第11章 懐かしき人と悲しき別れ U
綺麗で厳かな雰囲気が漂う、アレウーラの首都ジャンナの教会。しかし、そこにもところどころ破壊の痕が残り、僧兵たちが慌しく出入りしている。教会の大きな扉から礼拝堂へ続く決して広くない廊下を、ロイン達は僧兵達とすれ違いながらゆっくりと進んでいく。どこか場違いなのではないかと思わせるほど、周囲に比べて彼らは冷静だった。そのまま静かな足取りで、礼拝堂へと足を踏み入れた。そして目に入ったのは、フェルンの教会とは比べ物にならないくらい広い礼拝堂と、そして、その奥に立つ、2人の人物だった。
「あれは…!」
その姿を目にした途端、ルビアは目を大きくした。そして、顔をぱっと輝かせ、駆け足で彼らに近づいていった。
「ルキウス!それにアーリアも!」
ルビアの明るい声に、呼ばれた2人は驚いた顔をしてこちらを見た。そして、そのうちの1人の姿に、ルビアの後から歩いてきたロイン達は驚いた。
「なっ、カイウス!?」
「え?あれ?私達より先に着いて…?」
思わず声をあげたロインとティマ。それもそのはず。振り返ったのは、ルビアと同い年くらいの少年と、彼女より年上の女性だった。その少年は、身にまとうものこそ違っていたが、カイウスそっくりだったのだ。その驚きのあまり、4人は思わず足を止め、彼を凝視していた。その時。
「おーい!遅くなったな。」
「はっ?カイウス!?」
「どういうことだ?」
足を止めていた彼らの後ろから現れたのは、先程別れたカイウスだった。今度は、ラミーとベディーが困惑した声をあげる。その反応に、遅れてやってきたカイウスは、事態を飲み込めず首を傾げた。その時、戸惑う彼らの様子に気がついたのか、ルビアやそばにいる2人がこちらを見た。すると、カイウスの姿を見た少年の瞳が、ぱあっと輝いた。
「兄さん!帰ってきたんだね。」
「「「「兄さん!?」」」」
その言葉に素っ頓狂な声をあげるロイン達。そして事情を説明しろとばかりに、彼らの視線はカイウスへと集中する。カイウスは固まる4人と笑顔の3人とを交互に見て、彼らが互いに自己紹介を済ましていないことだけを理解した。
「おい、ルビア。ルキウスのこと、紹介してなかったのか?」
「あ。忘れてたわ。」
どうやら、感動の再会に気をとられ、ルビアは4人のことを頭の外に放り出してしまったらしい。それを確認すると、カイウスはため息をひとつ吐きながらロイン達の横を歩いていき、例の少年の横に立ち、振り返ると同時に口を開いた。
「こいつはルキウス。オレの双子の弟で、教皇なんだ。」
「ルキウス・ブリッジスです。よろしく。」
ルキウスと紹介された少年は、ロイン達に優しく微笑みかけ、そして一礼した。ロイン達もつられて会釈し返し、彼のことを改めてじっと見つめた。双子と言うだけあり、顔立ちはカイウスそっくりだが、雰囲気は彼と正反対に思えた。茶髪と銀髪の混じった髪をし、活発そうな印象を与えるカイウスに比べ、ルキウスは黒髪で純白のローブを身にまとい、教皇の肩書きにふさわしい落ち着いた印象を彼らに与えた。
「あれ、ブリッジス?双子の兄弟なのに、ファミリーネームは違うの?」
その時、小さな疑問に気付いたティマが、そう彼ら兄弟に問いかけた。すると、カイウスはたった今思い出したというような顔をし、そして柔らかな笑みを携えて答えた。
「ああ。オレのクオールズっていうのは、育て親のファミリーネームだからな。そうなると、ルキウスのブリッジスの方が、オレの本当のファミリーネームになるのかな?」
「え?育ての親?」
「あら、話してなかったかしら?今までカイウスが父さんと呼んでいた人は、カイウスと同じレイモーンの民だけど、血の繋がりがないの。本当のお父様はルキウスと一緒に暮らしていて、ヒトなのよ。」
首を傾げるティマに、ルビアがカイウスに代わってそう説明した。その直後、カイウスは自分の境遇を語って聞かせた。
彼ら2人の母はレイモーンの民の王族の末裔で、父はヒトだった。しかし、過去のリカンツ狩りが原因で、2人は赤子の時にそれぞれの親元で離れて暮らすことになってしまった。そして、母親はリカンツ狩りから逃れるために、カイウスを自分の近衛騎士であったラムラス・クオールズに託したのだった。そしてカイウスは、2年前まで両親のことも生き別れの弟のことも知らずに、ラムラスを実の父親だと思いながらフェルンで育ったのだ。
