第12章 砂漠の亡霊 Y
3人は突然耳に入ったその音に驚き、嘘のように静かになった。そして再び聞こえた爆音。それはまるで花火のようにあがった、おそらくアーリアのものであろうプリセプツが弾けた音だった。
「なんだ?」
「アーリア達が、何かを見つけたのかも。ロイン、ルビア、塔に戻るぞ。」
「ええ。」
今この時に非常事態が起きるなど予想もしていなかった彼らに、それが何の合図であるか、打ち合わせてもいないのに理解できるはずがない。彼らに今できるのは、打ち上げられたプリセプツの意味を知るために塔に戻る事だけだった。
「ティルキス!アーリア!さっきのは何だ?」
塔の1階に駆けこんだ直後、同じくその場に集まっていたラミー達の姿が目に入った。そして続いて視界に入ったティルキスとアーリアに向かって、カイウスが大声で尋ねる。その声に振り返った仲間達。ロイン達同様、わずかに戸惑いを見せていたが、さして慌ててはいなかった。
「ああ。今フォレストたちにも説明するところだ。」
呼吸を落ちつかせているロインたちを見て、ティルキスはけわしい表情で、静かに切り出した。
「砂漠から、黒い集団がこちらに向かってくるのが見えた。おそらく、スポット達だ。」
「なっ!?なんで突然!」
ラミーが驚き声をあげる。ティルキスはラミー以外の驚愕している仲間にも向かって、冷静に告げた。
「奴らは『俺が』ここにいる、ということしか知らないはずだ。このタイミングで来たのは、ただの偶然だろうな。」
「それは、ティルキス様を狙って、ということですか?」
眉をしかめたフォレストに、ティルキスは苦い笑みを見せた。
「かもな。奴らにとって、俺は多くの同胞を討った邪魔者であり、獲物であり、仇だからな。」
「仇?」
「2年前にアレウーラ王を倒した一人。いつの間にか、奴らにそう認識されていた。」
首を傾げたベディー。彼にティルキスが返した言葉は、同様に戦ったカイウスらも人事ではないという事を思い知らされた。もしかすると、フェルンで襲いかかってきたスポットらは、アール山から逃れたロインを、というよりは、王の仇であるカイウスとルビアを追ってきたのかもしれない。
「そんなことより、みんなどうするの?奴らが来る前に逃げるのか、立ち向かうのか。」
話を戻すように、アーリアがロインらに問いかける。ティルキスとアーリアが視認できるほどの距離まで、スポットらはすでにせまっている。決断し、行動に移すなら今しかない。だが、一行に迷う必要などなかった。
「当然迎え撃つ。スポットからこっちに来てくれるなら、都合がいいぜ。」
真っ先に答えたのは、にやりと笑みを浮かべるラミーだった。だがそんな彼女にとって、ルビアが厳しい言葉を放った。
「ラミー。あなたはフォローにまわって。今の体調で前衛は無理だわ。」
「はぁ!?こんなお楽しみ、そうない機会だって言うのに!」
「じゃあ、バキラの事殴る前に動けなくなってもいいんだ?」
「あの白髪ジジイはあたいが殴るの!」
「じゃあ言う事聞きなさい。」
ルビアの言う事に、ラミーはぐぅの音も出なくなる。だが、少し全力で走るだけで発作を起こすようになってしまった身体に、前衛で戦うのは無理な事だろう。
「ティルキスも、あんまり無理しないでくれよ。」
カイウスはあちこちに包帯を巻いた姿のティルキスにそう言った。自分たちとの戦いで傷を負っている。治癒術であらかた良くなっているとはいえ、無理は禁物だろう。ティルキスもそれを理解しており、ふっと笑みを浮かべでカイウスに返した。
客は、それから30分もしないうちに現れた。ロイン達は、彼らを死都の西門で迎えた。人数はこちらが8人なのに対し、むこうは70を超えるか超えないかくらいの団体でやってきた―――もっとも、その中には「人」と数えられるかどうか怪しい影達も含まれているが。前衛に立ったロインたちの前には、武器を持ち構えたスポットゾンビらが赤い瞳をぎらつかせている。
「こりゃまた大勢で、ご苦労なことだな。」
