第13章 しらせ T
行きとほぼ同じ時間をかけて砂漠を渡った。ロイン達が『女神の従者』と再会したのは、ラウルスに到着した翌日の昼間だった。
「お前たち、何かあったのかい?」
「ラミー様。それが、ティマさんをイーバオまで送り届けたら、そこで…」
真っ先に船に駆け寄り、仲間に尋ねたラミー。その声に答えたのはツヴァイだった。彼はなんと口にしたらいいのか困った様子で一度言葉を区切ると、ロインへと静かに目を向けた。
「以前敵対していた兵士が、どういうわけか町のそばに倒れていたらしいんです。ちょうど私たちが町に着いたのと同じ時に発見されたようで、ティマさんは船から降りると同時に、このことをロインさんに伝えて欲しいとお願いして…。」
「兵士…?」
ツヴァイの話を聞きながら、ロインは首を傾げた。その直後、思い当たったのはアール山で別れて以来消息不明のガルザのこと。
(まさか…!)
そう考えると、体温が一気に上昇したようだった。もしもイーバオに現れたのが彼だとしたら?そう期待が募るが、だがアレウーラからマウディーラまではかなり距離がある。いくら転移の魔法を使ったとしても、さすがに無理があるはずだ。冷静に考えてみるものの、もしかしたら、という望みがロインから離れない。
「で、トクナガを飛ばしながら迎えに来たって?」
一方で、ツヴァイの話を聞いたラミーが呆れた様子で彼に尋ねた。彼女からすれば、その内容も綴ってトクナガに渡せば良かったものを、と考えたに違いない。
「はい。その方が、もしラミー様たちがイーバオに向かうのなら早いはずだと、ノインが急かしたもので。」
ノインとは、以前アルミネの里でラミーに容赦なく怒鳴り散らした、あのガンホルダーを身につけた女性の名だ。ツヴァイが言うに、ノインはティマからの頼みを文字ではなく直接ロインに伝える方が良いと思ったらしい。そしてラミー並に男勝りで強気な彼女は他のメンバーに有無を言わさず―――しかし皆も彼女の意見にある程度納得し、トクナガに文を預けたようだ。
「ねぇ。一度イーバオに向かった方がいいと思うのだけど。」
事情を把握すると、それまで黙っていたルビアがカイウス達に提案した。ティマのことを置いておくにしても、イーバオに現れたその兵士の正体を確認しなければ、ロインだけでなく彼らもまたその人物のことが気がかりとなり、これからの戦いで集中を欠く可能性もあった。真剣な目をするルビアの言葉に、皆は首を縦に振った。
そんな会話をしたのは、今から24時間ほど前。現在、彼らはマウディーラに向けて航海する『女神の従者』の船にいた。慌ただしく船内を駆け巡るギルドの仲間たちを余所に、ロインは甲板で海を眺めていた。
「ロイン。」
その時、背後から彼を呼ぶ声がした。頭だけで振り返ると、穏やかな表情を浮かべるベディーがいた。ロインは何も言わずに顔を戻すと、ベディーは彼の横に並び、同じように海を眺めた。
「イーバオにいる兵士。ガルザかもしれない、って思っただろう?」
「だからなんだ?」
そして少しの沈黙の後、ベディーはやや低い声で彼に尋ねた。途端、ロインの声色はわかりやすいくらいに不機嫌な返答をしたのだが、ベディーは彼を見ることなく、苦笑を浮かべて言葉を続けた。
「いや。ただ、僕も彼には生きていてほしいと思っただけさ。」
そう口にしたベディーを、ロインは意外そうな顔で見つめた。彼にとって、ガルザはティマを連れ去り、危険な目に合わせた相手だと思っていた。スポットに憑依されていたというその身の事情を考えたとしても、彼がロインと同じように願うなど考えにくい。そんなロインの考えは顔に表れていたのかもしれない。ベディーはくすっと笑い、視線を海と同じ色をした空へと移した。
「15年前、僕の目の前でサーム・ペトリスカ―――ガルザの父親は死んだ。それはバキラがけしかけたことだとわかっても、彼の死に責任を感じずにはいられないんだ。だから、ガルザには生きていてほしいと願ってしまうんだ。…僕に何ができるわけでもないけれどね。」
