第11章 懐かしき人と悲しき別れ V
それは、今から数日前のことだった。場所は、アレウーラから西にある小国センシビア。
「アーリア!」
「ティルキス、こっちよ!」
慌しく駆ける足音。その主は背に大剣を背負い、自分を呼ぶ人のもとへと向かっていく。そしてアーリアの横に並んだティルキスの目に入ったのは、昔殲滅させたはずの魔物たち、そして禍々しいオーラを放つ人の集団だった。
「スポットだと!?それに何だ、あいつらは?」
嫌悪感を露わにし、口の前に手の甲を持ってきて塞ぐ。その後ろで、武装した大群がティルキスのもとに跪き、彼に指示を求めていた。事の始まりは、センシビアの一部で急激に気温が低下し、同じ頃、小さな村が正体不明の大群に襲撃されたという報せが届いたことだった。ティルキスとアーリアは、現地の調査及びに村を襲った集団の捕縛または撃退を命ぜられ、この場所にやって来ていた。そしてそこで見かけたのは、彼らにとって思ってもみなかった相手だった。
「行くぞ、皆!スポットを掃討する!人間の方はできるだけ拘束するんだ!」
詮索は後回し。ティルキスはそう決め、剣を引き抜き、先陣を切って走り出した。それに続き、仲間達は雄叫びを上げてスポットへと向かっていく。スポットの方も、やってくる集団に気付いて赤い眼を細めた。巨大ななりをしたものは前へ、小さいものは後方で魔法陣を描き、赤目の人間達は武器を持って対抗してくる。
「ヘラクレスブロウ!」
そんな相手を前にしても、ティルキスは動揺しない。力強く剣を振るい、道を切り開いていく。スポットの悲鳴があがり、その剣で裂かれた人間からはどす黒い液体が噴出す。人が流す血にしては、やけに汚い色をしていた。それにわずかに違和感を覚えながらも、彼の瞳は次の敵を映し出し、気持ちをすばやく切り替えて行く。そんな王子に倣い、討伐隊は彼が切り開いた道から次々となだれ込んできた。だが、そんな彼らの頭上に突如巨大な隕石がいくつも発生し、そのまま落下してくるではないか。それは、後方でプリセプツを唱えていたスポットたちの仕業。多くの者は目の前の敵に気をとられて気付かないか、気付いたところで混戦しあっているこの状況で逃げることは叶わない。
「ブラックホール!続いていくわよ!サンダーソード!」
その時、アーリアの声が響き、岩と戦場の間に巨大な闇の穴が出現した。ブラックホールはティルキス達の上に落ちるはずだった隕石を全て呑み込み、まるで何事もなかったように消えていった。続けて、その隕石たちをお見舞いしてくれたスポットの集団目掛け、雷の剣が舞い降りる。醜い悲鳴を響かせ、スポットたちは次々に黒い霧と化して消えていった。
「助かった、アーリア!」
「! ティルキス、後ろ!」
彼女の援護に感謝の言葉を投げかけたのと、そんな彼に警告が飛んだのはほぼ同時だった。ほんのわずか、ティルキスが隙を見せた一瞬、彼の背に焼けつくような痛みがはしった。「ぐあっ!」と苦痛の声をあげ、首を背後へと回すと、赤目の男が持っていた鎌を振りおろし、自身の鮮血が舞っているのが目に入った。
「くそ!」
チッと舌を打ち、振りかえりざま剣を横に振るった。しかし相手は後ろへ飛びのき、ティルキスの攻撃はかわされてしまう。敵はそれを見てにやりと笑みを浮かべ、後退させた足を再び前へ進めた。
「モラッタア!」
命を狩ろうと悪魔が迫る。体勢を崩していたティルキスは、一度はなんとかその攻撃を受け流したものの、すぐに背の傷が悲鳴を上げてしまう。顔をしかめた瞬間、敵の二撃目が彼に襲いかかった。その刃が高くから振り下ろされようとした時、キンと高い音が響いた。アーリアがはっと息を呑む。
「ティルキス様!ご無事ですか?」
「ここは任せて、お下がりください!」
