第14章 はじまりの真実 \
「はじめは俺もウルノアも、バキラっつー爺さんの留守を狙って姫さんを城に返す計画を実行するために、首都をそれとなく見張っていただけだった。だが、爺さんが首都を空ける時、必ずといっていいほど首都近郊で騒ぎが起きた。魔物が襲ってきたり、小さな反乱じみたことがあったりな。お尋ね者のベディーに大切な姫さんを、そんな状態の首都に連れていくにはリスクが大きすぎた。」
「それが、15年もティマが預けられていた理由か。」
カイウスが呟くように言うと、ヴァニアスはそうだ、と頷いた。
「そして俺とウルノアは、次第にそのことを不審に思うようになった。いくらなんでも毎度毎度タイミングが良すぎる。まるで、姫さんを城に近づけないようにしているようだと感じた。そして事実、それが爺さんの狙いだった。」
「どういうこと?」
今度はティマ本人が首を傾げながら尋ねた。ヴァニアスは彼女に優しく、それでいてどこか冴えた眼差しを向けながら答えた。
「爺さんにとって、姫さんは危険分子だったのさ。話に出てきたペイシェントってのと違って、白晶岩は簡単に消滅しない。だが、その力を扱えると言われていた白き星の民は、随分昔にその力を衰退させていて、『白晶の装具』ひとつから力を引き出すことすら精一杯だったらしい。…だが、姫さんは違った。白き星の民の力を色濃く持つ赤子。ティマリアは力が衰退した数百年あまりのマウディーラの歴史の中で、久々に生まれた『真の白き星の民』だった。そしてバキラは、それに気づいた。」
「それでどうして、ティマが危険分子に…?」
確信に迫る質問。それをしたルビアの喉が静かに鳴った。それはルビアだけでなく、重鎮たちの表情もより固くなり、ロインは睨むような目をヴァニアスへと向けていた。
「…邪魔だったんだよ。お前たちの言う“門”を姫さんの力で開くことができたということは、それを閉じることができる力を持つのも、また姫さんということだ。爺さんは完成しつつあった計画を、せっかく開けた“門”を閉じられたくなくて、姫さんを排除しようとしたんだよ。それがスディアナ事件なんてもんが起こって姫さんが城の外に出てくれたおかげで、姫さんがどこでどう死のうが不審に思われることがなくなったって話だ。」
そんな中口にした彼の言葉は、ベディーにサームが命を落としたあの日を、そしてロイン達にアール山での出来事を思い出させた。サームが犯罪者であるベディーだけでなく、ティアリアの命すら軽んじた理由。バキラはリカンツ狩りの正当な理由を生むためと言っていたが、それはおそらく目くらまし。彼らが何も知らないことをいいことに、彼らが気づく前に存在を消そうとしたのだ。それを悟り、ベディーは王家だけでなく、こんな事態を招くきっかけを自身が生み出してしまったと、自責の念を感じ始めた。
「…けど王様よ。」
だがその時、ヴァニアスは再び静かに声をあげた。
「この小僧には感謝したほうがいいぞ?こいつが姫さん誘拐だなんて愉快なことやってくれなきゃ、それこそ最初の誕生日を迎える前に、爺さんの手でこっそり殺されてたはずだ。」
そう言ってヴァニアスは親指でベディーを指し、得意の愉快そうな笑みを浮かべていた。彼のことだ。もしかしたら虚言かもしれない。だが自信満々という様子の彼を見ていると、やはり事実かもと思えてくる。それがレイモーンの青年をかばってのことか否か、真実を知るのはこの赤髪の男しかいない。だが仮にそれが心遣いだとしても、ベディーは構わないと思った。表には出さずに、しかし素直にそれを嬉しいと感じていた。
「…ま。そんな事情も、2年前にコロッと変わっちまったけどな。」
しかし次の瞬間。そんなベディーの心境とは反対に、ヴァニアスの言葉は苦々しいものとなって紡がれた。
「2年前…。アレウーラ王を倒したことと関係あるのか?」
それを聞き、真っ先に反応したのはティルキスだった。そして彼の問いに、ヴァニアスは首を傾げながらも淡々と答えた。
「ないわけじゃないだろうな。生命の法を閉じた時、最後のペイシェントが失われたと言っていたな?ペイシェントはまた作れるだろうが、手間がかかるそうじゃないか。そんなものよりも目の前にある魔力に頼った方が早い。その力を自在に操れる姫は、今もどこかで生きているはずだからな。そこで爺さんは、『白晶の装具』と姫さんを手にするために、あらゆる手段を打った。…ペトリスカの小僧すら利用して。」
「ガルザ…。」
ペトリスカの名が出た途端、フレアは沈んだ顔で彼の人を思って声をこぼし、ロインは拳を色が変わるほど握り締めた。それに気づいているかは定かでないが、ヴァニアスは気にすることなく、肩をすくめながら先を続けた。
