外伝4 出会いの剣 V
「驚いた。今までただの結晶だと思っていたけど、同じものだったなんて。」
やがて、グレシアは言いながら首飾りを服の内へと戻した。まだ驚きから戸惑いが抜けないでいたが、声は平静そのものだった。一方で、ドーチェは顎に手を当てて俯き、何かを考えていた。
「ドーチェ、どうしたの?」
「いえ。三騎士に伝わる『白晶の装具』が白晶岩から作られたものだとしたら、古の王族はどうしてこれからそのような物を作ったのか、と思いまして。」
「気にする事なの?」
グレシアは首を傾げる。ドーチェは立ち上がり、彼女を、そして白晶岩へと視線を移しながら口を開いた。
「先ほど言いましたよね。魔物を興奮させ、引き寄せる作用を持つと。…危険だと思いませんか?三騎士が本当に王家の信頼によって『白晶の装具』を手にしたのだとしたら、これにはまだ、僕の知らない何かを秘めている。そういうことになると思うんです。」
ドーチェの推測に、グレシアの目は細くなった。確かに彼の言うとおりかもしれない。考え込むように、結晶に服の上から握るように触れた。と、その時。彼女はただならぬ気配を背後に感じた。それはドーチェも同じらしく、グレシアと同じ方向を見た。
「…どうやら、今の共鳴で引き寄せられてしまったようですね。」
ドーチェは口元に静かに笑みを携えながら言うが、その額からは嫌な汗が伝っている。それもそのはず。今、彼らの目の前にはグールやバット、ゴーストといった数々の魔物が数えきれないほど終結していた。
「ドーチェ。ここから動かないで。」
グレシアは静かに抜刀し、キッと鋭い視線を魔物らに向けた。さすがの彼女でも、これだけの数を一度に相手するには少し分が悪いのだろう。その表情は、いつもより硬くなっていた。
「はぁっ!」
それでも決して怯むことなく、先手を打って出た。目の前にいるグールを、炎を宿した剣で斬りつけ、それまでの勢いを助走に変えて跳び、数匹のバットを一度に薙ぎ払う。そして着地した地点、一斉に襲いかかってくる魔物らに対し、彼女は静かに広範囲プリセプツを放った。そして一気に重量を増した重力に逆らえずにひれ伏す魔物を一瞥し、イラプションで焼き払った。無駄なく流れるような動きは優雅に舞う貴婦人のようで、彼女の動きに合わせて流れる金髪が、壮絶な戦いの中にいるということを忘れさせるようだった。だが、それもそこまでだった。建物の中に、痛みを伴う雨が降り注いだのだ。それはアシッドレイン。ゴーストが放ったプリセプツだった。そしてその雨に気を取られた、ほんの一瞬だった。
「しまった…っ!」
数体の魔物がドーチェに襲いかかっていったのだ。
「うあぁっ!」
だが、その襲撃によって悲鳴をあげたのは彼ではない。
「グレシアさん!」
間に合わない。そう判断した刹那、グレシアはドーチェの盾となった。スケルトンの剣にバットの翼撃、そしてグールやゴーストの放ったプリセプツが一斉に襲い掛かり、それにより彼女はドーチェの後方に吹き飛び、さらに白晶岩に全身を強く打ちつけた。いくらかは剣を盾にして凌いだものの、アシッドレインのせいで弱体化されていたためか、ダメージはかなり大きい。だが、それでも彼女の瞳は鋭く魔物らを捉えていた。無詠唱で放ったエクスプロードが、ドーチェの目前で魔物を一瞬のうちに灰へと変えていった。
