第12章 砂漠の亡霊 \
「やめてぇ!」
響き渡ったのはアーリアの声だった。彼女は怯えたように頭を抱え、アルバートとティルキスの戦いから目を逸らしている。その戦いは今、アルバートの優勢にあった。彼の剣を受け止めきれず、ティルキスは腹部から鮮血を散らし、その端正な顔を歪めていた。そんな彼目がけ、再びアルバートの剣は襲いかかって来た。
「プロミネントゥレイス!」
しかし、咄嗟に展開したバリアとそれに伴う火炎弾攻撃で、ティルキスはぎりぎり難を逃れた。
「くっ…。小賢しい真似を!」
アルバートはそう言って舌を打ち、わずかに後退した。火炎弾の反撃により、彼もわずかながらダメージを負ったのだ。だが、それでもティルキスが劣勢であることに変わりはない。
「お兄様!今、傷を」
「ルビア、俺のことはいい!」
「でも…!」
ルビアが慌てた様子で杖を握るが、ティルキスはそれを拒絶した。そして止めようとする彼女を無視し、傷ついた身で再びアルバートへと剣を振るった。だが大剣が描く軌跡は精確さを残し、真っすぐアルバートに向かっていく。しかし、それもいつまで持つか。このままでは、時間の問題であることは明白であった。
「おい、ロイン!アーリア!いい加減サボってないで手ぇ貸せよ!」
その様に痺れを切らしたのか、ラミーの怒号と共に脅しの弾丸が2発、動かぬ2人の元に放たれた。だが、それでもロインは動く様子を見せず、アーリアは身を縮めたままだった。
「タイタンウェイブ!」
その間にも、アルバートはティルキスを追い詰めていく。解き放たれた赤い衝撃波。ティルキスは大剣を盾にしてそれを耐え凌ぐが、その一瞬、アルバートは距離をつめ更に攻撃を繰り出していく。
「やめて…お願い。誰か、2人を止めて…。」
戦う2人の姿に、アーリアは悲痛な呟きを漏らしながら俯くだけだった。アルバートとティルキス。彼女にとって2人はどちらもかけがえのない存在であり、そして過去に味わった苦しみを再び味わうかもしれないという恐怖から、蒼い瞳に涙を浮かべてただ願うしかできないでいたのだ。
「その誰かの中に、お前はいないのかよ。」
そんな彼女の耳に、冷たい声音が届いた。恐る恐る顔を上げると、隣に立つロインが鋭くなった瞳でアーリアを見ていた。
「確かに、あの男はお前の大切な人だったかもしれない。だが、よく考えてみろ。今目の前にいるのは、所詮スポットに巣食われた亡霊だ。お前はそんなやつの身を考えて、今の大切な人を失う気かよ?」
「あっ…!」
彼の言葉に、アーリアははっとした。一度大きく開かれた蒼い瞳。ゆっくりと瞬きをしながら、幼馴染へと目を向けた。彼の動きにあわせて流れる長い金髪も、その身にまとう黒い鎧も、生前と変わりないものだ。だが、彼の美しかった青い瞳は、今は禍々しい紅色になってしまっている。端正な顔立ちを歪ませて放つ殺気も、2年前までのものと比べると質が変わってしまっている。同じようで違う。わかっていたようで気付かなかった今の幼馴染の姿に、アーリアは静かに、胸の前で拳を握った。
「止めだ、ティルキス・バローネ!」
その次の瞬間、砂地に足元をとられ体勢を崩してしまったティルキスに、アルバートが大きく剣を振りかざした。剣で受け止めようにも、間に合いそうもない。彼が悔しそうに顔を歪めた、刹那だった。
「ロックブレイク!」
振り下ろされた大剣。だが、それはティルキスではなく、2人の間に割って突如生えた岩の壁を切り裂くのみに終わった。しかも、その岩はアルバートに向かって地面から突き上げんばかりに次々に生えてくる。彼は咄嗟に右へと転げ、その襲撃を回避した。直後、彼が目にしたのは、今息の根を止めようとした男へと駆け寄る幼馴染の姿だった。その手には紫水晶のついた長杖があり、自分へと向けられる瞳には、穏やかさの欠片も見えない。
