第11章 懐かしき人と悲しき別れ \
ジャンナの朝は穏やかだった。昨日が慌ただしかった分、彼らはフォレストが現れるまでの間、各々の時間をゆっくりと過ごすことができた。そして時刻が昼の少し前になった頃、彼は見知らぬ人物を率いて現れた。
「カイウス達は初めてだったな。紹介しよう。彼はパルナミス・ロドリファー。新しい黒騎士団の団長だ。」
彼がそう紹介すると、パルナミスは軽い会釈をしてロインらに挨拶した。淡い青髪を後ろにひとつでまとめており、眼光が鋭く、冷たい印象を与える男だった。
「フォレスト殿から聞いた。センシビアの王子を探しているそうだな。」
パルナミスの言葉に、アーリアが頷く。それを見ると、彼はアーリアに一枚の紙を手渡した。
「これは?」
「各地にいる騎士団員に連絡し、それらしい者がいたら知らせるよう連絡した。これはその中の一通、ラウルスにいる者から届いたものだ。」
アーリアの問いかけに、パルナミスは特に感情を交えることなく答えた。だが、その答えにアーリアだけでなく、カイウスたちの目も大きく見開かれる。急いでアーリアが中身を確認すると、その表情が徐々に険しいものへと変化していった。
「パルナミスさん、ありがとうございます。…ティルキスは砂漠へ向かったそうよ。」
パルナミスに短く礼を述べ、アーリアはロインたちを振り返った。そして、その口から出た言葉に、カイウスとルビアの表情が驚愕に変化する。
「砂漠?…待てよ。まさか、レイモーンの都に行ったのか!?あそこも100年以上前に“生命の法”が行われた場所じゃないか!!」
「ラウルスから向かったってことは、サンサの村の可能性もあるけど、カイウスの言う通りよ。どっちにしても危険だわ。お兄様は一体何のために…。」
「わからない。けど、おかげで目星はついたわ。急いで行きましょう!」
そう言うアーリアは今にも駆け出しそうで、瞳には強い意志と共に焦りもわずかに現れていた。同様に宿屋から飛び出して行きたい気持ちを胸にするカイウス達の脳裏に、ルキウスの言葉がよぎっていた。―――『白晶の装具』の数だけ、“門”を複数同時に開くことは不可能ではない、と。その残り一ヶ所が、レイモーンの都である可能性は高い。そんな場所へ、ティルキスは一人で向かったのかもしれない。そんな焦りから少なからず動揺しているアーリアの前に、ロインが立ちはだかった。
「待てよ。…ラミー。お前の船は使えないのか?」
「え!?えっと、2日もすりゃジャンナに着くと思うけど。」
ロインは視線だけをラミーに向け、尋ねた。突然尋ねられた彼女は多少動揺したものの、ジャンナに向かう途中の出来事を思い出し、頬を掻きながらそれに答えた。ナルス港からジャンナ行きの便に乗船するとき、ロイン達の前に覚えのある鳥が現れていた。それは、ラミーが仲間たちとの連絡用に使っている鷹・トクナガだ。アール山に向かってから連絡が途絶えた彼女を心配した『女神の従者』の仲間が送ったものであった。そしてラミーはトクナガにジャンナに向かう旨を書いた手紙を持たせ、ヤスカへと飛ばしたのだ。それを覚えていたロインは、彼女の船でラウルスへ向かうことを提案した。
「ここで冥府の法が行われて、どこでスポットに絡まれるかわからねえ状態だ。一緒に乗った船に紛れ込まない保証はない。それなら、少し時間がかかっても安全な方法をとるべきじゃねえか?」
そんなロインの言葉に、真っ先に賛同したのはなんとフォレストだった。
「そうだな。それがいいだろう。それに、私も時間が欲しい。レイモーン評議会をトールスに任せてこなくてはならないからな。」
「え!?フォレストさん、一緒に来る気なのか?」
カイウスが驚きの声を上げると、フォレストはふっと笑みをこぼした。
「ああ。ティルキス様の身に何かあったらと思うと、居ても立ってもいられないからな。カイウス、ルビア、またお前たちに力を貸してもらうことになるが、いいだろうか?」
「ああ。オレ達はかまわないよ!」
「ええ!ロイン達もいいよね?」
そうルビアが尋ねると、ティマは笑顔で答えた。
「うん!ルビア達の昔の仲間と一緒なら、とても心強いわ。こちらこそ、よろしくお願いします。」
彼女はそう言って、フォレストに頭をさげた。その横で、カイウスが笑みを携えて口を開いた。
「じゃあ、出発は2日後だな。それまでに、準備をしっかり済ませておこうぜ。」
その言葉に、フォレストやアーリアも頷いた。
「ラミー。」
そんな彼らから離れ、ロインがこそっとラミーに耳打ちした。
「あとで話がある。いいか?」