「グレシアさん!」
「平気。気にしないで。それより、あとどのくらい残ってる?」
心配して駆け寄るドーチェに、グレシアは淡々と尋ねた。その声に目の前へと視線を移せば、ドーチェの顔は険しく歪み、閉口した。数はかなり減ったものの、十数体の魔物がまだ残っていた。手負いの彼女に、これ以上戦闘を続けさせることはできない。そう考えていた彼の耳に、ボソッと呟く声が聞こえた。
「…三騎士の血は主の力となり、その者に最後の力を与えん。」
「グレシアさん?」
「ケホッ…口伝みたいなものよ。…ま、最後にする気はないけど、これだと本気出さないとダメみたい。」
カハッと血反吐をひとつ吐くと、グレシアは笑ってドーチェを見た。それから口元をぬぐいながら、すっと呼吸を整える。同時にあらゆる神経を集中させていき、剣を両手で静かに構えた。そして隣にいるドーチェすら感覚が冴えていくような錯覚をしてしまうほど、力を高めていった。
「…一気に終わらせる。」
そして思わずぞくっとするような静かな言葉が放たれると、彼女の姿が消えた。
「奥義」
否。目にもとまらぬ速さで敵陣に突っ込み、そして一瞬のうちにすべてを切り裂いていた。そして高く跳躍しながら、白い光をまとった剣を高く振り上げた。
「瞬洸斬牙!」
そしてそれを一気に振り落した瞬間、巨大な光の刃が魔物を両断した。それは石で造られた周囲の床や壁をいとも簡単に抉り、巨大な爪痕を遺跡に刻み込んだ。その威力にドーチェは思わず息を呑み、呼吸を忘れた。
「…ははっ、ざまぁみろ…ってね……。」
「! グレシアさん!」
そして空間が再び時を動かし始めたかと思うと、グレシアは討伐した魔物に向けた嘲笑を残しながら、崩れるように気を失った。
心地よい温もりに包まれる感覚と不意を衝く痛みを同時に受け、重い瞼をゆっくり開けた。すると、自分を見つめ微笑みを浮かべる女性が映った。
「良かった。目が覚めたのね。」
「リーサ、さん?」
徐々にはっきりする意識下で、グレシアは確かめるようにその名を呼んだ。彼女に手伝ってもらいながら起き上がると、自分がケノンの宿屋にいることがわかった。そんなグレシアの体に巻かれている包帯を見ながら、リーサは言った。
「うん。怪我も良くなってるわね。」
「あの、私、どうして…。」
微笑むリーサに、グレシアはおずおずと尋ねた。遺跡で魔物を倒した後の記憶がない。いったいどうしてここで眠っていたのか。疑問で開けたグレシアの口を、リーサの細い指が封をした。そして彼女はにこっと笑いながら、その指をある一点に向けた。グレシアがそれにつられるように視線を向けると、部屋の片隅に置かれた椅子に座るドーチェがいた。どうやら眠っているらしく、頭が規則正しく揺れ動いている。
「ドーチェが連れて帰って来たのよ。あんなに慌てた彼、久しぶりに見たわ。」
ここだけの秘密。そう言ってリーサはグレシアに耳打ちした。
「彼、普段から敬語でしょう?でもね、余裕がなくなると敬語がとれるどころか、すっごく荒々しい口調になるのよ。私のことも普段は“さん”付けで呼ぶくせに、トルドですら呼ばないような呼び方するんだから。」
…一体どんな呼び方なのだろう?
