ唱えた。…だが、何も起こらない。空中に現れるはずの氷柱の姿はそこにない。驚き、目を見開くティマ。だが、ボーっとしている暇はない。敵の攻撃は容赦なく続いてくる。咄嗟に横に転げ、繰り出された敵の攻撃をかわす。そして得物を相手の胸に突き立て、反撃に出た。
「くらえ!氷舞槍!!」
先端が槍の形状をした長杖を回転させ、敵をなぎ払い、止めの突きを繰り出した。それは見事、周囲にいる多数の敵を倒すことに成功した。だが、その技に生じるはずの氷の粒子たちが現れない。ティマは再び目を見開き、杖を持つ自身の手を見つめた。その背後から、斧を振りかざすゾンビが迫ってくるが、ティマは気付かない。にやりと口元に笑みを浮かべ、一気に走ってくる。
「死ネエ!」
「こっちの台詞だ!!」
斧が振り下ろされる直前、ロインがティマとゾンビの間に割って入り、その胴を切り裂いた。断末魔の叫びを上げ、ゾンビはそのまま倒れていく。
「ク…ククク……無駄ダ!我ガ同胞ハ、オ前ラヲ逃シハシナイ…!ヒ、ヒャヒャッ……」
そんな不気味な言葉を残して、倒したスポットゾンビは黒い霧となって消えた。倒されたスポットも、同じように霧となって消えうせていった。
「終わったか?」
「ひとまず、ね。」
呼吸を落ち着け、カイウスとルビアは武器を収めながら言った。広間に残ったのは、器として利用された、すでに死人だった者の亡骸だけ。数はそこそこあったものの、相手の力が弱かったのか、戦いはすぐに終わった。物陰から、怯える人々が顔を覗かせ始める。
「ティマ、無事か?」
「うん。平気。」
ロインの問いに、ティマは明るい声で答えた。だが、その顔に心からの笑みはない。杖を固く握り締め、浮かない顔をしていた。ロインは、そんなティマの様子に気付いたようだったが、それを気にする余裕がなくなる出来事が続いて起きてしまう。
「ラミー、大丈夫か?」
ベディーがラミーに聞いた。彼女はいつものにやりとした笑みを浮かべ、ベディーを向いた。
「ああ。このくらいどうってこと…ケホッ、ゲホゲホッ!ゲホッ、ゴホッ…!」
「! ラミー、しっかりして!」
また突然の咳。しかも、以前よりも酷い。ルビアは慌ててラミーに駆け寄り、その背をさすった。しかし、どうも咳が落ち着く様子はない。そのままラミーの呼吸は速くなっていき、その意識は朦朧としていく。ロインとティマも、ラミーの急変に急いで駆け寄る。
(なんだ、ってん…だ……)
うまく呼吸ができず、徐々に意識が遠くなる。ラミーはその中で、自分の名を叫ぶ仲間達の声、そしてその姿が遠ざかっていくのを感じていた。視界がぼやけ、狭くなっていく。
「ラミー!?」
珍しい声が彼女の名を呼んだのが耳に入った。しかし、赤い瞳は光を失い、閉じられた。