第14章 はじまりの真実 V
「ラミー!」
ラミーが倒れたことに気付き、ティマは血相を変えて悲鳴をあげた。隣に立つルビアは事態に気付きながらも唇を噛みしめ、飛び出していきたい衝動を抑えて一気に術を唱え上げた。
「氷結し嵐、渦巻きて呼ぶは汝の終焉!アイストーネード!」
そして発現した術は、周囲を取り囲むように未だ佇むスポット達を吹き飛ばし、高速で渦巻く氷の飛礫によって構成された壁となった。
「ラミー、しっかりするんだ!」
その間にラミーのもとへベディーが駆け寄り、苦しげに呻く彼女を抱き上げた。『白晶の装具』を持たない今の彼女の体では、さきほどの技は大きな負担をその身にかけたようだ。手持ちのグミを急いで口に含ませると、いくらか顔色が良くなったように見えた。
「フレア!それに君たちは…!」
「話はあとで。直に術が解けるわ。」
ようやく冷静に状況を把握できるようになった王がロイン達に気付くと、説明を求めるように口を開いた。しかしルビアがぴしゃりと言い放つと、瞬時に表情を変え、静かに頷いた。氷の渦の向こうには、まだ大量のスポットが蠢き続けているのだ。今のうちに対策を講じなければならない。
「王様。スポット―――あの魔物はいつから?どこから現れるのか知りませんか?」
カイウスが問うと、国王は思い出すように視線を下げながら答えた。
「十数日前くらいから、急に現れたのだ。日没になるとあのような大群で襲ってくるのだが、どういうわけか倒しても倒してもきりがなく、犠牲者が増える一方だった。」
そう言って国王は、そして后は辛そうに俯いた。そばにいる近衛騎士たちも、彼の言葉に倒れていった仲間を思い出したのか、涙を堪えるような顔になった。見た目のとおり影のようなスポットは日の光を嫌うせいか、一日中襲われ続けていたわけではないようだ。だが戦闘による疲労と再び襲われるかもしれないという緊張、そして迫り続ける死の恐怖にも苛まれ続けたためか、彼らはひどくやつれて見えた。その様子でそのような表情を向けられると、ロイン達は、今の彼らに微かな希望すら感じ取ることができなかった。
「どこか城の近くにスポットの発生源がある、って考えるのが妥当だろうな。」
この現状を生んだものへの怒りを感じながらロインが言うと、皆はその感情にも同意するように頷いた。
「ティマ、夜明けまであとどのくらいだ?」
「まだまだ長いわ。それまで持ち堪えられるかどうか…。」
「…戦力を分けたが賢明かもな。」
連日の疲労とストレスのせいもあってか、近衛騎士たちの顔色は良くない。これまでは持ち堪えられたのかもしれないが、おそらく限界は近いはず。そこにロインたちが加わったとしても、戦況はあまり変わらないだろう。そう察したティマの答えに、ロインは顎に手をあてながら呟いた。スポットの襲撃は、この城内だけの話ではない。地下水道、もしくは地上から直接城下街にも向かい、そこでも暴動を起こしているのだ。ならばここで国王らを守護するための戦力、そしてスポットの発生源を探し、叩くための戦力に分かれ、根本から食い止める方がいいはずだ。ただし、先ほどの戦いでわかったとおり、この場の戦力はあまり削れない。スポット発生源の捜索は、少数精鋭を余儀なくされるのだ。
「騎士様たちに比べて、オレたちの方が消耗は少ないはずだ。スポットの発生源はオレ達で探しに行こう。」
するとカイウスが一番に声をあげ、ロインとティマはそれに頷いた。
「僕はここの守りにつく。」
「あたしも残るわ。後ろで援護できる人が必要だと思うの。」
ベディーとルビアはそう言い、カイウスは「わかった」と頷いた。
「よし。ロイン、ティマ、行くぞ。」
「ちょっと待てよ…。」
今にも三人で向かおうと動き出したその時、それを引き留める弱った声がした。振り返ると、よろよろとベディーから離れて立つラミーと目があった。
「あたいも行く。」
「ラミー、その様子じゃ無理よ。」
「まだ銃で戦うくらいはできるさ。けど、あれだけの集団が相手じゃ、あたいはここにいても足手まといだ。なら、お前らと一緒に動いた方がまだ役に立つ。」
ティマは制止を促すが、ラミーはそう言って聞こうとしない。明らかに無理をしているのがわかるが、その目に宿る曲がる様子のない決心に気付くと、彼女を説得する方が骨の折れることのように感じてしまった。カイウスが仕方ないというように溜息をつくと、つられるようにルビアも苦笑を浮かべた。
「なら、少しだけ待って。気休めでも、治癒術をかけておくわ。」
