第13章 しらせ Z
ロインの家を出ると、すでに日は沈んでいた。
「うわぁ、もうこんな時間になってたのか。」
「調べ物してると、あっという間に時間が過ぎちゃうよね。」
カイウスがすっかり暗くなった空を仰ぎながら言うと、ティマも笑いながらそう言った。それからティマはくるりとロインの方を向くと、彼の顔を覗き込みながら尋ねた。
「そういえばロイン、あの時何を見てたの?」
「あの時?」
「ほら、なんか分厚い本を開いてたじゃない。あれ、なんだったの?」
「ああ、あれか。ただのマウディーラの歴史本だよ。」
「歴史本?なんでそんなのがあの部屋にあったの?」
「オレが知るかよ。父さんに聞けよ。」
「無茶言わないでよ…。」
ティマの言うことを、ロインはどこか面倒そうに流した。そんな彼の脳裏にあったのは、ティマの言うあの時に目にしたものだった。
「『三騎士の血は主の力となり、その者に最後の力を与えん』…か。」
「何?それ。」
「父さんが残したメモ書きだ。もしかしたら、何かのヒントかも…。」
ロインはその場に立ち止まりながらそう言って、考えを巡らせた。
代々王家に忠誠を誓い、仕えてきた三騎士の家系。その血が主―――つまり、王の力になるとはどういうことだ?一般的な解釈なら、それは国や王家を守る主戦力としての力のことだろう。だが、その後の「最後の力」とは?そもそも今の解釈で事足りるとすれば、多くの研究資料に埋め尽くされたあの書斎の中に存在する意味はない。あそこにあったのは、白晶岩に関する資料ばかりだった。
(もしかして、これも白晶岩に関係ある言葉なのか?)
そう推測すると、ロインは再び深い思考の中に落ちていく。
三騎士の血。その血も、魔物の血肉を糧とする白晶岩を成長させる要因には成り得るはず。だが、それが主の力になることには結びつかない気がした。白晶岩を『白晶の装具』に置き換えて考えるなら、膨大な魔力を生みだすことにつながり、主の力になるのも頷ける。
だがここまで考えてあることに気がつき、彼は頭を横に振った。
「…違う。」
「へっ?」
「父さんがこのくらいのこと、思いつかないはずがない。」
思わず独り言となってこぼれた彼の言葉に、ティマはわけもわからず首を傾げた。だがロインは気にすることなく、再び一人思考の世界に戻ってしまった。
そう。学者だった父さんが、このくらいの予想ができないはずがない。もしもあの言葉をヒントに何かを発見することができていれば、そもそも本の端にあんな書き込みはなかったように思う。他の資料同様、ファイルの中に収められていたはずだ。ということは、父さんですら調べられなかった何かがきっとある。マウディーラの歴史本、そしてあのページに書き込みを残した意味が…。
(…歴史?)
そして、ロインはふと気がついた。知らないのだ。なぜ『白晶の装具』が王家への忠誠の証とされるのか。なぜ『白晶の装具』を作ったのか。その理由を、そうなった背景を。
「…スディアナだ。」
「「え?」」
そして導き出した結論に、彼の思考を把握しきれていないティマとカイウスはキョトンとするばかりだった。そんな2人に、ロインは少し興奮気味な口調で言った。
「よく考えてみれば、膨大な魔力はあるが、人には扱えない上に周囲の魔物を引き寄せるような代物だ。その性質を知った上で、好んで持ち歩くような奴はいないだろ。それなのに、『白晶の装具』は三騎士の、王家への忠誠の証として代々受け継がれていたんだ。だとしたら、『白晶の装具』が作られた背景に何かヒントがあるのかもしれない。」
彼の主張を、2人は目を大きく見開きながら聞いていた。そして口にはしないが、彼の言うことに妙な納得を覚えていた。
「なるほど。王家の歴史を知るなら首都に、ってことか。」
カイウスの言葉に、ロインは「ああ」と頷いた。
「じゃあ、その案も含めてルビアたちに話さなきゃね。」
そして真剣な表情をして言うティマに頷くと、3人はマリワナの家に向かって暗い道を歩き出した。
「ただいまー!」
ティマの元気な声に、彼女の家は温かい灯りで迎えてくれた。そして漂ういい匂いに、彼らはそれまで忘れていた空腹を思い出した。
「3人とも、お帰りなさい。ティマ、ちょうど良かった。食事ができたところなの。運ぶの手伝ってちょうだい。」
「はーい。」
そこへ台所からマリワナが現れ、ティマは返事をするとパタパタと走っていった。
「あっ、オレも何か手伝うよ。」
「カイウスはこっち!」