「あ、ああ…?」
ラミーは首を傾げた。だが、その場にいた誰もラミーに、そしてロインの様子に気がつくことはなかった。
2日後。ティマは慌てて飛び起きた。ラミーから告げられていた集合の時間に遅れそうになっていたからだ。同じ部屋で眠っていたラミーは、何故か彼女を置いて先に宿屋を後にしている。
「もう!起こしてくれるくらい、いいじゃないの!」
1人そんな愚痴をこぼすものの、それに受け答えてくれる相手は誰もいない。どういうことか、カイウスやルビア、ロインまでもが彼女を置いて先に行ってしまったらしい。このままだと、1人ジャンナに置いていかれてしまうのではないだろうか。そんな不安が頭をかすめた時だった。覚えのある船が港に止まっているのが視野に入った。渦巻く波の中央に描かれた女神の旗。ラミーのギルド『女神の従者』の船だった。ティマはほっと息をつきながらも、足は止めなかった。駆け足で乗船した彼女を、ギルドのメンバーの1人が出迎えてくれた。
「ティマさん!良かった。何かあったんじゃないかと、皆で話していたんですよ。」
「ツヴァイさん、すみません。少し寝坊してしまって…。ってことは、ロイン達もう乗ってるんですよね?もう!心配するくらいなら、起こしてくれれば良かったのに。」
上がった息を整えながら、ティマはツヴァイに向かって先ほどもこぼした愚痴を話した。と、その時、彼らの船が港から離れ出した。徐々に遠ざかり始めるジャンナ。その景色を眺めていたティマに、思わぬものが目に入った。
「ロイン…?そんな、どういうこと!?」
それは、この船に乗っているはずのロインの姿だった。彼は港に残り、そして沖へ出るこの船を見送ると、ふいと視線を外して歩きだしていった。
「ロイン!ロイン!!」
その姿を追い、甲板のぎりぎりまで行って声を上げるも、ロインはティマに見向きもしなかった。
まさか…
その時、ティマは何かを思い、急いで船室の方へと駆け出した。そして片っ端から船内を見て行くが、そこには『女神の従者』のメンバー以外誰の姿もなかった。そう。首領であるラミーすらも。
「どういう、こと…?」
訳がわからず、その場に茫然と立ちつくすティマ。そんな彼女に、アインスが声をかけた。
「ティマさん。もしかして、何も聞いていないんですか?」
「え…?」
「あなたをイーバオまで送り届けるように、って。」
「そんな!誰がそんなこと言ったの!?」
「…ロインさんですよ。」
「え……?」
「これで良かったのか?」
ラウルスへと向かう船に戻ってきたロインを、カイウスがそう言って出迎えた。
「ああ。」
ロインは目を合わせることなく、静かにそう答えた。
「今のオレの力じゃ、ティマを守れない。これ以上、ティマを危険な目に合わせられない。だから、ティマを守るためには、ああするのが一番いいんだ。」
「ロイン。そうは言っても、ティマはあなたに傍にいて欲しいと思ってるはずよ。そばにいて、守ってほしいって…。」
「…その結果が、ティマに魔術を使えなくしたんだろ!このまま一緒にいれば、今度は命を失うかもしれない!…もう、十分だ。」
「ロイン…!」
ルビアが声をかけるも、今のロインはそれ以上を受け付けなかった。そっぽを向き、カイウス達から離れて行った。胸の前でギュッと拳を握るルビアの肩に、カイウスはそっと手を置いた。
「ルビア…。」
「何よ…。これじゃ、あたし達と同じじゃないの。あたしとカイウスが離れようとした、あの時と同じじゃないのよ!」
今のルビアなら、2年前の自分たちに言えただろう。離れるべきではない。2人は共にい続けなければならない存在だ。一緒にいて、これからも互いに支え合っていくべきだ、と。そのような経験があるからこそ、今のロインの行動に黙っている事ができなかった。カイウスも、ルビアと同様に思っていた。ロインに尋ねられた時、その時の話をした。しかし、その時のロインには、当時のカイウスの考えに共感はすれど、意見する気持ちは持ち合わせていなかったのかもしれない。
「…けど、2人の事は、2人で決めるしかできないんだ。あの時のオレ達がそうだったように。」
「カイウス…。」
己の無力を呪い、大切な存在を傷つけまいと悩んだ結果だったのだろう。そんなロインの行動を咎める気にもなれず、カイウスはそう呟いた。同時に、ルビアの肩に置いた手に力がこもる。彼らの乗った船もまた動き出し、ジャンナから離れ始めた。
「…行こう、レイモーンに。今はティルキスを探し出さないと。」
「…ええ。」
