第13章 しらせ X
一体どれだけの時間が流れたのか。ただロインはその場で立ち尽くしていた。自分たちが去った後、かすかに信じていたガルザの生存。それが、目の前で辛そうに俯くフレアの言葉によって打ち砕かれてしまった。
「…ガルザは、どうした?」
ガルザの死というショックから続いた、ひどく暗い沈黙。その中でようやく口を開いたロインは、ひどく重たい声を発した。
「…森のそばにあった町の教会に預けたわ。」
「…そうか。」
混乱していたとはいえ、さすがにガルザの遺体をそのままにするということはなかったようだ。フレアの答えに、ロインは少しだけほっとした様子を見せた。だがそれもほんのわずかな間だけだった。
「ロイン!?」
再び表情を曇らせたかと思うと、彼はフレアらに背を向け、地下を飛び出すように出ていってしまった。驚いたティマが呼び止めようとするも、すでに彼の姿は見えなくなっていた。
「あいつ、いい加減にしろって!」
「追いかけよう、カイウス。」
「ああ。」
またも黙って行方をくらましたロインに、カイウスは呆れに似た苛立ちを覚えた。イーバオの町の中とはいえ、今のロインの状態では一人で放っておくこともできない。ティマの言葉に頷き、カイウスは彼女と2人で地下を出ていった。その2人の足音が聞こえなくなるまで、残った者たちはしばらく沈黙していた。
「…やっぱり、ショックよね。」
再び訪れた沈黙を破ったのは、フレアだった。
「正気に戻ったあの人を見る目、心から信頼しているのがわかったもの。…なんであの人じゃなくて、私がここにいるのかしらね。」
「…それでも、生きててくれて良かったよ。」
自虐気味に呟く彼女にそう声をかけたのは、ベディーだった。フレアは少し驚いたように顔をあげ、そして、切なそうに「ありがとう」と彼に返した。
「ねぇ、フレア。あなた、ガルザの部下だったなら、今まで彼が何をしていたか知ってるでしょ?」
少し元気を取り戻した彼女に、ルビアが視線を合わせながら声をかけた。その瞳は真剣で、かつて敵だった彼女を正面から真っすぐ見据えていた。
「情報が必要なの。バキラやアーレスを討つために。お願い。話して。」
「アーレス?」
そんな彼女の口から出た聞き慣れない名前。それを耳にした途端、フレアの瞳に鋭さが現れた。それは兵士としてのそれで、少し手を顎にそえて考えた後、静かに口を開いた。
「そうね。どうやら私の知らないこともあるようだし、それが懸命ね。」
フレアは一呼吸置くと、ゆっくりと話し始めた。
その頃、ティマとカイウスは町の人にロインの行方を尋ねていた。
「ロイン?こっちに来てないってことは、港の方じゃないのか?」
「そっか。ハクおじさん、ありがとう。」
ティマはそう言って、武器屋のハクに笑って手を振って別れた。少し駆け足で町の中を歩いていくと、カイウスが最初に訪れた時とは違い、イーバオ本来のにぎやかさが戻り始めていた。
「港って、あいつ、一人でどこかに行く気じゃないよな?」
「もしかしたら、家に帰っているのかも。」
「ロインの家?」
「うん。港の近くにあるんだ。ロインのお父さんが気を使ったのか、町の中に家を建てなかったんだよね。」
ティマは何気なく言ったが、それはカイウスにとって、ロインと初めて出会った頃を思い出すきっかけとなった。
「そういや、ロインって相当人嫌いだったもんな。」
「うん。さっきのハクおじさんって人見知りしない性格なんだけど、おかげで会うたびにロインに抜刀されかかってたもん。」
「…それ、よく懲りなかったな。ハクさんが。」
そんな会話をしながら、今のロインを町の人たちが見たらなんと言うだろうかと、2人して考えていた。そしてティマの案内で、港にあるロインの家にやって来た。
「ロイン、いるのー?」
玄関をくぐり抜け、ティマがそう声をかけるも返事はない。首を傾げながらも2人は家に上がり、中を見渡した。1階にはいないらしい。そこでティマは、彼の個室がある2階へと上がっていった。
「あっ、いたいた。」
ノックもせずにその部屋の戸をあければ、ロインはそこにいた。
「なんだよ。」
彼はベッドに腰掛けたまま、苛立った声と共にティマとその後ろに立つカイウスを睨みつけた。その視線に一瞬怯むが、ティマはそのままロインのそばに歩み寄った。