そう言って台所に行こうとしたカイウスの反対側から、きっぱりと言い切るように彼を呼び止めるルビアが現れた。その隣には、ラミーとティルキスもいる。
「ルビア!なんだ。地下にいたんじゃなかったのか。」
「さっきまではね。3人が帰ってくるのを待ってたのよ。」
カイウスにルビアはそう言って、リビングにあるテーブルに着くように促した。ロインとカイウスは顔を見合わせ、彼女の意図がわからないというように首を傾げながらもそれに従った。するとラミーらも向かい合うように席に着き、ティルキスが切り出した。
「君たちが席をはずしている間に、フレアからこれまでのガルザの―――つまり、バキラの動向について話を聞いていたんだ。」
それを聞くと、少年達の目の色が変わった。どうやら新たな情報を得ていたのは、自分たちだけではなかったようだ。
「なら、こっちも話しておきたいことがある。」
「オレの家で、『白晶の装具』に関する情報を仕入れてきた。」
「本当か!」
2人の発言を聞き、身を乗り出すようにして食いついたラミー。と、そこへ、彼らの分の食事を持ってティマがやってきた。
「話も大事だけど、食事が終わってからにしない?」
微笑みながらそう言う彼女に、空腹を感じていた一同は頷いた。
腹が満たされると、一行は気を取り直すように本題に戻った。そして初めに口を開いたのは、ルビアだった。
「例のエルナの森での騒動の後、ガルザは何事もなかったように過ごしていたみたい。フレアがガルザに違和感を抱いたのは、それから少し後だったんですって。」
言って、ルビアはデザートに運ばれてきた小粒の苺をひとつ口に含んで続けた。
「違和感が核心に変わったのは、出世したガルザのもとに異動してからですって。王様に気付かれないように部下と共に首都を出て、辺境の村や町を襲っていることを知ったみたい。」
「もちろん兵士としての正規の仕事もあったから、そう頻繁にはできなかったらしいけどな。だが、そういう時は部下だけで行かせていたという話も聞いたぜ。…この町を襲った時とか、な。」
そしてルビアから引き継ぐようにして口を開いたティルキス。イーバオを襲わせたのはガルザだった。その真実を告げた彼の表情は苛立ちに似た何かを含み、最後の一言を放つ唇は、どこか重たそうだった。
「そこまでして町や村を襲う理由なんてあったのか?」
そんな彼に、カイウスが眉をひそめながら尋ねる。するとティルキスは、それにどこか面倒そうな表情をして返した。
「…世界を創り変えるため、だそうだ。」
「世界を創り変える?」
「ああ。彼は行動理由を問われると、いつもそう答えていたらしい。」
だがその答えでは、カイウスの疑問は拭えない。案の定、彼は更に眉間にしわを寄せて首を傾けた。
「わけわかんねぇ、って面してんな。…ま、そりゃそうだ。あたいも意味わかってねぇから。」
ラミーはそんなカイウスの様子を見てか、つまらないとばかりにのけぞりながらそう言った。だが、カイウスがそんな彼女に返したのは、どこかニュアンスが違うものだった。
「世界を創り変えるって、一体どういうことだ?」
「おいカイウス。んな適当なこと、いちいち気にすんなって」
「やっぱり、カイウスも気になった?」
「ああ。」
「…は?」
「どういうことだ?」
ラミーを遮って口を開いたルビア。そしてそれに頷いたカイウスに、ラミーとロイン、そしてティマはわけがわからずに首を傾げた。
「ガルザが言っていた世界を創り変えるっていうのは、たぶん、この世界をスポットの住める世界にするって意味だ。」
「え…?」
「それがわかってんなら、何がひっかかってんだよ?」
困惑する三人にティルキスがそう言うと、ティマは言葉を失った。彼らがそんな恐ろしい事を考え、そのために行動していた。その考えに至ることが、おそらく容易ではなかったのだろう。そんなティマとは対照的に、ロインは噛みつくように言葉を返す。
「…ガルザの言う事が本当なら、なんでアレウーラじゃなくマウディーラでそんなことをしていたのか、不思議じゃない?」
「「あっ!」」
ルビアの答えに、少女2人は目をはっと見開いた。そう。スポットは怒りや憎しみ、悲しみといった負の感情を好む。それで満ち溢れた世界を用意すれば、彼らにとってさぞ居心地のいい土地になることだろう。だが、それを用意した場所は『冥府の法』を行ったアレウーラではなく、マウディーラだ。そしてあの時発動させた『冥府の法』はアール山、ジャンナ、レイモーン、センシビアの四か所だ。マウディーラで虐殺を行う事に、はたして意味はあったのか?彼らが首を傾げる理由はそこにあった。