「まっ。万一姫さんが死んでたら、微弱ながらも力の残っているあんたを利用する術も用意していたみたいだ。…が、それは無用な心配だったみたいだな。」
言いながら視線を向けた先は、姫君の父であるマウディーラ王だった。最盛期に比べ衰弱しているとはいえ、血の力は僅かながらも引き継がれている。あのバキラなら、無理やりにでもその力を引き出して事を成そうとしたはずだ。だがそうなれば、マウディーラという国は統治者を失い、大きな混乱に陥っていたはず。それをしなかったのは、桁違いの力を持つ姫を利用したほうが楽だったからだろう。そうでもなければ、バキラに…ジオートに人を選ぶ理由などないのだから。
「殺そうとしたり利用しようとしたり、まったく迷惑なやつだぜ。」
いつもの飾らない口調でラミーがそうぼやいた刹那、その場にいた全員がぎょっと目を剥いた。同じ空間にお偉いさんがいようといまいと、彼女には関係ないらしい。はぁ、と本当に面倒そうにため息を吐くと、ラミーはそれまで正していた姿勢を急に崩し、足を組んで椅子を傾けたのだ。
「で?親父が片腕魔物に食わせて、船ほっぽって、城ん中こそこそ潜り続けて集めた情報って、それだけなわけ?」
「コラ、娘!王の御前でそのような態度!」
「悪ぃな。もう行儀よくしてんのは疲れた。多めに見ろよ、おっさん。」
「おっ…!?」
「だからって、もっと別の崩し方があるでしょうに…。」
そのままの姿勢で口を開けば、もちろん臣下たちが黙ってなどいられなかった。テーブルに拳をついたり、腰をあげて怒鳴り声をあげたりしてラミーを責めた。だがそんな男たちに、若き首領はひらひらと手を振るだけでまともに相手をしようとしない。そんな彼女の姿に、ティマは頭が痛いと言わんばかりに額に手をついて呆れるしかなかった。一方、そんな娘の様子に、父はただ大笑いするだけだった。そして笑いすぎでこぼれかけた涙を払いながら、口を開いた。
「ま。ないことはないが、残りはこちらの方々のほうが詳しい、だろ?」
ヴァニアスが視線を向けた先は、城の重鎮たち。彼らは男を一瞥すると、ラミーのおかげで乱れていた姿勢を正した。ロイン達が持つ情報はあらかた話し終えた。次は彼らの番だ。
「何を話せばいい?」
「『白晶の装具』の成り立ちとその製造法、そしてバキラの目的についてだ。」
そして少しの沈黙が場を制した後、最も国王のそばにいた老人が口を開いた。そのまとう空気から察するに、この場に並ぶ臣下の中でも高い地位に座し、多くの知識を有しているに違いない。その男が言い終えた瞬間、それまでほぼ聞き役に徹していたロインが真っ先に、迷うことなく口にした。
「それが、15年もティマが預けられていた理由か。」
カイウスが呟くように言うと、ヴァニアスはそうだ、と頷いた。
「そして俺とウルノアは、次第にそのことを不審に思うようになった。いくらなんでも毎度毎度タイミングが良すぎる。まるで、姫さんを城に近づけないようにしているようだと感じた。そして事実、それが爺さんの狙いだった。」
「どういうこと?」
今度はティマ本人が首を傾げながら尋ねた。ヴァニアスは彼女に優しく、それでいてどこか冴えた眼差しを向けながら答えた。
「爺さんにとって、姫さんは危険分子だったのさ。話に出てきたペイシェントってのと違って、白晶岩は簡単に消滅しない。だが、その力を扱えると言われていた白き星の民は、随分昔にその力を衰退させていて、『白晶の装具』ひとつから力を引き出すことすら精一杯だったらしい。…だが、姫さんは違った。白き星の民の力を色濃く持つ赤子。ティマリアは力が衰退した数百年あまりのマウディーラの歴史の中で、久々に生まれた『真の白き星の民』だった。そしてバキラは、それに気づいた。」
「それでどうして、ティマが危険分子に…?」
確信に迫る質問。それをしたルビアの喉が静かに鳴った。それはルビアだけでなく、重鎮たちの表情もより固くなり、ロインは睨むような目をヴァニアスへと向けていた。
「…邪魔だったんだよ。お前たちの言う“門”を姫さんの力で開くことができたということは、それを閉じることができる力を持つのも、また姫さんということだ。爺さんは完成しつつあった計画を、せっかく開けた“門”を閉じられたくなくて、姫さんを排除しようとしたんだよ。それがスディアナ事件なんてもんが起こって姫さんが城の外に出てくれたおかげで、姫さんがどこでどう死のうが不審に思われることがなくなったって話だ。」
そんな中口にした彼の言葉は、ベディーにサームが命を落としたあの日を、そしてロイン達にアール山での出来事を思い出させた。サームが犯罪者であるベディーだけでなく、ティアリアの命すら軽んじた理由。バキラはリカンツ狩りの正当な理由を生むためと言っていたが、それはおそらく目くらまし。彼らが何も知らないことをいいことに、彼らが気づく前に存在を消そうとしたのだ。それを悟り、ベディーは王家だけでなく、こんな事態を招くきっかけを自身が生み出してしまったと、自責の念を感じ始めた。