カイウスとルビアはお互いの瞳を見つめ合い、苦い思いを呑みこんだ。そして代わりに、仲間の無事を祈り、青く澄み渡る空と海へと視線を移した。
「カイウス達は初めてだったな。紹介しよう。彼はパルナミス・ロドリファー。新しい黒騎士団の団長だ。」
彼がそう紹介すると、パルナミスは軽い会釈をしてロインらに挨拶した。淡い青髪を後ろにひとつでまとめており、眼光が鋭く、冷たい印象を与える男だった。
「フォレスト殿から聞いた。センシビアの王子を探しているそうだな。」
パルナミスの言葉に、アーリアが頷く。それを見ると、彼はアーリアに一枚の紙を手渡した。
「これは?」
「各地にいる騎士団員に連絡し、それらしい者がいたら知らせるよう連絡した。これはその中の一通、ラウルスにいる者から届いたものだ。」
アーリアの問いかけに、パルナミスは特に感情を交えることなく答えた。だが、その答えにアーリアだけでなく、カイウスたちの目も大きく見開かれる。急いでアーリアが中身を確認すると、その表情が徐々に険しいものへと変化していった。
「パルナミスさん、ありがとうございます。…ティルキスは砂漠へ向かったそうよ。」
パルナミスに短く礼を述べ、アーリアはロインたちを振り返った。そして、その口から出た言葉に、カイウスとルビアの表情が驚愕に変化する。
「砂漠?…待てよ。まさか、レイモーンの都に行ったのか!?あそこも100年以上前に“生命の法”が行われた場所じゃないか!!」
「ラウルスから向かったってことは、サンサの村の可能性もあるけど、カイウスの言う通りよ。どっちにしても危険だわ。お兄様は一体何のために…。」
「わからない。けど、おかげで目星はついたわ。急いで行きましょう!」
そう言うアーリアは今にも駆け出しそうで、瞳には強い意志と共に焦りもわずかに現れていた。同様に宿屋から飛び出して行きたい気持ちを胸にするカイウス達の脳裏に、ルキウスの言葉がよぎっていた。―――『白晶の装具』の数だけ、“門”を複数同時に開くことは不可能ではない、と。その残り一ヶ所が、レイモーンの都である可能性は高い。そんな場所へ、ティルキスは一人で向かったのかもしれない。そんな焦りから少なからず動揺しているアーリアの前に、ロインが立ちはだかった。
「待てよ。…ラミー。お前の船は使えないのか?」
「え!?えっと、2日もすりゃジャンナに着くと思うけど。」
ロインは視線だけをラミーに向け、尋ねた。突然尋ねられた彼女は多少動揺したものの、ジャンナに向かう途中の出来事を思い出し、頬を掻きながらそれに答えた。ナルス港からジャンナ行きの便に乗船するとき、ロイン達の前に覚えのある鳥が現れていた。それは、ラミーが仲間たちとの連絡用に使っている鷹・トクナガだ。アール山に向かってから連絡が途絶えた彼女を心配した『女神の従者』の仲間が送ったものであった。そしてラミーはトクナガにジャンナに向かう旨を書いた手紙を持たせ、ヤスカへと飛ばしたのだ。それを覚えていたロインは、彼女の船でラウルスへ向かうことを提案した。
「ここで冥府の法が行われて、どこでスポットに絡まれるかわからねえ状態だ。一緒に乗った船に紛れ込まない保証はない。それなら、少し時間がかかっても安全な方法をとるべきじゃねえか?」
そんなロインの言葉に、真っ先に賛同したのはなんとフォレストだった。
「そうだな。それがいいだろう。それに、私も時間が欲しい。レイモーン評議会をトールスに任せてこなくてはならないからな。」
「え!?フォレストさん、一緒に来る気なのか?」
カイウスが驚きの声を上げると、フォレストはふっと笑みをこぼした。
「ああ。ティルキス様の身に何かあったらと思うと、居ても立ってもいられないからな。カイウス、ルビア、またお前たちに力を貸してもらうことになるが、いいだろうか?」
「ああ。オレ達はかまわないよ!」
「ええ!ロイン達もいいよね?」
そうルビアが尋ねると、ティマは笑顔で答えた。
「うん!ルビア達の昔の仲間と一緒なら、とても心強いわ。こちらこそ、よろしくお願いします。」
彼女はそう言って、フォレストに頭をさげた。その横で、カイウスが笑みを携えて口を開いた。
「じゃあ、出発は2日後だな。それまでに、準備をしっかり済ませておこうぜ。」
その言葉に、フォレストやアーリアも頷いた。
「ラミー。」
そんな彼らから離れ、ロインがこそっとラミーに耳打ちした。
「あとで話がある。いいか?」
「あ、ああ…?」
ラミーは首を傾げた。だが、その場にいた誰もラミーに、そしてロインの様子に気がつくことはなかった。
