第12章 砂漠の亡霊 Z
「さて、昔話もここまでにしようか。」
アルバートが言い、剣を抜いた。それを合図に、彼の後ろにいたスポットや死人らが構えだす。ロインらも武器を構えたが、それは見かけだけでしかない。フォレストやティルキス、そしてなによりもアーリアの心の準備が終わっていなかった。それを理解しているカイウスらは、どう動くべきか決めかねている。
「アーリア、君は下がっていた方がいい。フォレストさんやティルキスも。やりにくいなら、僕があの2人の相手をする。」
そんな中、ベディーが切り捨てるような口調で仲間達に告げた。その淡紫の目にミュラー兄弟をしっかりととらえ、いつでも動きだせるよう構えている。その隣で、カイウスもそれに倣うように剣を構えなおしていた。だが
「いや。あの男―――バージェスとは俺が戦わなければならないのだ。」
そう言ったフォレストの瞳に迷いはもうない。キッと鋭い眼光をバージェスへと向けていた。
「ああ。そうだな。これも因縁ってやつなんだろうな。」
そんな彼の様子を見てなのか、ティルキスは呟きながら肩をすくめた。かと思うと、大剣の切っ先をアルバートに向けて構えた。
「カイウス。悪いが、邪魔が入らないように頼むぜ。」
その口調はいつもの、余裕の含まれたティルキスらしいものだった。カイウスはそれを見て、ふっと微笑んだ。だが次の瞬間にはその表情をひきしめ、彼はティルキスとロインに向かって口を開いた。
「わかった。けど、その怪我で一人じゃ無茶だ。ロイン、フォローしてやってくれ。」
「!」
その発言に、ロインは思わず顔を上げた。その様子を見て、ティルキスは何かを感じ取ったのかもしれない。
「いいぜ。ただ、ロインがそうしたいならだけどな。」
彼はそう言って、アルバートに向かって走り出した。それを合図に、フォレストやカイウス、そしてスポットの軍勢も突撃を開始した。
「ケルベロスファング!」
「アルテミスダンス!」
そして交差するティルキスとアルバートの剣。異なる出身でありながら同じ流派である剣が2年ぶりに火花を散らし、両者は弾けた。
「爆砕打!」
「秋沙雨!」
そこからそう離れていない場所でも、長い年月を経て2人がぶつかりあった。ただ、16年前と違い、フォレストは己が拳ではなくその手に持つ戦斧で、バージェスはその身に残虐さを宿して、戦いは始まった。そして止まった時の中で16年を過ごしたバージェスに比べ、フォレストはさらに己の牙を鍛えた一方で老いていた。それがどう戦いに影響するのか、本人すら未だ知ることはない。
「飛燕連脚!」
そこへ突如、ベディーが2人の間に割って入り、バージェスの動きを止めに出た。驚きで動きを止めた両者を気にせず、ベディーはそのままの勢いでバックステップを踏み、フォレストの隣へと並んだ。
「勝手ながら、手を貸しますよ。」
そして放った言葉はフォレストへと向けられていながら、目線はしっかりとバージェスへと向いていた。その淡紫の瞳には、ただフォレストへの加勢だけではなく、別の感情をも抱いているように感じられた。
「うむ。」
たが、フォレストはそれを感じ取りながらも、静かに首を縦に振った。そして2人そろってバージェスへと攻撃をしかけようとした、その時だった。
「ルビア、ラミー行くぞ!獅子千裂破!」
ティルキスらとフォレストら、双方の戦いに割って入ろうとするように、黒い軍勢が押し寄せてきた。カイウスはそれを邪魔するように、獅子の形を宿した闘気を放ち、数体のスポットとスポットゾンビらを薙ぎ払った。
「悪しきものよ、聖なる閃光にその身を焦がせ!ディバインレーザー!」
続いて、ルビアの上級プリセプツが黒い軍勢に襲いかかる。敵はおぞましい断末魔を上げて、黒い霧となって文字通り消えていく。後に残るは、化物の器とされた哀れな死者の身体のみだ。
「よっしゃ!あたいも…ってえ!」
「ラミーは大人しく、あたしのフォローにまわってなさい!」
ラミーも気合十分に、カチャと音を立てて銃を構えた。しかし、直後にルビアに片耳を強く引っ張られ、強気な瞳に僅かに涙を浮かべることとなった。
「ったく、わかったよ…。おい、ロイン!あたいの代わりにしっかり暴れてこいよ!」
ラミーはロインを見て、そう大声で叫んだ。そのロインは、まだ戦闘に参加する様子を見せていなかった。剣の柄を軽く握りながらも、黙って彼らの戦いを眺めるだけだった。
「ロイン。あなたは戦わないの?」
それに気付いたアーリアが、静かに尋ねた。だが、ロインは彼女に視線をむけることはない。
「アストラルチェイサー!」
アルバートの剣技を、ティルキスは自身の剣で受け止めた。だが、彼はそれを受け止めきれず、後方へと弾き飛ばされてしまった。そこへ追い打ちをかけるように、アルバートは剣を振り下ろし、ティルキスは体勢を崩しながらもかろうじて受け止めた。アルバートとティルキスの間に、さほど力の差はない。先のカイウスらとの戦闘がなければ、あの一撃にも耐えることができたかもしれない。ティルキスはまだ本調子ではない。それを目の当たりにしながらも、ロインは顔色一つ変えなかった。
