第12章 砂漠の亡霊 X
死都の夜はひどく静かだった。石造りの町並みに夜の空気は冷たく漂い、星空は現状を忘れさせるほど美しい。
「またここに来る事になるとは、思ってもみなかったな。」
「行くと決めたのは貴方でしょ、ティルキス。」
中央の塔の2階。図書室の片隅で、アーリアはティルキスの怪我を手当てしていた。治癒術と薬を使いながら、彼女は笑っているティルキスに軽い睨みを送っていた。
「一言くらい残してくれれば、こんなに心配しなかったのに。」
「そんなことしたら、君は絶対に後を追ってくるだろう?」
「当然よ。」
手の甲に負った傷口をぺしっと叩きながら、アーリアは説教じみた口調で言った。
「だいたい、あのあと大変だったのよ?アスピス様や貴方のお兄様方に、突然ティルキスがいなくなっただなんて…どうやって説明しろって言うのよ。一緒にいた部隊の誰も行方を知らないんだもの。危うく大騒ぎだわ。」
「わ、悪かったよ…。」
ティルキスは痛みで顔をしかめながらもまだ、苦笑いを続けていた。その様子に、アーリアはとうとう溜息しか出なくなっていた。
「センシビアの様子は?」
少しの沈黙の後、彼は笑いを止め、静かに尋ねた。アーリアは先ほどの傷口に包帯を巻きながら口を開いた。
「スポットの発生が確認された土地を中心に、兵を駐在させているわ。必ず2人以上で行動し、特にスポットゾンビと接触した後は、毒を受けた可能性を考慮して治療班のテントで様子を見るように。そう一括して指示が出されているわ。毒は、あの時に解毒が出来るってわかったから、それに関する二次被害はでないはずよ。」
「そうか。」
その報告にほっとしたようで、ティルキスは微笑を浮かべながら窓の外へ視線を向けた。つられるようにしてアーリアもそちらへ視線を動かせば、ティルキスがぽつりと呟くように口を開いた。
「ここの“門”は閉じたようだし、他もそうだといいんだが。」
「それはわからないわね。ここで行われた生命の法は100年以上昔に行われたものだし、わたしたちの知る失敗例とは多少異なるもの。ここだけ他と事情が違ってもおかしくないわ。」
2年前、この地で生命の法を行った者からは、当時スポットという化物は現れなかったと聞いた。一夜にして全てを呑みこみ、生き残ったレイモーンの民の命を、周囲の自然を消し去ったという。生命の法として未熟だったせいだろうと、彼らに語って聞かせた者は推測していた。“門”を維持するだけの空間の歪みが、さほど発生していなかったのかもしれない。あるいは、この100年もの歳月の間に、歪みが修整されてしまっているかもしれない。他の地と同様に見ることは難しいだろう。
「それにしても、この砂漠にまた来るなんて、思ってもなかったわ。」
怪我の治療を終え、アーリアは静かに立ち上がり、窓辺へ向かった。そしてそこから見える景色を、ぼんやりと見つめていた。ティルキスの目には、そんな彼女が月光に照らし出され、儚くも美しく映った。そしてアーリアの目には、城下を動き回る3つの影が見えていた。
「では、我々は徐々に受け入れられているのですね?」
その影のうちの一つ、ベディーは隣を歩くフォレストを見上げながら尋ねた。フォレストはその問いに頷きはしなかったが、表情は曇りのないものだった。
「今はまだ、スポットという脅威から立ち向かうために休戦状態にあるようなものだ。真の共存とは言えぬ。だが、このような機会のおかげで、レイモーンの民に対する偏見は少しずつでも取り除いていけるはずだ。」
「そうですか。」
ベディーはその答えに、希望を感じ取っていた。かつてこの地を追われた時とは違い、自分たちの身を危険にさらす制度は消え、共存のために再び立ち上がった同胞がいる。それだけで、アレウーラという地に希望を持てるようになったのだ。
「そういえば、ルキウスはカイウスと双子なんだろう?ってことは、あいつもレイモーンの民なのか?よく教皇なんて地位につけたな。」
その時、フォレストを挟んでベディーとは反対側から、ラミーがふと思い出したように声をあげた。彼ら兄弟はハーフであり、獣人の力を持っている。つい2年前までリカンツ狩りをしていた教会の長につける立場にはいないだろう。そう考えたのだ。その質問に、フォレストは少し寂しい顔をした。
「ルキウスがレイモーンの血を引いていることは、おそらく俺たち以外誰も知らないだろう。カイウスもそうだが、彼はレイモーンの民の証であるザンクトゥを持たない。だから、獣人化さえしなければ、気付く者はそういないだろう。」