「アーリア。二度も私を殺めるつもりか!?」
「殺すんじゃない。救うのよ。あなたの身に巣食うスポットから、わたしの手で解放してみせる!」
アルバートは怒りの滲む声でアーリアに尋ねた。それに返した彼女の言葉は、先ほどまでの様子が嘘のように、芯のあるたくましいものだった。
「アーリア。」
「ごめんなさい、ティルキス。わたしはもう大丈夫。今、傷を治すわ。」
駆け寄ってきた彼女に、ティルキスはまだ心配そうに声をかけた。だが、彼女は皆まで言う前に落ち着いた表情で答えた。そして彼の傷を治癒するため、詠唱を始めた。しかし、そうはさせまいと、アルバートが赤い衝撃波を2人へと飛ばしたのだ。
「獅子戦吼!」
だが、その衝撃波は獅子を模して放たれた闘気によって弾かれた。驚いたアルバートが視線を移すと、剣を抜き、彼をキッと睨むように捉えているロインがいた。今まで加勢する様子を見せなかったロインの行動に、ティルキスとアーリアも思わず目を見開く。だが、彼らはすぐに微笑を浮かべ、苛立った様子でこちらを睨むアルバートと対峙した。
「お願い。2分…いいえ、1分でいいわ。時間をちょうだい。」
すると、アーリアはティルキスとロインにそう言い、杖を構えたのだ。ティルキスはそれに「ああ」と短い返事と共に頷き、ロインはアルバートを睨みつけたまま、剣を構えなおした。それを肯定と受け取り、すっと呼吸を整え、詠唱を始めるアーリア。その様子に、アルバートは赤い瞳をぎらつかせながら向かって来た。
「させるものか!」
「それはこっちの台詞だ!」
仕掛けてきたアルバートに、いくらか力を取り戻したティルキスが立ち向かう。横へと一閃された剣を低姿勢になることで上手く回避し、体勢を戻すと同時に赤い衝撃波を放つ。アルバートはなんとか剣で受け止めるも、ティルキスの猛攻は止まらない。連続で繰り出される剣撃。それを思い切って繰り出した回転斬りで反撃したアルバート。だが、その動きを止めた瞬間、懐へとロインが突っ込んできた。
「風迅剣!」
風をまとった突き。それはアルバートを守る黒い鎧をかわしてその身に突き刺さる。傷口から溢れるどす黒い血は、彼の白い上着を赤黒く染めていく。そして毒性を含むその液体に怯むことなく、ロインは剣を引き抜き、そのままの勢いでもう一太刀浴びせてみせた。
「ぐぅっ!」
それまで優勢に立っていたアルバートが、ここにきて失った余裕の表情。そして彼に追い打ちをかけるかの如く、アーリアの詠唱がその耳に届いた。
「天光満るところに我はあり。黄泉の門開くところに汝あり。」
それに伴い、周囲の大気が表情を変えていった。だがその時、アルバートだけではなく、ティルキスやロイン、そしてカイウスたちやフォレストらまでもがある異変に気付き、思わず動きを止めた。唱えられている詠唱はひとつのみ。普通なら、その効力は一ヶ所でしか発揮されないはずだ。だが、大気の変化―――その結果姿を現した黒く重い雲はアルバートとバージェス、2人の戦うそれぞれの頭上に位置しているのだ。
「忘れたの?わたしの趣味は、プリセプツの構築よ。」
しかし、アーリアは彼らの疑問に、微笑をもって返した。杖を地面に対し平行に構える両の手。それぞれの先には、今彼女が唱えているのとは別物の魔法陣が宙に浮いている。そして、彼女の両手の先にある魔法陣が、一層輝きを増した。
「出でよ、神の雷!インディグネイション!」
放たれた声。同時に、2つの雷がミュラー兄弟を貫いた。そして砂漠中に響き渡った叫びが止んだ時、兄弟は膝をついて崩れ倒れた。