「お兄様!…彼の者に力を与えよ、シャープネス!」
「ティルキス、大丈夫か!…くぅっ!」
ルビアはティルキスに魔法を放ち、カイウスは気にかけて彼の方を向いた。だが、すぐに目の前に迫ったスポットゾンビの攻撃を左腕の籠手で防ぎ、そちらに集中せざるを得なくなってしまった。それでも、ロインは手を貸そうという動きを見せる様子はない。
「おい、ロイン!そっちいったぞ!」
そんなロインのもとに、ラミーの叫び声があがった。その言葉どおり、正面から、3体のスポットと2体のスポットゾンビが向かってくる。隣に立つアーリアは構えるものの、戸惑いが強く瞬時に動けそうにない。その時。
「はぁ!とぅ!裂空斬!魔神剣・双牙!」
抜刀と同時に横に一閃し、目の前に迫ったスポットを薙いだ。そしてそのまま正面へと駆け、迫るスポットゾンビを肩から腰にかけてを両断し、次いで裂空斬をそのすぐ後ろにいたもう一人のスポットゾンビに食らわせた。そうして着地を決めたと同時に、残る2体のスポットへと衝撃波を放った。流れるような一連の動き。ロインの剣の技量を改めて目の当たりにし、アーリアは口を手で押さえた。
「強い…2年前のカイウスよりも。それなのに、どうしてみんなと戦おうとしないの!?」
「そういうてめぇは、なんで戦わないんだ?」
「えっ…」
剣を収めるロインに問われ、アーリアは何も返せなかった。そんなアーリアを見ようともせず、ロインは言葉を続けた。
「戦わないといけないのは、オレじゃなくてお前の方だろ?それなのに戦おうとしないやつに何を言われても、動く気なんか起きねぇよ。」
ロインはそう言って、戦局をじっと眺めた。ルビアにかけてもらった術のおかげか、先ほどよりはアルバートの動きについていけるようになっていたティルキス。だが、それでもわずかに力負けし、時折余裕のない表情を浮かべていた。その様子を見て、アーリアは思わず息を呑んでいた。それでも、その足は前に動こうとはしない。その胸中にあるのは躊躇。2年前、引き裂かれる思いで討った人を、再びこの手で葬らなければならないのかという躊躇だ。そうして踏みとどまっている間に、今の大切な人が傷つくことにすら、彼女は戸惑っていた。
アルバートが言い、剣を抜いた。それを合図に、彼の後ろにいたスポットや死人らが構えだす。ロインらも武器を構えたが、それは見かけだけでしかない。フォレストやティルキス、そしてなによりもアーリアの心の準備が終わっていなかった。それを理解しているカイウスらは、どう動くべきか決めかねている。
「アーリア、君は下がっていた方がいい。フォレストさんやティルキスも。やりにくいなら、僕があの2人の相手をする。」
そんな中、ベディーが切り捨てるような口調で仲間達に告げた。その淡紫の目にミュラー兄弟をしっかりととらえ、いつでも動きだせるよう構えている。その隣で、カイウスもそれに倣うように剣を構えなおしていた。だが
「いや。あの男―――バージェスとは俺が戦わなければならないのだ。」
そう言ったフォレストの瞳に迷いはもうない。キッと鋭い眼光をバージェスへと向けていた。
「ああ。そうだな。これも因縁ってやつなんだろうな。」
そんな彼の様子を見てなのか、ティルキスは呟きながら肩をすくめた。かと思うと、大剣の切っ先をアルバートに向けて構えた。
「カイウス。悪いが、邪魔が入らないように頼むぜ。」
その口調はいつもの、余裕の含まれたティルキスらしいものだった。カイウスはそれを見て、ふっと微笑んだ。だが次の瞬間にはその表情をひきしめ、彼はティルキスとロインに向かって口を開いた。
「わかった。けど、その怪我で一人じゃ無茶だ。ロイン、フォローしてやってくれ。」
「!」
その発言に、ロインは思わず顔を上げた。その様子を見て、ティルキスは何かを感じ取ったのかもしれない。
「いいぜ。ただ、ロインがそうしたいならだけどな。」
彼はそう言って、アルバートに向かって走り出した。それを合図に、フォレストやカイウス、そしてスポットの軍勢も突撃を開始した。
「ケルベロスファング!」
「アルテミスダンス!」
そして交差するティルキスとアルバートの剣。異なる出身でありながら同じ流派である剣が2年ぶりに火花を散らし、両者は弾けた。
「爆砕打!」
「秋沙雨!」
そこからそう離れていない場所でも、長い年月を経て2人がぶつかりあった。ただ、16年前と違い、フォレストは己が拳ではなくその手に持つ戦斧で、バージェスはその身に残虐さを宿して、戦いは始まった。そして止まった時の中で16年を過ごしたバージェスに比べ、フォレストはさらに己の牙を鍛えた一方で老いていた。それがどう戦いに影響するのか、本人すら未だ知ることはない。