「うわぁ、もうこんな時間になってたのか。」
「調べ物してると、あっという間に時間が過ぎちゃうよね。」
カイウスがすっかり暗くなった空を仰ぎながら言うと、ティマも笑いながらそう言った。それからティマはくるりとロインの方を向くと、彼の顔を覗き込みながら尋ねた。
「そういえばロイン、あの時何を見てたの?」
「あの時?」
「ほら、なんか分厚い本を開いてたじゃない。あれ、なんだったの?」
「ああ、あれか。ただのマウディーラの歴史本だよ。」
「歴史本?なんでそんなのがあの部屋にあったの?」
「オレが知るかよ。父さんに聞けよ。」
「無茶言わないでよ…。」
ティマの言うことを、ロインはどこか面倒そうに流した。そんな彼の脳裏にあったのは、ティマの言うあの時に目にしたものだった。
「『三騎士の血は主の力となり、その者に最後の力を与えん』…か。」
「何?それ。」
「父さんが残したメモ書きだ。もしかしたら、何かのヒントかも…。」
ロインはその場に立ち止まりながらそう言って、考えを巡らせた。
代々王家に忠誠を誓い、仕えてきた三騎士の家系。その血が主―――つまり、王の力になるとはどういうことだ?一般的な解釈なら、それは国や王家を守る主戦力としての力のことだろう。だが、その後の「最後の力」とは?そもそも今の解釈で事足りるとすれば、多くの研究資料に埋め尽くされたあの書斎の中に存在する意味はない。あそこにあったのは、白晶岩に関する資料ばかりだった。
(もしかして、これも白晶岩に関係ある言葉なのか?)
そう推測すると、ロインは再び深い思考の中に落ちていく。
三騎士の血。その血も、魔物の血肉を糧とする白晶岩を成長させる要因には成り得るはず。だが、それが主の力になることには結びつかない気がした。白晶岩を『白晶の装具』に置き換えて考えるなら、膨大な魔力を生みだすことにつながり、主の力になるのも頷ける。
だがここまで考えてあることに気がつき、彼は頭を横に振った。
「…違う。」
「へっ?」
「父さんがこのくらいのこと、思いつかないはずがない。」
思わず独り言となってこぼれた彼の言葉に、ティマはわけもわからず首を傾げた。だがロインは気にすることなく、再び一人思考の世界に戻ってしまった。
そう。学者だった父さんが、このくらいの予想ができないはずがない。もしもあの言葉をヒントに何かを発見することができていれば、そもそも本の端にあんな書き込みはなかったように思う。他の資料同様、ファイルの中に収められていたはずだ。ということは、父さんですら調べられなかった何かがきっとある。マウディーラの歴史本、そしてあのページに書き込みを残した意味が…。
(…歴史?)
そして、ロインはふと気がついた。知らないのだ。なぜ『白晶の装具』が王家への忠誠の証とされるのか。なぜ『白晶の装具』を作ったのか。その理由を、そうなった背景を。
「…スディアナだ。」
「「え?」」
そして導き出した結論に、彼の思考を把握しきれていないティマとカイウスはキョトンとするばかりだった。そんな2人に、ロインは少し興奮気味な口調で言った。
「よく考えてみれば、膨大な魔力はあるが、人には扱えない上に周囲の魔物を引き寄せるような代物だ。その性質を知った上で、好んで持ち歩くような奴はいないだろ。それなのに、『白晶の装具』は三騎士の、王家への忠誠の証として代々受け継がれていたんだ。だとしたら、『白晶の装具』が作られた背景に何かヒントがあるのかもしれない。」
彼の主張を、2人は目を大きく見開きながら聞いていた。そして口にはしないが、彼の言うことに妙な納得を覚えていた。
「なるほど。王家の歴史を知るなら首都に、ってことか。」
カイウスの言葉に、ロインは「ああ」と頷いた。
「じゃあ、その案も含めてルビアたちに話さなきゃね。」
そして真剣な表情をして言うティマに頷くと、3人はマリワナの家に向かって暗い道を歩き出した。
「ただいまー!」
ティマの元気な声に、彼女の家は温かい灯りで迎えてくれた。そして漂ういい匂いに、彼らはそれまで忘れていた空腹を思い出した。
「3人とも、お帰りなさい。ティマ、ちょうど良かった。食事ができたところなの。運ぶの手伝ってちょうだい。」
「はーい。」
そこへ台所からマリワナが現れ、ティマは返事をするとパタパタと走っていった。
「あっ、オレも何か手伝うよ。」
「カイウスはこっち!」
そう言って台所に行こうとしたカイウスの反対側から、きっぱりと言い切るように彼を呼び止めるルビアが現れた。その隣には、ラミーとティルキスもいる。