「勝手に入ったことはごめんね。それより、ロインだいじょう」
「オレに構うな。」
「ロイン?」
てっきり無断で部屋に入ったことにたいしていらついているのだと思ったが、どうやら違ったらしい。カイウスはどうしたのかと首を傾げるが、ロインはそれに答えない。
「その写真…。」
その時、カイウスはロインの傍らに、写真立てに入った一枚の写真を見つけた。よく見れば、それはケノンにあったロインの家で見た、埃まみれになっていたものと同じものだった。それを見て、カイウスは眉を寄せた。
「ロイン。気持ちはわかるけど、しっかりしろ。」
「黙れよ。」
「やっぱり、気にしてたか。」
「黙れ!」
カイウスがそう言えば、ロインは強い拒絶を示した。彼がガルザの死にひどいショックを感じているのは間違いない。だが、それとこの拒絶に何の関係があるのかまではわからない。ティマも同じことを考えたのか、やや強気な口調でロインに言った。
「そうやってまた一人で抱え込むの?そんなの、誰も望まないよ。」
「うるさい!お前に何がわかる?家族がいるお前に何が!」
「!」
だがそんなティマにロインが返したのは、今まで彼女に向けたことがあるのかと疑うような言葉だった。カイウスは愕然としていた。ティマもショックを受けたようだが、カイウスと違ってそれは一瞬のことだった。そして、パァンと乾いた音が、広くもないロインの部屋に響いた。
「てめぇ、なにす…っ!」
「そうよ。あなたは独り。私と違って、独りぼっちのロイン・エイバスよ!」
「おい、ティマ!」
頬を叩かれ、さらに感情が高ぶったロインは今にもティマに襲いかかりそうだった。しかし、ティマはそんなロインにかまうことなくその胸倉をつかみ、今の彼にとって傷口を更に抉りかねない言葉を吐いたのだ。そんな思わぬ彼女の言動をカイウスは止めさせようとした。だが、ティマはカイウスの制止を聞こうとしなかった。
「だけど、それはあなたが望むからでしょ!」
そして更に語調を強めて、彼を睨むようにそう言った。
「グレシアさんも、おじさんも、ガルザも…あなたが家族だと思ってた人は、確かにみんな死んでしまった!けど、まだ仲間がいる!あなたを家族みたいに大切に思う人たちが!自分の不幸に酔ってそれを忘れるようなら、力づくで思い出させてあげるわよ!」
「…!」
「カイウスも言ってやって!ガルザが私達を逃がした時のことを!ロインがまたこんなふうになることを、ガルザは望んでいたの!?」
彼女の言葉に、ロインだけでなくカイウスまでもがはっとした表情をさせられた。カイウスは鋭い眼光を向けるティマを見つめ、そしてロインの手元へと視線を移した。もうこの世にいない、ロインの大切な3人の人。その3人に囲まれて中央で笑っている、今は笑うことのないロイン。カイウス、そしてティマの知らないロインを知っていたその3人が、今彼に何を望むかなど知る由もない。だが少なくとも、最後に会ったガルザが望んでいたことなら、カイウスにはわかる気がした。
「…いいや。違う。そうだろ?ロイン。」
そして誰よりもそれを理解しているであろうロインに、カイウスは静かに、切なげな微笑を浮かべながら問いかけた。
「…ああ。」
その問いに、ロインは2人から視線をそらしながらも頷いた。ガルザはやり直したかったのだ。7年前のように、本当の兄弟のように笑いあっていた日々を取り戻そうとしていたのだ。正気から目覚めた時、そして最後に聞いた彼の言葉を思い出せば、それはあっさりとわかることだった。
「…悪かった。」
「! ロイン…!」
2人の言葉でそのことを思い出したためか、どこか気まずそうに、そして苛立たしげに呟いたロイン。カイウスはその言葉に嬉しそうな顔をした。ティマもその言葉で許したのか、ロインから手を離し、肩の力を抜いた。そしてそのまま彼に背を向けると、やや駆け足で部屋を出ていこうとした。
「そう思うなら、手伝ってよね。」
「? 何を?」
「前に言ったでしょ?おじさんの研究を調べてみようって。フレアさんのことでバタバタしてたから、私イーバオに帰って来てからまだ何も調べてないのよ。」
「それに」と、ティマは振り返って、いたずらっぽく舌を出しながら笑って言った。
「勝手に入ったりしたら、ロインに後で怒られそうだし。」
