第11章 懐かしき人と悲しき別れ Z
「そう…。ラミーというのね、貴女は。」
ロイン達はロミーの母親の家に招待され、そして言い難くそうに事実を告げた。彼女は初め悲しそうな表情になったものの、すぐに人違いしてしまったことをラミーに謝った。座り心地の良いソファに腰掛け、出された紅茶を口にしながらティマが口を開いた。
「あの、お母様。ロミーに妹は?」
「いいえ。私が生んだ子はあの子だけです。」
女性はそう言って、首を横に振った。だが、すぐにこう付け加えた。
「…あの人が生きていれば、話は別ですが。」
ぼそっという小さな声だったが、ロインたちの耳には届いた。
「あの人?誰だ、それ?」
女性の顔を覗き込みながら、ラミーが真っ先に尋ねた。だが、女性はラミーと目を合わせようとせず、俯いてしまった。今はもういなくなってしまった、自分の娘に瓜二つのラミーから逃げるように。ラミーもその様子に気付き、気まずそうに顔を引っ込めた。
「あ…。ごめん、なさい。」
「いえ、こちらこそ…。…可笑しいわよね。もう2年経つのに、まだ立ち直れないなんて。」
「ううん。わかるよ、その気持ち。…あたいは、こいつらがいたから、しなきゃいけない事があったから、悲しんでる場合じゃなかったからね。」
ラミーはそう言って、ロイン達を見回した。まともな遺体すら戻ってこなかったヴァニアスを悼む暇もなく、彼女は自らもその再来に手を差し伸べてしまった災厄に向かい続けたことを考えていた。
『「ただでやられるラミー・オーバック様じゃねぇ」んだろ?セビアで出会った頃の勢いはどこに行きやがった?てめぇは、やられるだけやられて終わるような奴だったのかよ?』
『あのじじいを打ん殴りてぇのは、てめえだけじゃねぇんだよ!こっちだって、ティマが手出されて腸煮えくり返ってんだ!…ティマだけじゃねえ。母さんもガルザも、全部あいつに滅茶苦茶にされた!一人だけ喚き散らしてんじゃねえよ!!』
『よっし!あたいをコケにしたこと、ぜってぇ後悔させてやるぜ!』
そしていつしか、ラミーは悲しみそのものと立ち向かう力を手にしていた。一人では手に入らなかった、仲間がいたから手に入った力だ。
「! あの、ロミーの父親は?」
その時、ラミーは気がついた。一人で住むには不釣り合いな広さを持つ家。その家の中に、この場にいる5人以外の気配はまるでない。そう。彼女以外、娘の暮らしていた痕跡は未だあれど、それ以上の人が暮らしている形跡はなかった。
「…まだロミーが赤ん坊の頃、仕事に行ったきり、二度と帰ってきませんでした。」
寂しげに告げられた事実。ロイン達は再び、彼女の発言に衝撃を受けることとなった。と、同時に4人はあることに気付いた。血縁者であれば納得のいく、瓜二つな二人の少女の存在。その可能性を繋げるカードが、まだ表をみせていない。彼らは顔を見合わせ、わずかに首を振ってコンタクトをとった。
「あの、旦那さんの職業は?魔物退治などをされていたりはしませんか?」
そして真っ先に口を開いたのはベディーだった。彼女は突然の問いかけに少し戸惑いを見せながらも、顔をあげて答えた。
「え、ええ。確か、傭兵やその手の仕事を請け負っていました。」
「失踪時期は?」
「えっと…あの子が生まれて本当に間もなかったので、だいたい17年前かと。」
「その人の特徴は?髪や瞳の色、身体に傷は?」
「髪と目は紅色です。傷は…身体に残るようなものはあちこちにありましたけど、どれも小さなもので…。」
「…名前は?」
それまで勢いよく質問攻めていたベディーが、ごくりと唾を呑み、核心に迫った。一方の彼女は、何故そのような事を聞いてくるのか未だわからずにいるようで、キョトンとした顔のまま、やや呆けた声で答えた。
「ヴァニアス、ですが…?」
繋がった。彼女の答えを聞いた瞬間、ロイン達の中で同一の答えが脳裏をかけた。ラミーとロミーがそっくりな理由。それは単なる偶然ではなかった。
「ラミー…」
「ん…。あたいは、平気…。」