響き渡ったのはアーリアの声だった。彼女は怯えたように頭を抱え、アルバートとティルキスの戦いから目を逸らしている。その戦いは今、アルバートの優勢にあった。彼の剣を受け止めきれず、ティルキスは腹部から鮮血を散らし、その端正な顔を歪めていた。そんな彼目がけ、再びアルバートの剣は襲いかかって来た。
「プロミネントゥレイス!」
しかし、咄嗟に展開したバリアとそれに伴う火炎弾攻撃で、ティルキスはぎりぎり難を逃れた。
「くっ…。小賢しい真似を!」
アルバートはそう言って舌を打ち、わずかに後退した。火炎弾の反撃により、彼もわずかながらダメージを負ったのだ。だが、それでもティルキスが劣勢であることに変わりはない。
「お兄様!今、傷を」
「ルビア、俺のことはいい!」
「でも…!」
ルビアが慌てた様子で杖を握るが、ティルキスはそれを拒絶した。そして止めようとする彼女を無視し、傷ついた身で再びアルバートへと剣を振るった。だが大剣が描く軌跡は精確さを残し、真っすぐアルバートに向かっていく。しかし、それもいつまで持つか。このままでは、時間の問題であることは明白であった。
「おい、ロイン!アーリア!いい加減サボってないで手ぇ貸せよ!」
その様に痺れを切らしたのか、ラミーの怒号と共に脅しの弾丸が2発、動かぬ2人の元に放たれた。だが、それでもロインは動く様子を見せず、アーリアは身を縮めたままだった。
「タイタンウェイブ!」
その間にも、アルバートはティルキスを追い詰めていく。解き放たれた赤い衝撃波。ティルキスは大剣を盾にしてそれを耐え凌ぐが、その一瞬、アルバートは距離をつめ更に攻撃を繰り出していく。
「やめて…お願い。誰か、2人を止めて…。」
戦う2人の姿に、アーリアは悲痛な呟きを漏らしながら俯くだけだった。アルバートとティルキス。彼女にとって2人はどちらもかけがえのない存在であり、そして過去に味わった苦しみを再び味わうかもしれないという恐怖から、蒼い瞳に涙を浮かべてただ願うしかできないでいたのだ。
「その誰かの中に、お前はいないのかよ。」
そんな彼女の耳に、冷たい声音が届いた。恐る恐る顔を上げると、隣に立つロインが鋭くなった瞳でアーリアを見ていた。
「確かに、あの男はお前の大切な人だったかもしれない。だが、よく考えてみろ。今目の前にいるのは、所詮スポットに巣食われた亡霊だ。お前はそんなやつの身を考えて、今の大切な人を失う気かよ?」
「あっ…!」
彼の言葉に、アーリアははっとした。一度大きく開かれた蒼い瞳。ゆっくりと瞬きをしながら、幼馴染へと目を向けた。彼の動きにあわせて流れる長い金髪も、その身にまとう黒い鎧も、生前と変わりないものだ。だが、彼の美しかった青い瞳は、今は禍々しい紅色になってしまっている。端正な顔立ちを歪ませて放つ殺気も、2年前までのものと比べると質が変わってしまっている。同じようで違う。わかっていたようで気付かなかった今の幼馴染の姿に、アーリアは静かに、胸の前で拳を握った。
「止めだ、ティルキス・バローネ!」
その次の瞬間、砂地に足元をとられ体勢を崩してしまったティルキスに、アルバートが大きく剣を振りかざした。剣で受け止めようにも、間に合いそうもない。彼が悔しそうに顔を歪めた、刹那だった。
「ロックブレイク!」
振り下ろされた大剣。だが、それはティルキスではなく、2人の間に割って突如生えた岩の壁を切り裂くのみに終わった。しかも、その岩はアルバートに向かって地面から突き上げんばかりに次々に生えてくる。彼は咄嗟に右へと転げ、その襲撃を回避した。直後、彼が目にしたのは、今息の根を止めようとした男へと駆け寄る幼馴染の姿だった。その手には紫水晶のついた長杖があり、自分へと向けられる瞳には、穏やかさの欠片も見えない。
