第12章 砂漠の亡霊 U
ティルキスがそう言い終えたのと、ロインが駆けたのはほぼ同時だった。下から斬り上げるように剣を振るい、ティルキスは難なく受け流す。そしてそのまま、両者は剣をぶつけ合っていく。
「カイウス、ロイン、行くわよ!アグリゲットシャープ!」
そこへ、アーリアの補助のプリセプツとカイウスの剣が遅れて加わった。
「五月雨!」
「アルテミスダンス!」
懐かしいふたつの剣がぶつかりあう。しかし交差する視線には、懐かしさなど微塵もない。鋭い目つきで睨みあい、互いの剣を探り合うだけ。かつて共に旅をし、共に闘ってきた仲だ。互いにどのような戦いを得意とするか、よく知りえていた。それ故に、下手に動けば相手に知られた剣の隙を突かれる可能性は高い。
「食らえ!秋沙雨!」
だが、そこに加わるティルキスの知らない剣。同じ流派の技でも、その威力や速さ、癖が異なる故に初手で完全に見切る事はできない。一方、ティルキスの剣を知らぬロインも、彼の剣筋をすぐさまに理解するなど不可能だ。だが、彼にはカイウスとアーリアという味方がいる。アーリアが力を与え、カイウスが攻めて出来た隙を狙うことなら可能である。
「ライトニング!」
彼女のプリセプツが、ティルキスの足元目がけて落ちた。そこから飛びのいた瞬間を狙い、ロインの剣が突きを食らわす。時を同じくして、カイウスの剣もティルキスを狙って飛び込んでいた。その隙を突かれた事は痛かったのか、ティルキスは舌打ちをした。
「イージスシールド!」
だが次の瞬間、彼は自身の周囲にバリアを張り、少年達の同時攻撃を無効化して見せた。バリアに弾かれた2人は顔をしかめながら飛び退き、ティルキスとある程度距離を置いたところで動きを止めた。
「くっ…!やっぱり、そう簡単にはいかないか。」
構えを強固なものにしつつ、カイウスはそう呟いた。一国の王子とは言え、自らの意思で国を飛び出してアレウーラ中を旅して歩いた、そして2年前の激戦を戦い抜いた1人の戦士だ。3対1。数ではこちらが有利とはいえ、そう易々と勝てる相手ではない。それに、彼らにはひとつ弱点があった。
「カイウス、本気でやれ。」
「…本気だよ。」
「どうだかな。けど、お前達がやらないなら…オレがやる!」
口ではああ言ったものの、かつての仲間であるティルキスに、カイウスとアーリアは本気で、心から本気で戦えないでいたのだ。カイウスの剣は本人の無意識のうちに手加減され、アーリアのプリセプツは一度も彼を直撃していない。一方でティルキスは心を殺せているのだろうか、本気でカイウス達を疑っているのか、手加減の気配すら窺えない。ロインにその点を突かれたカイウスは、静かに反論するものの、その口調はどこか苛立っていた。だが、ロインはその言葉の真偽などどうでもいいというように、カイウス達を置いて再度ティルキスへと踏み込んで行った。ティルキスへと振るわれるその剣には、なんの躊躇いもない。ロインは、彼自身にとって仲間でもなんでもないティルキス相手に、手加減などする必要がなかったのだ。そして彼らと違って、心を閉ざす事に慣れてしまっているため、簡単に冷酷になれた。それが、今の友のかつての仲間が相手であっても。
「閃空裂破!」
「アストラルチェイサー!」
ロインの剣圧とティルキスの高速の連続斬りがぶつかり、その末に互いの剣が交差する。アーリアのプリセプツによって力を得ているロインだが、やはりティルキスの剣の方が重たい。わずかな差であるが、そのわずかな差でロインは彼の剣に弾き飛ばされた。すぐさまバックステップで距離をとって体勢を整えようとするが、それをティルキスが逃しはしない。後退する彼に駆け寄り、大剣を一閃させる。
「させない!虚空裂斬!」
