第14章 はじまりの真実 ]T
「はじめはそれこそ、自分の不在時にティマを城に近づけさせないための策だったに違いない。けど、『冥府の法』を成功させるという理由が追加されたことで、破壊活動を活発化させたんだ。」
「『冥府の法』を成功させることが、どうして破壊につながるの?」
「2つの世界がつながりやすくなるように、そしてスポットが生きやすい世界にするためだよ。そのために悲劇を生み出し、この国を大量の負で染めようとしたんだ。」
「それじゃあ、イーバオやルーロが襲われたのは…!」
ティマが青ざめた顔で言葉を発すると、ルキウスは辛そうに、しかししっかりと頷いて彼女に答えた。
「大陸が異端者狩りという名目でレイモーンの民を集めてペイシェントを作り出そうとしていたことと同じさ。リカンツ狩りというカモフラージュの下で、マウディーラに混乱を招こうとしていたんだ。」
「そんな…!」
彼の言葉が終わるか終わらないかのうちに、ティマは悲鳴のような声をあげた。だが、動揺に満ちた顔をしているのは彼女だけではない。ラミーやベディーは目を大きく見開いたまま固まっており、ロインは気に食わないと言わんばかりに険しい表情をしていた。
「バキラはこの国でも実験をしていたんだろ?わざわざアール山に出向いたのは一体なんのためなんだ?」
そしてその表情のままロインは尋ねた。それに答えたのは、難しい顔をしたティルキスだった。
「あそこは2年前に、唯一完全に“門”が開いた場所だ。もしかすると、そのせいで他の場所のよりも次元の歪みが一番大きかったのかもしれない。だとしたら、奴がそこを選んだ理由になる。プリセプツを確実に成功させたいなら、少しでも可能性の高い場所を選ぶだろうからな。」
「あるいは、ウォールスの遺志を果たす地にふさわしいと考えたから、ということも考えられます。」
「もしかしたら、その両方…。だとしたら、バキラにとっては一石二鳥だったわけね。」
ティルキスに続きフォレスト、アーリアも口を開いた。その内容を耳にしていた国王らもざわざわと、バキラの為してきた所業に対し声をあげ始めた。
「とにかく、これでやることはわかった。」
その騒々しさを遮るように、ロインが口を開いた。彼の声に反応して、その場にいた一同は口を閉じ、彼へと視線を向けた。
「白晶岩を探し出してティマの力を取り戻す。それからバキラには母さんやガルザ―――ついでにガルザの父親が世話になった借り、イーバオやルーロを襲った借り、そしてティマを道具扱いしやがった借り、全部まとめて返す。ついでに、スポットどもを一掃して取り戻した魔力を使って“門”を全部閉じる。」
「スポットと“門”は『ついで』なのね…。」
ティマが静かにつっこむも、ロインは当然のように無視した。そんないつもと変わらない彼の態度に、カイウスは思わず笑い声をあげた。
「ハハッ!わかった、ついででかまわねぇよ。スポットとケリをつけるのはオレ達に任せろ。なっ、みんな?」
カイウスが笑って言えば、彼のかつての仲間たちも笑みを浮かべて力強く頷いた。
「完全に“門”を閉じるためには、『冥府の法』の術式を解読する必要がある。そっちはボクに任せて。」
「わたしもルキウスに協力するわ。」
アーリアが言えば、ルキウスは助かるよ、と笑みを浮かべた。それを横目に、ロインはティマへと目を向けた。それに気づいて、ティマも彼の顔を見つめ返した時だった。
「無茶させちまうかもしれない。けれど、今はお前の力に賭けるしかない。約束は守る。…だから」
一緒に来てくれ。
いつも以上に真っ直ぐに向けられる言葉と翡翠の瞳に、ティマが頷こうとした、瞬間だった。
「待て、貴様!それはつまり、ティマリア様の御身を再び危険にさらすということだぞ!」
「ようやくお戻りになられた一国の姫を、わざわざ戦いに出向かせるなど言語道断!」
「また何か起きてからでは遅いのですぞ!?」
ロイン一行と真逆の側から怒声が続々と上がった。それらの勢いはたティマの不意を突き、図らずも彼女を萎縮させた。重鎮たちの声は、少女の肩に一国の命運すら乗っているように錯覚させた。王家の人間として城に戻るということは、ただ本来の場所に帰るという以上の意味を含んでいたのだと、ティマは今理解し、そして、その重荷に戸惑い動けなくなっていた。ロインはそんな彼女の様子に気づき、再び口を開こうとした。
「…果たしてそうでしょうか?」
だがその前に、ゼガの変わらない調子の声が重鎮らへと向けられた。静かでありながらどこか威厳のある声に、まくし立てていた彼らの声がぴたりと止み、代わりに鋭い視線が一斉にゼガを向いた。ティマであればまた身をすくめてしまっていたに違いないが、ゼガにとってはどこ吹く風のようで、すかした表情で穏やかに言葉を発した。
