第1章 影と少年 X
「いただきま〜す!」
マリワナの家にある暗い地下室で、そこにいるもの全員が夕食をとっていた。だが、その場にロインの姿だけがなかった。
「マリワナさん、ロインくん『家に帰る』って言ってましたけど、一人で大丈夫なんですか?」
カイウスら4人がこの部屋にたどり着いてすぐ、ロインはそう言って一人出て行ってしまった。マリワナがそんな彼に、後で話があるから来て欲しい、とだけ告げて見送ったのを皆が覚えている。ティマや他の町の人たちも、ロインの事を気にかける様子はあるものの、彼がここから出て行くのを黙ってみていただけだった。ルビアが彼のことを心配してそう尋ねると、ティマを含めた町の人は皆、どこか辛そうな表情を見せた。そんな重苦しい空気の中、マリワナが口を開き、彼らに言った。
「ロインは、人が嫌いな子なんです。だから、ここには居たくないんでしょう。」
「人が…嫌い?」
カイウスとルビアは、口をそろえて聞き返した。頷いたマリワナは言葉を続けた。
「6年前、あの子は父親と一緒に、この町にやってきました。その時からもう、他人と関わるのを極端に嫌っていたわ。」
「今は仲良くしてるけど、その当時は私も避けられてたのよ。」
ティマがそう言うと、カイウスとルビアは信じられないという顔を見せた。二人がこの家にやってきたとき、ロインとティマは壮絶な口喧嘩をしていたが、それはお互いを知っているからこそできるものであった。ちょうど、幼なじみであるカイウスとルビアのように…。
「でも、どうして人が嫌いに?」
カイウスの問いに、今度はティマが答えた。
「後で聞いたんだけど…ロインのお母さん、殺されたんだって。」
「!!?」
「お母さんを殺した人、2年間もロインの家族と仲良くしてたみたいで、ロインもその人の事、本当のお兄さんみたいに思ってたんだって。」
「そんな人に家族を殺されたら、人が嫌いにもなるわよ…。」
ティマの言葉に絶句する二人。ロインが何度かカイウスたちに向けた殺意のようなもの。あれは、『人を信じられない』という思いが表れたものだったのだろう。ロインが、ティマやマリワナには心を許し、カイウス達には冷たかった理由はこれだったのだ。
カイウスとルビアも、二年前に親を失った。故郷に突然現れた『異端審問官』の少女が、司祭であったルビアの両親を殺し、その罪をカイウスの父になすりつけた。その父も、彼らが助け出した直後、その少女によって魂を抜かれ、逝ってしまったのだ。
だが彼らと違って、ロインの母はそれまで親しかった者に突然命を奪われたのだ。その事実を目にしたロインは、関係のない他人まで憎むほど信じる心を失ってしまった。その傷を理解し、癒すのは容易いことではない…。
船着場から5分もしないで着く場所にある一軒の家。マリワナの家と同じように扉のなくなった玄関に入り、中を見渡す。玄関のすぐ横にある二階に繋がる階段を上り、一番手前の部屋に足を踏み入れる。多少荒らされてはいたが、一番大切なものは変わらず机上に在った。
「…ただいま、父さん、母さん。」
幼いロインの両脇にいる、優しい笑顔をした今は亡き両親の顔を見つめ、ロインは呟いた。
あの頃にかえれたら…。
この写真を見るたびに、ロインはそう願った。だが、過ぎた時間は戻らない。先に進むしかできない、不条理なものである。そんな現実を知るたびに、彼の顔は一層暗い闇に照らされ、そして、母を奪った男への憎しみで満たされるのであった。
マリワナの家にある暗い地下室で、そこにいるもの全員が夕食をとっていた。だが、その場にロインの姿だけがなかった。
「マリワナさん、ロインくん『家に帰る』って言ってましたけど、一人で大丈夫なんですか?」
カイウスら4人がこの部屋にたどり着いてすぐ、ロインはそう言って一人出て行ってしまった。マリワナがそんな彼に、後で話があるから来て欲しい、とだけ告げて見送ったのを皆が覚えている。ティマや他の町の人たちも、ロインの事を気にかける様子はあるものの、彼がここから出て行くのを黙ってみていただけだった。ルビアが彼のことを心配してそう尋ねると、ティマを含めた町の人は皆、どこか辛そうな表情を見せた。そんな重苦しい空気の中、マリワナが口を開き、彼らに言った。
「ロインは、人が嫌いな子なんです。だから、ここには居たくないんでしょう。」
「人が…嫌い?」
カイウスとルビアは、口をそろえて聞き返した。頷いたマリワナは言葉を続けた。
「6年前、あの子は父親と一緒に、この町にやってきました。その時からもう、他人と関わるのを極端に嫌っていたわ。」
「今は仲良くしてるけど、その当時は私も避けられてたのよ。」
ティマがそう言うと、カイウスとルビアは信じられないという顔を見せた。二人がこの家にやってきたとき、ロインとティマは壮絶な口喧嘩をしていたが、それはお互いを知っているからこそできるものであった。ちょうど、幼なじみであるカイウスとルビアのように…。
「でも、どうして人が嫌いに?」
カイウスの問いに、今度はティマが答えた。
「後で聞いたんだけど…ロインのお母さん、殺されたんだって。」
「!!?」
「お母さんを殺した人、2年間もロインの家族と仲良くしてたみたいで、ロインもその人の事、本当のお兄さんみたいに思ってたんだって。」
「そんな人に家族を殺されたら、人が嫌いにもなるわよ…。」
ティマの言葉に絶句する二人。ロインが何度かカイウスたちに向けた殺意のようなもの。あれは、『人を信じられない』という思いが表れたものだったのだろう。ロインが、ティマやマリワナには心を許し、カイウス達には冷たかった理由はこれだったのだ。
カイウスとルビアも、二年前に親を失った。故郷に突然現れた『異端審問官』の少女が、司祭であったルビアの両親を殺し、その罪をカイウスの父になすりつけた。その父も、彼らが助け出した直後、その少女によって魂を抜かれ、逝ってしまったのだ。
だが彼らと違って、ロインの母はそれまで親しかった者に突然命を奪われたのだ。その事実を目にしたロインは、関係のない他人まで憎むほど信じる心を失ってしまった。その傷を理解し、癒すのは容易いことではない…。
船着場から5分もしないで着く場所にある一軒の家。マリワナの家と同じように扉のなくなった玄関に入り、中を見渡す。玄関のすぐ横にある二階に繋がる階段を上り、一番手前の部屋に足を踏み入れる。多少荒らされてはいたが、一番大切なものは変わらず机上に在った。
「…ただいま、父さん、母さん。」
幼いロインの両脇にいる、優しい笑顔をした今は亡き両親の顔を見つめ、ロインは呟いた。
あの頃にかえれたら…。
この写真を見るたびに、ロインはそう願った。だが、過ぎた時間は戻らない。先に進むしかできない、不条理なものである。そんな現実を知るたびに、彼の顔は一層暗い闇に照らされ、そして、母を奪った男への憎しみで満たされるのであった。