「じゃあ教会の連中、自分たちがリカンツって蔑んでる奴らを慕ってるっていうのか?皮肉だな、そりゃ。」
ラミーはそう言って、はあ〜っとため息をついた。そして一方で、自分の出生を明かせない立場にいるルキウスに、同情に近い感情を抱いた。ヒトとレイモーンの民の共存のためには、それまでリカンツ狩りを推奨していた教会から変わっていく必要がある。そのためとはいえ、レイモーンの民であることを隠して指揮を執らなければならないという、肩身の狭い、孤独な戦いを続けているのだ。
「だが時が来れば、ヒトとレイモーンの民が共存できるようになったなら、ルキウスはもうそのことを隠さなくて済むだろう。むしろ、自分から告知するかもしれぬな。」
しかし彼もカイウス同様、今は自分の中の獣人を認めることができている。自分を認める心を持った今、自身の血を恨み、周囲から押しつぶされるということはないだろう。そのことを知っているフォレストは、諭すような口調でラミーに言った。
「そうだといいね。」
差別のない、共存できる時代。ラミーにとって、それはアルミネの里を連想させる言葉だった。それぞれ傷を抱えた者が集まってできた集落だが、獣人化できるからと言って、ベディーやナブたちを排除するものは誰もいなかった。故郷を思い浮かべ、ラミーは星空を見上げながら呟いた。
「そうなれば、ベディーみたいに一国の姫を人質に交渉、なんてことする奴もいなくなるだろうしさ。」
彼女はケラケラ笑いながらベディーへ視線を向けた。言われた本人はその内容に動揺も何も覚えなかったのだが、その2人の間にいる人物は目を丸くし、そして呆れた視線を彼へと向けたのだった。
「ティルキス様以上の破天荒者だな・・・。」
「それ、褒め言葉として受け取っておきますよ。」
ベディーは肩をすくませ、苦笑を携えながら返した。
―――やっぱり、ティマを連れてこなくて良かった。
目の前にあるレイモーンの石像を見つめながら、ロインは思った。かつて栄えたレイモーンの王国。ベディーやマリワナたちの種の故郷。それがこんな場所だと知ったら、彼女は悲しみで暮れていただろう。いや、それも乗り越えていくのだろうか?石となったレイモーンの背にそっと触れながら、ロインはただつまらないことを思っていた。
「ロイン。ここにいたのか。」
そこへ現れたカイウスとルビア。ロインは静かに視線を2人へと向け、石像から離れた。
「いつの間にか1人でいなくなってるんだもの。心配させないでよ。」
「誰も、心配してくれ、って言ってねえ。」
「そう言うとは思っていたけど。黙って一人で行動する癖、治す気ないんだろ?」
「誰も、治す、とは言ってねえ。」
ふくれるルビアと呆れるカイウス。そんな2人を、ロインは面倒そうにあしらうだけだった。それなのに、なぜか2人は顔を見合わせ、くすっと笑い声を上げた。
「なんだよ?」
「ううん。ただ、ティマがいなくても、こうして会話ができるようになったなぁって改めて思ったら、不思議で、可笑しくて。」
ロインが面白くなさそうにその意味を聞くと、ルビアは微笑みながら答えた。一方で、ロインはその答えに眉間にしわを寄せ、いらついた様子で顔をそらした。
「ロイン。何をイラついてるんだよ?」
その様子に、違う意味でカイウスが呆れて声をかけた。すると、ロインはそれ以上踏み込むなと言わんばかりの眼光で睨みつけてきたのだ。それは、彼と初めて出会った頃に向けられた、他者を受け入れない威嚇の瞳だった。
「お前には関係ない。オレに構うな!」
「関係大アリだっての!」
だがカイウスは、その眼差しと言葉を突き返した。負けじと大股でロインに近寄り、目の前で睨みあった。
「自分で仕方ないって言って、ティマをイーバオに送り返したんだろう?それなのに、なんで苛立ってるんだ?なんで拒絶してるんだ?ロインは自分の選択を後悔しているのか?」
「…何が言いたい?」
「ティルキスとアーリアを見ただろう?ティルキスは自分の意志でアーリアを残してここに来たけど、彼女がいないからって心を乱したりしていなかった。ロインはティマの名前を出すだけでこの様だ。後悔するようなら、やっぱり離れるべきじゃなかったんだ。」
少しだけ語調を落ちつかせ、カイウスは言った。それに対し、ロインはまだ威嚇するような瞳のままだった。
「だから何だ。オレを非難したいだけなら、とっとと行けよ。」
