第14章 はじまりの真実 W
ティマとラミーが進んだ先は、城の東側だった。武器庫から大広間に向かうまでに彼女たちが通った廊下は避け、まだ通ったことのないところを進んでいく。
「瞬迅槍!」
大広間から遠ざかると、みるみるうちにスポットの数は減っていった。魔法が使えなくなったティマや体の弱ったラミーの2人が相手でも、ぎりぎり戦えるほどに。
「ティマ、なんか、強くなったか?」
その戦いの中、彼女のフォローをしながら、ラミーは思わず尋ねていた。魔法が使えなくなる以前も、ティマは武器を槍として扱い、前衛として戦うことはあった。しかし、普段はロインやカイウス、それにラミーやベディーが前衛として主に戦うため、自然と後衛に徹する機会が多く、そのためティマが前衛として戦うイメージはあまりなかった。その上、事実以前よりも動きにキレがあるように見え、ラミーはどこかキョトンとした表情でティマを見つめていた。
「今は槍でしか戦えないから、ひま見つけて、おばさんに鍛え、直してもらってたの…っと!旋神槍!」
ティマは言いながら、飛びかかって来た複数のスポットを薙ぎ払った。それをかわし、ティマ目がけて殴りかかろうとしてきたスポットを、すかさずラミーが撃ち落とす。
「なるほどな。けど、あんまり無理はすんなよ?」
「ラミーこそ、無理はしないでね?」
「はっ!誰に言って…ッ!伏せろ!」
からかうような口調で話していたラミーは、突然飛びかかる勢いで彼女の姿勢を低くさせた。何事かとティマが顔を上げようとしたその時、2人の頭上で爆発が起きた。悲鳴をあげて身を固くしながら、ティマは視線の先に黒い足があることに気付いた。距離はだいぶ離れているが、プリセプツを扱われていてはそれも無意味。そのスポットの後ろにも控えているのがいるのか、息つく間もなく次々とプリセプツが2人に襲いかかって来た。ティマに覆いかぶさる形で伏せているラミーは舌を打ち、彼女の服をつかみながら横に飛び退いた。直後、今までいた場所から火柱が噴き上がった。危うく丸焼きにされるところだったティマは額に汗を伝わせ、スポットたちを睨みつけ唇を噛んでいた。槍で攻撃するには更に距離を詰めなければならないのだが、それには襲い来るプリセプツをかわしながら行かなければならない。ラミーの銃撃なら届くかもしれないが、敵の数が多すぎる。どうこの場を切り抜けるか考えを巡らせていると、スポットたちの足元に一際大きな魔法陣が現れた。
「ラミー、逃げて!」
それが示すプリセプツの威力と攻撃範囲を悟ったティマから悲鳴があがる。ラミーもそれに気付くが、だが逃げろと言っても術がない。龍の姿を象った炎がこちらに向かってくる中、2人は為す術なく目を閉じて身構えた。
「狂気の渦に身をゆだねろ!タイダルウェイブ!」
音と空気に支配された世界の中で、低い声が耳に入った。その瞬間、ラミーの瞳が驚きで見開かれた。それとほぼ時を同じくして、少女達と迫り来る炎龍の間に水の渦が割って入り、彼女達を守る壁となった。ティマは突然現れたその渦に驚いたようだが、ラミーはそれとは別の理由で立ち尽くしていた。彼女が視線を向けているのは、スポット達がいるのとは反対の通路だった。ラミーはその先を、信じられないという目で見ていた。
「あ、あんたは…!」
そこにいたのは、“赤い人”だった。赤い髪。赤い瞳。おそらく相手のものであろう返り血。ボロボロになり、服とも言い難い布切れをまとったその人は隻腕で、その手には銃が握られていた。驚愕で立ち尽くし続けるラミーの視線に気がついたのか、その人物は今気付いたと言うようにこちらを向き、そしてラミーの顔を見た途端に表情をパッと輝かせた。
「ん?おおっ!ラミーじゃないか!奇遇だな」
「親父、後ろ見ろ!」
その言葉が終わるか終わらないかの瞬間、ラミーは叫び、銃口を彼の脳天へ向けて放った。と同時に、彼は慌ててその場に伏せ、ラミーが放った弾丸は彼の頭上を通り越し、そのすぐ後ろで鈍器を構えていたスポットゾンビの脳天を打ち抜いた。
「再会の第一声がそれかよ…。穿て、眠れる獅子!クラックビースト!」
そんな文句を吐きながらも、彼は寄ってくるスポットたちを、獣を象った銃弾で一掃していった。
「ラミー、どういうこと?今、“親父”って」
「事情はあとだ!こいつらを先にブッ倒すぞ!」
先ほど銃を向けた際、同時にショックから立ち直ったのか、ラミーはそれまでの勢いを取り戻し、未だに戸惑い続けているティマに怒鳴りながら戦闘態勢を取り直した。ティマも慌てて彼女に倣い、一行は反撃を開始した。ティマが槍で薙ぎ払い、ラミーがそのフォローにまわり、それでも手に余るスポット達を男がプリセプツで片付けていく。そうしてスポットは次々と倒れていった。
(すごい…戦いやすい!)