「ルビア!なんだ。地下にいたんじゃなかったのか。」
「さっきまではね。3人が帰ってくるのを待ってたのよ。」
カイウスにルビアはそう言って、リビングにあるテーブルに着くように促した。ロインとカイウスは顔を見合わせ、彼女の意図がわからないというように首を傾げながらもそれに従った。するとラミーらも向かい合うように席に着き、ティルキスが切り出した。
「君たちが席をはずしている間に、フレアからこれまでのガルザの―――つまり、バキラの動向について話を聞いていたんだ。」
それを聞くと、少年達の目の色が変わった。どうやら新たな情報を得ていたのは、自分たちだけではなかったようだ。
「なら、こっちも話しておきたいことがある。」
「オレの家で、『白晶の装具』に関する情報を仕入れてきた。」
「本当か!」
2人の発言を聞き、身を乗り出すようにして食いついたラミー。と、そこへ、彼らの分の食事を持ってティマがやってきた。
「話も大事だけど、食事が終わってからにしない?」
微笑みながらそう言う彼女に、空腹を感じていた一同は頷いた。
腹が満たされると、一行は気を取り直すように本題に戻った。そして初めに口を開いたのは、ルビアだった。
「例のエルナの森での騒動の後、ガルザは何事もなかったように過ごしていたみたい。フレアがガルザに違和感を抱いたのは、それから少し後だったんですって。」
言って、ルビアはデザートに運ばれてきた小粒の苺をひとつ口に含んで続けた。
「違和感が核心に変わったのは、出世したガルザのもとに異動してからですって。王様に気付かれないように部下と共に首都を出て、辺境の村や町を襲っていることを知ったみたい。」
「もちろん兵士としての正規の仕事もあったから、そう頻繁にはできなかったらしいけどな。だが、そういう時は部下だけで行かせていたという話も聞いたぜ。…この町を襲った時とか、な。」
そしてルビアから引き継ぐようにして口を開いたティルキス。イーバオを襲わせたのはガルザだった。その真実を告げた彼の表情は苛立ちに似た何かを含み、最後の一言を放つ唇は、どこか重たそうだった。
「そこまでして町や村を襲う理由なんてあったのか?」
そんな彼に、カイウスが眉をひそめながら尋ねる。するとティルキスは、それにどこか面倒そうな表情をして返した。
「…世界を創り変えるため、だそうだ。」
「世界を創り変える?」
「ああ。彼は行動理由を問われると、いつもそう答えていたらしい。」
だがその答えでは、カイウスの疑問は拭えない。案の定、彼は更に眉間にしわを寄せて首を傾けた。
「わけわかんねぇ、って面してんな。…ま、そりゃそうだ。あたいも意味わかってねぇから。」
ラミーはそんなカイウスの様子を見てか、つまらないとばかりにのけぞりながらそう言った。だが、カイウスがそんな彼女に返したのは、どこかニュアンスが違うものだった。
「世界を創り変えるって、一体どういうことだ?」
「おいカイウス。んな適当なこと、いちいち気にすんなって」
「やっぱり、カイウスも気になった?」
「ああ。」
「…は?」
「どういうことだ?」
ラミーを遮って口を開いたルビア。そしてそれに頷いたカイウスに、ラミーとロイン、そしてティマはわけがわからずに首を傾げた。
「ガルザが言っていた世界を創り変えるっていうのは、たぶん、この世界をスポットの住める世界にするって意味だ。」
「え…?」
「それがわかってんなら、何がひっかかってんだよ?」
困惑する三人にティルキスがそう言うと、ティマは言葉を失った。彼らがそんな恐ろしい事を考え、そのために行動していた。その考えに至ることが、おそらく容易ではなかったのだろう。そんなティマとは対照的に、ロインは噛みつくように言葉を返す。
「…ガルザの言う事が本当なら、なんでアレウーラじゃなくマウディーラでそんなことをしていたのか、不思議じゃない?」
「「あっ!」」
ルビアの答えに、少女2人は目をはっと見開いた。そう。スポットは怒りや憎しみ、悲しみといった負の感情を好む。それで満ち溢れた世界を用意すれば、彼らにとってさぞ居心地のいい土地になることだろう。だが、それを用意した場所は『冥府の法』を行ったアレウーラではなく、マウディーラだ。そしてあの時発動させた『冥府の法』はアール山、ジャンナ、レイモーン、センシビアの四か所だ。マウディーラで虐殺を行う事に、はたして意味はあったのか?彼らが首を傾げる理由はそこにあった。