第13章 しらせ [
「バキラはどうして、マウディーラでそんなことを…。」
「それがわかりゃ悩んでねぇよ。…ま、もうひとつの行動が理由だってんなら、納得できんだけどな。」
呟くように言葉を発したティマに、ラミーは少し口調を荒げて言った。そして赤毛の少女が発する次の言葉を待ち、彼女ののどは小さくなった。
「…あいつら、ロインやティマリア姫…ティマのことも探してた。あんた達が残りの『白晶の装具』を持っていたからな。ま、『白晶の耳飾』を持っていたのがあたいだったのは予想外だったらしいけど、ガルザのやつ、咄嗟にあたいを使って情報収集することも考えたってわけだ。」
それに、と、ラミーは顔をやや伏せ、苦しそうに続けた。
「あたいらの船に、兵や武器を乗せて運ばせることもあった。城の連中に気付かれないようにな。」
「ラミー…。」
父親を人質に取られていたとはいえ、虐殺の手助けをさせられたのだ。彼女の気が重くなるのは当然だった。その心中を察するように、ティマはそっと彼女の名を呟いた。と、その時だった。
「…っていうことはじゃあ、お前は最初に会った時から、オレ達をガルザに売ってたっていうのか?」
「あ、あの時はまだ…!…あんたらの行き先が首都だって聞いてたから、必要ないと思ってたし…だいたい、あたいだって好きで売ったわけじゃ…。」
「ロイン。もう過ぎた事なんだし、それくらいにしてあげようよ。ねっ?」
ロインの低い声が、ラミーの心を静かに捉えた。その翡翠色の瞳に怒りは見られないものの、何を考えているのかが全く読めない。まるで心臓を握られている感覚に怖れに似たものを抱き、ラミーは珍しく肩をびくつかせ、声を裏返した。そんな状態の彼女を救ったのは、彼女を本気で心配しているティマだった。ロインはティマの言う事を案外素直に聞き、ラミーは胸をなでおろした。そしてティマに向かって「悪ぃ…」と短く礼を述べると、彼女はいつもの笑顔で返した。
「話を戻しましょう。それじゃあ、バキラがマウディーラのあちこちを襲わせたのは、ラミーが考えてることとは違うってことなの?」
気を取り直すように言うルビアに、ラミーは強く頷いた。
「ルーロのことを思い出してみろよ。ガルザの野郎、ロインとはエルナの森で会っていただろ?そして『白晶の耳飾』はあたいが持ってる。目的の『白晶の装具』は全部見つかったも同然だ。なのに、あいつはルーロを襲った。おかしいだろ?」
ラミーの言う事に、ロインやカイウスらは確かに、と頷いた。あの時はベディーを捕えるためのリカンツ狩りのようなものだと考えていたが、その推測も違うらしいということがわかっている。
「結局、バキラがガルザに何をさせていたかはわかっても、その意図まではわからなかったってことね…。」
ティマは、そう落ち込むように言った。だが、ロインはティマとはまるで正反対の、落ちついた態度でルビア達に向き合った。
「なら、今度はオレたちが話す番だ。」
そう。『白晶の装具』に関する情報を、彼らはまだルビア達に話していなかった。ロインがそう言うと、ティマは気を取り直したように姿勢を正し、率先して3人に説明していった。そして話し終えると、彼らは納得した表情を見せた。
「そうね。スディアナに行けば、バキラのことでまだわからない事もわかるかもしれないし。」
「じゃあ、次の目的地はスディアナだな。あたい、船に戻って準備させてくる。」
ルビアが頷きながら言うと、ラミーは元気に立ち上がって港へと駆けていった。その様子に、カイウスは少し心配の表情を浮かべて立ちあがり、彼女の背に向かって声を投げかけた。
「おい、ラミー!走ると発作が…って聞いてないな、あの様子じゃ。」
「そうなっても自業自得だ。ほっとけ。」
「そんな言い方ないでしょ、ロイン?」
「ははは。地下にいるフォレスト達には、俺からあとで説明しておこう。」
「ありがとう、ティルキスさん。」
どうでもいいというように呟いたロインに、ティマは戒めるように言葉をかけた。その様子を見て楽しそうに笑うティルキスがそう言った、その直後だった。