「ウィンドカッター!」
だがその剣を遮るように、カイウスの剣とアーリアのプリセプツが2人の間に割って入った。加えて、アーリアのプリセプツがティルキスの腕をかすり、傷を負わせていた。
「カイウス!」
ティルキスと戦う事に、少なからず躊躇していると思っていた2人が割って入ったことで、ロインの目が思わず大きく見開かれた。そんな彼に背を向けたまま、カイウスはティルキスと対峙し、アーリアは少年達の後ろで杖を固く握りしめた。
「ロイン、お前だけでティルキスはやらせない。」
「彼の目を覚まさせるのは、わたしの役割。…もう、迷わない。」
その声と瞳には、確かな決意があった。殺すつもりはないが、そのつもりで立ち向かわなければこちらが危険になる。ティルキスを正気に戻すこともかなわない。それでは意味がない。2人は多少手荒だが、力づくでティルキスを抑えることを改めて選んだのだ。
「…少しでも手抜いたら、後で覚えておけよ?」
そんな2人に向かって、ロインはフッと笑みをこぼした。そしてそれを合図に、剣士達は再び剣をぶつけ合い、アーリアは詠唱を開始した。
「魔神剣!」
「魔神剣・双牙!」
「タイタンウェイブ!」
「逃がさない!シャドウエッジ!」
カイウスの魔神剣とロインの魔神剣・双牙、そしてティルキスのタイタンウェイブ。4つの衝撃波が同時に放たれ、衝突し、建物の中だというのに激しい爆発が起き、付近にあった本棚はことごとく倒れ、収められていた本は散乱していった。その爆発によって起きた煙で奪われた視界を取り戻そうとティルキスが動こうとした刹那、漆黒の刃が複数床から生え、彼の足を止めていく。そして、ただ動きを止めるだけではない。うち何本かは彼を直撃し、ダメージを与えていく。そして煙がはれる間際、闇の刃と入れ替わるように少年たちの剣が襲いかかった。
「くっ!プロミネントゥレイス!」
「きゃぁっ!」
その斬撃を、先ほどのようなバリアで防ぎ、直後、ティルキスを中心に四方向に火の衝撃波が放たれた。攻防一体の彼の必殺技は、ロインとカイウスを弾き飛ばすだけではなく、その衝撃波で後衛のアーリアまでダメージを与える事に成功した。
「アーリア!?」
「平気よ。こっちはいいから、集中して!」
思わず上がるカイウスの声。しかし、アーリアは力強い声で彼にそう返したのだった。そのやり取りの間、ロインはティルキスの表情を窺っていた。聞けば、ティルキスにとってアーリアは大切な存在だという。だが、その彼女が自身の技で傷を負ったというのに、戸惑う様子は見られない。
(気に食わねえな。)
仮にロイン同様に心を閉ざしているのだとしても、愛しい存在を傷つけて何も思わないはずがない。例えカイウスに本気で斬りかかれても、アーリアに同じ真似は出来ないだろう。そうした考えを覆されるようなティルキスの態度に、なぜだかロインはイラつかされた。チッと舌打ちをひとつし、雄たけびと共に懐に飛び込み、剣を一閃させた。ティルキスはそれを上手くステップだけでかわして見せ、剣の柄でロインの胴へ一撃お見舞いしてみせる。それに顔をしかめながらも、彼はただやられるだけでは終わらず、くるりと回転しながら剣を横に払い、これまたティルキスの胴に浅くも一太刀浴びせて見せたのだった。だが、それでも彼は、余裕の垣間見える笑みを口元に浮かべていた。だが、それはすぐに消え失せた。
「飛天翔駆!」
接近してぶつかり合う2人を裂くように、カイウスの技がティルキスへと襲いかかった。彼の剣自体は防ぎきったものの、その勢いを抑えるには至らず、ティルキスは後ろへ数メートル吹き飛ばされていった。
「油断してると、痛い目見るぜ?ティルキス!」