傷ついたティルキスのもとに集ったのは、彼の異変に気付いた数名の仲間たちだった。一人は彼の盾となり剣を構え、また一人は彼の代わりに剣を振るい立ち向かう。加勢に後れをとった相手は一瞬の驚きとともに隙を生んでしまい、そこを容赦なく斬りかかられた。醜い絶叫とともに、どす黒い血が宙を舞う。斬りつけた彼は顔についた返り血を乱暴に拭い取ると、ティルキスのもとに急ぎ戻り、跪いた。
「ティルキス様、大丈夫ですか?」
「ああ。助かったよ。ありがとう。」
ティルキスはそう言って笑みを向けるが、それは傷の痛みのせいだろうか、どこかぎこちないものとなっていた。出血は思ったよりないようだが、痛みを堪えたまま戦闘を続けるのは難しい。それを理解したのだろう、膝をついたままなかなか立ち上がらない彼に向って、仲間たちは声をかけた。
「ティルキス様、あとは我々にお任せを。」
「アーリアさんに診てもらいましょう!自分たちが傍でお守りしますから、さあ。」
「よし!みんな、行くぞ!化け物どもをさっさと片付けるんだ!」
仲間達は雄叫びと共に士気を上げると、再び戦闘へ舞い戻っていった。ティルキスのもとに3人だけが残り、彼を支える者、近づく敵を薙ぎ払う者に分かれて、アーリアのもとへとティルキスを運んで行く。一方のアーリアも彼らのもとへと駆け寄って来て、双方は早く合流することが出来た。
「癒しの力、ファーストエイド!」
アーリアの傍に辿り着いた途端、再びうめき声をあげて膝をついたティルキス。そんな彼に、アーリアは目線を合わせるようにその場にしゃがんで手早く治癒術を施した。杖から放たれる優しい光は、彼の背に大きく出来た傷を徐々に癒していく。同時に痛みが和らいでいき、ティルキスの表情から若干の余裕が現れ始めた。
「ティルキス、大丈夫?」
心配そうな顔でアーリアが聞くと、ティルキスは口元をわずかに緩め、彼女に微笑みかけた。しかし、すぐにその表情を打ち消し、戦いの中へ目を向ける。
「おかげでなんとかな。それより、あいつらは何者だ?ただの人じゃなさそうだ。」
ティルキスがそう言うと、アーリアは同意をこめて頷いた。そして立ち上がると、目を閉じて例の謎の人間へと神経を集中させる。
「インスペクトマジック!」
小さい声で短い詠唱を済ませ、目を開くと同時に杖の先を相手に向けた。そこから放たれる鋭い光。それは例の相手へと真っすぐあたり、その体を淡く輝かせる。相手に変化はない。しかし、その光は術者の目に、それまでと異なるあるものを見せてくれる。アーリアは神経を研ぎ澄ませ、その光から何かを読み取るように見つめ、その数秒もしないうちに、はっと目を見開き、声をあげた。
「ティルキス!彼らはスポットに憑かれてるわ。しかも、すでに死んでいる人間よ。」
「なんだって!?」
敵の情報を読み取るプリセプツ『インスペクトマジック』。そこから得たのは、彼らの想像の外にあった事実だった。スポットが憑いた対象が死者ということ。それは2年前の出来事とは異なっており、彼らに一つの不安を抱かせる。
―――『生命の法』の復活
それはあり得ないと思っていたこと。だが、センシビアのスポットは全滅させたはずだった。しかし、今彼らの目の前にいるそれは、紛れもなく『生命の法』が遺したと思われるスポットだった。しかも、それに何らかの手を加えた者がいる可能性がある。それまで生者に憑くことしかなかった奴らが、死者に取り憑いているという目の前の事実がその証だ。
「そういうことなら…」
呟くように言葉を放ち、ティルキスは怖い表情をして静かに立ち上がった。剣を握りしめる手に力が込められる。
「グアアアッ!!」
「前言撤回だ。全員全力で敵を討て!」
胴を半分に斬られたスポットゾンビの悲鳴と共に、響き渡るティルキスの声。背の傷の痛みはまだ癒えきっていない。しかし、彼はその状態で再び戦闘へと戻って行ってしまった。その身を案じるアーリアを置き去りにし、そして彼についてきた仲間達も武器を手に取りなおして走っていく。術者であるアーリアは、迂闊にその前線へ向かうことは叶わない。戦いが全て終わるまで、杖を固く握りしめるしかなかった。