「じゃあな。」
「えっ?どこ行くの?」
「帰る。」
「泊まっていけばいいのに。」
その場から立ち上がり、小さく身体を伸ばしたロイン。そして彼が突然放った一言に呆気に取られ、ティマは間抜けな声を出した。そんな彼女を振り変えることなく答えながら、ロインは玄関へと歩いて行った。ティマはきょとんとしながら更に声をかけるが、彼の気が替わる様子はない。地下の空間であれば、雑魚寝にはなるだろうが、全員で眠れるスペースもある。わざわざ自宅に帰る必要もない。カイウス達もそう思い、ロインに疑問のこもった視線を送った。
「騒がしくて休めなかった、じゃシャレにならねぇ。」
すると、ロインは一言、抑揚のない調子でそれだけ言うと静かに出て行ってしまった。これ以上話さなければならないこともない。今後の予定に支障はないだろうが、ロインの行動に、残った4人は少しばかり戸惑いを感じていた。
「もしかして、まだティルキス達に心を許していないからかな?」
少しの沈黙の後、カイウスはそうポツリと呟いた。ルビアと初めてイーバオを訪れた時、ロインは他人といることを嫌い、一人家に戻っていった。その事を思い出したのだ。
「…少し違うと思う。」
だが、ティマは「うーん」と、少し考えながらそれを否定した。その表情に影はなく、どこか客観的な印象を与えた。
「この旅で、ロイン、本当に変わったもの。私とおばさん以外で誰かの名前を呼ぶのも初めてだったし、カイウス達の事は信頼していると思う。だから、カイウス達の仲間だったティルキスさん達を信頼していないってことは―――100%とは言えないけど、ないと思うの。」
ティマはそこまで言うと、「うーん」と再び軽く頭を捻り、そしてまた口を開いた。
「…もしかしたら、ただ家に帰りたいだけなのかも。久しぶりだからか懐かしいし、やっぱり落ち着くもの。」
私もそう感じたから―――そう続けて柔らかく微笑むティマ。その表情を見たカイウスとルビアはフェルンでのことを思い出し、そうか、と静かに納得の笑みを浮かべた。
「みんな、少しいいかしら?」
「なぁに、おばさん…と、ベディーさんも?」
その時、マリワナの声がし、ティマは地下への通路がある台所の方向を見た。すると、その隣にはベディーが立っており、その表情はどこか固かった。それに気がついたティマが声をかけようとすると、ベディーの方が先に口を開いた。
「ロインはいないのか?」
「え、ええ。家に帰るって。ロインに用事?」
「いや。今はいい。…実は、まだ話が残ってるんだ。」
「「「「?」」」」
ベディーの発言の意味がわからず、ティマにカイウス、そしてルビアやティルキスも首を傾げた。その反応から、夕食以前にはなかった話だということがわかる。一体何かと、4人は次の言葉を黙って待った。
「ガルザを殺したのは、おそらくアーレスだ。」
「「「「!」」」」
そして静寂を破って放たれたのは、彼らの意表をついた内容だった。
「…確証は?」
突然の言葉に少し驚いたものの、すぐに平静を取り戻したカイウスが尋ねる。すると、ベディーは少し苦い顔になって答えた。
「はっきりとは…。だが、状況を考えると彼女の仕業である可能性が高い。」
「待って。さっき、ロインがいないことを確認して都合が良いって…このこと、ロインには話さないつもり?」
今度はティマがまさか、というような表情で聞くと、ベディーは首を横に振った。
「時期を改めた方がいいって、私から言ったのよ。」
「おばさんが?」
そしてその問いに答えたのは、マリワナだった。彼女の考えることがいまいち理解できずに疑問で返すと、今度はベディーがティマに返した。
「ガルザが死んだことで、だいぶショックを受けていただろう?今の状態の彼にこの事を告げたら…」
「十中八九暴走するでしょ?」
(((…確かに。)))
コレンド姉弟の言葉に、ティルキスを除いた3人は何故か妙に納得してしまうのだった。
「今日は避けた方がいいってだけだし、ロインが落ちついているようなら、明日にでも話して良いと思うわ。」
「うん。そうだね。」