そう言って、ルビアがラミーに手をかざした、その時だった。アイストーネードの壁が消え、スポット達が再びなだれ込んできた。近衛騎士たちが再び武器を構える中、カイウスは動くのを躊躇ってしまった。ルビアはまだ治癒術の詠唱すら始めていない。共に行動すると決めたラミーを、今の状態のまま連れて飛び出して行ってもいいのか、カイウスは即決できず、飛び出していくタイミングを逃してしまった。そしてその考えが伝わったのか、ロインも駆け出そうとしていたのだが、思わずその場に踏みとどまっていた。
「ロイン!カイウス!行って!」
だが、ティマは違った。杖のような槍のような得物の柄を使って、2人を突き飛ばすように前方に弾き出したのだ。
「ティマ!?」
「私は後からラミーと一緒に行く。だから先に行って!」
驚いて振り返ったロインに、ティマは力強い声で言った。赤茶色の瞳も、その声色と同様に真っすぐロインに向けられており、そこから感じる頼もしさにフッと口角を上げた。
「やばいと思ったら留守番してろよ!」
「誰に向かって言ってるのよ!」
喧嘩腰に似た会話と不敵な笑みを交わし、そしてロインは彼女に背を向けた。カイウスと共に剣を抜き、目の前に迫るスポットらを斬り捨てながら道を切り開いていく。そして彼らがやって来たのとは反対の方角に出る通路に姿を消した頃だった。
「ティマ、待たせた!行くぞ!」
応急処置程度のものとはいえ、治癒術の効果か、先ほどより勢いの戻ったラミーの声がティマに届いた。その声にティマは少しほっとし、そしてやる気を上昇させた。元気に床を蹴り、目の前に迫ったスポットを勢いよく横に薙ぎ払っていく。その少し後ろに続いて、ラミーも銃撃でティマをフォローする。だがその足は、ふとティマが進もうと思っていた方向とは違う方へと向かいだしたことに気付いた。
「ラミー、ロインとカイウスはそっちじゃ」
「バーカ!こんな広い場所、二手にでも分かれねぇとキリねぇぞ!」
進路を戻そうとしたティマに対し、ラミーはそうぶっきらぼうな口調で返し、彼女を置いて進もうとしていた。ティマは一瞬どうしようかと困った表情になったが、すぐにラミーのあとを追うことにした。そしてその後ろを追いかけるようにわらわらと群がる影の集団に向かって、凄まじい光閃が降り注いだ。
「あんた達の相手はこっちよ!」
4人の背を見送ったルビアの力強い声が響き渡ると、影達は再び彼女たちを標的に変え、襲いかかって来た。
ラミーが倒れたことに気付き、ティマは血相を変えて悲鳴をあげた。隣に立つルビアは事態に気付きながらも唇を噛みしめ、飛び出していきたい衝動を抑えて一気に術を唱え上げた。
「氷結し嵐、渦巻きて呼ぶは汝の終焉!アイストーネード!」
そして発現した術は、周囲を取り囲むように未だ佇むスポット達を吹き飛ばし、高速で渦巻く氷の飛礫によって構成された壁となった。
「ラミー、しっかりするんだ!」
その間にラミーのもとへベディーが駆け寄り、苦しげに呻く彼女を抱き上げた。『白晶の装具』を持たない今の彼女の体では、さきほどの技は大きな負担をその身にかけたようだ。手持ちのグミを急いで口に含ませると、いくらか顔色が良くなったように見えた。
「フレア!それに君たちは…!」
「話はあとで。直に術が解けるわ。」
ようやく冷静に状況を把握できるようになった王がロイン達に気付くと、説明を求めるように口を開いた。しかしルビアがぴしゃりと言い放つと、瞬時に表情を変え、静かに頷いた。氷の渦の向こうには、まだ大量のスポットが蠢き続けているのだ。今のうちに対策を講じなければならない。
「王様。スポット―――あの魔物はいつから?どこから現れるのか知りませんか?」
カイウスが問うと、国王は思い出すように視線を下げながら答えた。
「十数日前くらいから、急に現れたのだ。日没になるとあのような大群で襲ってくるのだが、どういうわけか倒しても倒してもきりがなく、犠牲者が増える一方だった。」
そう言って国王は、そして后は辛そうに俯いた。そばにいる近衛騎士たちも、彼の言葉に倒れていった仲間を思い出したのか、涙を堪えるような顔になった。見た目のとおり影のようなスポットは日の光を嫌うせいか、一日中襲われ続けていたわけではないようだ。だが戦闘による疲労と再び襲われるかもしれないという緊張、そして迫り続ける死の恐怖にも苛まれ続けたためか、彼らはひどくやつれて見えた。その様子でそのような表情を向けられると、ロイン達は、今の彼らに微かな希望すら感じ取ることができなかった。
「どこか城の近くにスポットの発生源がある、って考えるのが妥当だろうな。」
この現状を生んだものへの怒りを感じながらロインが言うと、皆はその感情にも同意するように頷いた。