当事者が事実を知り、ショックを受けないとは思えない。それとなくティマが様子を見ると、やはりラミーは半ば放心状態でそこに座っていた。気遣って声をかけるティマに、ラミーは笑って返して見せたが、その笑顔もどこか引きつっていた。そんなラミーの変化に気がついたのだろう、女性は心配そうな顔でラミーを見ていた。
「どうしたの?具合でも悪いの?」
「な、何でもないよ…。」
「そんなこと言ってるけど、顔色が悪いわよ。」
「そ、そんなことは…!」
「…ヴァニアスというのは、ラミーの父の名でもあるんです。」
「ベディー!」
その動揺の原因となっている事柄を彼女に知らせまいと白を切るラミーだったが、よりにもよってその事実を明らかにしてしまったのは、その人物と関わりの深いベディーだった。そんな彼に憤るラミーだったが、ベディーは構わず、自分の発言に注意を向けた女性に更に話を進めていく。
「どういう経緯かはわかりません。けど、僕たちの知るヴァニアスさんと特徴が一致する。同一人物とみていいでしょうね。」
「なら、どうしてヴァニアスさんは戻って来ないの?」
そんな大声をあげたのは、女性ではなくティマだった。ベディーは推測だが、とティマに顔を向けた。女性も彼に視線を向け、不安そうに胸の前で手を握りしめていた。
「さっき、仕事に行ったきり帰らないって言っていたから、もしかしたら、何か事故にあって記憶が、ということもある。そうでもなきゃ、遠いマウディーラでギルドを仕切っている理由がわからない。」
「マウディーラで、ギルド…?」
女性はうわ言のようにポツリと呟いた。その様子に、ベディー達が同情に似た眼差しを向けていると、突然彼女は素早い動きでベディーの両肩をつかみ、大きく揺さぶった。
「あの人は無事なの!?今はどこに!?」
「そ、それは…」
「教えて!マウディーラに行けば会えるの?ねぇ!」
もはや周囲の事など見えていなかった。ただ行方知れずの夫の居場所が分かるかもしれない。その事ばかりに気を取られ、ただ必死だった。そんな彼女に言えるだろうか。ヴァニアスの死を。ベディーもさすがに顔をしかめ、どう対応すべきか困っているようだった。その時だった。
「親父なら、元気だよ。」
横から聞こえたラミーの声。すこしばかり張り上げられた声に、2人は驚きながらも少女を見た。そこにあった表情は、憂いているわけでなく、かといって笑顔でもない、その間の微妙なものだった。
「あなたの知るヴァニアスがどんな人物だったか知らないけど、元気だよ。この前なんか、船の上でバカやってすっ転んでさ!部下たちに笑われてたよ。」
かと思うと、二カッとした笑みを浮かべ、彼女に向かって明るい調子で言った。まるで、本当に昨日今日の出来事のように笑う少女に、彼女はその嘘を疑わなかった。ほっとした笑みを浮かべ、ベディーの肩からその手を退けた。
「だからさ、今度2人でまた来るよ。あなたに逢えたら、親父もきっと喜ぶと思う。」
「本当に…?」
「ああ!仮にあなたのことがわからないようだったら、あたいがガツンと言ってやるよ!」
そう言って、ラミーは目の前で拳を握って見せた。その様子に、女性はふふっと柔らかく微笑んだ。
「ありがとう。それと…できれば、“あなた”なんて他人行儀名呼び方をしないで?その、例えば…“お母さん”、とか……。」
笑顔の感謝に続いて出た突然の申し出に、ラミーは目を丸くして彼女を見た。確かに、ロミーと異母姉妹の関係であることを考えれば、2人は義理の母娘になる。おかしくはないだろう。だが彼女の発言は、おそらく、まだロミーに良く似たラミーにその面影を映しての事だろう。女性の方も、言ってから恥ずかしくなったようで、顔を赤く染め、発言を撤回しようと再び口を開こうとした。その時だった。
「いいの!?じゃあ、“母様”って呼ばせて!」
「え…?」
「あたい、母親がいないんだ。だから、すごく嬉しい!ありがとう!」
それは、ラミーの心からの笑顔だった。女性の手を握り、喜びから上ずった声をあげる。その反応は、彼女にとって予想だにしなかったものだからなのか、今度はこちらが目を丸くして驚いていた。だが、次第にその表情に柔らかさが戻り、2人は顔を見合わせて微笑んでいた。