そう言うマリワナに、ティマは素直に頷いた。
「それがわかりゃ悩んでねぇよ。…ま、もうひとつの行動が理由だってんなら、納得できんだけどな。」
呟くように言葉を発したティマに、ラミーは少し口調を荒げて言った。そして赤毛の少女が発する次の言葉を待ち、彼女ののどは小さくなった。
「…あいつら、ロインやティマリア姫…ティマのことも探してた。あんた達が残りの『白晶の装具』を持っていたからな。ま、『白晶の耳飾』を持っていたのがあたいだったのは予想外だったらしいけど、ガルザのやつ、咄嗟にあたいを使って情報収集することも考えたってわけだ。」
それに、と、ラミーは顔をやや伏せ、苦しそうに続けた。
「あたいらの船に、兵や武器を乗せて運ばせることもあった。城の連中に気付かれないようにな。」
「ラミー…。」
父親を人質に取られていたとはいえ、虐殺の手助けをさせられたのだ。彼女の気が重くなるのは当然だった。その心中を察するように、ティマはそっと彼女の名を呟いた。と、その時だった。
「…っていうことはじゃあ、お前は最初に会った時から、オレ達をガルザに売ってたっていうのか?」
「あ、あの時はまだ…!…あんたらの行き先が首都だって聞いてたから、必要ないと思ってたし…だいたい、あたいだって好きで売ったわけじゃ…。」
「ロイン。もう過ぎた事なんだし、それくらいにしてあげようよ。ねっ?」
ロインの低い声が、ラミーの心を静かに捉えた。その翡翠色の瞳に怒りは見られないものの、何を考えているのかが全く読めない。まるで心臓を握られている感覚に怖れに似たものを抱き、ラミーは珍しく肩をびくつかせ、声を裏返した。そんな状態の彼女を救ったのは、彼女を本気で心配しているティマだった。ロインはティマの言う事を案外素直に聞き、ラミーは胸をなでおろした。そしてティマに向かって「悪ぃ…」と短く礼を述べると、彼女はいつもの笑顔で返した。
「話を戻しましょう。それじゃあ、バキラがマウディーラのあちこちを襲わせたのは、ラミーが考えてることとは違うってことなの?」
気を取り直すように言うルビアに、ラミーは強く頷いた。
「ルーロのことを思い出してみろよ。ガルザの野郎、ロインとはエルナの森で会っていただろ?そして『白晶の耳飾』はあたいが持ってる。目的の『白晶の装具』は全部見つかったも同然だ。なのに、あいつはルーロを襲った。おかしいだろ?」
ラミーの言う事に、ロインやカイウスらは確かに、と頷いた。あの時はベディーを捕えるためのリカンツ狩りのようなものだと考えていたが、その推測も違うらしいということがわかっている。
「結局、バキラがガルザに何をさせていたかはわかっても、その意図まではわからなかったってことね…。」
ティマは、そう落ち込むように言った。だが、ロインはティマとはまるで正反対の、落ちついた態度でルビア達に向き合った。
「なら、今度はオレたちが話す番だ。」
そう。『白晶の装具』に関する情報を、彼らはまだルビア達に話していなかった。ロインがそう言うと、ティマは気を取り直したように姿勢を正し、率先して3人に説明していった。そして話し終えると、彼らは納得した表情を見せた。
「そうね。スディアナに行けば、バキラのことでまだわからない事もわかるかもしれないし。」
「じゃあ、次の目的地はスディアナだな。あたい、船に戻って準備させてくる。」
ルビアが頷きながら言うと、ラミーは元気に立ち上がって港へと駆けていった。その様子に、カイウスは少し心配の表情を浮かべて立ちあがり、彼女の背に向かって声を投げかけた。
「おい、ラミー!走ると発作が…って聞いてないな、あの様子じゃ。」
「そうなっても自業自得だ。ほっとけ。」
「そんな言い方ないでしょ、ロイン?」
「ははは。地下にいるフォレスト達には、俺からあとで説明しておこう。」
「ありがとう、ティルキスさん。」
どうでもいいというように呟いたロインに、ティマは戒めるように言葉をかけた。その様子を見て楽しそうに笑うティルキスがそう言った、その直後だった。
「じゃあな。」
「えっ?どこ行くの?」