ニッと不敵に笑みを浮かべカイウスが、そしてロインも同時に、剣を向けて迫ってきた。そんな2人を睨み返し、ティルキスも両の足に力を込め、剣を構えなおした。
「カイウス、ロイン、行くわよ!アグリゲットシャープ!」
そこへ、アーリアの補助のプリセプツとカイウスの剣が遅れて加わった。
「五月雨!」
「アルテミスダンス!」
懐かしいふたつの剣がぶつかりあう。しかし交差する視線には、懐かしさなど微塵もない。鋭い目つきで睨みあい、互いの剣を探り合うだけ。かつて共に旅をし、共に闘ってきた仲だ。互いにどのような戦いを得意とするか、よく知りえていた。それ故に、下手に動けば相手に知られた剣の隙を突かれる可能性は高い。
「食らえ!秋沙雨!」
だが、そこに加わるティルキスの知らない剣。同じ流派の技でも、その威力や速さ、癖が異なる故に初手で完全に見切る事はできない。一方、ティルキスの剣を知らぬロインも、彼の剣筋をすぐさまに理解するなど不可能だ。だが、彼にはカイウスとアーリアという味方がいる。アーリアが力を与え、カイウスが攻めて出来た隙を狙うことなら可能である。
「ライトニング!」
彼女のプリセプツが、ティルキスの足元目がけて落ちた。そこから飛びのいた瞬間を狙い、ロインの剣が突きを食らわす。時を同じくして、カイウスの剣もティルキスを狙って飛び込んでいた。その隙を突かれた事は痛かったのか、ティルキスは舌打ちをした。
「イージスシールド!」
だが次の瞬間、彼は自身の周囲にバリアを張り、少年達の同時攻撃を無効化して見せた。バリアに弾かれた2人は顔をしかめながら飛び退き、ティルキスとある程度距離を置いたところで動きを止めた。
「くっ…!やっぱり、そう簡単にはいかないか。」
構えを強固なものにしつつ、カイウスはそう呟いた。一国の王子とは言え、自らの意思で国を飛び出してアレウーラ中を旅して歩いた、そして2年前の激戦を戦い抜いた1人の戦士だ。3対1。数ではこちらが有利とはいえ、そう易々と勝てる相手ではない。それに、彼らにはひとつ弱点があった。
「カイウス、本気でやれ。」
「…本気だよ。」
「どうだかな。けど、お前達がやらないなら…オレがやる!」
口ではああ言ったものの、かつての仲間であるティルキスに、カイウスとアーリアは本気で、心から本気で戦えないでいたのだ。カイウスの剣は本人の無意識のうちに手加減され、アーリアのプリセプツは一度も彼を直撃していない。一方でティルキスは心を殺せているのだろうか、本気でカイウス達を疑っているのか、手加減の気配すら窺えない。ロインにその点を突かれたカイウスは、静かに反論するものの、その口調はどこか苛立っていた。だが、ロインはその言葉の真偽などどうでもいいというように、カイウス達を置いて再度ティルキスへと踏み込んで行った。ティルキスへと振るわれるその剣には、なんの躊躇いもない。ロインは、彼自身にとって仲間でもなんでもないティルキス相手に、手加減などする必要がなかったのだ。そして彼らと違って、心を閉ざす事に慣れてしまっているため、簡単に冷酷になれた。それが、今の友のかつての仲間が相手であっても。
「閃空裂破!」
「アストラルチェイサー!」
ロインの剣圧とティルキスの高速の連続斬りがぶつかり、その末に互いの剣が交差する。アーリアのプリセプツによって力を得ているロインだが、やはりティルキスの剣の方が重たい。わずかな差であるが、そのわずかな差でロインは彼の剣に弾き飛ばされた。すぐさまバックステップで距離をとって体勢を整えようとするが、それをティルキスが逃しはしない。後退する彼に駆け寄り、大剣を一閃させる。
「させない!虚空裂斬!」
「ウィンドカッター!」