「アーリア!」
「ティルキス、こっちよ!」
慌しく駆ける足音。その主は背に大剣を背負い、自分を呼ぶ人のもとへと向かっていく。そしてアーリアの横に並んだティルキスの目に入ったのは、昔殲滅させたはずの魔物たち、そして禍々しいオーラを放つ人の集団だった。
「スポットだと!?それに何だ、あいつらは?」
嫌悪感を露わにし、口の前に手の甲を持ってきて塞ぐ。その後ろで、武装した大群がティルキスのもとに跪き、彼に指示を求めていた。事の始まりは、センシビアの一部で急激に気温が低下し、同じ頃、小さな村が正体不明の大群に襲撃されたという報せが届いたことだった。ティルキスとアーリアは、現地の調査及びに村を襲った集団の捕縛または撃退を命ぜられ、この場所にやって来ていた。そしてそこで見かけたのは、彼らにとって思ってもみなかった相手だった。
「行くぞ、皆!スポットを掃討する!人間の方はできるだけ拘束するんだ!」
詮索は後回し。ティルキスはそう決め、剣を引き抜き、先陣を切って走り出した。それに続き、仲間達は雄叫びを上げてスポットへと向かっていく。スポットの方も、やってくる集団に気付いて赤い眼を細めた。巨大ななりをしたものは前へ、小さいものは後方で魔法陣を描き、赤目の人間達は武器を持って対抗してくる。
「ヘラクレスブロウ!」
そんな相手を前にしても、ティルキスは動揺しない。力強く剣を振るい、道を切り開いていく。スポットの悲鳴があがり、その剣で裂かれた人間からはどす黒い液体が噴出す。人が流す血にしては、やけに汚い色をしていた。それにわずかに違和感を覚えながらも、彼の瞳は次の敵を映し出し、気持ちをすばやく切り替えて行く。そんな王子に倣い、討伐隊は彼が切り開いた道から次々となだれ込んできた。だが、そんな彼らの頭上に突如巨大な隕石がいくつも発生し、そのまま落下してくるではないか。それは、後方でプリセプツを唱えていたスポットたちの仕業。多くの者は目の前の敵に気をとられて気付かないか、気付いたところで混戦しあっているこの状況で逃げることは叶わない。
「ブラックホール!続いていくわよ!サンダーソード!」
その時、アーリアの声が響き、岩と戦場の間に巨大な闇の穴が出現した。ブラックホールはティルキス達の上に落ちるはずだった隕石を全て呑み込み、まるで何事もなかったように消えていった。続けて、その隕石たちをお見舞いしてくれたスポットの集団目掛け、雷の剣が舞い降りる。醜い悲鳴を響かせ、スポットたちは次々に黒い霧と化して消えていった。
「助かった、アーリア!」
「! ティルキス、後ろ!」
彼女の援護に感謝の言葉を投げかけたのと、そんな彼に警告が飛んだのはほぼ同時だった。ほんのわずか、ティルキスが隙を見せた一瞬、彼の背に焼けつくような痛みがはしった。「ぐあっ!」と苦痛の声をあげ、首を背後へと回すと、赤目の男が持っていた鎌を振りおろし、自身の鮮血が舞っているのが目に入った。
「くそ!」
チッと舌を打ち、振りかえりざま剣を横に振るった。しかし相手は後ろへ飛びのき、ティルキスの攻撃はかわされてしまう。敵はそれを見てにやりと笑みを浮かべ、後退させた足を再び前へ進めた。
「モラッタア!」
命を狩ろうと悪魔が迫る。体勢を崩していたティルキスは、一度はなんとかその攻撃を受け流したものの、すぐに背の傷が悲鳴を上げてしまう。顔をしかめた瞬間、敵の二撃目が彼に襲いかかった。その刃が高くから振り下ろされようとした時、キンと高い音が響いた。アーリアがはっと息を呑む。
「ティルキス様!ご無事ですか?」
「ここは任せて、お下がりください!」
傷ついたティルキスのもとに集ったのは、彼の異変に気付いた数名の仲間たちだった。一人は彼の盾となり剣を構え、また一人は彼の代わりに剣を振るい立ち向かう。加勢に後れをとった相手は一瞬の驚きとともに隙を生んでしまい、そこを容赦なく斬りかかられた。醜い絶叫とともに、どす黒い血が宙を舞う。斬りつけた彼は顔についた返り血を乱暴に拭い取ると、ティルキスのもとに急ぎ戻り、跪いた。