ベディーはそう言って、少し悲しみを帯びた瞳でロインを見た。彼が胸中に抱くのは、おそらく贖罪に似た気持ちなのだろう。幼くして目にした、命が消えるという恐怖。それが自分の目の前で命を散らしたサームや息子のガルザへの思いに変わり、今の「せめて…」という願いになったのだろう。ロインはその思いを感じ取ったからか、手すりに置いた手を思わず握りしめていた。いずれにせよ、イーバオに着けば全てわかる。その兵士が誰なのか、ガルザがどうしているかも。
「そういえば、ティマはおばさんの元に預けられていた。けど、おばさんにあいつを預けたのはあんたじゃなくて、おばさんの弟だって聞いたぜ。」
その時、ロインはふと思い出し、ベディーに尋ねた。ロインは初めて出会った頃から、ティマとマリワナの関係は耳にしていた。だがその時の話と、アルミネの里でベディーが語った内容とは少し違いがあるように思える。ベディーがティマを預けた相手は、彼の友人のはずだ。どういうことだ?そう問いかけるように目を細めれば、ベディーはくすっと笑った。
「その『おばさん』って、もしかしてマリワナ・コレンドじゃないか?」
「知っているのか?」
「ああ。僕の友人の姉だよ。きっと自分より姉の方がティマリアのことを大切に育てられると思って、彼女に預けたんだろうさ。」
ベディーはそう言って肩をすくめた。
その頃。カイウスとルビアはティルキス達に尋ねられて、ロインやティマたちとの出会いやその旅路について詳しく話していた。というのも、この船の船員達のラミーに対する姿勢や、ロインが敵対していたという兵士のことを聞いて表情を変えていたことが気になったらしい。これまでティルキス達が耳にしていたのは、主に冥府の法やスポットゾンビに関する情報のみ。よくよく考えれば、彼らはロイン達のことをあまり知らなかったのだ。
「なるほど。故郷を襲われた原因究明のために首都に向かう旅が、またスポットを巡った波乱万丈なものになっちまった、ってことか。」
一通り話を聞き終えると、ティルキスは腕を組みながらそう言った。そしてその言葉にカイウスは頷き、口を開いた。
「ああ。イーバオやルーロ。比較的レイモーンの民が多い地が襲われたってことは、バキラがペイシェントを生成しようとしたからなんじゃないかと、オレは思うんだ。」
「それは変だわ。」
彼の推測にすかさず否定の声をあげたのはアーリアだった。
「わたしも作り方は知らないけれど、ペイシェントを生成するなら、1ヶ所に何十万というレイモーンの民を集めなければ難しいと思うの。ただ闇雲にレイモーンの民の命を奪うだけでペイシェントができるとは考えにくいわ。」
「なら、レイモーンの民が多く住む地が襲われたのは偶然だと?」
「そうは言い切れないんじゃないか?」
疑問に思うフォレストの言葉に、再びティルキスが口を開いた。
「理由もなく町を襲えば、国が民から叩かれる。だが、かつて姫を掻っ攫ったベディーの同族―――レイモーンの民がいる町なら、それこそ異端者狩りに見せかけることができる。…言い方は悪いが、正当な理由ができるんだよ。」
ティルキスは言いながら、睨みつけるような目をした。
もし、この仮説が本当だとすれば―――。
そう考えると、憤りを覚えずにはいられなかった。
「そうまでして町を襲う理由なんてあるのかしら。」
ティルキスの目を横で見つめながら、ぽつりと呟くルビアは悲しそうな表情を浮かべている。だがその問いに答えられる者は、今は誰もいなかった。
「お前たち、何かあったのかい?」
「ラミー様。それが、ティマさんをイーバオまで送り届けたら、そこで…」
真っ先に船に駆け寄り、仲間に尋ねたラミー。その声に答えたのはツヴァイだった。彼はなんと口にしたらいいのか困った様子で一度言葉を区切ると、ロインへと静かに目を向けた。
「以前敵対していた兵士が、どういうわけか町のそばに倒れていたらしいんです。ちょうど私たちが町に着いたのと同じ時に発見されたようで、ティマさんは船から降りると同時に、このことをロインさんに伝えて欲しいとお願いして…。」
「兵士…?」
ツヴァイの話を聞きながら、ロインは首を傾げた。その直後、思い当たったのはアール山で別れて以来消息不明のガルザのこと。
(まさか…!)