その話を聞き、ルキウスの存在を再認識したロイン達の様子に、カイウスは笑みを向けた。続けて、ルキウスの隣にいる女性に視線を向けた。
「そして、こっちはアーリア。前に話した、2年前に一緒に旅した仲間だ…って、アーリア!帰ってたのか?」
「ふふ。久しぶりね、カイウス。」
今更ながらのカイウスの反応に、アーリアは小さく笑い声をあげた。美しい金髪に吸い込まれそうな青い瞳の持ち主。雪のように白い肌をしており、同じ女性であるティマやラミーも、思わず見とれてしまうほどの綺麗な人だった。
「アーリア・エクバーグよ。カイウスの友達ね?よろしく。」
アーリアは2・3歩前に進み出て、ロイン達に微笑を浮かべて挨拶した。それを受け、ティマが一歩前に出て彼らに名を告げた。
「初めまして。私はティマ・コレンド。隣にいるのは、友達のロイン・エイバス。そして、こっちにいるのが…」
「ベディー・モルレイ。レイモーンの民だ。」
「そう。よろしく頼むわ。」
レイモーンの民と告げた彼に、アーリアは何の躊躇もなく手を差し出した。ベディーは一瞬驚きつつも、その手をとって握手を交わした。その不思議そうな表情をする彼に、アーリアは「どうしたの?」と尋ねる。2人の手が離れると、ベディーはその疑問を口にした。
「いや。アレウーラの民にも、レイモーンの民を受け入れる者はいるのだな、と思って。」
“ヒト”ではなく、敢えて“アレウーラの民”という言葉を選んだ彼の頭の片隅には、フェルンの人々が浮かび上がっているに違いない。それに、ジャンナはかつて「リカンツ狩り」の中心地でもあった。そのジャンナの僧である彼女が、レイモーンの民を対等に見たことに驚いたのだろう。ベディーの言葉を聞き微笑を浮かべたのは、目の前に立つアーリアだけでなく、カイウスやルビア、ルキウスも同じだった。しかし、アーリアとルキウスの笑みは、次の瞬間、驚愕へと変わるのだった。2人そろって視線を向けた先にあるのは、赤髪の少女ラミーだった。
「嘘、ロミー…?」
「まさか、そんなはずは!」
僅かながら構える2人。それを止めたのは、カイウスとルビアだった。
「ルキウス、ちょっと待てって。確かにそっくりだけど、こいつはロミーじゃない。」
「え?」
「この子はラミー・オーバック。マウディーラで出会って、一緒に旅をしてるの。」
「ロミーじゃ、ないの?」
驚きを隠せないまま、しかし、2人は静かに構えを解いた。そして改めてラミーへと視線を向け、じっと見つめる。カイウスとルビアも、最初は勘違いして彼女にケンカを売ってしまったのだ。2人が戸惑うのも無理はないだろう。そして久々に人違いされたせいか、やや不機嫌そうに2人を睨みつけるラミー。そんな彼女に、ルキウスたちは改めて言葉を交わした。
「そうか…。よろしく、ラミー。勘違いして済まない。」
「別に。前にもルビアに襲われた事あったし、気にしてないよ。」
「ちょっと、ラミー!」
ラミーの言葉にルビアが赤面し、そこでようやく、その場にいた全員に笑みが訪れた。
「それにしても、兄さん、ルビア、本当に久しぶり。2年ぶりかな?こんな時にだけど、会えて嬉しいよ。」
「そうだった!ルキウス、ジャンナで何があったんだ?それに、アーリアも。センシビアにいたんじゃなかったのか?」
笑いが一通り落ち着いた頃、少し悲しげな微笑を浮かべてルキウスが言うと、カイウスも弾かれたように真顔になった。そして他の仲間達も、ほぼ同時に笑みを消した。
「…ああ。どこから話すべきだろう。」
ルキウスは顔を伏せ、どこか悔しそうに呟いた。すると、アーリアがその肩を優しく叩き、皆に目を向けた。
「少し長い話になるわ。座って話しましょう。」
そう言って礼拝堂の長いすへと皆を促した彼女の表情は、それまで見せていた笑顔とは打って変わり悲しげで、体は僅かながら震えていた。その様子に気づいたルビアが、そっと彼女の腕に触れた。
「アーリア、大丈夫?まさか、センシビアでも何かあったの?」
そう声をかけると、アーリアの体がぴくっと反応した。それをカイウス達は見逃さなかった。ルキウスも更に辛そうな表情になり、ギリッと奥歯を鳴らした。礼拝堂に沈黙が流れる。
「ティルキスが…」