2日後。ティマは慌てて飛び起きた。ラミーから告げられていた集合の時間に遅れそうになっていたからだ。同じ部屋で眠っていたラミーは、何故か彼女を置いて先に宿屋を後にしている。
「もう!起こしてくれるくらい、いいじゃないの!」
1人そんな愚痴をこぼすものの、それに受け答えてくれる相手は誰もいない。どういうことか、カイウスやルビア、ロインまでもが彼女を置いて先に行ってしまったらしい。このままだと、1人ジャンナに置いていかれてしまうのではないだろうか。そんな不安が頭をかすめた時だった。覚えのある船が港に止まっているのが視野に入った。渦巻く波の中央に描かれた女神の旗。ラミーのギルド『女神の従者』の船だった。ティマはほっと息をつきながらも、足は止めなかった。駆け足で乗船した彼女を、ギルドのメンバーの1人が出迎えてくれた。
「ティマさん!良かった。何かあったんじゃないかと、皆で話していたんですよ。」
「ツヴァイさん、すみません。少し寝坊してしまって…。ってことは、ロイン達もう乗ってるんですよね?もう!心配するくらいなら、起こしてくれれば良かったのに。」
上がった息を整えながら、ティマはツヴァイに向かって先ほどもこぼした愚痴を話した。と、その時、彼らの船が港から離れ出した。徐々に遠ざかり始めるジャンナ。その景色を眺めていたティマに、思わぬものが目に入った。
「ロイン…?そんな、どういうこと!?」
それは、この船に乗っているはずのロインの姿だった。彼は港に残り、そして沖へ出るこの船を見送ると、ふいと視線を外して歩きだしていった。
「ロイン!ロイン!!」
その姿を追い、甲板のぎりぎりまで行って声を上げるも、ロインはティマに見向きもしなかった。
まさか…
その時、ティマは何かを思い、急いで船室の方へと駆け出した。そして片っ端から船内を見て行くが、そこには『女神の従者』のメンバー以外誰の姿もなかった。そう。首領であるラミーすらも。
「どういう、こと…?」
訳がわからず、その場に茫然と立ちつくすティマ。そんな彼女に、アインスが声をかけた。
「ティマさん。もしかして、何も聞いていないんですか?」
「え…?」
「あなたをイーバオまで送り届けるように、って。」
「そんな!誰がそんなこと言ったの!?」
「…ロインさんですよ。」
「え……?」
「これで良かったのか?」
ラウルスへと向かう船に戻ってきたロインを、カイウスがそう言って出迎えた。
「ああ。」
ロインは目を合わせることなく、静かにそう答えた。
「今のオレの力じゃ、ティマを守れない。これ以上、ティマを危険な目に合わせられない。だから、ティマを守るためには、ああするのが一番いいんだ。」
「ロイン。そうは言っても、ティマはあなたに傍にいて欲しいと思ってるはずよ。そばにいて、守ってほしいって…。」
「…その結果が、ティマに魔術を使えなくしたんだろ!このまま一緒にいれば、今度は命を失うかもしれない!…もう、十分だ。」
「ロイン…!」
ルビアが声をかけるも、今のロインはそれ以上を受け付けなかった。そっぽを向き、カイウス達から離れて行った。胸の前でギュッと拳を握るルビアの肩に、カイウスはそっと手を置いた。
「ルビア…。」
「何よ…。これじゃ、あたし達と同じじゃないの。あたしとカイウスが離れようとした、あの時と同じじゃないのよ!」
今のルビアなら、2年前の自分たちに言えただろう。離れるべきではない。2人は共にい続けなければならない存在だ。一緒にいて、これからも互いに支え合っていくべきだ、と。そのような経験があるからこそ、今のロインの行動に黙っている事ができなかった。カイウスも、ルビアと同様に思っていた。ロインに尋ねられた時、その時の話をした。しかし、その時のロインには、当時のカイウスの考えに共感はすれど、意見する気持ちは持ち合わせていなかったのかもしれない。
「…けど、2人の事は、2人で決めるしかできないんだ。あの時のオレ達がそうだったように。」
「カイウス…。」
己の無力を呪い、大切な存在を傷つけまいと悩んだ結果だったのだろう。そんなロインの行動を咎める気にもなれず、カイウスはそう呟いた。同時に、ルビアの肩に置いた手に力がこもる。彼らの乗った船もまた動き出し、ジャンナから離れ始めた。
「…行こう、レイモーンに。今はティルキスを探し出さないと。」
「…ええ。」
カイウスとルビアはお互いの瞳を見つめ合い、苦い思いを呑みこんだ。そして代わりに、仲間の無事を祈り、青く澄み渡る空と海へと視線を移した。