第10章 異変… Y
息が苦しい。戦っていないのに。こんなこと、今までなかった。だからこそ、彼女自身が一番驚いていた。
「ラミー!気が付いた?」
ほっと安堵の息をついた声が、すぐそばでした。ゆっくり顔をむけると、枕元でティマが微笑んでいた。
「…あたい、どうしたの?」
ラミーはゆっくり起き上がり、ティマに尋ねた。しかし、ティマは「わからない」と首を左右に振った。
「ルビアが診たけど、特に毒を受けたわけでもなかったみたいだし。」
「だろうね。あたいも、そんな感覚はないし。」
ラミーは言いながら、自身の胸に手を当てた。あの息苦しさは、今は収まっている。それにどこかでほっとし、同時に、どこかで不安を感じた。
「そういえば、他のやつらは?」
ふと思い出し、部屋の中を見回した。と、そこでまた新たに気が付く。教会で寝室として利用させてもらっていた部屋と、今休んでいる場所は違う。ある程度綺麗にされているものの、長らく誰かが住んでいた痕跡はない。そんな少しばかり埃っぽい雰囲気の漂う場所。ティマも思い出したように、部屋の周囲を見ながらその質問に答えた。
「ロインたちは、教会に戻ってるよ。ここはカイウスの家だって。教会に連れて行くより、こっちの方が近いからって、あのあとこっちに運ばれたの。」
「そうだったのか。」
ティマの言葉に、ラミーは力なく呟いた。
(…今なら、他に誰もいないな。)
ラミーは、ちらとだけティマを見ると俯いた。そして、その顔を覗き込もうとするティマに、絞るように言葉をかけた。
「その…悪かった。あたいのせいで、あんな目に合わせて…。」
「え?」
一瞬、ティマは何に対してそう言われたのか、見当がつかなかった。ラミーは気まずそうに言葉を続けた。
「だから、その…アルミネの里で、ガルザに捕まっただろ?あれは、あたいのせいだから…。」
「ああ…!」
そこまで言われて、ティマはようやく理解した。ラミーは捕らわれた父を助けるために、ガルザに情報を流し、そしてティマをガルザの手に奪われた。それは、バキラが構築した『冥府の法』を施行するために必要とされたから。そして、ティマは彼らの思惑通り利用され、生死の境を彷徨うことになった。謝って済むことではない。ラミーは覚悟していた。それでも、それを謝らずにはいられなかった。
「ラミー…」
ティマの低い声が静かに彼女を呼んだ。片腕が高く振り上げられる。ラミーは思わず目をつぶった。
「これで許してあげる。」
ポカッと軽い音。ラミーの頭上に落ちた、ティマの優しい拳骨。ラミーは目を見開き、顔を上げてティマを見た。笑っていた。嘲るような笑みではなく、仲間に向けられる無垢な笑み。その笑みを少しだけ解くと、ティマはずいとラミーに顔を近づけた。
「ラミーがそういうことになったのだって、私にも原因はあるようなものだもん。だから、あのことはこれで終わり!」
「…いいのか?」
まだ呆然としているラミーに、ティマはにこりと微笑んだ。つられて、ラミーの顔にもようやく笑顔が戻った。
「よし!そしたら、教会に行こうぜ。」
ピョンとベッドから跳ね起き、ラミーはティマの手を引っ張った。慌てて体勢を整えるティマなど気にせず、ラミーはどんどん出口へ足を進めていく。
「ちょ、ラミー!また倒れちゃわない?」
「大丈夫!なんともないって。」
元気になったラミーの声。ティマは少し戸惑ったものの、すぐにまた笑みを浮かべ、2人そろってカイウスの家を後にした。軽やかな足で、真っ暗になったフェルンの中を歩いていく。夜特有のヒヤッとした空気が流れ、静寂が村を支配する。あまりにも静かで、不気味に思うほどだ。2人は少しだけ駆け足で、明かりのともる教会の中へと入っていった。扉を開けてすぐにある礼拝堂には、4人の仲間が2人を待っていた。
「2人とも、お帰り。ラミー、体はもういいのか?」
そう真っ先に声をかけてきたのはベディーだった。その彼がなんとも複雑な表情をしていることに気付き、ティマとラミーはお互いの顔を見合わせた。
「あ、ああ。あたいはもう平気さ。」
「ベディーさん、どうかしたの?顔色が悪いみたい。」
ティマはそこまで言って、それからまた気が付いた。複雑な表情を浮かべているのは、彼だけではない。自分とラミー以外の皆が、同じような顔をしていたのだった。ベディーと少し離れたところに立つロイン達は互いの顔を見合わせ、彼女達に何かを切り出そうとしているようだった。少しばかりの不安を覚え、顔が曇っていく。
「…いきなりだけど、明日の朝、フェルンを発とう。」