「違う!ロイン自身が納得していない事に、オレ達も納得できると思っているのか!?…ティマを迎えに行こう。心配なら、やっぱり一緒にいた方がいいと思う。」
「…オレにティマは守れない。またあいつを傷つける事だけは…」
「ああ〜〜、もう!!じれったいなあ!」
カイウスの言う事に、ようやくロインは威嚇を解いた。だが、彼の口が紡ぐのは、その提案を拒む言葉ばかりで。すると、それまで2人のやり取りを見守っていたルビアが痺れを切らしたように大声をあげた。
「そんなつまらない『約束』のためにロインと離れなきゃいけないっていうなら、ティマはその『約束』を喜んで破棄するわよ!男の子って余計なことばっかり考えて、女の子の事情なんてまるで考えてないんだから!」
「ちょっと待て、ルビア。『男の子』ってひとくくりにするなよ!」
「何よ。カイウスだって同じようなもんじゃない。」
「ロインと一緒にするなよ!オレならあんな強引に別れたりしないで、ちゃんとルビアの気持ちも考えるぜ!」
「嘘ばっかり!獣人化できるってわかった頃、こっちの気も知らないで自分の事『化物化物』ばっかり言ってたじゃないのよ!もうヤダ。バカとは付き合ってられないわ!」
「なっ!なんだと、ルビア!」
「何よ!間違ったこと言ってる?」
「お前らうるせえよ!」
いつの間にか人の事を放り出して喧嘩を始めた2人目がけて、ロインが怒号を飛ばした。ただでさえイラついているのに、無視をされるという思ってもいなかった扱いを受け、その怒りは次期に頂点に到達しようとしていた。
「とにかく!ティマとの事は2人で話し合わないとダメ。ロイン一人の勝手な気持ちで、ティマを、ロイン自身も悲しませたくないならね。というわけで、一回イーバオに戻るわよ!ティマを迎えに行くの!」
「そういうお前も人の気持ち丸無視だろ!」
「何よ、文句ある?いつまでもはっきりしないロインが悪いんでしょ!?」
ルビアはカイウスから弾けるように顔を逸らし、そしてその勢いのままロインに言いたい事を吐いた。その強制決定に反論するロインに、ルビアは興奮で紅潮してきた顔で睨みつける。喧嘩の相手をロインにすり替え、珍しい組み合わせで争いが起きようとしていた、その時、中央の塔から小さな爆発音が響いた。
「またここに来る事になるとは、思ってもみなかったな。」
「行くと決めたのは貴方でしょ、ティルキス。」
中央の塔の2階。図書室の片隅で、アーリアはティルキスの怪我を手当てしていた。治癒術と薬を使いながら、彼女は笑っているティルキスに軽い睨みを送っていた。
「一言くらい残してくれれば、こんなに心配しなかったのに。」
「そんなことしたら、君は絶対に後を追ってくるだろう?」
「当然よ。」
手の甲に負った傷口をぺしっと叩きながら、アーリアは説教じみた口調で言った。
「だいたい、あのあと大変だったのよ?アスピス様や貴方のお兄様方に、突然ティルキスがいなくなっただなんて…どうやって説明しろって言うのよ。一緒にいた部隊の誰も行方を知らないんだもの。危うく大騒ぎだわ。」
「わ、悪かったよ…。」
ティルキスは痛みで顔をしかめながらもまだ、苦笑いを続けていた。その様子に、アーリアはとうとう溜息しか出なくなっていた。
「センシビアの様子は?」
少しの沈黙の後、彼は笑いを止め、静かに尋ねた。アーリアは先ほどの傷口に包帯を巻きながら口を開いた。
「スポットの発生が確認された土地を中心に、兵を駐在させているわ。必ず2人以上で行動し、特にスポットゾンビと接触した後は、毒を受けた可能性を考慮して治療班のテントで様子を見るように。そう一括して指示が出されているわ。毒は、あの時に解毒が出来るってわかったから、それに関する二次被害はでないはずよ。」
「そうか。」
その報告にほっとしたようで、ティルキスは微笑を浮かべながら窓の外へ視線を向けた。つられるようにしてアーリアもそちらへ視線を動かせば、ティルキスがぽつりと呟くように口を開いた。
「ここの“門”は閉じたようだし、他もそうだといいんだが。」
「それはわからないわね。ここで行われた生命の法は100年以上昔に行われたものだし、わたしたちの知る失敗例とは多少異なるもの。ここだけ他と事情が違ってもおかしくないわ。」