だがその剣を遮るように、カイウスの剣とアーリアのプリセプツが2人の間に割って入った。加えて、アーリアのプリセプツがティルキスの腕をかすり、傷を負わせていた。
「カイウス!」
ティルキスと戦う事に、少なからず躊躇していると思っていた2人が割って入ったことで、ロインの目が思わず大きく見開かれた。そんな彼に背を向けたまま、カイウスはティルキスと対峙し、アーリアは少年達の後ろで杖を固く握りしめた。
「ロイン、お前だけでティルキスはやらせない。」
「彼の目を覚まさせるのは、わたしの役割。…もう、迷わない。」
その声と瞳には、確かな決意があった。殺すつもりはないが、そのつもりで立ち向かわなければこちらが危険になる。ティルキスを正気に戻すこともかなわない。それでは意味がない。2人は多少手荒だが、力づくでティルキスを抑えることを改めて選んだのだ。
「…少しでも手抜いたら、後で覚えておけよ?」
そんな2人に向かって、ロインはフッと笑みをこぼした。そしてそれを合図に、剣士達は再び剣をぶつけ合い、アーリアは詠唱を開始した。
「魔神剣!」
「魔神剣・双牙!」
「タイタンウェイブ!」
「逃がさない!シャドウエッジ!」
カイウスの魔神剣とロインの魔神剣・双牙、そしてティルキスのタイタンウェイブ。4つの衝撃波が同時に放たれ、衝突し、建物の中だというのに激しい爆発が起き、付近にあった本棚はことごとく倒れ、収められていた本は散乱していった。その爆発によって起きた煙で奪われた視界を取り戻そうとティルキスが動こうとした刹那、漆黒の刃が複数床から生え、彼の足を止めていく。そして、ただ動きを止めるだけではない。うち何本かは彼を直撃し、ダメージを与えていく。そして煙がはれる間際、闇の刃と入れ替わるように少年たちの剣が襲いかかった。
「くっ!プロミネントゥレイス!」
「きゃぁっ!」
その斬撃を、先ほどのようなバリアで防ぎ、直後、ティルキスを中心に四方向に火の衝撃波が放たれた。攻防一体の彼の必殺技は、ロインとカイウスを弾き飛ばすだけではなく、その衝撃波で後衛のアーリアまでダメージを与える事に成功した。
「アーリア!?」
「平気よ。こっちはいいから、集中して!」
思わず上がるカイウスの声。しかし、アーリアは力強い声で彼にそう返したのだった。そのやり取りの間、ロインはティルキスの表情を窺っていた。聞けば、ティルキスにとってアーリアは大切な存在だという。だが、その彼女が自身の技で傷を負ったというのに、戸惑う様子は見られない。
(気に食わねえな。)
仮にロイン同様に心を閉ざしているのだとしても、愛しい存在を傷つけて何も思わないはずがない。例えカイウスに本気で斬りかかれても、アーリアに同じ真似は出来ないだろう。そうした考えを覆されるようなティルキスの態度に、なぜだかロインはイラつかされた。チッと舌打ちをひとつし、雄たけびと共に懐に飛び込み、剣を一閃させた。ティルキスはそれを上手くステップだけでかわして見せ、剣の柄でロインの胴へ一撃お見舞いしてみせる。それに顔をしかめながらも、彼はただやられるだけでは終わらず、くるりと回転しながら剣を横に払い、これまたティルキスの胴に浅くも一太刀浴びせて見せたのだった。だが、それでも彼は、余裕の垣間見える笑みを口元に浮かべていた。だが、それはすぐに消え失せた。
「飛天翔駆!」
接近してぶつかり合う2人を裂くように、カイウスの技がティルキスへと襲いかかった。彼の剣自体は防ぎきったものの、その勢いを抑えるには至らず、ティルキスは後ろへ数メートル吹き飛ばされていった。
「油断してると、痛い目見るぜ?ティルキス!」
ニッと不敵に笑みを浮かべカイウスが、そしてロインも同時に、剣を向けて迫ってきた。そんな2人を睨み返し、ティルキスも両の足に力を込め、剣を構えなおした。