第10章 異変… Z
翌朝、スカーレットは教会を訪れた。その手に彼らの朝食を持って。鼻歌を歌いながら、ぎぃと鈍い音を立てる扉を開け、礼拝堂の奥にある部屋へと歩いていく。
「ルビア、おはよう…あら?」
何部屋かあるうちの一室をノックして、その中で休む人物に声をかけた。しかし、彼女の視界にその姿は映らない。とりあえず、その部屋の中へ歩いていき、そばにある机に朝食の乗ったお盆をおき、キョロキョロとあたりを見回した。ベッドは綺麗に整えられ、窓からは朝日が差し込んでいる。まるで、昨日までルビアがいたとは思えないほど静まり返っている。すると、スカーレットは何か思い当たることでもあるのか、足早にそこを去り、別の部屋の戸を開けた。そこはカイウスとロインが休んでいた部屋。思ったとおり、そこには誰もいない。だが、かわりに机の上に何かがあった。それを手に取り、じっと見つめる。
「…そっか。」
そして、ふっと笑みを浮かべ窓の外へ視線を向けた。手にしているのは一通の置手紙。カイウスからだった。
『 スカーレットへ
オレ達、もうフェルンを発つよ。
昨日、村を襲ってきた化け物がいただろう?
そいつらを倒しに行く。もう誰も傷つけさせないために。
全部終わったら、きっとまた帰って来るよ。
カイウス
P.S.
仕方ないから、あたしもついてくわ。
だから心配しないで!
ルビア 』
朝日が、フェルンとナルスの間の平原を明るく照らしていた。ナルス港まではそう遠くない。しかし、道中に魔物は存在している。彼らは、朝だろうと昼だろうと夜だろうと、関係なく人に襲い掛かる。
「邪魔だ!虎牙破斬!」
ロインの剣がオタオタを切り裂く。大して力を持たない彼らは、あっさりと倒れてあたりに転がった。ロインは面倒そうに剣をしまい、何事もなかったかのようにまた歩き出した。
「ったく、弱いくせに群がりやがって。邪魔くさいったらないぜ。」
その後ろでのんきにしているのは、頭の後ろで手を組んでいるラミーだ。こちらも面倒そうに欠伸をし、動かなくなったオタオタを蹴り転がしている。
「でも、良かったの?スカーレットさんにはいっぱいお世話になったのに、置手紙で済ませてきちゃうなんて…。」
ティマはそう言ってフェルンを振り返っている。だが、それをカイウスは笑い飛ばした。
「大丈夫。スカーレットならわかってくれるさ!」
「その自信はどこから出るのよ。」
ルビアは呆れ、ため息をつきながら言葉を溢した。その後ろを歩くベディーは、そんなやり取りを見て苦笑していた。今だって、スポットから、バキラから狙われている。それなのに、それを感じさせないのどかさがここにある。それが不思議だった。
「! ティマ、後ろ!」
その時、ルビアの声が飛び、ティマの後ろから別の魔物が飛び掛っていた。だが、ティマはそのくらいでうろたえたりしない。すぐさま杖を構え、詠唱した。
「貫け!シャドウエッジ!」
そして魔物を貫く闇の刃は…出現しなかった。驚愕で見開かれる瞳。続いて襲い掛かる相手の攻撃に、ティマは無防備だった。短い悲鳴をあげて、直にそれを受けてしまう。
「ティマ!」
その直後、顔に怒りを浮かべたロインの剣が魔物を一刀両断した。そして剣を収めることを忘れ、そのままティマのそばに寄った。
「ティマ、大丈夫か!?」
「う、うん、平気。ありがとう。」
ティマは痛みで顔をしかめていたが、かすり傷程度で済んだようだった。それを確認し、ロインはほっと息を吐いた。だが、それだけでは終わらない問題があった。
「ティマ、今魔法が…」
ルビアはファーストエイドをかけながら、彼女の顔をのぞきこんだ。他の仲間達も、一体どうしたのかと心配そうに彼女を見ている。
「…わからない。突然使えなくなって…」
ティマはそう言って、視線を地面へとそらす。原因が思い当たらず、困惑していたのだ。捕らわれている間に、ガルザたちに何かをされていたのかもしれない。だとすれば、直接彼らに聞かなければ対処方法がわからない。しかし、それはほぼ不可能なことだった。一体何故?ロイン達の表情にも焦りが表れる。だがその時、ルビアがはっと目を開いた。
「まさか、『冥府の法』を施行したせい…?」
「!? ルビア、どういう意味だ!」
