第12章 砂漠の亡霊 [
戦斧と長剣が交差し、弾けた刹那、疾風の如く拳が飛ぶ。しかし、強固なガードにより、そうたやすく思った通りの打撃をさせてはくれない。8人いたレイモーンの民のうち、6人をあの世へ送ったというその剣技。戦いの心得があるフォレストやベディーでも、そう簡単に打ち破れはしないものであった。
「強い。フォレストさん、彼は何者ですか?」
バージェスとの距離を保ちながら、ベディーは問いかけた。だがそれに答えたのは、バージェス本人だった。
「傭兵だ。そこの男のようなリカンツも、依頼で何十人と殺したことがある。」
バージェスは言い、くっと笑い声をあげた。わざとらしく告げられた内容には、ベディーだけでなくフォレストも眉をしかめた。そんなことなどお構いなしというように、バージェスは構えを少しだけ解き、フォレストを指さしながら言葉を続けた。
「ヒトとリカンツの共存など、夢物語に過ぎない。お前らの虚言を信じたばかりに、リロイは死んだ。…俺はそれを忘れたことはなかった!」
「リロイ?」
「アデルハビッツで司祭をしていた男の名だ。トールスの言葉に耳を貸し、ヒトとレイモーンの民の架け橋となろうとしてくれたのだ。」
わずかに荒くなったバージェスの声。その口から出てくるのは、自分を葬ったフォレストへの恨みごとか、はたまたレイモーンという種族に対しての嫌悪か。そしてそんな彼が口にした人物の名に、ベディーは疑問の声をあげ、フォレストが静かに答えた。それからフォレストは一度斧を下ろし、バージェスを真っすぐ見据えて口を開いた。
「俺も16年前のことは悔いている。あの頃、俺を支配していたのはヒトへの憎悪だった。その結果、仲間たちやリロイ、そしてあなたを死なせたのだからな。」
「ならばその業、お前の死を持って償うと良い!」
そう言うが早いか、バージェスは再び剣を振り上げ、フォレストへと向かってきた。素早身のこなしによる一撃。それを、フォレストは正面から受け止めた。
「そうはいかない!俺は今度こそ、ヒトとレイモーンの民の共存のために命を懸けなければならないのだ!」
「今言ったはずだ。共存など、夢物語に過ぎないと!」
「それは、あなたが決めることじゃない。」
斧で弾き返した直後、バージェスの剣は再度フォレスト目がけ、一直線に襲いかかってくる。だがそこへ、声と共にベディーの拳が横から割って入り、バージェスはその攻撃を避けようとしたために狙いを外し、その隙をフォレストに突かれて数メートル吹き飛ぶこととなった。だが、それでも受け身をとり、一瞬で体勢を立て直してみせる。
「今は16年前と違う。ヒトとレイモーンの民との間に、架け橋がかかり始めているんだ。かつてのあなたの憎しみごときで、邪魔されるわけにはいかないんだ!」
それでも怯むことなく、ベディーは拳を振るい、向かっていった。バージェスの反撃を上空に飛ぶことで回避し、後ろに回ると同時に強烈な蹴りをお見舞いしてみせた。それを予測していたのか、バージェスは素早くその場に伏せ、獅子を象った闘気を彼へとぶつけた。悲鳴をあげて吹き飛んだベディーと入れ替わるように、フォレストが距離を一気に縮めてバージェスへと斧を振り落とした。その攻撃を受け切れず、バージェスは後方へと飛び退くことでそれを回避した。その瞬間、ゆらりと彼の赤い瞳が揺れ、禍々しい気が増幅した気がしたのを、フォレストはかすかに感じ取った。
(憎しみ…そうか!)