か細く震える声で、再びアーリアの口からこぼれ始めた言葉。聞き覚えのある名に、カイウスとルビアの体がこわばった。それを感じ取ったロイン達も、僅かながら緊張を覚える。そうしていると、とうとう耐え切れなくなったのか、アーリアは目を細め、両手で顔を覆った。
「…ティルキスが……あの人が、いなくなったの…!」
「あれは…!」
その姿を目にした途端、ルビアは目を大きくした。そして、顔をぱっと輝かせ、駆け足で彼らに近づいていった。
「ルキウス!それにアーリアも!」
ルビアの明るい声に、呼ばれた2人は驚いた顔をしてこちらを見た。そして、そのうちの1人の姿に、ルビアの後から歩いてきたロイン達は驚いた。
「なっ、カイウス!?」
「え?あれ?私達より先に着いて…?」
思わず声をあげたロインとティマ。それもそのはず。振り返ったのは、ルビアと同い年くらいの少年と、彼女より年上の女性だった。その少年は、身にまとうものこそ違っていたが、カイウスそっくりだったのだ。その驚きのあまり、4人は思わず足を止め、彼を凝視していた。その時。
「おーい!遅くなったな。」
「はっ?カイウス!?」
「どういうことだ?」
足を止めていた彼らの後ろから現れたのは、先程別れたカイウスだった。今度は、ラミーとベディーが困惑した声をあげる。その反応に、遅れてやってきたカイウスは、事態を飲み込めず首を傾げた。その時、戸惑う彼らの様子に気がついたのか、ルビアやそばにいる2人がこちらを見た。すると、カイウスの姿を見た少年の瞳が、ぱあっと輝いた。
「兄さん!帰ってきたんだね。」
「「「「兄さん!?」」」」
その言葉に素っ頓狂な声をあげるロイン達。そして事情を説明しろとばかりに、彼らの視線はカイウスへと集中する。カイウスは固まる4人と笑顔の3人とを交互に見て、彼らが互いに自己紹介を済ましていないことだけを理解した。
「おい、ルビア。ルキウスのこと、紹介してなかったのか?」
「あ。忘れてたわ。」
どうやら、感動の再会に気をとられ、ルビアは4人のことを頭の外に放り出してしまったらしい。それを確認すると、カイウスはため息をひとつ吐きながらロイン達の横を歩いていき、例の少年の横に立ち、振り返ると同時に口を開いた。
「こいつはルキウス。オレの双子の弟で、教皇なんだ。」
「ルキウス・ブリッジスです。よろしく。」
ルキウスと紹介された少年は、ロイン達に優しく微笑みかけ、そして一礼した。ロイン達もつられて会釈し返し、彼のことを改めてじっと見つめた。双子と言うだけあり、顔立ちはカイウスそっくりだが、雰囲気は彼と正反対に思えた。茶髪と銀髪の混じった髪をし、活発そうな印象を与えるカイウスに比べ、ルキウスは黒髪で純白のローブを身にまとい、教皇の肩書きにふさわしい落ち着いた印象を彼らに与えた。
「あれ、ブリッジス?双子の兄弟なのに、ファミリーネームは違うの?」
その時、小さな疑問に気付いたティマが、そう彼ら兄弟に問いかけた。すると、カイウスはたった今思い出したというような顔をし、そして柔らかな笑みを携えて答えた。
「ああ。オレのクオールズっていうのは、育て親のファミリーネームだからな。そうなると、ルキウスのブリッジスの方が、オレの本当のファミリーネームになるのかな?」
「え?育ての親?」
「あら、話してなかったかしら?今までカイウスが父さんと呼んでいた人は、カイウスと同じレイモーンの民だけど、血の繋がりがないの。本当のお父様はルキウスと一緒に暮らしていて、ヒトなのよ。」
首を傾げるティマに、ルビアがカイウスに代わってそう説明した。その直後、カイウスは自分の境遇を語って聞かせた。
彼ら2人の母はレイモーンの民の王族の末裔で、父はヒトだった。しかし、過去のリカンツ狩りが原因で、2人は赤子の時にそれぞれの親元で離れて暮らすことになってしまった。そして、母親はリカンツ狩りから逃れるために、カイウスを自分の近衛騎士であったラムラス・クオールズに託したのだった。そしてカイウスは、2年前まで両親のことも生き別れの弟のことも知らずに、ラムラスを実の父親だと思いながらフェルンで育ったのだ。
その話を聞き、ルキウスの存在を再認識したロイン達の様子に、カイウスは笑みを向けた。続けて、ルキウスの隣にいる女性に視線を向けた。
「そして、こっちはアーリア。前に話した、2年前に一緒に旅した仲間だ…って、アーリア!帰ってたのか?」