「帰る。」
「泊まっていけばいいのに。」
その場から立ち上がり、小さく身体を伸ばしたロイン。そして彼が突然放った一言に呆気に取られ、ティマは間抜けな声を出した。そんな彼女を振り変えることなく答えながら、ロインは玄関へと歩いて行った。ティマはきょとんとしながら更に声をかけるが、彼の気が替わる様子はない。地下の空間であれば、雑魚寝にはなるだろうが、全員で眠れるスペースもある。わざわざ自宅に帰る必要もない。カイウス達もそう思い、ロインに疑問のこもった視線を送った。
「騒がしくて休めなかった、じゃシャレにならねぇ。」
すると、ロインは一言、抑揚のない調子でそれだけ言うと静かに出て行ってしまった。これ以上話さなければならないこともない。今後の予定に支障はないだろうが、ロインの行動に、残った4人は少しばかり戸惑いを感じていた。
「もしかして、まだティルキス達に心を許していないからかな?」
少しの沈黙の後、カイウスはそうポツリと呟いた。ルビアと初めてイーバオを訪れた時、ロインは他人といることを嫌い、一人家に戻っていった。その事を思い出したのだ。
「…少し違うと思う。」
だが、ティマは「うーん」と、少し考えながらそれを否定した。その表情に影はなく、どこか客観的な印象を与えた。
「この旅で、ロイン、本当に変わったもの。私とおばさん以外で誰かの名前を呼ぶのも初めてだったし、カイウス達の事は信頼していると思う。だから、カイウス達の仲間だったティルキスさん達を信頼していないってことは―――100%とは言えないけど、ないと思うの。」
ティマはそこまで言うと、「うーん」と再び軽く頭を捻り、そしてまた口を開いた。
「…もしかしたら、ただ家に帰りたいだけなのかも。久しぶりだからか懐かしいし、やっぱり落ち着くもの。」
私もそう感じたから―――そう続けて柔らかく微笑むティマ。その表情を見たカイウスとルビアはフェルンでのことを思い出し、そうか、と静かに納得の笑みを浮かべた。
「みんな、少しいいかしら?」
「なぁに、おばさん…と、ベディーさんも?」
その時、マリワナの声がし、ティマは地下への通路がある台所の方向を見た。すると、その隣にはベディーが立っており、その表情はどこか固かった。それに気がついたティマが声をかけようとすると、ベディーの方が先に口を開いた。
「ロインはいないのか?」
「え、ええ。家に帰るって。ロインに用事?」
「いや。今はいい。…実は、まだ話が残ってるんだ。」
「「「「?」」」」
ベディーの発言の意味がわからず、ティマにカイウス、そしてルビアやティルキスも首を傾げた。その反応から、夕食以前にはなかった話だということがわかる。一体何かと、4人は次の言葉を黙って待った。
「ガルザを殺したのは、おそらくアーレスだ。」
「「「「!」」」」
そして静寂を破って放たれたのは、彼らの意表をついた内容だった。
「…確証は?」
突然の言葉に少し驚いたものの、すぐに平静を取り戻したカイウスが尋ねる。すると、ベディーは少し苦い顔になって答えた。
「はっきりとは…。だが、状況を考えると彼女の仕業である可能性が高い。」
「待って。さっき、ロインがいないことを確認して都合が良いって…このこと、ロインには話さないつもり?」
今度はティマがまさか、というような表情で聞くと、ベディーは首を横に振った。
「時期を改めた方がいいって、私から言ったのよ。」
「おばさんが?」
そしてその問いに答えたのは、マリワナだった。彼女の考えることがいまいち理解できずに疑問で返すと、今度はベディーがティマに返した。
「ガルザが死んだことで、だいぶショックを受けていただろう?今の状態の彼にこの事を告げたら…」
「十中八九暴走するでしょ?」
(((…確かに。)))
コレンド姉弟の言葉に、ティルキスを除いた3人は何故か妙に納得してしまうのだった。
「今日は避けた方がいいってだけだし、ロインが落ちついているようなら、明日にでも話して良いと思うわ。」
「うん。そうだね。」
そう言うマリワナに、ティマは素直に頷いた。