そう考えると、体温が一気に上昇したようだった。もしもイーバオに現れたのが彼だとしたら?そう期待が募るが、だがアレウーラからマウディーラまではかなり距離がある。いくら転移の魔法を使ったとしても、さすがに無理があるはずだ。冷静に考えてみるものの、もしかしたら、という望みがロインから離れない。
「で、トクナガを飛ばしながら迎えに来たって?」
一方で、ツヴァイの話を聞いたラミーが呆れた様子で彼に尋ねた。彼女からすれば、その内容も綴ってトクナガに渡せば良かったものを、と考えたに違いない。
「はい。その方が、もしラミー様たちがイーバオに向かうのなら早いはずだと、ノインが急かしたもので。」
ノインとは、以前アルミネの里でラミーに容赦なく怒鳴り散らした、あのガンホルダーを身につけた女性の名だ。ツヴァイが言うに、ノインはティマからの頼みを文字ではなく直接ロインに伝える方が良いと思ったらしい。そしてラミー並に男勝りで強気な彼女は他のメンバーに有無を言わさず―――しかし皆も彼女の意見にある程度納得し、トクナガに文を預けたようだ。
「ねぇ。一度イーバオに向かった方がいいと思うのだけど。」
事情を把握すると、それまで黙っていたルビアがカイウス達に提案した。ティマのことを置いておくにしても、イーバオに現れたその兵士の正体を確認しなければ、ロインだけでなく彼らもまたその人物のことが気がかりとなり、これからの戦いで集中を欠く可能性もあった。真剣な目をするルビアの言葉に、皆は首を縦に振った。
そんな会話をしたのは、今から24時間ほど前。現在、彼らはマウディーラに向けて航海する『女神の従者』の船にいた。慌ただしく船内を駆け巡るギルドの仲間たちを余所に、ロインは甲板で海を眺めていた。
「ロイン。」
その時、背後から彼を呼ぶ声がした。頭だけで振り返ると、穏やかな表情を浮かべるベディーがいた。ロインは何も言わずに顔を戻すと、ベディーは彼の横に並び、同じように海を眺めた。
「イーバオにいる兵士。ガルザかもしれない、って思っただろう?」
「だからなんだ?」
そして少しの沈黙の後、ベディーはやや低い声で彼に尋ねた。途端、ロインの声色はわかりやすいくらいに不機嫌な返答をしたのだが、ベディーは彼を見ることなく、苦笑を浮かべて言葉を続けた。
「いや。ただ、僕も彼には生きていてほしいと思っただけさ。」
そう口にしたベディーを、ロインは意外そうな顔で見つめた。彼にとって、ガルザはティマを連れ去り、危険な目に合わせた相手だと思っていた。スポットに憑依されていたというその身の事情を考えたとしても、彼がロインと同じように願うなど考えにくい。そんなロインの考えは顔に表れていたのかもしれない。ベディーはくすっと笑い、視線を海と同じ色をした空へと移した。
「15年前、僕の目の前でサーム・ペトリスカ―――ガルザの父親は死んだ。それはバキラがけしかけたことだとわかっても、彼の死に責任を感じずにはいられないんだ。だから、ガルザには生きていてほしいと願ってしまうんだ。…僕に何ができるわけでもないけれどね。」
ベディーはそう言って、少し悲しみを帯びた瞳でロインを見た。彼が胸中に抱くのは、おそらく贖罪に似た気持ちなのだろう。幼くして目にした、命が消えるという恐怖。それが自分の目の前で命を散らしたサームや息子のガルザへの思いに変わり、今の「せめて…」という願いになったのだろう。ロインはその思いを感じ取ったからか、手すりに置いた手を思わず握りしめていた。いずれにせよ、イーバオに着けば全てわかる。その兵士が誰なのか、ガルザがどうしているかも。
「そういえば、ティマはおばさんの元に預けられていた。けど、おばさんにあいつを預けたのはあんたじゃなくて、おばさんの弟だって聞いたぜ。」
その時、ロインはふと思い出し、ベディーに尋ねた。ロインは初めて出会った頃から、ティマとマリワナの関係は耳にしていた。だがその時の話と、アルミネの里でベディーが語った内容とは少し違いがあるように思える。ベディーがティマを預けた相手は、彼の友人のはずだ。どういうことだ?そう問いかけるように目を細めれば、ベディーはくすっと笑った。