「ティマリア様は強いお方です。為すべきことを為した暁には、きっと皆様と一緒に無事に帰ってこられます。」
「ゼガ殿!何を根拠に!」
「それはこの5日間の姫様を、そしてその瞳を見てれば愚問というものです。…そうですね?ティマリア様。」
ゼガは言いながら、穏やかな笑みを少女に向けた。ティマ、そしてロインたちはその言葉と表情から、彼は彼女の戦いに向けた信念を感じ取ってくれていたのだと悟った。そしてその優しい老人の眼差しは、ティマを少しばかり金縛りから救い出した。ロインはその様子に気づくと、口元をわずかに、その変化に気づける者がどれだけいるかわからないほどほんのわずかに、ほっと緩めた。
「ええい、貴殿では話にならぬ!」
「王よ!一言『ならぬ』と申してくだされ!」
その一方で、他の重鎮らはゼガの言葉に納得いかないようで、我慢ならないという剣幕でマウディーラ王に迫っていた。だが国王、そして隣に腰掛ける后はただ静かに構え、口々と発せられる声に傾聴していた。そしてその騒ぎがひと段落した時、王は娘を見据え、訪れた重い空気の中、静かに口を開いた。
「ティマリア・ルル・マウディーラ。マウディーラ王家の者として、その責務を果たすことを命ず。」
「それって…!」
「行ってきなさい、『ティマ』。あなたの思うままに。」
国王、そして后の口から出た言葉は、その場にいた誰もが思ってもいなかったことだった。
この事態を打開する唯一の力を持つ王家の人間として、そして一人の戦士として、為すべきことをせよ。
国王直々の命という建前の裏に、彼らが娘に自由を許しているのは明白だった。皆が唖然として二人に顔を向けると、彼らは優しく微笑み、まだ家族としての関係の浅い愛娘を見守るような眼差しをしていた。そして産みの母親に呼ばれた名に、ティマは一人の少女としての自分を認めてもらえたように感じ、その表情に徐々に笑みが広がっていった。
「…『ティマリア・ルル・マウディーラ』として、そして、『ティマ・コレンド』としてその命、確かにお受けいたします。」
ティマは2人の親に、そしてこの国の統治者に礼することで、その喜びをいっぱいに表した。それから「それと」と短く呟くと、ゼガを除いた重鎮らに不機嫌な顔を向けた。
「私、そんな簡単にやられるほどやわじゃありません。」
そう言って少女は頬をふくらませ、重鎮らは気まずそうに次々と顔をそらしていった。そんな様子を、ロインは可笑しそうに鼻で笑って眺めていた。
「『冥府の法』を成功させることが、どうして破壊につながるの?」
「2つの世界がつながりやすくなるように、そしてスポットが生きやすい世界にするためだよ。そのために悲劇を生み出し、この国を大量の負で染めようとしたんだ。」
「それじゃあ、イーバオやルーロが襲われたのは…!」
ティマが青ざめた顔で言葉を発すると、ルキウスは辛そうに、しかししっかりと頷いて彼女に答えた。
「大陸が異端者狩りという名目でレイモーンの民を集めてペイシェントを作り出そうとしていたことと同じさ。リカンツ狩りというカモフラージュの下で、マウディーラに混乱を招こうとしていたんだ。」
「そんな…!」
彼の言葉が終わるか終わらないかのうちに、ティマは悲鳴のような声をあげた。だが、動揺に満ちた顔をしているのは彼女だけではない。ラミーやベディーは目を大きく見開いたまま固まっており、ロインは気に食わないと言わんばかりに険しい表情をしていた。
「バキラはこの国でも実験をしていたんだろ?わざわざアール山に出向いたのは一体なんのためなんだ?」
そしてその表情のままロインは尋ねた。それに答えたのは、難しい顔をしたティルキスだった。
「あそこは2年前に、唯一完全に“門”が開いた場所だ。もしかすると、そのせいで他の場所のよりも次元の歪みが一番大きかったのかもしれない。だとしたら、奴がそこを選んだ理由になる。プリセプツを確実に成功させたいなら、少しでも可能性の高い場所を選ぶだろうからな。」
「あるいは、ウォールスの遺志を果たす地にふさわしいと考えたから、ということも考えられます。」
「もしかしたら、その両方…。だとしたら、バキラにとっては一石二鳥だったわけね。」
ティルキスに続きフォレスト、アーリアも口を開いた。その内容を耳にしていた国王らもざわざわと、バキラの為してきた所業に対し声をあげ始めた。
「とにかく、これでやることはわかった。」
その騒々しさを遮るように、ロインが口を開いた。彼の声に反応して、その場にいた一同は口を閉じ、彼へと視線を向けた。
「白晶岩を探し出してティマの力を取り戻す。それからバキラには母さんやガルザ―――ついでにガルザの父親が世話になった借り、イーバオやルーロを襲った借り、そしてティマを道具扱いしやがった借り、全部まとめて返す。ついでに、スポットどもを一掃して取り戻した魔力を使って“門”を全部閉じる。」