「ティルキス様、大丈夫ですか?」
「ああ。助かったよ。ありがとう。」
ティルキスはそう言って笑みを向けるが、それは傷の痛みのせいだろうか、どこかぎこちないものとなっていた。出血は思ったよりないようだが、痛みを堪えたまま戦闘を続けるのは難しい。それを理解したのだろう、膝をついたままなかなか立ち上がらない彼に向って、仲間たちは声をかけた。
「ティルキス様、あとは我々にお任せを。」
「アーリアさんに診てもらいましょう!自分たちが傍でお守りしますから、さあ。」
「よし!みんな、行くぞ!化け物どもをさっさと片付けるんだ!」
仲間達は雄叫びと共に士気を上げると、再び戦闘へ舞い戻っていった。ティルキスのもとに3人だけが残り、彼を支える者、近づく敵を薙ぎ払う者に分かれて、アーリアのもとへとティルキスを運んで行く。一方のアーリアも彼らのもとへと駆け寄って来て、双方は早く合流することが出来た。
「癒しの力、ファーストエイド!」
アーリアの傍に辿り着いた途端、再びうめき声をあげて膝をついたティルキス。そんな彼に、アーリアは目線を合わせるようにその場にしゃがんで手早く治癒術を施した。杖から放たれる優しい光は、彼の背に大きく出来た傷を徐々に癒していく。同時に痛みが和らいでいき、ティルキスの表情から若干の余裕が現れ始めた。
「ティルキス、大丈夫?」
心配そうな顔でアーリアが聞くと、ティルキスは口元をわずかに緩め、彼女に微笑みかけた。しかし、すぐにその表情を打ち消し、戦いの中へ目を向ける。
「おかげでなんとかな。それより、あいつらは何者だ?ただの人じゃなさそうだ。」
ティルキスがそう言うと、アーリアは同意をこめて頷いた。そして立ち上がると、目を閉じて例の謎の人間へと神経を集中させる。
「インスペクトマジック!」
小さい声で短い詠唱を済ませ、目を開くと同時に杖の先を相手に向けた。そこから放たれる鋭い光。それは例の相手へと真っすぐあたり、その体を淡く輝かせる。相手に変化はない。しかし、その光は術者の目に、それまでと異なるあるものを見せてくれる。アーリアは神経を研ぎ澄ませ、その光から何かを読み取るように見つめ、その数秒もしないうちに、はっと目を見開き、声をあげた。
「ティルキス!彼らはスポットに憑かれてるわ。しかも、すでに死んでいる人間よ。」
「なんだって!?」
敵の情報を読み取るプリセプツ『インスペクトマジック』。そこから得たのは、彼らの想像の外にあった事実だった。スポットが憑いた対象が死者ということ。それは2年前の出来事とは異なっており、彼らに一つの不安を抱かせる。
―――『生命の法』の復活
それはあり得ないと思っていたこと。だが、センシビアのスポットは全滅させたはずだった。しかし、今彼らの目の前にいるそれは、紛れもなく『生命の法』が遺したと思われるスポットだった。しかも、それに何らかの手を加えた者がいる可能性がある。それまで生者に憑くことしかなかった奴らが、死者に取り憑いているという目の前の事実がその証だ。
「そういうことなら…」
呟くように言葉を放ち、ティルキスは怖い表情をして静かに立ち上がった。剣を握りしめる手に力が込められる。
「グアアアッ!!」
「前言撤回だ。全員全力で敵を討て!」
胴を半分に斬られたスポットゾンビの悲鳴と共に、響き渡るティルキスの声。背の傷の痛みはまだ癒えきっていない。しかし、彼はその状態で再び戦闘へと戻って行ってしまった。その身を案じるアーリアを置き去りにし、そして彼についてきた仲間達も武器を手に取りなおして走っていく。術者であるアーリアは、迂闊にその前線へ向かうことは叶わない。戦いが全て終わるまで、杖を固く握りしめるしかなかった。