「その『おばさん』って、もしかしてマリワナ・コレンドじゃないか?」
「知っているのか?」
「ああ。僕の友人の姉だよ。きっと自分より姉の方がティマリアのことを大切に育てられると思って、彼女に預けたんだろうさ。」
ベディーはそう言って肩をすくめた。
その頃。カイウスとルビアはティルキス達に尋ねられて、ロインやティマたちとの出会いやその旅路について詳しく話していた。というのも、この船の船員達のラミーに対する姿勢や、ロインが敵対していたという兵士のことを聞いて表情を変えていたことが気になったらしい。これまでティルキス達が耳にしていたのは、主に冥府の法やスポットゾンビに関する情報のみ。よくよく考えれば、彼らはロイン達のことをあまり知らなかったのだ。
「なるほど。故郷を襲われた原因究明のために首都に向かう旅が、またスポットを巡った波乱万丈なものになっちまった、ってことか。」
一通り話を聞き終えると、ティルキスは腕を組みながらそう言った。そしてその言葉にカイウスは頷き、口を開いた。
「ああ。イーバオやルーロ。比較的レイモーンの民が多い地が襲われたってことは、バキラがペイシェントを生成しようとしたからなんじゃないかと、オレは思うんだ。」
「それは変だわ。」
彼の推測にすかさず否定の声をあげたのはアーリアだった。
「わたしも作り方は知らないけれど、ペイシェントを生成するなら、1ヶ所に何十万というレイモーンの民を集めなければ難しいと思うの。ただ闇雲にレイモーンの民の命を奪うだけでペイシェントができるとは考えにくいわ。」
「なら、レイモーンの民が多く住む地が襲われたのは偶然だと?」
「そうは言い切れないんじゃないか?」
疑問に思うフォレストの言葉に、再びティルキスが口を開いた。
「理由もなく町を襲えば、国が民から叩かれる。だが、かつて姫を掻っ攫ったベディーの同族―――レイモーンの民がいる町なら、それこそ異端者狩りに見せかけることができる。…言い方は悪いが、正当な理由ができるんだよ。」
ティルキスは言いながら、睨みつけるような目をした。
もし、この仮説が本当だとすれば―――。
そう考えると、憤りを覚えずにはいられなかった。
「そうまでして町を襲う理由なんてあるのかしら。」
ティルキスの目を横で見つめながら、ぽつりと呟くルビアは悲しそうな表情を浮かべている。だがその問いに答えられる者は、今は誰もいなかった。
■作者メッセージ
おまけスキット
【似た者同士】
ラミー「アーリア。ルキウスへの連絡はどうするんだ?」
アーリア「それなら問題ないわ。船に乗る前にお願いしてきたから。」
ティルキス「お願い?誰に?」
アーリア「ラウルスに駐在する青騎士よ。騎士団を通じて伝えてもらうよう、頼んだの。」
ラミー「そうか。ティルキスを捜した時と同じ方法か。」
ティルキス「俺を?」
ラミー「ああ。大変だったんだぜ?アーリア、一人で飛び出していく気満々だったからな。」
ティルキス「おいおい。そんな無茶なことしようとしてたのか?」
アーリア「誰のせいだと思ってるのよ。それに、あなたには言われたくないわ。」
ラミー「アハハ!なんか似た者同士だな、あんたら。」
【似た者同士】
ラミー「アーリア。ルキウスへの連絡はどうするんだ?」
アーリア「それなら問題ないわ。船に乗る前にお願いしてきたから。」
ティルキス「お願い?誰に?」
アーリア「ラウルスに駐在する青騎士よ。騎士団を通じて伝えてもらうよう、頼んだの。」
ラミー「そうか。ティルキスを捜した時と同じ方法か。」
ティルキス「俺を?」
ラミー「ああ。大変だったんだぜ?アーリア、一人で飛び出していく気満々だったからな。」
ティルキス「おいおい。そんな無茶なことしようとしてたのか?」
アーリア「誰のせいだと思ってるのよ。それに、あなたには言われたくないわ。」
ラミー「アハハ!なんか似た者同士だな、あんたら。」