「スポットと“門”は『ついで』なのね…。」
ティマが静かにつっこむも、ロインは当然のように無視した。そんないつもと変わらない彼の態度に、カイウスは思わず笑い声をあげた。
「ハハッ!わかった、ついででかまわねぇよ。スポットとケリをつけるのはオレ達に任せろ。なっ、みんな?」
カイウスが笑って言えば、彼のかつての仲間たちも笑みを浮かべて力強く頷いた。
「完全に“門”を閉じるためには、『冥府の法』の術式を解読する必要がある。そっちはボクに任せて。」
「わたしもルキウスに協力するわ。」
アーリアが言えば、ルキウスは助かるよ、と笑みを浮かべた。それを横目に、ロインはティマへと目を向けた。それに気づいて、ティマも彼の顔を見つめ返した時だった。
「無茶させちまうかもしれない。けれど、今はお前の力に賭けるしかない。約束は守る。…だから」
一緒に来てくれ。
いつも以上に真っ直ぐに向けられる言葉と翡翠の瞳に、ティマが頷こうとした、瞬間だった。
「待て、貴様!それはつまり、ティマリア様の御身を再び危険にさらすということだぞ!」
「ようやくお戻りになられた一国の姫を、わざわざ戦いに出向かせるなど言語道断!」
「また何か起きてからでは遅いのですぞ!?」
ロイン一行と真逆の側から怒声が続々と上がった。それらの勢いはたティマの不意を突き、図らずも彼女を萎縮させた。重鎮たちの声は、少女の肩に一国の命運すら乗っているように錯覚させた。王家の人間として城に戻るということは、ただ本来の場所に帰るという以上の意味を含んでいたのだと、ティマは今理解し、そして、その重荷に戸惑い動けなくなっていた。ロインはそんな彼女の様子に気づき、再び口を開こうとした。
「…果たしてそうでしょうか?」
だがその前に、ゼガの変わらない調子の声が重鎮らへと向けられた。静かでありながらどこか威厳のある声に、まくし立てていた彼らの声がぴたりと止み、代わりに鋭い視線が一斉にゼガを向いた。ティマであればまた身をすくめてしまっていたに違いないが、ゼガにとってはどこ吹く風のようで、すかした表情で穏やかに言葉を発した。
「ティマリア様は強いお方です。為すべきことを為した暁には、きっと皆様と一緒に無事に帰ってこられます。」
「ゼガ殿!何を根拠に!」
「それはこの5日間の姫様を、そしてその瞳を見てれば愚問というものです。…そうですね?ティマリア様。」
ゼガは言いながら、穏やかな笑みを少女に向けた。ティマ、そしてロインたちはその言葉と表情から、彼は彼女の戦いに向けた信念を感じ取ってくれていたのだと悟った。そしてその優しい老人の眼差しは、ティマを少しばかり金縛りから救い出した。ロインはその様子に気づくと、口元をわずかに、その変化に気づける者がどれだけいるかわからないほどほんのわずかに、ほっと緩めた。
「ええい、貴殿では話にならぬ!」
「王よ!一言『ならぬ』と申してくだされ!」
その一方で、他の重鎮らはゼガの言葉に納得いかないようで、我慢ならないという剣幕でマウディーラ王に迫っていた。だが国王、そして隣に腰掛ける后はただ静かに構え、口々と発せられる声に傾聴していた。そしてその騒ぎがひと段落した時、王は娘を見据え、訪れた重い空気の中、静かに口を開いた。
「ティマリア・ルル・マウディーラ。マウディーラ王家の者として、その責務を果たすことを命ず。」
「それって…!」
「行ってきなさい、『ティマ』。あなたの思うままに。」
国王、そして后の口から出た言葉は、その場にいた誰もが思ってもいなかったことだった。
この事態を打開する唯一の力を持つ王家の人間として、そして一人の戦士として、為すべきことをせよ。
国王直々の命という建前の裏に、彼らが娘に自由を許しているのは明白だった。皆が唖然として二人に顔を向けると、彼らは優しく微笑み、まだ家族としての関係の浅い愛娘を見守るような眼差しをしていた。そして産みの母親に呼ばれた名に、ティマは一人の少女としての自分を認めてもらえたように感じ、その表情に徐々に笑みが広がっていった。
「…『ティマリア・ルル・マウディーラ』として、そして、『ティマ・コレンド』としてその命、確かにお受けいたします。」
ティマは2人の親に、そしてこの国の統治者に礼することで、その喜びをいっぱいに表した。それから「それと」と短く呟くと、ゼガを除いた重鎮らに不機嫌な顔を向けた。
「私、そんな簡単にやられるほどやわじゃありません。」
そう言って少女は頬をふくらませ、重鎮らは気まずそうに次々と顔をそらしていった。そんな様子を、ロインは可笑しそうに鼻で笑って眺めていた。