ティマはくすくすと笑いながら、2人を残して部屋を出ていった。その笑顔にどこか安心感を覚えながら、ロインもカイウスと共に部屋を出た。
「…ガルザは、どうした?」
ガルザの死というショックから続いた、ひどく暗い沈黙。その中でようやく口を開いたロインは、ひどく重たい声を発した。
「…森のそばにあった町の教会に預けたわ。」
「…そうか。」
混乱していたとはいえ、さすがにガルザの遺体をそのままにするということはなかったようだ。フレアの答えに、ロインは少しだけほっとした様子を見せた。だがそれもほんのわずかな間だけだった。
「ロイン!?」
再び表情を曇らせたかと思うと、彼はフレアらに背を向け、地下を飛び出すように出ていってしまった。驚いたティマが呼び止めようとするも、すでに彼の姿は見えなくなっていた。
「あいつ、いい加減にしろって!」
「追いかけよう、カイウス。」
「ああ。」
またも黙って行方をくらましたロインに、カイウスは呆れに似た苛立ちを覚えた。イーバオの町の中とはいえ、今のロインの状態では一人で放っておくこともできない。ティマの言葉に頷き、カイウスは彼女と2人で地下を出ていった。その2人の足音が聞こえなくなるまで、残った者たちはしばらく沈黙していた。
「…やっぱり、ショックよね。」
再び訪れた沈黙を破ったのは、フレアだった。
「正気に戻ったあの人を見る目、心から信頼しているのがわかったもの。…なんであの人じゃなくて、私がここにいるのかしらね。」
「…それでも、生きててくれて良かったよ。」
自虐気味に呟く彼女にそう声をかけたのは、ベディーだった。フレアは少し驚いたように顔をあげ、そして、切なそうに「ありがとう」と彼に返した。
「ねぇ、フレア。あなた、ガルザの部下だったなら、今まで彼が何をしていたか知ってるでしょ?」
少し元気を取り戻した彼女に、ルビアが視線を合わせながら声をかけた。その瞳は真剣で、かつて敵だった彼女を正面から真っすぐ見据えていた。
「情報が必要なの。バキラやアーレスを討つために。お願い。話して。」
「アーレス?」
そんな彼女の口から出た聞き慣れない名前。それを耳にした途端、フレアの瞳に鋭さが現れた。それは兵士としてのそれで、少し手を顎にそえて考えた後、静かに口を開いた。
「そうね。どうやら私の知らないこともあるようだし、それが懸命ね。」
フレアは一呼吸置くと、ゆっくりと話し始めた。
その頃、ティマとカイウスは町の人にロインの行方を尋ねていた。
「ロイン?こっちに来てないってことは、港の方じゃないのか?」
「そっか。ハクおじさん、ありがとう。」
ティマはそう言って、武器屋のハクに笑って手を振って別れた。少し駆け足で町の中を歩いていくと、カイウスが最初に訪れた時とは違い、イーバオ本来のにぎやかさが戻り始めていた。
「港って、あいつ、一人でどこかに行く気じゃないよな?」
「もしかしたら、家に帰っているのかも。」
「ロインの家?」
「うん。港の近くにあるんだ。ロインのお父さんが気を使ったのか、町の中に家を建てなかったんだよね。」
ティマは何気なく言ったが、それはカイウスにとって、ロインと初めて出会った頃を思い出すきっかけとなった。
「そういや、ロインって相当人嫌いだったもんな。」
「うん。さっきのハクおじさんって人見知りしない性格なんだけど、おかげで会うたびにロインに抜刀されかかってたもん。」
「…それ、よく懲りなかったな。ハクさんが。」
そんな会話をしながら、今のロインを町の人たちが見たらなんと言うだろうかと、2人して考えていた。そしてティマの案内で、港にあるロインの家にやって来た。
「ロイン、いるのー?」
玄関をくぐり抜け、ティマがそう声をかけるも返事はない。首を傾げながらも2人は家に上がり、中を見渡した。1階にはいないらしい。そこでティマは、彼の個室がある2階へと上がっていった。
「あっ、いたいた。」
ノックもせずにその部屋の戸をあければ、ロインはそこにいた。
「なんだよ。」
彼はベッドに腰掛けたまま、苛立った声と共にティマとその後ろに立つカイウスを睨みつけた。その視線に一瞬怯むが、ティマはそのままロインのそばに歩み寄った。
「勝手に入ったことはごめんね。それより、ロインだいじょう」
「オレに構うな。」
「ロイン?」
