第13章 しらせ V
「ロインのバカー!!!」
その大声と同時に、家中が一度大きく揺れた。発った時よりもある程度修理されたマリワナの家を訪れた彼らは、そのままティマのいる部屋へと案内された。再会したティマは、カイウスやルビア達の姿を見て驚きと喜びを表した。だが次の瞬間、ロインの姿がその目に入ると瞳の色をガラリと変え、おそらく手入れのために部屋のどこかに常備してあったのだろう、得物の柄側で、叫びながらロインの胴目掛けて強烈な突きを食らわせたのだった。
「同じだ。」
「さすが親子。」
「血は繋がってないけどね。」
ラミー、カイウス、ベディーは「あっ…」と思いながらも、その様子を眺めながら淡々と呟いた。が、言われている側のロインやティマは、双方それどころではないようだ。ロインは突かれた個所を、未だに咳き込みながら抑えている。ティマも荒い息をしたまま、膝を突いているロインを見下ろしていた。そのまま沈黙が続き、そしてそれを、奥歯をぎりっと鳴らしたティマが破った。
「寂しかったんだから!心配したんだから!ずっとそばで守ってくれるって言ったのはウソだったの!?」
咳を切ったように吐きだされたのは、怒りとも悲しみとも、そして寂しさとも言いきれない、多くの感情の混ざり合った叫びだった。ロインは俯いたまま、次々と出てくる彼女の言葉を黙って聞いていた。そんな2人をしばらく傍観していたカイウス達だったが、一人ひとり、静かに彼らに背を向けて部屋から出て行った。やがて2人きりになっても、ティマはまだロインに次々と、もはや鬱憤としか言いようのない言葉を吐き散らしていた。
「だいたい、出会った時からずっとそう!自分に都合が悪いと思ったら、これでもかってくらい突き離して!相手の気持ちも考えないで、自分勝手に行動して!私がどれだけ心配しているか、ちょっとでも考えた事ある!?あったらこんなことしないよね?そうだよね!?…ちょっとは何か言ったらどうなの!ロイン・エイバス!!」
「…お前がずっと喋っていたら、言いたい事も言えねえだろうが。」
ずっと黙っていたロインは、静かに、低い声音と共にゆっくりと立ち上がった。それでも変わらず面を上げずにいる彼を、ティマが睨み直した、次の瞬間だった。
「ごめん。」
どんな言い訳を、あるいは文句を聞かせてくれるのか楽しみにしていた彼女にとって、それは不意打ちだった。ぽつりと、しかしはっきりとティマの耳に届く声で、ロインは謝罪を口にしたのだった。
「な、何よ。謝ったって、許してやらないんだから。」
「ごめん。」
怒りで紅潮させた顔をそらす彼女に、ロインは先ほどより強く、同じ言葉を繰り返した。ティマは顔も視線も、ロインに戻さなかった。それでも、ロインは静かに口を開いた。
「けどオレは、オレだけの都合でティマをイーバオに返したつもりはない。オレに力がないから、ティマは危険な目にあって、魔法も使えなくなったんだ。力のないオレが約束を守るには…ティマを守るためには、これしか手がないと思った。」
「…それが、ロインの都合だって言ってんのよ。」
ティマは言いながら、静かにロインを正面から見た。ロインもそれにならうように、ゆっくりと顔を上げてティマを見た。ちゃんと向き合うと、彼女の声は怒っているのに、顔は泣きそうになっていることに気付いた。
「私は、ロインと一緒に旅を続けたい、『冥府の法』を止めたいって言ってるの。魔法が使えなくなった私を、ロインは隣で守ってくれないっていうの?それに、私がいなくなったら、ロインはまた独りぼっちになりたがるでしょ?今はもうカイウスやルビア達もいるけど、それでも、私がいないと、ロインは絶対に独りになりたがるの、知ってるんだから。」
言いながら、ティマは槍を下ろしながらロインに歩み寄った。そして悲しそうな顔をするロインの胸に、握った両手と顔を静かにうずめた。