「臥龍空破!」
「獅子戦吼!」
同時にフォレストが何かを悟った瞬間、ベディーは低姿勢でバージェスへと迫り、拳を突き上げていた。対するバージェスは獅子を象った闘気をぶつけ、両者は同時に弾け、距離をとった。
「ベディー、耳を貸せ。」
そうして自分の横まで飛んできたベディーを呼び、フォレストは何かを呟いた。
「飛天翔駆!」
スポットの群れの中へ、カイウスは勢いを付けて飛び込んでいく。それと同時に、何体かの小型のスポット達は宙へと投げ出され、虚しい悲鳴と共に散っていった。そんなカイウスの背後から、女のスポットゾンビが身の丈ほどある鎌を持って襲いかかろうとしていた。だが、カイウスは振り向くと同時に左手の籠手で攻撃を受け止め、隙をついてスポットゾンビの胸へと剣を突き立てた。ギャッと醜い悲鳴があがり、返り血が吹き出る。カイウスは一秒でも早くそこから離れ、剣についた血を振り払った。しかし、それから息つく間もなく、大型のスポットらが巨腕を振り上げて迫ってきた。
「カイウス、下がって!スプレッド!」
その瞬間、ルビアの声が聞こえ、カイウスは後ろへと飛んだ。その直後、スポットらの足元から勢いよく水が噴き出し、敵を呑みこんでいった。
「ルビア、助かった。」
「どういたしまして。」
敵はすでに半分以上が倒れた。ここまで数が減れば、あとはルビアの援護がなくとも、カイウスなら余裕を持って戦える。彼は気合を入れ直し、再度スポットらのもとへと向かっていった。
「ふう。外野の方は、なんとかなりそうね。」
「そうだけどさ〜…ったく、あいつらさっきからボーっとしやがって。サボってんじゃねぇよ!」
ほっと一息つくルビアの隣で、ラミーはそう言ってカイウスとは正反対の方角を睨みつけていた。そこにいるロインとアーリアは、未だに立ちつくしたままだった。ルビアもそちらへと目を向け、不安そうに2人を見つめた。ティルキスとアーリア。ロインは2人と出会って日が浅い。彼からの信頼を得られたとは思えない。彼が動かないのはその理由のためだろうかと、ルビアは思っていた。
「うぉおおおおおおお!」
その時だった。ルビアの耳に覚えのある咆哮が聞こえた。ラミーと共にそちらへ顔を向ければ、ウルフとベアの中間の姿をした銀毛の獣がいた。獣化したフォレストだ。彼はその姿のままバージェスへと牙を向け、一方ベディーは姿を変えずに拳を振るっていく。獣人化しなければならないほど、彼らが劣勢にあるわけではなさそうだ。
それなのに何故?
ルビアは戦況を見渡した。スポットに憑かれ蘇ったバージェスと対峙している、1人の獣人と1人のヒト。バランスのとれた2人の攻撃。たった1人で立ち向かうバージェスは、どこか動揺しているように見えなくはない。確かに獣化したフォレストの力は格段に強い。それでも、彼の実力は2人を相手にしてもなお、引けを取らないものだ。だとすれば、彼らの戦略そのものに何か意図があるのかもしれない。
「ベディーのやつ、なんで獣人化しないんだ?そうすりゃ一気に片付けられるだろうに。」
彼らの戦い方を目にしながら、ラミーは呟いた。その言葉通り、ベディーも獣人化して力を解放すれば、バージェスを力のバランスは一気に2人に傾くはずだ。それをあえてせず、ベディーはヒトの姿のままで戦っている…。
(待って。ヒトの姿…?)
ルビアは何かをひらめき、そしてもう一度、彼らの戦いを見た。バージェス・ミュラーは、かつてジャンナ事件の際にフォレストら8人のレイモーンの民を襲った。そこには少なからず、レイモーンの民に対する憎悪の感情があったはずだ。そのバージェスが今相手にしているのは、2人のレイモーンの民だ。だがレイモーンの民は、その身に宿したザンクトゥが外部の目にさらされなければ、見た目はヒトと変わりない。バージェスはフォレストがレイモーンの民であることは知っているが、ベディーもレイモーンの民であることは、おそらくまだ気付いていない。だとすれば、今の彼の目には、ヒトとレイモーンの民が共闘しているように見えているはずだ。
「わかったわ!フォレストさん、あのバージェスって人にわざとあの姿で戦ってるのよ!」
「はぁ?ルビア、どういうことだよ。」
ルビアの大声に、ラミーは首を傾げた。そんな彼女に、ルビアはフォレストらの戦いに視線を向けながら答えた。
「ジャンナ事件は、ヒトとレイモーンの民の共存の夢が砕かれた出来事。バージェスがその時にフォレストさんと戦って命を落としたと言うことは、彼は共存を望まなかった、レイモーンの民を嫌っていたということになるわ。」
「つまり、なんだよ?」
「スポットは負の思いに反応して姿を見せる。もし、バージェスがレイモーンの民に対する負の思いからスポットに浸食されてしまったのだとすれば…」
「! その負の感情を揺さぶれば、スポットの力は弱まる!?」
「…かもしれない。」
「おい!『かも』ってなぁ…。」
その説得力の無い言葉に、思わずラミーはガクリと項垂れた。だが、ルビアが考えたその可能性は全くないわけではない。現にそれを信じ、フォレストは獣人化という賭けに出ているのだ。そしてもしこの仮説が正しければ、スポットに憑依されて現れたアルバートも、この世に何らかの負の思いを残して逝ったということになる。だとすれば、その思いこそが、今のアルバートの弱点となりうるはずだ。
(まさか、ロインはそれに気付いて、お兄様に加勢しないの?)