ロイン達はロミーの母親の家に招待され、そして言い難くそうに事実を告げた。彼女は初め悲しそうな表情になったものの、すぐに人違いしてしまったことをラミーに謝った。座り心地の良いソファに腰掛け、出された紅茶を口にしながらティマが口を開いた。
「あの、お母様。ロミーに妹は?」
「いいえ。私が生んだ子はあの子だけです。」
女性はそう言って、首を横に振った。だが、すぐにこう付け加えた。
「…あの人が生きていれば、話は別ですが。」
ぼそっという小さな声だったが、ロインたちの耳には届いた。
「あの人?誰だ、それ?」
女性の顔を覗き込みながら、ラミーが真っ先に尋ねた。だが、女性はラミーと目を合わせようとせず、俯いてしまった。今はもういなくなってしまった、自分の娘に瓜二つのラミーから逃げるように。ラミーもその様子に気付き、気まずそうに顔を引っ込めた。
「あ…。ごめん、なさい。」
「いえ、こちらこそ…。…可笑しいわよね。もう2年経つのに、まだ立ち直れないなんて。」
「ううん。わかるよ、その気持ち。…あたいは、こいつらがいたから、しなきゃいけない事があったから、悲しんでる場合じゃなかったからね。」
ラミーはそう言って、ロイン達を見回した。まともな遺体すら戻ってこなかったヴァニアスを悼む暇もなく、彼女は自らもその再来に手を差し伸べてしまった災厄に向かい続けたことを考えていた。
『「ただでやられるラミー・オーバック様じゃねぇ」んだろ?セビアで出会った頃の勢いはどこに行きやがった?てめぇは、やられるだけやられて終わるような奴だったのかよ?』
『あのじじいを打ん殴りてぇのは、てめえだけじゃねぇんだよ!こっちだって、ティマが手出されて腸煮えくり返ってんだ!…ティマだけじゃねえ。母さんもガルザも、全部あいつに滅茶苦茶にされた!一人だけ喚き散らしてんじゃねえよ!!』
『よっし!あたいをコケにしたこと、ぜってぇ後悔させてやるぜ!』
そしていつしか、ラミーは悲しみそのものと立ち向かう力を手にしていた。一人では手に入らなかった、仲間がいたから手に入った力だ。
「! あの、ロミーの父親は?」
その時、ラミーは気がついた。一人で住むには不釣り合いな広さを持つ家。その家の中に、この場にいる5人以外の気配はまるでない。そう。彼女以外、娘の暮らしていた痕跡は未だあれど、それ以上の人が暮らしている形跡はなかった。
「…まだロミーが赤ん坊の頃、仕事に行ったきり、二度と帰ってきませんでした。」
寂しげに告げられた事実。ロイン達は再び、彼女の発言に衝撃を受けることとなった。と、同時に4人はあることに気付いた。血縁者であれば納得のいく、瓜二つな二人の少女の存在。その可能性を繋げるカードが、まだ表をみせていない。彼らは顔を見合わせ、わずかに首を振ってコンタクトをとった。
「あの、旦那さんの職業は?魔物退治などをされていたりはしませんか?」
そして真っ先に口を開いたのはベディーだった。彼女は突然の問いかけに少し戸惑いを見せながらも、顔をあげて答えた。
「え、ええ。確か、傭兵やその手の仕事を請け負っていました。」
「失踪時期は?」
「えっと…あの子が生まれて本当に間もなかったので、だいたい17年前かと。」
「その人の特徴は?髪や瞳の色、身体に傷は?」
「髪と目は紅色です。傷は…身体に残るようなものはあちこちにありましたけど、どれも小さなもので…。」
「…名前は?」
それまで勢いよく質問攻めていたベディーが、ごくりと唾を呑み、核心に迫った。一方の彼女は、何故そのような事を聞いてくるのか未だわからずにいるようで、キョトンとした顔のまま、やや呆けた声で答えた。
「ヴァニアス、ですが…?」
繋がった。彼女の答えを聞いた瞬間、ロイン達の中で同一の答えが脳裏をかけた。ラミーとロミーがそっくりな理由。それは単なる偶然ではなかった。
「ラミー…」
「ん…。あたいは、平気…。」