「…けど王様よ。」
だがその時、ヴァニアスは再び静かに声をあげた。
「この小僧には感謝したほうがいいぞ?こいつが姫さん誘拐だなんて愉快なことやってくれなきゃ、それこそ最初の誕生日を迎える前に、爺さんの手でこっそり殺されてたはずだ。」
そう言ってヴァニアスは親指でベディーを指し、得意の愉快そうな笑みを浮かべていた。彼のことだ。もしかしたら虚言かもしれない。だが自信満々という様子の彼を見ていると、やはり事実かもと思えてくる。それがレイモーンの青年をかばってのことか否か、真実を知るのはこの赤髪の男しかいない。だが仮にそれが心遣いだとしても、ベディーは構わないと思った。表には出さずに、しかし素直にそれを嬉しいと感じていた。
「…ま。そんな事情も、2年前にコロッと変わっちまったけどな。」
しかし次の瞬間。そんなベディーの心境とは反対に、ヴァニアスの言葉は苦々しいものとなって紡がれた。
「2年前…。アレウーラ王を倒したことと関係あるのか?」
それを聞き、真っ先に反応したのはティルキスだった。そして彼の問いに、ヴァニアスは首を傾げながらも淡々と答えた。
「ないわけじゃないだろうな。生命の法を閉じた時、最後のペイシェントが失われたと言っていたな?ペイシェントはまた作れるだろうが、手間がかかるそうじゃないか。そんなものよりも目の前にある魔力に頼った方が早い。その力を自在に操れる姫は、今もどこかで生きているはずだからな。そこで爺さんは、『白晶の装具』と姫さんを手にするために、あらゆる手段を打った。…ペトリスカの小僧すら利用して。」
「ガルザ…。」
ペトリスカの名が出た途端、フレアは沈んだ顔で彼の人を思って声をこぼし、ロインは拳を色が変わるほど握り締めた。それに気づいているかは定かでないが、ヴァニアスは気にすることなく、肩をすくめながら先を続けた。
「まっ。万一姫さんが死んでたら、微弱ながらも力の残っているあんたを利用する術も用意していたみたいだ。…が、それは無用な心配だったみたいだな。」
言いながら視線を向けた先は、姫君の父であるマウディーラ王だった。最盛期に比べ衰弱しているとはいえ、血の力は僅かながらも引き継がれている。あのバキラなら、無理やりにでもその力を引き出して事を成そうとしたはずだ。だがそうなれば、マウディーラという国は統治者を失い、大きな混乱に陥っていたはず。それをしなかったのは、桁違いの力を持つ姫を利用したほうが楽だったからだろう。そうでもなければ、バキラに…ジオートに人を選ぶ理由などないのだから。
「殺そうとしたり利用しようとしたり、まったく迷惑なやつだぜ。」
いつもの飾らない口調でラミーがそうぼやいた刹那、その場にいた全員がぎょっと目を剥いた。同じ空間にお偉いさんがいようといまいと、彼女には関係ないらしい。はぁ、と本当に面倒そうにため息を吐くと、ラミーはそれまで正していた姿勢を急に崩し、足を組んで椅子を傾けたのだ。
「で?親父が片腕魔物に食わせて、船ほっぽって、城ん中こそこそ潜り続けて集めた情報って、それだけなわけ?」
「コラ、娘!王の御前でそのような態度!」
「悪ぃな。もう行儀よくしてんのは疲れた。多めに見ろよ、おっさん。」
「おっ…!?」
「だからって、もっと別の崩し方があるでしょうに…。」
そのままの姿勢で口を開けば、もちろん臣下たちが黙ってなどいられなかった。テーブルに拳をついたり、腰をあげて怒鳴り声をあげたりしてラミーを責めた。だがそんな男たちに、若き首領はひらひらと手を振るだけでまともに相手をしようとしない。そんな彼女の姿に、ティマは頭が痛いと言わんばかりに額に手をついて呆れるしかなかった。一方、そんな娘の様子に、父はただ大笑いするだけだった。そして笑いすぎでこぼれかけた涙を払いながら、口を開いた。
「ま。ないことはないが、残りはこちらの方々のほうが詳しい、だろ?」
ヴァニアスが視線を向けた先は、城の重鎮たち。彼らは男を一瞥すると、ラミーのおかげで乱れていた姿勢を正した。ロイン達が持つ情報はあらかた話し終えた。次は彼らの番だ。
「何を話せばいい?」
「『白晶の装具』の成り立ちとその製造法、そしてバキラの目的についてだ。」
そして少しの沈黙が場を制した後、最も国王のそばにいた老人が口を開いた。そのまとう空気から察するに、この場に並ぶ臣下の中でも高い地位に座し、多くの知識を有しているに違いない。その男が言い終えた瞬間、それまでほぼ聞き役に徹していたロインが真っ先に、迷うことなく口にした。