第11章 懐かしき人と悲しき別れ T
潮風に吹かれ、穏やかな時が流れる。仮初の安らぎでも、今の彼らにとっては必要なものだった。ジャンナへ向かう船の上。広がる海に、黒い影はない。
「そういえば、あの時もそうだったよな。」
デッキから海を眺め、カイウスは呟いた。その横では、船の進路を見据えるルビアの赤髪が潮風になびいている。
「何のこと?」
ルビアはカイウスを見ることなく、なびく髪を手で押さえながら尋ねた。すると、カイウスも彼女を見ることなく、ぼんやりと地平線の彼方へと目を向けたまま口を開く。
「スポットだよ。あいつら、海上で見たことなんかなかっただろう。」
「そういえば、そうね。足場がないせいかしら?」
「たぶんな。」
スポットは、ほとんどが人型をしている。そして地を歩み、巨腕を振り下ろし、時には魔法を放って人を襲う。今まで彼らを海上で見たことはない。2年前はそうだった。そして、おそらく今回もそうだろう。だから、ナルスから船で移動している今は、こうして休んでいられる。予定より早くフェルンを発つことになってしまったが、その足りない分の休みをここでとることができそうだ。カイウスとルビアを除く他の4人は、現在船室で休んでいた。
「それにしても、ジャンナか。久しぶりね。」
「ああ。最後に行ったのは、2年前、アレウーラを発つ時だったか?」
「ええ。ルキウスやフォレストさんたち、元気だといい、け、ど…」
「? ルビア、どうし…!」
それまで朗らかな口調だったルビアの言葉が、徐々に薄れて消えた。それに違和感を覚え、カイウスはルビアの顔が向く方向を見た。そして見えた景色に、彼もまた目を見開き、言葉を失った。先にあったのは黒煙。方角は、アレウーラの首都ジャンナから。それを認識した瞬間、彼らに焦りが生じた。
「ルビア!ロイン達を起こしに行くぞ!」
「うん!」
そう言うが早いか、2人は船室へと駆けていった。…胸騒ぎがした。恐らく、船を降りて何事もなく情報収集、とはいかないだろう。
それは、華の都とはかけ離れた光景だった。町の中心部、特に、教会やジャンナの守護を務める黒騎士団の居城のあるエリアの被害が大きかった。建物も多少やれていたが、それ以上に、負傷者の数がひどかった。軽傷から重傷、民間人から僧兵や黒騎士まで、あらゆる人が傷つき怯えていた。
「一体、何が起きたんだ?」
ロイン達は、顔をしかめながらジャンナの中を歩いていく。まるで襲撃にあった後のよう。黒い鎧をまとった人たちが僧兵と協力し、けが人を次々に運んで行き、動ける者たちにテキパキと指示を与えていく。その中に、僧兵でも騎士でもない、一見民間人に思える者も一緒になって活動しているのが見えた。よほど人手が足りないのか、或いはそのような身分など関係なく動くほど、ジャンナの人々の繋がりは強いものなのだろうか。何も知らない者であればそう思っただろう。
「カイウス、あれ!トールスさんじゃない?」
「本当だ。ってことは、レイモーン評議会も動いてるんだ。」
レイモーン評議会。それは、2年前の旅の後、カイウスたちの仲間の一人が立ち上げた組織の名だった。ヒトとレイモーンの民の共存を目的に、レイモーンの民の若者を中心に構成されており、ヒトとレイモーンの民とが互いの認識を改め、理解を深めるために活動している。その活動内容ゆえ、騎士団にも教会にも属していない第三の組織だった。ルビアが呼んだトールスという人物は、その組織の一員であり、筆頭の一人でもあった。その彼が仲間と共に街中を走り回っている。よほどの事態が起きた証なのかもしれない。
「カイウス、ルビア、どうする?」
ロインが問いかけると、カイウスは少し考えた後、顔を上げて皆に言った。
「たぶん、今オレ達が出て行っても、できることはないと思う。そういうわけだ。ルビア、皆と先に教会に行っててくれ。オレはトールスさんに挨拶して、それから追いかける。」
二カッと笑顔を見せた後、そう言うが早いか、カイウスはロイン達と別れて走っていった。それをルビアが止めようと声をかけようとした時、彼はすでにそれが届かないところへと行ってしまっていた。伸ばした右手は、空を切るだけ。その姿を見守るティマたちは、どう反応すべきかわからず、しばらく黙っていた。
「もう!カイウスってば、勝手なんだから!…いいわ。皆、行きましょう。着いて来て。」
その沈黙を破ると、ルビアは腹立たしそうな声をあげ、乱暴にくるりと体の向きを変えて歩き出した。その後ろで聞こえるのは、「あ…」という仲間達の唖然とした声。そして、イラつくルビアの後ろ姿を見守る仲間達の困った表情が残された。