「ふふ。久しぶりね、カイウス。」
今更ながらのカイウスの反応に、アーリアは小さく笑い声をあげた。美しい金髪に吸い込まれそうな青い瞳の持ち主。雪のように白い肌をしており、同じ女性であるティマやラミーも、思わず見とれてしまうほどの綺麗な人だった。
「アーリア・エクバーグよ。カイウスの友達ね?よろしく。」
アーリアは2・3歩前に進み出て、ロイン達に微笑を浮かべて挨拶した。それを受け、ティマが一歩前に出て彼らに名を告げた。
「初めまして。私はティマ・コレンド。隣にいるのは、友達のロイン・エイバス。そして、こっちにいるのが…」
「ベディー・モルレイ。レイモーンの民だ。」
「そう。よろしく頼むわ。」
レイモーンの民と告げた彼に、アーリアは何の躊躇もなく手を差し出した。ベディーは一瞬驚きつつも、その手をとって握手を交わした。その不思議そうな表情をする彼に、アーリアは「どうしたの?」と尋ねる。2人の手が離れると、ベディーはその疑問を口にした。
「いや。アレウーラの民にも、レイモーンの民を受け入れる者はいるのだな、と思って。」
“ヒト”ではなく、敢えて“アレウーラの民”という言葉を選んだ彼の頭の片隅には、フェルンの人々が浮かび上がっているに違いない。それに、ジャンナはかつて「リカンツ狩り」の中心地でもあった。そのジャンナの僧である彼女が、レイモーンの民を対等に見たことに驚いたのだろう。ベディーの言葉を聞き微笑を浮かべたのは、目の前に立つアーリアだけでなく、カイウスやルビア、ルキウスも同じだった。しかし、アーリアとルキウスの笑みは、次の瞬間、驚愕へと変わるのだった。2人そろって視線を向けた先にあるのは、赤髪の少女ラミーだった。
「嘘、ロミー…?」
「まさか、そんなはずは!」
僅かながら構える2人。それを止めたのは、カイウスとルビアだった。
「ルキウス、ちょっと待てって。確かにそっくりだけど、こいつはロミーじゃない。」
「え?」
「この子はラミー・オーバック。マウディーラで出会って、一緒に旅をしてるの。」
「ロミーじゃ、ないの?」
驚きを隠せないまま、しかし、2人は静かに構えを解いた。そして改めてラミーへと視線を向け、じっと見つめる。カイウスとルビアも、最初は勘違いして彼女にケンカを売ってしまったのだ。2人が戸惑うのも無理はないだろう。そして久々に人違いされたせいか、やや不機嫌そうに2人を睨みつけるラミー。そんな彼女に、ルキウスたちは改めて言葉を交わした。
「そうか…。よろしく、ラミー。勘違いして済まない。」
「別に。前にもルビアに襲われた事あったし、気にしてないよ。」
「ちょっと、ラミー!」
ラミーの言葉にルビアが赤面し、そこでようやく、その場にいた全員に笑みが訪れた。
「それにしても、兄さん、ルビア、本当に久しぶり。2年ぶりかな?こんな時にだけど、会えて嬉しいよ。」
「そうだった!ルキウス、ジャンナで何があったんだ?それに、アーリアも。センシビアにいたんじゃなかったのか?」
笑いが一通り落ち着いた頃、少し悲しげな微笑を浮かべてルキウスが言うと、カイウスも弾かれたように真顔になった。そして他の仲間達も、ほぼ同時に笑みを消した。
「…ああ。どこから話すべきだろう。」
ルキウスは顔を伏せ、どこか悔しそうに呟いた。すると、アーリアがその肩を優しく叩き、皆に目を向けた。
「少し長い話になるわ。座って話しましょう。」
そう言って礼拝堂の長いすへと皆を促した彼女の表情は、それまで見せていた笑顔とは打って変わり悲しげで、体は僅かながら震えていた。その様子に気づいたルビアが、そっと彼女の腕に触れた。
「アーリア、大丈夫?まさか、センシビアでも何かあったの?」
そう声をかけると、アーリアの体がぴくっと反応した。それをカイウス達は見逃さなかった。ルキウスも更に辛そうな表情になり、ギリッと奥歯を鳴らした。礼拝堂に沈黙が流れる。
「ティルキスが…」
か細く震える声で、再びアーリアの口からこぼれ始めた言葉。聞き覚えのある名に、カイウスとルビアの体がこわばった。それを感じ取ったロイン達も、僅かながら緊張を覚える。そうしていると、とうとう耐え切れなくなったのか、アーリアは目を細め、両手で顔を覆った。
「…ティルキスが……あの人が、いなくなったの…!」