「だから、離れてやらない。ロインがその癖治すまで、嫌でも隣にいてやるんだから!」
顔を伏せた状態で、ティマは強気な口調で言った。だがその直後、彼女の肩は小刻みに揺れ、すすり泣く音を聞こえた。ロインはそんな彼女を見て、目を少し伏せながら彼女の頭に手を置いた。そして、少し戸惑いがちにその手に力を込め、ポツリと呟いた。
「…ごめん。」
「…今度こんなことしたら、氷漬けにしてやるからね。」
「ごめん。」
不機嫌さを残して返って来たティマの声に、ロインはもう一度、今度は彼女をあやすように抱きしめながら謝罪の言葉を呟いた。しかし、ティマはすぐに泣きやむことはなく、しばらくロインの胸を借りて涙をこぼしていた。その間、彼はあやすようにティマの背を優しく叩いていた。心の中で「ごめん」と繰り返し呟きながら。
「話、終わったかしら?」
やがてティマが泣きやみ、ロインの胸から離れた頃、タイミングを計ったようにマリワナが部屋の入り口で声をかけた。その声に振り向いた2人を見て目元に小さく笑みを浮かべ、マリワナはティマに向かって切り出した。
「ティマ。ロインもあの人に合わせた方がいいと思うのだけど。」
「そうだね。ロイン、ついてきて。」
ティマはそういうと、2人を置いて先に部屋を出て行った。ロインはマリワナと共に、ゆっくりと彼女のあとを追った。駆け足気味に彼女が向かった先は、台所にある地下通路への入り口だった。すでに開かれているその先を、足元に気をつけながら下りて行く。初めてここを通った時と同じように、ところどころにあるロウソクはオレンジ色の灯りをつけ、彼らを最奥の空間へと誘った。そして辿りついたそこには、先にマリワナに案内されていたのだろうカイウス達の姿があった。
「あんたは…!」
そしてロインは、彼らに囲まれて座る『あの人』の姿を見つけた。青色の鎧を脱ぎ、頭や身体のあちこちに包帯を巻いた姿のガルザの部下―――フレア・ヴァンジーノを。
その大声と同時に、家中が一度大きく揺れた。発った時よりもある程度修理されたマリワナの家を訪れた彼らは、そのままティマのいる部屋へと案内された。再会したティマは、カイウスやルビア達の姿を見て驚きと喜びを表した。だが次の瞬間、ロインの姿がその目に入ると瞳の色をガラリと変え、おそらく手入れのために部屋のどこかに常備してあったのだろう、得物の柄側で、叫びながらロインの胴目掛けて強烈な突きを食らわせたのだった。
「同じだ。」
「さすが親子。」
「血は繋がってないけどね。」
ラミー、カイウス、ベディーは「あっ…」と思いながらも、その様子を眺めながら淡々と呟いた。が、言われている側のロインやティマは、双方それどころではないようだ。ロインは突かれた個所を、未だに咳き込みながら抑えている。ティマも荒い息をしたまま、膝を突いているロインを見下ろしていた。そのまま沈黙が続き、そしてそれを、奥歯をぎりっと鳴らしたティマが破った。
「寂しかったんだから!心配したんだから!ずっとそばで守ってくれるって言ったのはウソだったの!?」
咳を切ったように吐きだされたのは、怒りとも悲しみとも、そして寂しさとも言いきれない、多くの感情の混ざり合った叫びだった。ロインは俯いたまま、次々と出てくる彼女の言葉を黙って聞いていた。そんな2人をしばらく傍観していたカイウス達だったが、一人ひとり、静かに彼らに背を向けて部屋から出て行った。やがて2人きりになっても、ティマはまだロインに次々と、もはや鬱憤としか言いようのない言葉を吐き散らしていた。
「だいたい、出会った時からずっとそう!自分に都合が悪いと思ったら、これでもかってくらい突き離して!相手の気持ちも考えないで、自分勝手に行動して!私がどれだけ心配しているか、ちょっとでも考えた事ある!?あったらこんなことしないよね?そうだよね!?…ちょっとは何か言ったらどうなの!ロイン・エイバス!!」