当事者が事実を知り、ショックを受けないとは思えない。それとなくティマが様子を見ると、やはりラミーは半ば放心状態でそこに座っていた。気遣って声をかけるティマに、ラミーは笑って返して見せたが、その笑顔もどこか引きつっていた。そんなラミーの変化に気がついたのだろう、女性は心配そうな顔でラミーを見ていた。
「どうしたの?具合でも悪いの?」
「な、何でもないよ…。」
「そんなこと言ってるけど、顔色が悪いわよ。」
「そ、そんなことは…!」
「…ヴァニアスというのは、ラミーの父の名でもあるんです。」
「ベディー!」
その動揺の原因となっている事柄を彼女に知らせまいと白を切るラミーだったが、よりにもよってその事実を明らかにしてしまったのは、その人物と関わりの深いベディーだった。そんな彼に憤るラミーだったが、ベディーは構わず、自分の発言に注意を向けた女性に更に話を進めていく。
「どういう経緯かはわかりません。けど、僕たちの知るヴァニアスさんと特徴が一致する。同一人物とみていいでしょうね。」
「なら、どうしてヴァニアスさんは戻って来ないの?」
そんな大声をあげたのは、女性ではなくティマだった。ベディーは推測だが、とティマに顔を向けた。女性も彼に視線を向け、不安そうに胸の前で手を握りしめていた。
「さっき、仕事に行ったきり帰らないって言っていたから、もしかしたら、何か事故にあって記憶が、ということもある。そうでもなきゃ、遠いマウディーラでギルドを仕切っている理由がわからない。」
「マウディーラで、ギルド…?」
女性はうわ言のようにポツリと呟いた。その様子に、ベディー達が同情に似た眼差しを向けていると、突然彼女は素早い動きでベディーの両肩をつかみ、大きく揺さぶった。
「あの人は無事なの!?今はどこに!?」
「そ、それは…」
「教えて!マウディーラに行けば会えるの?ねぇ!」
もはや周囲の事など見えていなかった。ただ行方知れずの夫の居場所が分かるかもしれない。その事ばかりに気を取られ、ただ必死だった。そんな彼女に言えるだろうか。ヴァニアスの死を。ベディーもさすがに顔をしかめ、どう対応すべきか困っているようだった。その時だった。
「親父なら、元気だよ。」
横から聞こえたラミーの声。すこしばかり張り上げられた声に、2人は驚きながらも少女を見た。そこにあった表情は、憂いているわけでなく、かといって笑顔でもない、その間の微妙なものだった。
「あなたの知るヴァニアスがどんな人物だったか知らないけど、元気だよ。この前なんか、船の上でバカやってすっ転んでさ!部下たちに笑われてたよ。」
かと思うと、二カッとした笑みを浮かべ、彼女に向かって明るい調子で言った。まるで、本当に昨日今日の出来事のように笑う少女に、彼女はその嘘を疑わなかった。ほっとした笑みを浮かべ、ベディーの肩からその手を退けた。
「だからさ、今度2人でまた来るよ。あなたに逢えたら、親父もきっと喜ぶと思う。」
「本当に…?」
「ああ!仮にあなたのことがわからないようだったら、あたいがガツンと言ってやるよ!」
そう言って、ラミーは目の前で拳を握って見せた。その様子に、女性はふふっと柔らかく微笑んだ。
「ありがとう。それと…できれば、“あなた”なんて他人行儀名呼び方をしないで?その、例えば…“お母さん”、とか……。」
笑顔の感謝に続いて出た突然の申し出に、ラミーは目を丸くして彼女を見た。確かに、ロミーと異母姉妹の関係であることを考えれば、2人は義理の母娘になる。おかしくはないだろう。だが彼女の発言は、おそらく、まだロミーに良く似たラミーにその面影を映しての事だろう。女性の方も、言ってから恥ずかしくなったようで、顔を赤く染め、発言を撤回しようと再び口を開こうとした。その時だった。
「いいの!?じゃあ、“母様”って呼ばせて!」
「え…?」
「あたい、母親がいないんだ。だから、すごく嬉しい!ありがとう!」
それは、ラミーの心からの笑顔だった。女性の手を握り、喜びから上ずった声をあげる。その反応は、彼女にとって予想だにしなかったものだからなのか、今度はこちらが目を丸くして驚いていた。だが、次第にその表情に柔らかさが戻り、2人は顔を見合わせて微笑んでいた。