「ティマ、夜明けまであとどのくらいだ?」
「まだまだ長いわ。それまで持ち堪えられるかどうか…。」
「…戦力を分けたが賢明かもな。」
連日の疲労とストレスのせいもあってか、近衛騎士たちの顔色は良くない。これまでは持ち堪えられたのかもしれないが、おそらく限界は近いはず。そこにロインたちが加わったとしても、戦況はあまり変わらないだろう。そう察したティマの答えに、ロインは顎に手をあてながら呟いた。スポットの襲撃は、この城内だけの話ではない。地下水道、もしくは地上から直接城下街にも向かい、そこでも暴動を起こしているのだ。ならばここで国王らを守護するための戦力、そしてスポットの発生源を探し、叩くための戦力に分かれ、根本から食い止める方がいいはずだ。ただし、先ほどの戦いでわかったとおり、この場の戦力はあまり削れない。スポット発生源の捜索は、少数精鋭を余儀なくされるのだ。
「騎士様たちに比べて、オレたちの方が消耗は少ないはずだ。スポットの発生源はオレ達で探しに行こう。」
するとカイウスが一番に声をあげ、ロインとティマはそれに頷いた。
「僕はここの守りにつく。」
「あたしも残るわ。後ろで援護できる人が必要だと思うの。」
ベディーとルビアはそう言い、カイウスは「わかった」と頷いた。
「よし。ロイン、ティマ、行くぞ。」
「ちょっと待てよ…。」
今にも三人で向かおうと動き出したその時、それを引き留める弱った声がした。振り返ると、よろよろとベディーから離れて立つラミーと目があった。
「あたいも行く。」
「ラミー、その様子じゃ無理よ。」
「まだ銃で戦うくらいはできるさ。けど、あれだけの集団が相手じゃ、あたいはここにいても足手まといだ。なら、お前らと一緒に動いた方がまだ役に立つ。」
ティマは制止を促すが、ラミーはそう言って聞こうとしない。明らかに無理をしているのがわかるが、その目に宿る曲がる様子のない決心に気付くと、彼女を説得する方が骨の折れることのように感じてしまった。カイウスが仕方ないというように溜息をつくと、つられるようにルビアも苦笑を浮かべた。
「なら、少しだけ待って。気休めでも、治癒術をかけておくわ。」
そう言って、ルビアがラミーに手をかざした、その時だった。アイストーネードの壁が消え、スポット達が再びなだれ込んできた。近衛騎士たちが再び武器を構える中、カイウスは動くのを躊躇ってしまった。ルビアはまだ治癒術の詠唱すら始めていない。共に行動すると決めたラミーを、今の状態のまま連れて飛び出して行ってもいいのか、カイウスは即決できず、飛び出していくタイミングを逃してしまった。そしてその考えが伝わったのか、ロインも駆け出そうとしていたのだが、思わずその場に踏みとどまっていた。
「ロイン!カイウス!行って!」
だが、ティマは違った。杖のような槍のような得物の柄を使って、2人を突き飛ばすように前方に弾き出したのだ。
「ティマ!?」
「私は後からラミーと一緒に行く。だから先に行って!」
驚いて振り返ったロインに、ティマは力強い声で言った。赤茶色の瞳も、その声色と同様に真っすぐロインに向けられており、そこから感じる頼もしさにフッと口角を上げた。
「やばいと思ったら留守番してろよ!」
「誰に向かって言ってるのよ!」
喧嘩腰に似た会話と不敵な笑みを交わし、そしてロインは彼女に背を向けた。カイウスと共に剣を抜き、目の前に迫るスポットらを斬り捨てながら道を切り開いていく。そして彼らがやって来たのとは反対の方角に出る通路に姿を消した頃だった。
「ティマ、待たせた!行くぞ!」
応急処置程度のものとはいえ、治癒術の効果か、先ほどより勢いの戻ったラミーの声がティマに届いた。その声にティマは少しほっとし、そしてやる気を上昇させた。元気に床を蹴り、目の前に迫ったスポットを勢いよく横に薙ぎ払っていく。その少し後ろに続いて、ラミーも銃撃でティマをフォローする。だがその足は、ふとティマが進もうと思っていた方向とは違う方へと向かいだしたことに気付いた。
「ラミー、ロインとカイウスはそっちじゃ」
「バーカ!こんな広い場所、二手にでも分かれねぇとキリねぇぞ!」
進路を戻そうとしたティマに対し、ラミーはそうぶっきらぼうな口調で返し、彼女を置いて進もうとしていた。ティマは一瞬どうしようかと困った表情になったが、すぐにラミーのあとを追うことにした。そしてその後ろを追いかけるようにわらわらと群がる影の集団に向かって、凄まじい光閃が降り注いだ。
「あんた達の相手はこっちよ!」
4人の背を見送ったルビアの力強い声が響き渡ると、影達は再び彼女たちを標的に変え、襲いかかって来た。