てっきり無断で部屋に入ったことにたいしていらついているのだと思ったが、どうやら違ったらしい。カイウスはどうしたのかと首を傾げるが、ロインはそれに答えない。
「その写真…。」
その時、カイウスはロインの傍らに、写真立てに入った一枚の写真を見つけた。よく見れば、それはケノンにあったロインの家で見た、埃まみれになっていたものと同じものだった。それを見て、カイウスは眉を寄せた。
「ロイン。気持ちはわかるけど、しっかりしろ。」
「黙れよ。」
「やっぱり、気にしてたか。」
「黙れ!」
カイウスがそう言えば、ロインは強い拒絶を示した。彼がガルザの死にひどいショックを感じているのは間違いない。だが、それとこの拒絶に何の関係があるのかまではわからない。ティマも同じことを考えたのか、やや強気な口調でロインに言った。
「そうやってまた一人で抱え込むの?そんなの、誰も望まないよ。」
「うるさい!お前に何がわかる?家族がいるお前に何が!」
「!」
だがそんなティマにロインが返したのは、今まで彼女に向けたことがあるのかと疑うような言葉だった。カイウスは愕然としていた。ティマもショックを受けたようだが、カイウスと違ってそれは一瞬のことだった。そして、パァンと乾いた音が、広くもないロインの部屋に響いた。
「てめぇ、なにす…っ!」
「そうよ。あなたは独り。私と違って、独りぼっちのロイン・エイバスよ!」
「おい、ティマ!」
頬を叩かれ、さらに感情が高ぶったロインは今にもティマに襲いかかりそうだった。しかし、ティマはそんなロインにかまうことなくその胸倉をつかみ、今の彼にとって傷口を更に抉りかねない言葉を吐いたのだ。そんな思わぬ彼女の言動をカイウスは止めさせようとした。だが、ティマはカイウスの制止を聞こうとしなかった。
「だけど、それはあなたが望むからでしょ!」
そして更に語調を強めて、彼を睨むようにそう言った。
「グレシアさんも、おじさんも、ガルザも…あなたが家族だと思ってた人は、確かにみんな死んでしまった!けど、まだ仲間がいる!あなたを家族みたいに大切に思う人たちが!自分の不幸に酔ってそれを忘れるようなら、力づくで思い出させてあげるわよ!」
「…!」
「カイウスも言ってやって!ガルザが私達を逃がした時のことを!ロインがまたこんなふうになることを、ガルザは望んでいたの!?」
彼女の言葉に、ロインだけでなくカイウスまでもがはっとした表情をさせられた。カイウスは鋭い眼光を向けるティマを見つめ、そしてロインの手元へと視線を移した。もうこの世にいない、ロインの大切な3人の人。その3人に囲まれて中央で笑っている、今は笑うことのないロイン。カイウス、そしてティマの知らないロインを知っていたその3人が、今彼に何を望むかなど知る由もない。だが少なくとも、最後に会ったガルザが望んでいたことなら、カイウスにはわかる気がした。
「…いいや。違う。そうだろ?ロイン。」
そして誰よりもそれを理解しているであろうロインに、カイウスは静かに、切なげな微笑を浮かべながら問いかけた。
「…ああ。」
その問いに、ロインは2人から視線をそらしながらも頷いた。ガルザはやり直したかったのだ。7年前のように、本当の兄弟のように笑いあっていた日々を取り戻そうとしていたのだ。正気から目覚めた時、そして最後に聞いた彼の言葉を思い出せば、それはあっさりとわかることだった。
「…悪かった。」
「! ロイン…!」
2人の言葉でそのことを思い出したためか、どこか気まずそうに、そして苛立たしげに呟いたロイン。カイウスはその言葉に嬉しそうな顔をした。ティマもその言葉で許したのか、ロインから手を離し、肩の力を抜いた。そしてそのまま彼に背を向けると、やや駆け足で部屋を出ていこうとした。
「そう思うなら、手伝ってよね。」
「? 何を?」
「前に言ったでしょ?おじさんの研究を調べてみようって。フレアさんのことでバタバタしてたから、私イーバオに帰って来てからまだ何も調べてないのよ。」
「それに」と、ティマは振り返って、いたずらっぽく舌を出しながら笑って言った。
「勝手に入ったりしたら、ロインに後で怒られそうだし。」
ティマはくすくすと笑いながら、2人を残して部屋を出ていった。その笑顔にどこか安心感を覚えながら、ロインもカイウスと共に部屋を出た。