それに気付いた時、ルビアは未だに動きを見せようとしないロインへと視線を向けた。アルバートが抱える負の思いに、おそらくロインは関係していない。自分が戦闘に加わることの無意味さを理解しているから、そこから動かずにいるのではないのか。ルビアがその考えに至った瞬間、夜の砂漠に新たな悲鳴が上がった。
「強い。フォレストさん、彼は何者ですか?」
バージェスとの距離を保ちながら、ベディーは問いかけた。だがそれに答えたのは、バージェス本人だった。
「傭兵だ。そこの男のようなリカンツも、依頼で何十人と殺したことがある。」
バージェスは言い、くっと笑い声をあげた。わざとらしく告げられた内容には、ベディーだけでなくフォレストも眉をしかめた。そんなことなどお構いなしというように、バージェスは構えを少しだけ解き、フォレストを指さしながら言葉を続けた。
「ヒトとリカンツの共存など、夢物語に過ぎない。お前らの虚言を信じたばかりに、リロイは死んだ。…俺はそれを忘れたことはなかった!」
「リロイ?」
「アデルハビッツで司祭をしていた男の名だ。トールスの言葉に耳を貸し、ヒトとレイモーンの民の架け橋となろうとしてくれたのだ。」
わずかに荒くなったバージェスの声。その口から出てくるのは、自分を葬ったフォレストへの恨みごとか、はたまたレイモーンという種族に対しての嫌悪か。そしてそんな彼が口にした人物の名に、ベディーは疑問の声をあげ、フォレストが静かに答えた。それからフォレストは一度斧を下ろし、バージェスを真っすぐ見据えて口を開いた。
「俺も16年前のことは悔いている。あの頃、俺を支配していたのはヒトへの憎悪だった。その結果、仲間たちやリロイ、そしてあなたを死なせたのだからな。」
「ならばその業、お前の死を持って償うと良い!」
そう言うが早いか、バージェスは再び剣を振り上げ、フォレストへと向かってきた。素早身のこなしによる一撃。それを、フォレストは正面から受け止めた。
「そうはいかない!俺は今度こそ、ヒトとレイモーンの民の共存のために命を懸けなければならないのだ!」
「今言ったはずだ。共存など、夢物語に過ぎないと!」
「それは、あなたが決めることじゃない。」
斧で弾き返した直後、バージェスの剣は再度フォレスト目がけ、一直線に襲いかかってくる。だがそこへ、声と共にベディーの拳が横から割って入り、バージェスはその攻撃を避けようとしたために狙いを外し、その隙をフォレストに突かれて数メートル吹き飛ぶこととなった。だが、それでも受け身をとり、一瞬で体勢を立て直してみせる。
「今は16年前と違う。ヒトとレイモーンの民との間に、架け橋がかかり始めているんだ。かつてのあなたの憎しみごときで、邪魔されるわけにはいかないんだ!」
それでも怯むことなく、ベディーは拳を振るい、向かっていった。バージェスの反撃を上空に飛ぶことで回避し、後ろに回ると同時に強烈な蹴りをお見舞いしてみせた。それを予測していたのか、バージェスは素早くその場に伏せ、獅子を象った闘気を彼へとぶつけた。悲鳴をあげて吹き飛んだベディーと入れ替わるように、フォレストが距離を一気に縮めてバージェスへと斧を振り落とした。その攻撃を受け切れず、バージェスは後方へと飛び退くことでそれを回避した。その瞬間、ゆらりと彼の赤い瞳が揺れ、禍々しい気が増幅した気がしたのを、フォレストはかすかに感じ取った。
(憎しみ…そうか!)