2年前、この地で生命の法を行った者からは、当時スポットという化物は現れなかったと聞いた。一夜にして全てを呑みこみ、生き残ったレイモーンの民の命を、周囲の自然を消し去ったという。生命の法として未熟だったせいだろうと、彼らに語って聞かせた者は推測していた。“門”を維持するだけの空間の歪みが、さほど発生していなかったのかもしれない。あるいは、この100年もの歳月の間に、歪みが修整されてしまっているかもしれない。他の地と同様に見ることは難しいだろう。
「それにしても、この砂漠にまた来るなんて、思ってもなかったわ。」
怪我の治療を終え、アーリアは静かに立ち上がり、窓辺へ向かった。そしてそこから見える景色を、ぼんやりと見つめていた。ティルキスの目には、そんな彼女が月光に照らし出され、儚くも美しく映った。そしてアーリアの目には、城下を動き回る3つの影が見えていた。
「では、我々は徐々に受け入れられているのですね?」
その影のうちの一つ、ベディーは隣を歩くフォレストを見上げながら尋ねた。フォレストはその問いに頷きはしなかったが、表情は曇りのないものだった。
「今はまだ、スポットという脅威から立ち向かうために休戦状態にあるようなものだ。真の共存とは言えぬ。だが、このような機会のおかげで、レイモーンの民に対する偏見は少しずつでも取り除いていけるはずだ。」
「そうですか。」
ベディーはその答えに、希望を感じ取っていた。かつてこの地を追われた時とは違い、自分たちの身を危険にさらす制度は消え、共存のために再び立ち上がった同胞がいる。それだけで、アレウーラという地に希望を持てるようになったのだ。
「そういえば、ルキウスはカイウスと双子なんだろう?ってことは、あいつもレイモーンの民なのか?よく教皇なんて地位につけたな。」
その時、フォレストを挟んでベディーとは反対側から、ラミーがふと思い出したように声をあげた。彼ら兄弟はハーフであり、獣人の力を持っている。つい2年前までリカンツ狩りをしていた教会の長につける立場にはいないだろう。そう考えたのだ。その質問に、フォレストは少し寂しい顔をした。
「ルキウスがレイモーンの血を引いていることは、おそらく俺たち以外誰も知らないだろう。カイウスもそうだが、彼はレイモーンの民の証であるザンクトゥを持たない。だから、獣人化さえしなければ、気付く者はそういないだろう。」
「じゃあ教会の連中、自分たちがリカンツって蔑んでる奴らを慕ってるっていうのか?皮肉だな、そりゃ。」
ラミーはそう言って、はあ〜っとため息をついた。そして一方で、自分の出生を明かせない立場にいるルキウスに、同情に近い感情を抱いた。ヒトとレイモーンの民の共存のためには、それまでリカンツ狩りを推奨していた教会から変わっていく必要がある。そのためとはいえ、レイモーンの民であることを隠して指揮を執らなければならないという、肩身の狭い、孤独な戦いを続けているのだ。
「だが時が来れば、ヒトとレイモーンの民が共存できるようになったなら、ルキウスはもうそのことを隠さなくて済むだろう。むしろ、自分から告知するかもしれぬな。」
しかし彼もカイウス同様、今は自分の中の獣人を認めることができている。自分を認める心を持った今、自身の血を恨み、周囲から押しつぶされるということはないだろう。そのことを知っているフォレストは、諭すような口調でラミーに言った。
「そうだといいね。」
差別のない、共存できる時代。ラミーにとって、それはアルミネの里を連想させる言葉だった。それぞれ傷を抱えた者が集まってできた集落だが、獣人化できるからと言って、ベディーやナブたちを排除するものは誰もいなかった。故郷を思い浮かべ、ラミーは星空を見上げながら呟いた。
「そうなれば、ベディーみたいに一国の姫を人質に交渉、なんてことする奴もいなくなるだろうしさ。」
彼女はケラケラ笑いながらベディーへ視線を向けた。言われた本人はその内容に動揺も何も覚えなかったのだが、その2人の間にいる人物は目を丸くし、そして呆れた視線を彼へと向けたのだった。
「ティルキス様以上の破天荒者だな・・・。」
「それ、褒め言葉として受け取っておきますよ。」
ベディーは肩をすくませ、苦笑を携えながら返した。
―――やっぱり、ティマを連れてこなくて良かった。
目の前にあるレイモーンの石像を見つめながら、ロインは思った。かつて栄えたレイモーンの王国。ベディーやマリワナたちの種の故郷。それがこんな場所だと知ったら、彼女は悲しみで暮れていただろう。いや、それも乗り越えていくのだろうか?石となったレイモーンの背にそっと触れながら、ロインはただつまらないことを思っていた。