「…お前がずっと喋っていたら、言いたい事も言えねえだろうが。」
ずっと黙っていたロインは、静かに、低い声音と共にゆっくりと立ち上がった。それでも変わらず面を上げずにいる彼を、ティマが睨み直した、次の瞬間だった。
「ごめん。」
どんな言い訳を、あるいは文句を聞かせてくれるのか楽しみにしていた彼女にとって、それは不意打ちだった。ぽつりと、しかしはっきりとティマの耳に届く声で、ロインは謝罪を口にしたのだった。
「な、何よ。謝ったって、許してやらないんだから。」
「ごめん。」
怒りで紅潮させた顔をそらす彼女に、ロインは先ほどより強く、同じ言葉を繰り返した。ティマは顔も視線も、ロインに戻さなかった。それでも、ロインは静かに口を開いた。
「けどオレは、オレだけの都合でティマをイーバオに返したつもりはない。オレに力がないから、ティマは危険な目にあって、魔法も使えなくなったんだ。力のないオレが約束を守るには…ティマを守るためには、これしか手がないと思った。」
「…それが、ロインの都合だって言ってんのよ。」
ティマは言いながら、静かにロインを正面から見た。ロインもそれにならうように、ゆっくりと顔を上げてティマを見た。ちゃんと向き合うと、彼女の声は怒っているのに、顔は泣きそうになっていることに気付いた。
「私は、ロインと一緒に旅を続けたい、『冥府の法』を止めたいって言ってるの。魔法が使えなくなった私を、ロインは隣で守ってくれないっていうの?それに、私がいなくなったら、ロインはまた独りぼっちになりたがるでしょ?今はもうカイウスやルビア達もいるけど、それでも、私がいないと、ロインは絶対に独りになりたがるの、知ってるんだから。」
言いながら、ティマは槍を下ろしながらロインに歩み寄った。そして悲しそうな顔をするロインの胸に、握った両手と顔を静かにうずめた。
「だから、離れてやらない。ロインがその癖治すまで、嫌でも隣にいてやるんだから!」
顔を伏せた状態で、ティマは強気な口調で言った。だがその直後、彼女の肩は小刻みに揺れ、すすり泣く音を聞こえた。ロインはそんな彼女を見て、目を少し伏せながら彼女の頭に手を置いた。そして、少し戸惑いがちにその手に力を込め、ポツリと呟いた。
「…ごめん。」
「…今度こんなことしたら、氷漬けにしてやるからね。」
「ごめん。」
不機嫌さを残して返って来たティマの声に、ロインはもう一度、今度は彼女をあやすように抱きしめながら謝罪の言葉を呟いた。しかし、ティマはすぐに泣きやむことはなく、しばらくロインの胸を借りて涙をこぼしていた。その間、彼はあやすようにティマの背を優しく叩いていた。心の中で「ごめん」と繰り返し呟きながら。
「話、終わったかしら?」
やがてティマが泣きやみ、ロインの胸から離れた頃、タイミングを計ったようにマリワナが部屋の入り口で声をかけた。その声に振り向いた2人を見て目元に小さく笑みを浮かべ、マリワナはティマに向かって切り出した。
「ティマ。ロインもあの人に合わせた方がいいと思うのだけど。」
「そうだね。ロイン、ついてきて。」
ティマはそういうと、2人を置いて先に部屋を出て行った。ロインはマリワナと共に、ゆっくりと彼女のあとを追った。駆け足気味に彼女が向かった先は、台所にある地下通路への入り口だった。すでに開かれているその先を、足元に気をつけながら下りて行く。初めてここを通った時と同じように、ところどころにあるロウソクはオレンジ色の灯りをつけ、彼らを最奥の空間へと誘った。そして辿りついたそこには、先にマリワナに案内されていたのだろうカイウス達の姿があった。
「あんたは…!」
そしてロインは、彼らに囲まれて座る『あの人』の姿を見つけた。青色の鎧を脱ぎ、頭や身体のあちこちに包帯を巻いた姿のガルザの部下―――フレア・ヴァンジーノを。