そう切り出したのは、カイウスだった。
「聞いただろう?あのスポットゾンビの言葉。ここにいたら、またあいつらに村を襲われるかもしれない。」
「けど、どこに?」
ラミーが腰に手を当てて尋ねた。また連中が襲ってくる前に姿を消す、という判断には反対する理由は無い。しかし、ただ闇雲に動くわけにもいかないだろう。次の目的を持って行動する必要がある。
「一度、ジャンナに行こうと思うの。2年前の旅の仲間がそこにいるから、もしかしたら何か情報を得られるかもしれない。」
答えたのはルビアだった。アレウーラの首都ジャンナ。フェルンからは、遥か北に位置している。移動手段はふたつ。南にあるナルス港から船で向かうか、徒歩で北へ進むか、だ。ルビアの言葉が終わると、入れ替わるようにしてティマが口を開いた。
「わかった。じゃあ、港に行きましょう。その方が速く着きそうだもの。」
力強く頷くようにして言うティマ。そんな彼女に、ベディーは少し表情を曇らせた。そして、少し言い難そうに口を開いた。
「ティマ、君も来るのかい?」
「え?」
どういう意味?ティマは瞳で問いかけた。問いかけた本人は、それにすぐには答えなかった。そしてしばしの沈黙の後、再びティマへと言葉が放たれる。
「君はマウディーラの姫、それも、僕が誘拐し、消息不明となっていた人だ。僕の勝手で悪いんだけど、君をあまり危険にさらしたくない。特に今回の件は相手が悪い。できれば、マウディーラで身を潜めていて欲しいんだ。」
穏やかな口調。しかし、できればティマはマウディーラに帰って欲しいという、彼の希望をしっかり含んだ言葉だった。
「嫌です。」
しかし、少女はそれをきっぱりと断った。思わず仲間達が呆気にとられてしまうくらい、気持ちいいくらい即答だった。
「やられるだけやられて、あとは逃げるなんてしたくないです。それに…スポットの器として利用される人たちを見たくない。それを止めるために、私も力になりたいの。」
そこまで力強く言うと、ティマはいたずらっぽい笑みを向けた。
「それに、お姫様だからっていうのは、私嫌です。」
その一言に、ベディーは困ったように頭を掻き、カイウスたちは彼女らしいとでも言うように苦笑を浮かべた。
「わかった。ティマも一緒に行こう。」
カイウスが言うと、ティマは嬉しそうに満面の笑みで頷いた。
「ラミー!気が付いた?」
ほっと安堵の息をついた声が、すぐそばでした。ゆっくり顔をむけると、枕元でティマが微笑んでいた。
「…あたい、どうしたの?」
ラミーはゆっくり起き上がり、ティマに尋ねた。しかし、ティマは「わからない」と首を左右に振った。
「ルビアが診たけど、特に毒を受けたわけでもなかったみたいだし。」
「だろうね。あたいも、そんな感覚はないし。」
ラミーは言いながら、自身の胸に手を当てた。あの息苦しさは、今は収まっている。それにどこかでほっとし、同時に、どこかで不安を感じた。
「そういえば、他のやつらは?」
ふと思い出し、部屋の中を見回した。と、そこでまた新たに気が付く。教会で寝室として利用させてもらっていた部屋と、今休んでいる場所は違う。ある程度綺麗にされているものの、長らく誰かが住んでいた痕跡はない。そんな少しばかり埃っぽい雰囲気の漂う場所。ティマも思い出したように、部屋の周囲を見ながらその質問に答えた。
「ロインたちは、教会に戻ってるよ。ここはカイウスの家だって。教会に連れて行くより、こっちの方が近いからって、あのあとこっちに運ばれたの。」
「そうだったのか。」
ティマの言葉に、ラミーは力なく呟いた。
(…今なら、他に誰もいないな。)
ラミーは、ちらとだけティマを見ると俯いた。そして、その顔を覗き込もうとするティマに、絞るように言葉をかけた。
「その…悪かった。あたいのせいで、あんな目に合わせて…。」
「え?」
一瞬、ティマは何に対してそう言われたのか、見当がつかなかった。ラミーは気まずそうに言葉を続けた。
「だから、その…アルミネの里で、ガルザに捕まっただろ?あれは、あたいのせいだから…。」
「ああ…!」
そこまで言われて、ティマはようやく理解した。ラミーは捕らわれた父を助けるために、ガルザに情報を流し、そしてティマをガルザの手に奪われた。それは、バキラが構築した『冥府の法』を施行するために必要とされたから。そして、ティマは彼らの思惑通り利用され、生死の境を彷徨うことになった。謝って済むことではない。ラミーは覚悟していた。それでも、それを謝らずにはいられなかった。
「ラミー…」