「そういえば、あの時もそうだったよな。」
デッキから海を眺め、カイウスは呟いた。その横では、船の進路を見据えるルビアの赤髪が潮風になびいている。
「何のこと?」
ルビアはカイウスを見ることなく、なびく髪を手で押さえながら尋ねた。すると、カイウスも彼女を見ることなく、ぼんやりと地平線の彼方へと目を向けたまま口を開く。
「スポットだよ。あいつら、海上で見たことなんかなかっただろう。」
「そういえば、そうね。足場がないせいかしら?」
「たぶんな。」
スポットは、ほとんどが人型をしている。そして地を歩み、巨腕を振り下ろし、時には魔法を放って人を襲う。今まで彼らを海上で見たことはない。2年前はそうだった。そして、おそらく今回もそうだろう。だから、ナルスから船で移動している今は、こうして休んでいられる。予定より早くフェルンを発つことになってしまったが、その足りない分の休みをここでとることができそうだ。カイウスとルビアを除く他の4人は、現在船室で休んでいた。
「それにしても、ジャンナか。久しぶりね。」
「ああ。最後に行ったのは、2年前、アレウーラを発つ時だったか?」
「ええ。ルキウスやフォレストさんたち、元気だといい、け、ど…」
「? ルビア、どうし…!」
それまで朗らかな口調だったルビアの言葉が、徐々に薄れて消えた。それに違和感を覚え、カイウスはルビアの顔が向く方向を見た。そして見えた景色に、彼もまた目を見開き、言葉を失った。先にあったのは黒煙。方角は、アレウーラの首都ジャンナから。それを認識した瞬間、彼らに焦りが生じた。
「ルビア!ロイン達を起こしに行くぞ!」
「うん!」
そう言うが早いか、2人は船室へと駆けていった。…胸騒ぎがした。恐らく、船を降りて何事もなく情報収集、とはいかないだろう。
それは、華の都とはかけ離れた光景だった。町の中心部、特に、教会やジャンナの守護を務める黒騎士団の居城のあるエリアの被害が大きかった。建物も多少やれていたが、それ以上に、負傷者の数がひどかった。軽傷から重傷、民間人から僧兵や黒騎士まで、あらゆる人が傷つき怯えていた。
「一体、何が起きたんだ?」
ロイン達は、顔をしかめながらジャンナの中を歩いていく。まるで襲撃にあった後のよう。黒い鎧をまとった人たちが僧兵と協力し、けが人を次々に運んで行き、動ける者たちにテキパキと指示を与えていく。その中に、僧兵でも騎士でもない、一見民間人に思える者も一緒になって活動しているのが見えた。よほど人手が足りないのか、或いはそのような身分など関係なく動くほど、ジャンナの人々の繋がりは強いものなのだろうか。何も知らない者であればそう思っただろう。
「カイウス、あれ!トールスさんじゃない?」
「本当だ。ってことは、レイモーン評議会も動いてるんだ。」
レイモーン評議会。それは、2年前の旅の後、カイウスたちの仲間の一人が立ち上げた組織の名だった。ヒトとレイモーンの民の共存を目的に、レイモーンの民の若者を中心に構成されており、ヒトとレイモーンの民とが互いの認識を改め、理解を深めるために活動している。その活動内容ゆえ、騎士団にも教会にも属していない第三の組織だった。ルビアが呼んだトールスという人物は、その組織の一員であり、筆頭の一人でもあった。その彼が仲間と共に街中を走り回っている。よほどの事態が起きた証なのかもしれない。
「カイウス、ルビア、どうする?」
ロインが問いかけると、カイウスは少し考えた後、顔を上げて皆に言った。
「たぶん、今オレ達が出て行っても、できることはないと思う。そういうわけだ。ルビア、皆と先に教会に行っててくれ。オレはトールスさんに挨拶して、それから追いかける。」
二カッと笑顔を見せた後、そう言うが早いか、カイウスはロイン達と別れて走っていった。それをルビアが止めようと声をかけようとした時、彼はすでにそれが届かないところへと行ってしまっていた。伸ばした右手は、空を切るだけ。その姿を見守るティマたちは、どう反応すべきかわからず、しばらく黙っていた。
「もう!カイウスってば、勝手なんだから!…いいわ。皆、行きましょう。着いて来て。」
その沈黙を破ると、ルビアは腹立たしそうな声をあげ、乱暴にくるりと体の向きを変えて歩き出した。その後ろで聞こえるのは、「あ…」という仲間達の唖然とした声。そして、イラつくルビアの後ろ姿を見守る仲間達の困った表情が残された。