『冥府の法』という単語に反応し、ロインは彼女の肩を荒々しく掴む。だが、カイウスがそれを落ち着けようとし、ロインをルビアから一度引き離した。
「あくまで仮説だけど、『冥府の法』って『生命の法』と同じ巨大プリセプツなんでしょ?だとしたら、ペイシェントみたいな媒介がないと、術者の魔力がそのままプリセプツの施行に使われてしまう。つまり…」
掴まれた肩を手で押さえながら、ルビアは低い声でそう話した。すると、ピンときたのか、ラミーが続きを紡いだ。
「大きすぎるプリセプツは、術者にとって負担になるって奴?」
オスルカ山で、ルビアがラミーに言ったことだった。ルビアは首を縦に振った。
「たぶん、眠ってたティマに治癒術が効かなかったのは、巨大なプリセプツを放った副作用のせい。そして、魔法が使えないのもそれが理由。…たぶん、今のティマは魔力が空っぽな状態か、それを使えない状態なんだわ。」
「そんな!」
ティマは視線を上げ、ルビアを見た。しかし、その可能性は十分に高い。
「じゃあ、ティマは戦えないっていうのか?」
尋ねたのはベディー。ルビアはその問いに頷きかけた。
「いいえ!そんなことない!」
しかし、それより先に、ティマ本人が力強く否定した。そして、手にしている杖に力を込めて、続けた。
「魔法が使えなくたって、私にはおばさんから教わった槍がある。ロインやカイウスみたいに前衛に立つのは難しくても、詠唱中のルビアの援護くらいになら回れるはずよ。」
「けど、ティマ…」
そんな彼女に、ロインは少し強めの口調で呼びかけた。しかし、ティマは何も言わず、ロインを見つめ返した。その瞳は、彼の言葉以上に強い意思を放っていた。ただ守られるだけは嫌。そう言っていた彼女の言葉を思い出す。
「お願い、ロイン。私は皆と一緒に戦いたい。」
ティマはしっかりとした声でロインに言った。そんな彼女と対照的に、ロインの瞳は揺らいでいる。しかし、それもわずかな間だけで、仕方ないと言うように「わかった」と一言、彼女に発したのだった。
「けど、無茶はするな。いいな?」
「ええ。」
2人の間で交わされる約束。他の4人も不安そうにしていたが、そのやりとりを見守り、そして彼女の意思を尊重した。
「仕方ねえな。あたいがティマの分も暴れてやるから、安心しな…ケホケホッ。」
冗談交じりの笑みを向けるラミー。その言葉が終わるか終わらないかの瞬間、彼女の口からまた咳が出てきた。フェルンで目覚めて以来、いっこうに治まる気配を見せないその咳に、さすがに仲間達は心配になり始める。
「ラミー。お前もその咳、大丈夫なのか?」
「たぶん…って言っても、今まで風邪なんかひかなかったし、さすがにあたいも変だとは思ってるんだよねぇ。」
カイウスの問いかけに、さすがに気になっていたのか、ラミーは頭をかきながらそう答えた。その様子を見ながら、ベディーは手を顎にあて、何か考えるように視線を落とした。
「…この調子だと、ティマだけじゃなく、ラミーも戦えなくなるかもな。」
「ルビア、おはよう…あら?」
何部屋かあるうちの一室をノックして、その中で休む人物に声をかけた。しかし、彼女の視界にその姿は映らない。とりあえず、その部屋の中へ歩いていき、そばにある机に朝食の乗ったお盆をおき、キョロキョロとあたりを見回した。ベッドは綺麗に整えられ、窓からは朝日が差し込んでいる。まるで、昨日までルビアがいたとは思えないほど静まり返っている。すると、スカーレットは何か思い当たることでもあるのか、足早にそこを去り、別の部屋の戸を開けた。そこはカイウスとロインが休んでいた部屋。思ったとおり、そこには誰もいない。だが、かわりに机の上に何かがあった。それを手に取り、じっと見つめる。
「…そっか。」
そして、ふっと笑みを浮かべ窓の外へ視線を向けた。手にしているのは一通の置手紙。カイウスからだった。
『 スカーレットへ
オレ達、もうフェルンを発つよ。
昨日、村を襲ってきた化け物がいただろう?
そいつらを倒しに行く。もう誰も傷つけさせないために。
全部終わったら、きっとまた帰って来るよ。
カイウス
P.S.
仕方ないから、あたしもついてくわ。
だから心配しないで!