思わず考えてしまったが、グレシアは敢えて聞かないことにした。しかも、何故かリーサ微笑みを崩さないままだった。どうやら見かけによらず、彼女もドーチェ並に肝が据わっているらしい。一方、噂の本人は、2人の会話に気づかず眠り続けている。たぶん、目を覚ましたところでその姿を拝むことはできないだろう。そして何故かそれを残念に思うグレシアだった。
「ねぇ。ドーチェのこと、どう思った?」
「え!?ど、どうって…?」
「ふふっ。深い意味はないのよ。」
そんな彼女の心中を知ってか知らずか、リーサはいたずらっぽい笑みを浮かべながら小声で聞いた。それにグレシアは少し顔を赤らめ戸惑う様子を見せたが、ドーチェを見つめると、すっとどこか誇らしげな表情を浮かべた。
「…私と違って、とても自由な人。それでいて意志は力強くて真っ直ぐで、それが少し羨ましいと思いました。」
その答えに、リーサは「そう」と穏やかに笑った。そしてグレシアの手当てを終え、ドーチェの気持ちが落ち着いた頃にしたやり取りを思い出していた。
『どんな人だった?グレシアさんは。』
好奇心に満ちた瞳でそう問いかければ、彼は少し頬を掻いて悩む様子を見せたあとで、優しい笑顔を浮かべて言ったのだ。
『自分の誇りに真っ直ぐで、心の強い女性でした。僕にはない魅力があって、少し羨ましいと思いました。』
今のグレシアの答えに似たドーチェの答え。それを思い出したリーサは、彼女に気づかれないよう静かに笑っていた。
(一見正反対だけど、実は似た者同士ね、この2人。なんだか長い付き合いになりそう。)
静かにほほ笑むリーサの考えが現実になるのは、もう少し先の話…。
やがて、グレシアは言いながら首飾りを服の内へと戻した。まだ驚きから戸惑いが抜けないでいたが、声は平静そのものだった。一方で、ドーチェは顎に手を当てて俯き、何かを考えていた。
「ドーチェ、どうしたの?」
「いえ。三騎士に伝わる『白晶の装具』が白晶岩から作られたものだとしたら、古の王族はどうしてこれからそのような物を作ったのか、と思いまして。」
「気にする事なの?」
グレシアは首を傾げる。ドーチェは立ち上がり、彼女を、そして白晶岩へと視線を移しながら口を開いた。
「先ほど言いましたよね。魔物を興奮させ、引き寄せる作用を持つと。…危険だと思いませんか?三騎士が本当に王家の信頼によって『白晶の装具』を手にしたのだとしたら、これにはまだ、僕の知らない何かを秘めている。そういうことになると思うんです。」
ドーチェの推測に、グレシアの目は細くなった。確かに彼の言うとおりかもしれない。考え込むように、結晶に服の上から握るように触れた。と、その時。彼女はただならぬ気配を背後に感じた。それはドーチェも同じらしく、グレシアと同じ方向を見た。
「…どうやら、今の共鳴で引き寄せられてしまったようですね。」
ドーチェは口元に静かに笑みを携えながら言うが、その額からは嫌な汗が伝っている。それもそのはず。今、彼らの目の前にはグールやバット、ゴーストといった数々の魔物が数えきれないほど終結していた。
「ドーチェ。ここから動かないで。」
グレシアは静かに抜刀し、キッと鋭い視線を魔物らに向けた。さすがの彼女でも、これだけの数を一度に相手するには少し分が悪いのだろう。その表情は、いつもより硬くなっていた。
「はぁっ!」
それでも決して怯むことなく、先手を打って出た。目の前にいるグールを、炎を宿した剣で斬りつけ、それまでの勢いを助走に変えて跳び、数匹のバットを一度に薙ぎ払う。そして着地した地点、一斉に襲いかかってくる魔物らに対し、彼女は静かに広範囲プリセプツを放った。そして一気に重量を増した重力に逆らえずにひれ伏す魔物を一瞥し、イラプションで焼き払った。無駄なく流れるような動きは優雅に舞う貴婦人のようで、彼女の動きに合わせて流れる金髪が、壮絶な戦いの中にいるということを忘れさせるようだった。だが、それもそこまでだった。建物の中に、痛みを伴う雨が降り注いだのだ。それはアシッドレイン。ゴーストが放ったプリセプツだった。そしてその雨に気を取られた、ほんの一瞬だった。