余裕の表情で笑うティルキス。彼はむこうの勢力を、両端から後ろまでその数を数えるように眺めた。だがその時、彼は表情を一変させた。その異変に気付いたロイン達は、彼が見つめる先へ視線を向けた。すると、そこには一人の男がいた。黒い鎧に身を包んだ、長い金髪が特徴的な人物。その瞳は赤く、スポットが憑依している一人であることがわかる。だが、それだけのように思える。ロインはティルキスの変化の理由がわからず、眉をしかめ、カイウスへと視線を向けた。すると、ロインと違い、カイウスはティルキスと同様、嫌な汗を浮かべてその男に釘づけになっていた。良く見ればルビアも、フォレストも、アーリアも同様だ。2年前にこの地を旅して巡った仲間達だけが、その男に視線を集中させていた。その中で、アーリアが最もひどい顔をしている。手にしている杖が震えるのがわかり、瞳は今にも泣きそうなくらいだった。
「ルビア。あいつは何者だ?」
ただならぬ空気に、思わず声をひそめてラミーが尋ねた。ルビアはまだ例の男に釘づけになりながらも、震える声でそれに答えた。
「あたし達と戦って死んだ2年前の黒騎士団の団長、アルバート・ミュラーよ。さっき話した、アーリアの幼馴染なの。」
「なんだって…!」
それを耳にしたロイン、ラミー、ベディーは改めて男へと目を向けた。端正な顔に余裕の表情を浮かべ、彼、アルバートは集団の最前列へと移動してきた。
「久しぶりだな、反逆者ども。…アーリア。まだそんな奴らと一緒にいたのか。」
「っ…!」
忘れもしない懐かしい声がその名を呼んだ時、アーリアは肩をびくっと揺らした。今にも涙をこぼしてしまいそうな彼女に、追い打ちをかけるかのごとく、穏やかな眼差しが向けられている。
「アーリア、気を確かに持て!やつらは憑依した対象の記憶を持っている。そいつはアルバートの皮を被った化物だ!」
そんなアーリアをかばうように、2人の間に割って入ったティルキス。だが、その言葉にアルバートは可笑しそうに笑い声をあげた。
「何がおかしい?」
「いや。ティルキス・バローネ、貴様の言うことは正しい。ただし、その化物を内に屈服させることが出来れば、この身を自らの意思で動かすことが可能だ。つまり、私はアルバート・ミュラーそのものなのだよ。」
アルバートはそう言い、夜空を仰いで再び笑い声をあげた。一方、ティルキスとアーリアを始め、カイウスらは戦慄していた。この大勢に加え、以前と変わらぬ力を持つアルバートそのものを相手にしなければならないのだ。彼がいかに強敵であったかは、戦った当人が覚えていた。
「ティルキス様、ここは私にお任せ下さい。」
心を揺らすアーリアを気遣う彼に、フォレストが言って駆けた。斧を振り上げてアルバートへと向かっていく。だが鈍い音を立ててその刃を受け止めたのは、彼にとって予想外の人物だった。
「あなたは…!」
「おまえの相手は、この俺だ。」
目を丸くして一度後退したフォレストに、その男は赤い瞳をぎらつかせて叫んだ。容姿がどことなくアルバートに似ているが、ロインらはもちろん、カイウスらに覚えはない。8人の中で彼の者を知っていたのは、フォレストとアーリアだけだった。
「バー…ジェス…さん……。」
アーリアが震えた声で男の名を紡いだ。ティルキスが驚いて後ろにいる彼女を、そして前に立つフォレストを見た。
「フォレストさん。そいつは?」
驚愕でいっぱいになっているアーリアには聞けない。カイウスはフォレストに声をあげて尋ねた。バージェスと呼ばれた男は、手にした剣をおろしながらも、隙を与えずに構えてこちらを見ていた。
「バージェス…。16年前のジャンナ事件で俺たちに斬りかかり、トールス以外の仲間を殺し…そして、俺が息の根を止めた男だ。」
フォレストは辛そうな表情で言った。それを聞き、アルバートは興味深そうに首を横に傾けた。
「ほう?我が兄上の命を奪ったのがそこのリカンツだったとはな。奇妙な縁もあるものだな。」
「なんだと!?」
アルバートの発言に、フォレストは目を丸くした。そしてその真偽を問うように、彼は自身を抱きしめるようにして震えているアーリアへ視線を向けた。すると、彼女はこくりと小さく頷いた。
「バージェスさんは、アルバートの15歳年上の兄です。フォレストさんとそんな繋がりがあるなんて、わたしも知らなかったけれど…。」
彼女の瞳は悲しそうで、バージェスの命を奪ったというフォレストに対し、驚きはしたものの怒りはなかった。ただ、懐かしい2人が再び目の前に現れたことに放心していた。生きていた頃、ミュラー兄弟は15歳も年が離れていた。それが今、大きな年の差が埋まり、並んで目の前にいる。おかしな光景だった。そして、フォレストやアーリアの心を攻め続けていた。