「飛燕連脚!」
そこへ突如、ベディーが2人の間に割って入り、バージェスの動きを止めに出た。驚きで動きを止めた両者を気にせず、ベディーはそのままの勢いでバックステップを踏み、フォレストの隣へと並んだ。
「勝手ながら、手を貸しますよ。」
そして放った言葉はフォレストへと向けられていながら、目線はしっかりとバージェスへと向いていた。その淡紫の瞳には、ただフォレストへの加勢だけではなく、別の感情をも抱いているように感じられた。
「うむ。」
たが、フォレストはそれを感じ取りながらも、静かに首を縦に振った。そして2人そろってバージェスへと攻撃をしかけようとした、その時だった。
「ルビア、ラミー行くぞ!獅子千裂破!」
ティルキスらとフォレストら、双方の戦いに割って入ろうとするように、黒い軍勢が押し寄せてきた。カイウスはそれを邪魔するように、獅子の形を宿した闘気を放ち、数体のスポットとスポットゾンビらを薙ぎ払った。
「悪しきものよ、聖なる閃光にその身を焦がせ!ディバインレーザー!」
続いて、ルビアの上級プリセプツが黒い軍勢に襲いかかる。敵はおぞましい断末魔を上げて、黒い霧となって文字通り消えていく。後に残るは、化物の器とされた哀れな死者の身体のみだ。
「よっしゃ!あたいも…ってえ!」
「ラミーは大人しく、あたしのフォローにまわってなさい!」
ラミーも気合十分に、カチャと音を立てて銃を構えた。しかし、直後にルビアに片耳を強く引っ張られ、強気な瞳に僅かに涙を浮かべることとなった。
「ったく、わかったよ…。おい、ロイン!あたいの代わりにしっかり暴れてこいよ!」
ラミーはロインを見て、そう大声で叫んだ。そのロインは、まだ戦闘に参加する様子を見せていなかった。剣の柄を軽く握りながらも、黙って彼らの戦いを眺めるだけだった。
「ロイン。あなたは戦わないの?」
それに気付いたアーリアが、静かに尋ねた。だが、ロインは彼女に視線をむけることはない。
「アストラルチェイサー!」
アルバートの剣技を、ティルキスは自身の剣で受け止めた。だが、彼はそれを受け止めきれず、後方へと弾き飛ばされてしまった。そこへ追い打ちをかけるように、アルバートは剣を振り下ろし、ティルキスは体勢を崩しながらもかろうじて受け止めた。アルバートとティルキスの間に、さほど力の差はない。先のカイウスらとの戦闘がなければ、あの一撃にも耐えることができたかもしれない。ティルキスはまだ本調子ではない。それを目の当たりにしながらも、ロインは顔色一つ変えなかった。
「お兄様!…彼の者に力を与えよ、シャープネス!」
「ティルキス、大丈夫か!…くぅっ!」
ルビアはティルキスに魔法を放ち、カイウスは気にかけて彼の方を向いた。だが、すぐに目の前に迫ったスポットゾンビの攻撃を左腕の籠手で防ぎ、そちらに集中せざるを得なくなってしまった。それでも、ロインは手を貸そうという動きを見せる様子はない。
「おい、ロイン!そっちいったぞ!」
そんなロインのもとに、ラミーの叫び声があがった。その言葉どおり、正面から、3体のスポットと2体のスポットゾンビが向かってくる。隣に立つアーリアは構えるものの、戸惑いが強く瞬時に動けそうにない。その時。
「はぁ!とぅ!裂空斬!魔神剣・双牙!」
抜刀と同時に横に一閃し、目の前に迫ったスポットを薙いだ。そしてそのまま正面へと駆け、迫るスポットゾンビを肩から腰にかけてを両断し、次いで裂空斬をそのすぐ後ろにいたもう一人のスポットゾンビに食らわせた。そうして着地を決めたと同時に、残る2体のスポットへと衝撃波を放った。流れるような一連の動き。ロインの剣の技量を改めて目の当たりにし、アーリアは口を手で押さえた。
「強い…2年前のカイウスよりも。それなのに、どうしてみんなと戦おうとしないの!?」
「そういうてめぇは、なんで戦わないんだ?」
「えっ…」
剣を収めるロインに問われ、アーリアは何も返せなかった。そんなアーリアを見ようともせず、ロインは言葉を続けた。
「戦わないといけないのは、オレじゃなくてお前の方だろ?それなのに戦おうとしないやつに何を言われても、動く気なんか起きねぇよ。」
ロインはそう言って、戦局をじっと眺めた。ルビアにかけてもらった術のおかげか、先ほどよりはアルバートの動きについていけるようになっていたティルキス。だが、それでもわずかに力負けし、時折余裕のない表情を浮かべていた。その様子を見て、アーリアは思わず息を呑んでいた。それでも、その足は前に動こうとはしない。その胸中にあるのは躊躇。2年前、引き裂かれる思いで討った人を、再びこの手で葬らなければならないのかという躊躇だ。そうして踏みとどまっている間に、今の大切な人が傷つくことにすら、彼女は戸惑っていた。