「臥龍空破!」
「獅子戦吼!」
同時にフォレストが何かを悟った瞬間、ベディーは低姿勢でバージェスへと迫り、拳を突き上げていた。対するバージェスは獅子を象った闘気をぶつけ、両者は同時に弾け、距離をとった。
「ベディー、耳を貸せ。」
そうして自分の横まで飛んできたベディーを呼び、フォレストは何かを呟いた。
「飛天翔駆!」
スポットの群れの中へ、カイウスは勢いを付けて飛び込んでいく。それと同時に、何体かの小型のスポット達は宙へと投げ出され、虚しい悲鳴と共に散っていった。そんなカイウスの背後から、女のスポットゾンビが身の丈ほどある鎌を持って襲いかかろうとしていた。だが、カイウスは振り向くと同時に左手の籠手で攻撃を受け止め、隙をついてスポットゾンビの胸へと剣を突き立てた。ギャッと醜い悲鳴があがり、返り血が吹き出る。カイウスは一秒でも早くそこから離れ、剣についた血を振り払った。しかし、それから息つく間もなく、大型のスポットらが巨腕を振り上げて迫ってきた。
「カイウス、下がって!スプレッド!」
その瞬間、ルビアの声が聞こえ、カイウスは後ろへと飛んだ。その直後、スポットらの足元から勢いよく水が噴き出し、敵を呑みこんでいった。
「ルビア、助かった。」
「どういたしまして。」
敵はすでに半分以上が倒れた。ここまで数が減れば、あとはルビアの援護がなくとも、カイウスなら余裕を持って戦える。彼は気合を入れ直し、再度スポットらのもとへと向かっていった。
「ふう。外野の方は、なんとかなりそうね。」
「そうだけどさ〜…ったく、あいつらさっきからボーっとしやがって。サボってんじゃねぇよ!」
ほっと一息つくルビアの隣で、ラミーはそう言ってカイウスとは正反対の方角を睨みつけていた。そこにいるロインとアーリアは、未だに立ちつくしたままだった。ルビアもそちらへと目を向け、不安そうに2人を見つめた。ティルキスとアーリア。ロインは2人と出会って日が浅い。彼からの信頼を得られたとは思えない。彼が動かないのはその理由のためだろうかと、ルビアは思っていた。
「うぉおおおおおおお!」
その時だった。ルビアの耳に覚えのある咆哮が聞こえた。ラミーと共にそちらへ顔を向ければ、ウルフとベアの中間の姿をした銀毛の獣がいた。獣化したフォレストだ。彼はその姿のままバージェスへと牙を向け、一方ベディーは姿を変えずに拳を振るっていく。獣人化しなければならないほど、彼らが劣勢にあるわけではなさそうだ。
それなのに何故?
ルビアは戦況を見渡した。スポットに憑かれ蘇ったバージェスと対峙している、1人の獣人と1人のヒト。バランスのとれた2人の攻撃。たった1人で立ち向かうバージェスは、どこか動揺しているように見えなくはない。確かに獣化したフォレストの力は格段に強い。それでも、彼の実力は2人を相手にしてもなお、引けを取らないものだ。だとすれば、彼らの戦略そのものに何か意図があるのかもしれない。
「ベディーのやつ、なんで獣人化しないんだ?そうすりゃ一気に片付けられるだろうに。」
彼らの戦い方を目にしながら、ラミーは呟いた。その言葉通り、ベディーも獣人化して力を解放すれば、バージェスを力のバランスは一気に2人に傾くはずだ。それをあえてせず、ベディーはヒトの姿のままで戦っている…。
(待って。ヒトの姿…?)
ルビアは何かをひらめき、そしてもう一度、彼らの戦いを見た。バージェス・ミュラーは、かつてジャンナ事件の際にフォレストら8人のレイモーンの民を襲った。そこには少なからず、レイモーンの民に対する憎悪の感情があったはずだ。そのバージェスが今相手にしているのは、2人のレイモーンの民だ。だがレイモーンの民は、その身に宿したザンクトゥが外部の目にさらされなければ、見た目はヒトと変わりない。バージェスはフォレストがレイモーンの民であることは知っているが、ベディーもレイモーンの民であることは、おそらくまだ気付いていない。だとすれば、今の彼の目には、ヒトとレイモーンの民が共闘しているように見えているはずだ。
「わかったわ!フォレストさん、あのバージェスって人にわざとあの姿で戦ってるのよ!」
「はぁ?ルビア、どういうことだよ。」
ルビアの大声に、ラミーは首を傾げた。そんな彼女に、ルビアはフォレストらの戦いに視線を向けながら答えた。
「ジャンナ事件は、ヒトとレイモーンの民の共存の夢が砕かれた出来事。バージェスがその時にフォレストさんと戦って命を落としたと言うことは、彼は共存を望まなかった、レイモーンの民を嫌っていたということになるわ。」
「つまり、なんだよ?」
「スポットは負の思いに反応して姿を見せる。もし、バージェスがレイモーンの民に対する負の思いからスポットに浸食されてしまったのだとすれば…」
「! その負の感情を揺さぶれば、スポットの力は弱まる!?」
「…かもしれない。」
「おい!『かも』ってなぁ…。」
その説得力の無い言葉に、思わずラミーはガクリと項垂れた。だが、ルビアが考えたその可能性は全くないわけではない。現にそれを信じ、フォレストは獣人化という賭けに出ているのだ。そしてもしこの仮説が正しければ、スポットに憑依されて現れたアルバートも、この世に何らかの負の思いを残して逝ったということになる。だとすれば、その思いこそが、今のアルバートの弱点となりうるはずだ。
(まさか、ロインはそれに気付いて、お兄様に加勢しないの?)
それに気付いた時、ルビアは未だに動きを見せようとしないロインへと視線を向けた。アルバートが抱える負の思いに、おそらくロインは関係していない。自分が戦闘に加わることの無意味さを理解しているから、そこから動かずにいるのではないのか。ルビアがその考えに至った瞬間、夜の砂漠に新たな悲鳴が上がった。