「なんだ?」
「アーリア達が、何かを見つけたのかも。ロイン、ルビア、塔に戻るぞ。」
「ええ。」
今この時に非常事態が起きるなど予想もしていなかった彼らに、それが何の合図であるか、打ち合わせてもいないのに理解できるはずがない。彼らに今できるのは、打ち上げられたプリセプツの意味を知るために塔に戻る事だけだった。
「ティルキス!アーリア!さっきのは何だ?」
塔の1階に駆けこんだ直後、同じくその場に集まっていたラミー達の姿が目に入った。そして続いて視界に入ったティルキスとアーリアに向かって、カイウスが大声で尋ねる。その声に振り返った仲間達。ロイン達同様、わずかに戸惑いを見せていたが、さして慌ててはいなかった。
「ああ。今フォレストたちにも説明するところだ。」
呼吸を落ちつかせているロインたちを見て、ティルキスはけわしい表情で、静かに切り出した。
「砂漠から、黒い集団がこちらに向かってくるのが見えた。おそらく、スポット達だ。」
「なっ!?なんで突然!」
ラミーが驚き声をあげる。ティルキスはラミー以外の驚愕している仲間にも向かって、冷静に告げた。
「奴らは『俺が』ここにいる、ということしか知らないはずだ。このタイミングで来たのは、ただの偶然だろうな。」
「それは、ティルキス様を狙って、ということですか?」
眉をしかめたフォレストに、ティルキスは苦い笑みを見せた。
「かもな。奴らにとって、俺は多くの同胞を討った邪魔者であり、獲物であり、仇だからな。」
「仇?」
「2年前にアレウーラ王を倒した一人。いつの間にか、奴らにそう認識されていた。」
首を傾げたベディー。彼にティルキスが返した言葉は、同様に戦ったカイウスらも人事ではないという事を思い知らされた。もしかすると、フェルンで襲いかかってきたスポットらは、アール山から逃れたロインを、というよりは、王の仇であるカイウスとルビアを追ってきたのかもしれない。
「そんなことより、みんなどうするの?奴らが来る前に逃げるのか、立ち向かうのか。」
話を戻すように、アーリアがロインらに問いかける。ティルキスとアーリアが視認できるほどの距離まで、スポットらはすでにせまっている。決断し、行動に移すなら今しかない。だが、一行に迷う必要などなかった。
「当然迎え撃つ。スポットからこっちに来てくれるなら、都合がいいぜ。」
真っ先に答えたのは、にやりと笑みを浮かべるラミーだった。だがそんな彼女にとって、ルビアが厳しい言葉を放った。
「ラミー。あなたはフォローにまわって。今の体調で前衛は無理だわ。」
「はぁ!?こんなお楽しみ、そうない機会だって言うのに!」
「じゃあ、バキラの事殴る前に動けなくなってもいいんだ?」
「あの白髪ジジイはあたいが殴るの!」
「じゃあ言う事聞きなさい。」
ルビアの言う事に、ラミーはぐぅの音も出なくなる。だが、少し全力で走るだけで発作を起こすようになってしまった身体に、前衛で戦うのは無理な事だろう。
「ティルキスも、あんまり無理しないでくれよ。」
カイウスはあちこちに包帯を巻いた姿のティルキスにそう言った。自分たちとの戦いで傷を負っている。治癒術であらかた良くなっているとはいえ、無理は禁物だろう。ティルキスもそれを理解しており、ふっと笑みを浮かべでカイウスに返した。
客は、それから30分もしないうちに現れた。ロイン達は、彼らを死都の西門で迎えた。人数はこちらが8人なのに対し、むこうは70を超えるか超えないかくらいの団体でやってきた―――もっとも、その中には「人」と数えられるかどうか怪しい影達も含まれているが。前衛に立ったロインたちの前には、武器を持ち構えたスポットゾンビらが赤い瞳をぎらつかせている。
「こりゃまた大勢で、ご苦労なことだな。」