「アーリア。二度も私を殺めるつもりか!?」
「殺すんじゃない。救うのよ。あなたの身に巣食うスポットから、わたしの手で解放してみせる!」
アルバートは怒りの滲む声でアーリアに尋ねた。それに返した彼女の言葉は、先ほどまでの様子が嘘のように、芯のあるたくましいものだった。
「アーリア。」
「ごめんなさい、ティルキス。わたしはもう大丈夫。今、傷を治すわ。」
駆け寄ってきた彼女に、ティルキスはまだ心配そうに声をかけた。だが、彼女は皆まで言う前に落ち着いた表情で答えた。そして彼の傷を治癒するため、詠唱を始めた。しかし、そうはさせまいと、アルバートが赤い衝撃波を2人へと飛ばしたのだ。
「獅子戦吼!」
だが、その衝撃波は獅子を模して放たれた闘気によって弾かれた。驚いたアルバートが視線を移すと、剣を抜き、彼をキッと睨むように捉えているロインがいた。今まで加勢する様子を見せなかったロインの行動に、ティルキスとアーリアも思わず目を見開く。だが、彼らはすぐに微笑を浮かべ、苛立った様子でこちらを睨むアルバートと対峙した。
「お願い。2分…いいえ、1分でいいわ。時間をちょうだい。」
すると、アーリアはティルキスとロインにそう言い、杖を構えたのだ。ティルキスはそれに「ああ」と短い返事と共に頷き、ロインはアルバートを睨みつけたまま、剣を構えなおした。それを肯定と受け取り、すっと呼吸を整え、詠唱を始めるアーリア。その様子に、アルバートは赤い瞳をぎらつかせながら向かって来た。
「させるものか!」
「それはこっちの台詞だ!」
仕掛けてきたアルバートに、いくらか力を取り戻したティルキスが立ち向かう。横へと一閃された剣を低姿勢になることで上手く回避し、体勢を戻すと同時に赤い衝撃波を放つ。アルバートはなんとか剣で受け止めるも、ティルキスの猛攻は止まらない。連続で繰り出される剣撃。それを思い切って繰り出した回転斬りで反撃したアルバート。だが、その動きを止めた瞬間、懐へとロインが突っ込んできた。
「風迅剣!」
風をまとった突き。それはアルバートを守る黒い鎧をかわしてその身に突き刺さる。傷口から溢れるどす黒い血は、彼の白い上着を赤黒く染めていく。そして毒性を含むその液体に怯むことなく、ロインは剣を引き抜き、そのままの勢いでもう一太刀浴びせてみせた。
「ぐぅっ!」
それまで優勢に立っていたアルバートが、ここにきて失った余裕の表情。そして彼に追い打ちをかけるかの如く、アーリアの詠唱がその耳に届いた。
「天光満るところに我はあり。黄泉の門開くところに汝あり。」
それに伴い、周囲の大気が表情を変えていった。だがその時、アルバートだけではなく、ティルキスやロイン、そしてカイウスたちやフォレストらまでもがある異変に気付き、思わず動きを止めた。唱えられている詠唱はひとつのみ。普通なら、その効力は一ヶ所でしか発揮されないはずだ。だが、大気の変化―――その結果姿を現した黒く重い雲はアルバートとバージェス、2人の戦うそれぞれの頭上に位置しているのだ。
「忘れたの?わたしの趣味は、プリセプツの構築よ。」
しかし、アーリアは彼らの疑問に、微笑をもって返した。杖を地面に対し平行に構える両の手。それぞれの先には、今彼女が唱えているのとは別物の魔法陣が宙に浮いている。そして、彼女の両手の先にある魔法陣が、一層輝きを増した。
「出でよ、神の雷!インディグネイション!」
放たれた声。同時に、2つの雷がミュラー兄弟を貫いた。そして砂漠中に響き渡った叫びが止んだ時、兄弟は膝をついて崩れ倒れた。