ルビア 』
朝日が、フェルンとナルスの間の平原を明るく照らしていた。ナルス港まではそう遠くない。しかし、道中に魔物は存在している。彼らは、朝だろうと昼だろうと夜だろうと、関係なく人に襲い掛かる。
「邪魔だ!虎牙破斬!」
ロインの剣がオタオタを切り裂く。大して力を持たない彼らは、あっさりと倒れてあたりに転がった。ロインは面倒そうに剣をしまい、何事もなかったかのようにまた歩き出した。
「ったく、弱いくせに群がりやがって。邪魔くさいったらないぜ。」
その後ろでのんきにしているのは、頭の後ろで手を組んでいるラミーだ。こちらも面倒そうに欠伸をし、動かなくなったオタオタを蹴り転がしている。
「でも、良かったの?スカーレットさんにはいっぱいお世話になったのに、置手紙で済ませてきちゃうなんて…。」
ティマはそう言ってフェルンを振り返っている。だが、それをカイウスは笑い飛ばした。
「大丈夫。スカーレットならわかってくれるさ!」
「その自信はどこから出るのよ。」
ルビアは呆れ、ため息をつきながら言葉を溢した。その後ろを歩くベディーは、そんなやり取りを見て苦笑していた。今だって、スポットから、バキラから狙われている。それなのに、それを感じさせないのどかさがここにある。それが不思議だった。
「! ティマ、後ろ!」
その時、ルビアの声が飛び、ティマの後ろから別の魔物が飛び掛っていた。だが、ティマはそのくらいでうろたえたりしない。すぐさま杖を構え、詠唱した。
「貫け!シャドウエッジ!」
そして魔物を貫く闇の刃は…出現しなかった。驚愕で見開かれる瞳。続いて襲い掛かる相手の攻撃に、ティマは無防備だった。短い悲鳴をあげて、直にそれを受けてしまう。
「ティマ!」
その直後、顔に怒りを浮かべたロインの剣が魔物を一刀両断した。そして剣を収めることを忘れ、そのままティマのそばに寄った。
「ティマ、大丈夫か!?」
「う、うん、平気。ありがとう。」
ティマは痛みで顔をしかめていたが、かすり傷程度で済んだようだった。それを確認し、ロインはほっと息を吐いた。だが、それだけでは終わらない問題があった。
「ティマ、今魔法が…」
ルビアはファーストエイドをかけながら、彼女の顔をのぞきこんだ。他の仲間達も、一体どうしたのかと心配そうに彼女を見ている。
「…わからない。突然使えなくなって…」
ティマはそう言って、視線を地面へとそらす。原因が思い当たらず、困惑していたのだ。捕らわれている間に、ガルザたちに何かをされていたのかもしれない。だとすれば、直接彼らに聞かなければ対処方法がわからない。しかし、それはほぼ不可能なことだった。一体何故?ロイン達の表情にも焦りが表れる。だがその時、ルビアがはっと目を開いた。
「まさか、『冥府の法』を施行したせい…?」
「!? ルビア、どういう意味だ!」
『冥府の法』という単語に反応し、ロインは彼女の肩を荒々しく掴む。だが、カイウスがそれを落ち着けようとし、ロインをルビアから一度引き離した。
「あくまで仮説だけど、『冥府の法』って『生命の法』と同じ巨大プリセプツなんでしょ?だとしたら、ペイシェントみたいな媒介がないと、術者の魔力がそのままプリセプツの施行に使われてしまう。つまり…」
掴まれた肩を手で押さえながら、ルビアは低い声でそう話した。すると、ピンときたのか、ラミーが続きを紡いだ。
「大きすぎるプリセプツは、術者にとって負担になるって奴?」
オスルカ山で、ルビアがラミーに言ったことだった。ルビアは首を縦に振った。
「たぶん、眠ってたティマに治癒術が効かなかったのは、巨大なプリセプツを放った副作用のせい。そして、魔法が使えないのもそれが理由。…たぶん、今のティマは魔力が空っぽな状態か、それを使えない状態なんだわ。」
「そんな!」
ティマは視線を上げ、ルビアを見た。しかし、その可能性は十分に高い。
「じゃあ、ティマは戦えないっていうのか?」
尋ねたのはベディー。ルビアはその問いに頷きかけた。
「いいえ!そんなことない!」
しかし、それより先に、ティマ本人が力強く否定した。そして、手にしている杖に力を込めて、続けた。
「魔法が使えなくたって、私にはおばさんから教わった槍がある。ロインやカイウスみたいに前衛に立つのは難しくても、詠唱中のルビアの援護くらいになら回れるはずよ。」
「けど、ティマ…」
そんな彼女に、ロインは少し強めの口調で呼びかけた。しかし、ティマは何も言わず、ロインを見つめ返した。その瞳は、彼の言葉以上に強い意思を放っていた。ただ守られるだけは嫌。そう言っていた彼女の言葉を思い出す。
「お願い、ロイン。私は皆と一緒に戦いたい。」
ティマはしっかりとした声でロインに言った。そんな彼女と対照的に、ロインの瞳は揺らいでいる。しかし、それもわずかな間だけで、仕方ないと言うように「わかった」と一言、彼女に発したのだった。
「けど、無茶はするな。いいな?」
「ええ。」
2人の間で交わされる約束。他の4人も不安そうにしていたが、そのやりとりを見守り、そして彼女の意思を尊重した。
「仕方ねえな。あたいがティマの分も暴れてやるから、安心しな…ケホケホッ。」
冗談交じりの笑みを向けるラミー。その言葉が終わるか終わらないかの瞬間、彼女の口からまた咳が出てきた。フェルンで目覚めて以来、いっこうに治まる気配を見せないその咳に、さすがに仲間達は心配になり始める。
「ラミー。お前もその咳、大丈夫なのか?」
「たぶん…って言っても、今まで風邪なんかひかなかったし、さすがにあたいも変だとは思ってるんだよねぇ。」
カイウスの問いかけに、さすがに気になっていたのか、ラミーは頭をかきながらそう答えた。その様子を見ながら、ベディーは手を顎にあて、何か考えるように視線を落とした。
「…この調子だと、ティマだけじゃなく、ラミーも戦えなくなるかもな。」