余裕の表情で笑うティルキス。彼はむこうの勢力を、両端から後ろまでその数を数えるように眺めた。だがその時、彼は表情を一変させた。その異変に気付いたロイン達は、彼が見つめる先へ視線を向けた。すると、そこには一人の男がいた。黒い鎧に身を包んだ、長い金髪が特徴的な人物。その瞳は赤く、スポットが憑依している一人であることがわかる。だが、それだけのように思える。ロインはティルキスの変化の理由がわからず、眉をしかめ、カイウスへと視線を向けた。すると、ロインと違い、カイウスはティルキスと同様、嫌な汗を浮かべてその男に釘づけになっていた。良く見ればルビアも、フォレストも、アーリアも同様だ。2年前にこの地を旅して巡った仲間達だけが、その男に視線を集中させていた。その中で、アーリアが最もひどい顔をしている。手にしている杖が震えるのがわかり、瞳は今にも泣きそうなくらいだった。
「ルビア。あいつは何者だ?」
ただならぬ空気に、思わず声をひそめてラミーが尋ねた。ルビアはまだ例の男に釘づけになりながらも、震える声でそれに答えた。
「あたし達と戦って死んだ2年前の黒騎士団の団長、アルバート・ミュラーよ。さっき話した、アーリアの幼馴染なの。」
「なんだって…!」
それを耳にしたロイン、ラミー、ベディーは改めて男へと目を向けた。端正な顔に余裕の表情を浮かべ、彼、アルバートは集団の最前列へと移動してきた。
「久しぶりだな、反逆者ども。…アーリア。まだそんな奴らと一緒にいたのか。」
「っ…!」
忘れもしない懐かしい声がその名を呼んだ時、アーリアは肩をびくっと揺らした。今にも涙をこぼしてしまいそうな彼女に、追い打ちをかけるかのごとく、穏やかな眼差しが向けられている。
「アーリア、気を確かに持て!やつらは憑依した対象の記憶を持っている。そいつはアルバートの皮を被った化物だ!」
そんなアーリアをかばうように、2人の間に割って入ったティルキス。だが、その言葉にアルバートは可笑しそうに笑い声をあげた。
「何がおかしい?」
「いや。ティルキス・バローネ、貴様の言うことは正しい。ただし、その化物を内に屈服させることが出来れば、この身を自らの意思で動かすことが可能だ。つまり、私はアルバート・ミュラーそのものなのだよ。」
アルバートはそう言い、夜空を仰いで再び笑い声をあげた。一方、ティルキスとアーリアを始め、カイウスらは戦慄していた。この大勢に加え、以前と変わらぬ力を持つアルバートそのものを相手にしなければならないのだ。彼がいかに強敵であったかは、戦った当人が覚えていた。
「ティルキス様、ここは私にお任せ下さい。」
心を揺らすアーリアを気遣う彼に、フォレストが言って駆けた。斧を振り上げてアルバートへと向かっていく。だが鈍い音を立ててその刃を受け止めたのは、彼にとって予想外の人物だった。
「あなたは…!」
「おまえの相手は、この俺だ。」
目を丸くして一度後退したフォレストに、その男は赤い瞳をぎらつかせて叫んだ。容姿がどことなくアルバートに似ているが、ロインらはもちろん、カイウスらに覚えはない。8人の中で彼の者を知っていたのは、フォレストとアーリアだけだった。
「バー…ジェス…さん……。」
アーリアが震えた声で男の名を紡いだ。ティルキスが驚いて後ろにいる彼女を、そして前に立つフォレストを見た。
「フォレストさん。そいつは?」
驚愕でいっぱいになっているアーリアには聞けない。カイウスはフォレストに声をあげて尋ねた。バージェスと呼ばれた男は、手にした剣をおろしながらも、隙を与えずに構えてこちらを見ていた。
「バージェス…。16年前のジャンナ事件で俺たちに斬りかかり、トールス以外の仲間を殺し…そして、俺が息の根を止めた男だ。」
フォレストは辛そうな表情で言った。それを聞き、アルバートは興味深そうに首を横に傾けた。
「ほう?我が兄上の命を奪ったのがそこのリカンツだったとはな。奇妙な縁もあるものだな。」
「なんだと!?」
アルバートの発言に、フォレストは目を丸くした。そしてその真偽を問うように、彼は自身を抱きしめるようにして震えているアーリアへ視線を向けた。すると、彼女はこくりと小さく頷いた。
「バージェスさんは、アルバートの15歳年上の兄です。フォレストさんとそんな繋がりがあるなんて、わたしも知らなかったけれど…。」
彼女の瞳は悲しそうで、バージェスの命を奪ったというフォレストに対し、驚きはしたものの怒りはなかった。ただ、懐かしい2人が再び目の前に現れたことに放心していた。生きていた頃、ミュラー兄弟は15歳も年が離れていた。それが今、大きな年の差が埋まり、並んで目の前にいる。おかしな光景だった。そして、フォレストやアーリアの心を攻め続けていた。