先ほどまでとはまるで違う手ごたえに、ティマは更に集中力を高めていった。これだけ動きやすくなったのは、単にプリセプツの援護がついたからではない。その術者の技量が高く、絶妙な位置とタイミングで術が発動されることが真の理由だった。ティマは戦いの最中、そのことを感じ取っていた。
「これで、とどめ!」
最後の一体へと突き、払われる槍。やや大きめの体躯をしたスポットはおぞましい断末魔の叫びを上げ、黒い靄のようになって消えていった。ティマは少し乱れた息を整えると、ラミーに先ほど問いかけた事を聞き直そうと視線を向けた。直後だった。
「…どういうつもりだ?」
「…本物だろうな?あたいの髪と目はあんた譲りだからな。外見じゃ判別できねぇし。」
その光景を見たティマは息を呑んだ。ジャキっと音を立てながら、男のこめかみに銃口が向けられる。ラミーが引き金をひけばすぐにその命は消えてしまう状況だというのに、彼はなぜか余裕を崩さない。一方で、ラミーは眉を寄せ、険しい顔付きで男に言葉を向けた。そして彼女の言葉を耳にすると、彼はふっと笑い、腰に下がっていた短剣を素早く抜いてみせた。
「なっ…!」
そして少女達の前で、自身の体に一筋の傷を負ってみせたのだった。あまり深くはないだろうが、傷口からは赤い血が流れ出していた。スポットゾンビの中に流れるどす黒いものではなく、生きている人間の中に流れる血だ。
「これなら判別できるだろ?」
彼の余裕のある言葉にラミーは現実に戻ったようにはっとし、そしてみるみる顔を赤くした。
「バ…バカ野郎ぉ!だからって自分の体切る奴がどこにいんだよ!?」
「ここに一名。」
「そういう問題じゃねぇ!!」
のん気に応答する彼に向かって―――一応けが人だというのに―――ラミーは力いっぱいその顔面を殴りつけた。まるで漫才のようなやり取りを目にしながら、ティマはまだ驚愕と疑問のあまり混乱で埋め尽くされた表情をしていた。
「どういうこと?だって、確か魔物に食い殺されたって…。」
そう。ラミーの父親と言えば、腐敗しかけの左腕が遺体として彼女のもとに返されたはずだ。目の前にいる男は、確かにその左腕を失っている。だが、何故こうしてここに立っているのだろう。ティマの疑問の声を聞くと、彼は肩をすくめながら笑って言った。
「それは監視役を誤魔化すためのダミー。ま、かなり死ぬ思いをしたけどな。」
「いっそ死んでりゃ良かったって思うほど、船に戻ったらこき使ってやるよ。」
「それが先代に対する態度かよ…。」
男―――ヴァニアスはげんなりとした声で呟くが、その表情はどこか愉快そうだった。そんな父親の様子に呆れながらも、ラミーもまた、口元に笑みを浮かべていた。
「瞬迅槍!」
大広間から遠ざかると、みるみるうちにスポットの数は減っていった。魔法が使えなくなったティマや体の弱ったラミーの2人が相手でも、ぎりぎり戦えるほどに。
「ティマ、なんか、強くなったか?」
その戦いの中、彼女のフォローをしながら、ラミーは思わず尋ねていた。魔法が使えなくなる以前も、ティマは武器を槍として扱い、前衛として戦うことはあった。しかし、普段はロインやカイウス、それにラミーやベディーが前衛として主に戦うため、自然と後衛に徹する機会が多く、そのためティマが前衛として戦うイメージはあまりなかった。その上、事実以前よりも動きにキレがあるように見え、ラミーはどこかキョトンとした表情でティマを見つめていた。
「今は槍でしか戦えないから、ひま見つけて、おばさんに鍛え、直してもらってたの…っと!旋神槍!」