「ロイン。ここにいたのか。」
そこへ現れたカイウスとルビア。ロインは静かに視線を2人へと向け、石像から離れた。
「いつの間にか1人でいなくなってるんだもの。心配させないでよ。」
「誰も、心配してくれ、って言ってねえ。」
「そう言うとは思っていたけど。黙って一人で行動する癖、治す気ないんだろ?」
「誰も、治す、とは言ってねえ。」
ふくれるルビアと呆れるカイウス。そんな2人を、ロインは面倒そうにあしらうだけだった。それなのに、なぜか2人は顔を見合わせ、くすっと笑い声を上げた。
「なんだよ?」
「ううん。ただ、ティマがいなくても、こうして会話ができるようになったなぁって改めて思ったら、不思議で、可笑しくて。」
ロインが面白くなさそうにその意味を聞くと、ルビアは微笑みながら答えた。一方で、ロインはその答えに眉間にしわを寄せ、いらついた様子で顔をそらした。
「ロイン。何をイラついてるんだよ?」
その様子に、違う意味でカイウスが呆れて声をかけた。すると、ロインはそれ以上踏み込むなと言わんばかりの眼光で睨みつけてきたのだ。それは、彼と初めて出会った頃に向けられた、他者を受け入れない威嚇の瞳だった。
「お前には関係ない。オレに構うな!」
「関係大アリだっての!」
だがカイウスは、その眼差しと言葉を突き返した。負けじと大股でロインに近寄り、目の前で睨みあった。
「自分で仕方ないって言って、ティマをイーバオに送り返したんだろう?それなのに、なんで苛立ってるんだ?なんで拒絶してるんだ?ロインは自分の選択を後悔しているのか?」
「…何が言いたい?」
「ティルキスとアーリアを見ただろう?ティルキスは自分の意志でアーリアを残してここに来たけど、彼女がいないからって心を乱したりしていなかった。ロインはティマの名前を出すだけでこの様だ。後悔するようなら、やっぱり離れるべきじゃなかったんだ。」
少しだけ語調を落ちつかせ、カイウスは言った。それに対し、ロインはまだ威嚇するような瞳のままだった。
「だから何だ。オレを非難したいだけなら、とっとと行けよ。」
「違う!ロイン自身が納得していない事に、オレ達も納得できると思っているのか!?…ティマを迎えに行こう。心配なら、やっぱり一緒にいた方がいいと思う。」
「…オレにティマは守れない。またあいつを傷つける事だけは…」
「ああ〜〜、もう!!じれったいなあ!」
カイウスの言う事に、ようやくロインは威嚇を解いた。だが、彼の口が紡ぐのは、その提案を拒む言葉ばかりで。すると、それまで2人のやり取りを見守っていたルビアが痺れを切らしたように大声をあげた。
「そんなつまらない『約束』のためにロインと離れなきゃいけないっていうなら、ティマはその『約束』を喜んで破棄するわよ!男の子って余計なことばっかり考えて、女の子の事情なんてまるで考えてないんだから!」
「ちょっと待て、ルビア。『男の子』ってひとくくりにするなよ!」
「何よ。カイウスだって同じようなもんじゃない。」
「ロインと一緒にするなよ!オレならあんな強引に別れたりしないで、ちゃんとルビアの気持ちも考えるぜ!」
「嘘ばっかり!獣人化できるってわかった頃、こっちの気も知らないで自分の事『化物化物』ばっかり言ってたじゃないのよ!もうヤダ。バカとは付き合ってられないわ!」
「なっ!なんだと、ルビア!」
「何よ!間違ったこと言ってる?」
「お前らうるせえよ!」
いつの間にか人の事を放り出して喧嘩を始めた2人目がけて、ロインが怒号を飛ばした。ただでさえイラついているのに、無視をされるという思ってもいなかった扱いを受け、その怒りは次期に頂点に到達しようとしていた。
「とにかく!ティマとの事は2人で話し合わないとダメ。ロイン一人の勝手な気持ちで、ティマを、ロイン自身も悲しませたくないならね。というわけで、一回イーバオに戻るわよ!ティマを迎えに行くの!」
「そういうお前も人の気持ち丸無視だろ!」
「何よ、文句ある?いつまでもはっきりしないロインが悪いんでしょ!?」
ルビアはカイウスから弾けるように顔を逸らし、そしてその勢いのままロインに言いたい事を吐いた。その強制決定に反論するロインに、ルビアは興奮で紅潮してきた顔で睨みつける。喧嘩の相手をロインにすり替え、珍しい組み合わせで争いが起きようとしていた、その時、中央の塔から小さな爆発音が響いた。