ティマの低い声が静かに彼女を呼んだ。片腕が高く振り上げられる。ラミーは思わず目をつぶった。
「これで許してあげる。」
ポカッと軽い音。ラミーの頭上に落ちた、ティマの優しい拳骨。ラミーは目を見開き、顔を上げてティマを見た。笑っていた。嘲るような笑みではなく、仲間に向けられる無垢な笑み。その笑みを少しだけ解くと、ティマはずいとラミーに顔を近づけた。
「ラミーがそういうことになったのだって、私にも原因はあるようなものだもん。だから、あのことはこれで終わり!」
「…いいのか?」
まだ呆然としているラミーに、ティマはにこりと微笑んだ。つられて、ラミーの顔にもようやく笑顔が戻った。
「よし!そしたら、教会に行こうぜ。」
ピョンとベッドから跳ね起き、ラミーはティマの手を引っ張った。慌てて体勢を整えるティマなど気にせず、ラミーはどんどん出口へ足を進めていく。
「ちょ、ラミー!また倒れちゃわない?」
「大丈夫!なんともないって。」
元気になったラミーの声。ティマは少し戸惑ったものの、すぐにまた笑みを浮かべ、2人そろってカイウスの家を後にした。軽やかな足で、真っ暗になったフェルンの中を歩いていく。夜特有のヒヤッとした空気が流れ、静寂が村を支配する。あまりにも静かで、不気味に思うほどだ。2人は少しだけ駆け足で、明かりのともる教会の中へと入っていった。扉を開けてすぐにある礼拝堂には、4人の仲間が2人を待っていた。
「2人とも、お帰り。ラミー、体はもういいのか?」
そう真っ先に声をかけてきたのはベディーだった。その彼がなんとも複雑な表情をしていることに気付き、ティマとラミーはお互いの顔を見合わせた。
「あ、ああ。あたいはもう平気さ。」
「ベディーさん、どうかしたの?顔色が悪いみたい。」
ティマはそこまで言って、それからまた気が付いた。複雑な表情を浮かべているのは、彼だけではない。自分とラミー以外の皆が、同じような顔をしていたのだった。ベディーと少し離れたところに立つロイン達は互いの顔を見合わせ、彼女達に何かを切り出そうとしているようだった。少しばかりの不安を覚え、顔が曇っていく。
「…いきなりだけど、明日の朝、フェルンを発とう。」
そう切り出したのは、カイウスだった。
「聞いただろう?あのスポットゾンビの言葉。ここにいたら、またあいつらに村を襲われるかもしれない。」
「けど、どこに?」
ラミーが腰に手を当てて尋ねた。また連中が襲ってくる前に姿を消す、という判断には反対する理由は無い。しかし、ただ闇雲に動くわけにもいかないだろう。次の目的を持って行動する必要がある。
「一度、ジャンナに行こうと思うの。2年前の旅の仲間がそこにいるから、もしかしたら何か情報を得られるかもしれない。」
答えたのはルビアだった。アレウーラの首都ジャンナ。フェルンからは、遥か北に位置している。移動手段はふたつ。南にあるナルス港から船で向かうか、徒歩で北へ進むか、だ。ルビアの言葉が終わると、入れ替わるようにしてティマが口を開いた。
「わかった。じゃあ、港に行きましょう。その方が速く着きそうだもの。」
力強く頷くようにして言うティマ。そんな彼女に、ベディーは少し表情を曇らせた。そして、少し言い難そうに口を開いた。
「ティマ、君も来るのかい?」
「え?」
どういう意味?ティマは瞳で問いかけた。問いかけた本人は、それにすぐには答えなかった。そしてしばしの沈黙の後、再びティマへと言葉が放たれる。
「君はマウディーラの姫、それも、僕が誘拐し、消息不明となっていた人だ。僕の勝手で悪いんだけど、君をあまり危険にさらしたくない。特に今回の件は相手が悪い。できれば、マウディーラで身を潜めていて欲しいんだ。」
穏やかな口調。しかし、できればティマはマウディーラに帰って欲しいという、彼の希望をしっかり含んだ言葉だった。
「嫌です。」
しかし、少女はそれをきっぱりと断った。思わず仲間達が呆気にとられてしまうくらい、気持ちいいくらい即答だった。
「やられるだけやられて、あとは逃げるなんてしたくないです。それに…スポットの器として利用される人たちを見たくない。それを止めるために、私も力になりたいの。」
そこまで力強く言うと、ティマはいたずらっぽい笑みを向けた。
「それに、お姫様だからっていうのは、私嫌です。」
その一言に、ベディーは困ったように頭を掻き、カイウスたちは彼女らしいとでも言うように苦笑を浮かべた。
「わかった。ティマも一緒に行こう。」
カイウスが言うと、ティマは嬉しそうに満面の笑みで頷いた。