ティマは言いながら、飛びかかって来た複数のスポットを薙ぎ払った。それをかわし、ティマ目がけて殴りかかろうとしてきたスポットを、すかさずラミーが撃ち落とす。
「なるほどな。けど、あんまり無理はすんなよ?」
「ラミーこそ、無理はしないでね?」
「はっ!誰に言って…ッ!伏せろ!」
からかうような口調で話していたラミーは、突然飛びかかる勢いで彼女の姿勢を低くさせた。何事かとティマが顔を上げようとしたその時、2人の頭上で爆発が起きた。悲鳴をあげて身を固くしながら、ティマは視線の先に黒い足があることに気付いた。距離はだいぶ離れているが、プリセプツを扱われていてはそれも無意味。そのスポットの後ろにも控えているのがいるのか、息つく間もなく次々とプリセプツが2人に襲いかかって来た。ティマに覆いかぶさる形で伏せているラミーは舌を打ち、彼女の服をつかみながら横に飛び退いた。直後、今までいた場所から火柱が噴き上がった。危うく丸焼きにされるところだったティマは額に汗を伝わせ、スポットたちを睨みつけ唇を噛んでいた。槍で攻撃するには更に距離を詰めなければならないのだが、それには襲い来るプリセプツをかわしながら行かなければならない。ラミーの銃撃なら届くかもしれないが、敵の数が多すぎる。どうこの場を切り抜けるか考えを巡らせていると、スポットたちの足元に一際大きな魔法陣が現れた。
「ラミー、逃げて!」
それが示すプリセプツの威力と攻撃範囲を悟ったティマから悲鳴があがる。ラミーもそれに気付くが、だが逃げろと言っても術がない。龍の姿を象った炎がこちらに向かってくる中、2人は為す術なく目を閉じて身構えた。
「狂気の渦に身をゆだねろ!タイダルウェイブ!」
音と空気に支配された世界の中で、低い声が耳に入った。その瞬間、ラミーの瞳が驚きで見開かれた。それとほぼ時を同じくして、少女達と迫り来る炎龍の間に水の渦が割って入り、彼女達を守る壁となった。ティマは突然現れたその渦に驚いたようだが、ラミーはそれとは別の理由で立ち尽くしていた。彼女が視線を向けているのは、スポット達がいるのとは反対の通路だった。ラミーはその先を、信じられないという目で見ていた。
「あ、あんたは…!」
そこにいたのは、“赤い人”だった。赤い髪。赤い瞳。おそらく相手のものであろう返り血。ボロボロになり、服とも言い難い布切れをまとったその人は隻腕で、その手には銃が握られていた。驚愕で立ち尽くし続けるラミーの視線に気がついたのか、その人物は今気付いたと言うようにこちらを向き、そしてラミーの顔を見た途端に表情をパッと輝かせた。
「ん?おおっ!ラミーじゃないか!奇遇だな」
「親父、後ろ見ろ!」
その言葉が終わるか終わらないかの瞬間、ラミーは叫び、銃口を彼の脳天へ向けて放った。と同時に、彼は慌ててその場に伏せ、ラミーが放った弾丸は彼の頭上を通り越し、そのすぐ後ろで鈍器を構えていたスポットゾンビの脳天を打ち抜いた。
「再会の第一声がそれかよ…。穿て、眠れる獅子!クラックビースト!」
そんな文句を吐きながらも、彼は寄ってくるスポットたちを、獣を象った銃弾で一掃していった。
「ラミー、どういうこと?今、“親父”って」
「事情はあとだ!こいつらを先にブッ倒すぞ!」
先ほど銃を向けた際、同時にショックから立ち直ったのか、ラミーはそれまでの勢いを取り戻し、未だに戸惑い続けているティマに怒鳴りながら戦闘態勢を取り直した。ティマも慌てて彼女に倣い、一行は反撃を開始した。ティマが槍で薙ぎ払い、ラミーがそのフォローにまわり、それでも手に余るスポット達を男がプリセプツで片付けていく。そうしてスポットは次々と倒れていった。
(すごい…戦いやすい!)
先ほどまでとはまるで違う手ごたえに、ティマは更に集中力を高めていった。これだけ動きやすくなったのは、単にプリセプツの援護がついたからではない。その術者の技量が高く、絶妙な位置とタイミングで術が発動されることが真の理由だった。ティマは戦いの最中、そのことを感じ取っていた。
「これで、とどめ!」
最後の一体へと突き、払われる槍。やや大きめの体躯をしたスポットはおぞましい断末魔の叫びを上げ、黒い靄のようになって消えていった。ティマは少し乱れた息を整えると、ラミーに先ほど問いかけた事を聞き直そうと視線を向けた。直後だった。
「…どういうつもりだ?」
「…本物だろうな?あたいの髪と目はあんた譲りだからな。外見じゃ判別できねぇし。」
その光景を見たティマは息を呑んだ。ジャキっと音を立てながら、男のこめかみに銃口が向けられる。ラミーが引き金をひけばすぐにその命は消えてしまう状況だというのに、彼はなぜか余裕を崩さない。一方で、ラミーは眉を寄せ、険しい顔付きで男に言葉を向けた。そして彼女の言葉を耳にすると、彼はふっと笑い、腰に下がっていた短剣を素早く抜いてみせた。
「なっ…!」
そして少女達の前で、自身の体に一筋の傷を負ってみせたのだった。あまり深くはないだろうが、傷口からは赤い血が流れ出していた。スポットゾンビの中に流れるどす黒いものではなく、生きている人間の中に流れる血だ。
「これなら判別できるだろ?」
彼の余裕のある言葉にラミーは現実に戻ったようにはっとし、そしてみるみる顔を赤くした。
「バ…バカ野郎ぉ!だからって自分の体切る奴がどこにいんだよ!?」
「ここに一名。」
「そういう問題じゃねぇ!!」
のん気に応答する彼に向かって―――一応けが人だというのに―――ラミーは力いっぱいその顔面を殴りつけた。まるで漫才のようなやり取りを目にしながら、ティマはまだ驚愕と疑問のあまり混乱で埋め尽くされた表情をしていた。
「どういうこと?だって、確か魔物に食い殺されたって…。」
そう。ラミーの父親と言えば、腐敗しかけの左腕が遺体として彼女のもとに返されたはずだ。目の前にいる男は、確かにその左腕を失っている。だが、何故こうしてここに立っているのだろう。ティマの疑問の声を聞くと、彼は肩をすくめながら笑って言った。
「それは監視役を誤魔化すためのダミー。ま、かなり死ぬ思いをしたけどな。」
「いっそ死んでりゃ良かったって思うほど、船に戻ったらこき使ってやるよ。」
「それが先代に対する態度かよ…。」
男―――ヴァニアスはげんなりとした声で呟くが、その表情はどこか愉快そうだった。そんな父親の様子に呆れながらも、ラミーもまた、口元に笑みを浮かべていた。
■作者メッセージ
おまけスキット
【そこに残された者】
ティマ「ラミー。さっきはなんであんな無茶をしたの?」
ラミー「さっき?」
ティマ「大広間で、一人で突っ込んでいったことよ。体が弱いのに、あんなことして。」
ラミー「だってさ、今はいない奴に縋ろう、だなんて腑抜けたことを言う奴がいたから、腹立って…。」
ティマ「だからって、ラミーが危険を冒す理由にはならないでしょ?」
ラミー「今この場で何かが出来るのは、あたい達しかいないんだ。泣きごとなんて言ってたら、その弱みに付け込まれるだけなんだよ。」
ティマ「そうかもしれないけど、でも」
ラミー「あー、もういいよ!理解なんかしなくたって!結果オーライだったんだからいいだろ?この話は終わり!ほら、行くぞ!」
ティマ「ちょっと!…もしそれでラミーがいなくなったら、どうするつもりだったのよ…。」
【そこに残された者】
ティマ「ラミー。さっきはなんであんな無茶をしたの?」
ラミー「さっき?」
ティマ「大広間で、一人で突っ込んでいったことよ。体が弱いのに、あんなことして。」
ラミー「だってさ、今はいない奴に縋ろう、だなんて腑抜けたことを言う奴がいたから、腹立って…。」
ティマ「だからって、ラミーが危険を冒す理由にはならないでしょ?」
ラミー「今この場で何かが出来るのは、あたい達しかいないんだ。泣きごとなんて言ってたら、その弱みに付け込まれるだけなんだよ。」
ティマ「そうかもしれないけど、でも」
ラミー「あー、もういいよ!理解なんかしなくたって!結果オーライだったんだからいいだろ?この話は終わり!ほら、行くぞ!」
ティマ「ちょっと!…もしそれでラミーがいなくなったら、どうするつもりだったのよ…。」