「しまった…っ!」
数体の魔物がドーチェに襲いかかっていったのだ。
「うあぁっ!」
だが、その襲撃によって悲鳴をあげたのは彼ではない。
「グレシアさん!」
間に合わない。そう判断した刹那、グレシアはドーチェの盾となった。スケルトンの剣にバットの翼撃、そしてグールやゴーストの放ったプリセプツが一斉に襲い掛かり、それにより彼女はドーチェの後方に吹き飛び、さらに白晶岩に全身を強く打ちつけた。いくらかは剣を盾にして凌いだものの、アシッドレインのせいで弱体化されていたためか、ダメージはかなり大きい。だが、それでも彼女の瞳は鋭く魔物らを捉えていた。無詠唱で放ったエクスプロードが、ドーチェの目前で魔物を一瞬のうちに灰へと変えていった。
「グレシアさん!」
「平気。気にしないで。それより、あとどのくらい残ってる?」
心配して駆け寄るドーチェに、グレシアは淡々と尋ねた。その声に目の前へと視線を移せば、ドーチェの顔は険しく歪み、閉口した。数はかなり減ったものの、十数体の魔物がまだ残っていた。手負いの彼女に、これ以上戦闘を続けさせることはできない。そう考えていた彼の耳に、ボソッと呟く声が聞こえた。
「…三騎士の血は主の力となり、その者に最後の力を与えん。」
「グレシアさん?」
「ケホッ…口伝みたいなものよ。…ま、最後にする気はないけど、これだと本気出さないとダメみたい。」
カハッと血反吐をひとつ吐くと、グレシアは笑ってドーチェを見た。それから口元をぬぐいながら、すっと呼吸を整える。同時にあらゆる神経を集中させていき、剣を両手で静かに構えた。そして隣にいるドーチェすら感覚が冴えていくような錯覚をしてしまうほど、力を高めていった。
「…一気に終わらせる。」
そして思わずぞくっとするような静かな言葉が放たれると、彼女の姿が消えた。
「奥義」
否。目にもとまらぬ速さで敵陣に突っ込み、そして一瞬のうちにすべてを切り裂いていた。そして高く跳躍しながら、白い光をまとった剣を高く振り上げた。
「瞬洸斬牙!」
そしてそれを一気に振り落した瞬間、巨大な光の刃が魔物を両断した。それは石で造られた周囲の床や壁をいとも簡単に抉り、巨大な爪痕を遺跡に刻み込んだ。その威力にドーチェは思わず息を呑み、呼吸を忘れた。
「…ははっ、ざまぁみろ…ってね……。」
「! グレシアさん!」
そして空間が再び時を動かし始めたかと思うと、グレシアは討伐した魔物に向けた嘲笑を残しながら、崩れるように気を失った。
心地よい温もりに包まれる感覚と不意を衝く痛みを同時に受け、重い瞼をゆっくり開けた。すると、自分を見つめ微笑みを浮かべる女性が映った。
「良かった。目が覚めたのね。」
「リーサ、さん?」
徐々にはっきりする意識下で、グレシアは確かめるようにその名を呼んだ。彼女に手伝ってもらいながら起き上がると、自分がケノンの宿屋にいることがわかった。そんなグレシアの体に巻かれている包帯を見ながら、リーサは言った。
「うん。怪我も良くなってるわね。」
「あの、私、どうして…。」
微笑むリーサに、グレシアはおずおずと尋ねた。遺跡で魔物を倒した後の記憶がない。いったいどうしてここで眠っていたのか。疑問で開けたグレシアの口を、リーサの細い指が封をした。そして彼女はにこっと笑いながら、その指をある一点に向けた。グレシアがそれにつられるように視線を向けると、部屋の片隅に置かれた椅子に座るドーチェがいた。どうやら眠っているらしく、頭が規則正しく揺れ動いている。
「ドーチェが連れて帰って来たのよ。あんなに慌てた彼、久しぶりに見たわ。」
ここだけの秘密。そう言ってリーサはグレシアに耳打ちした。
「彼、普段から敬語でしょう?でもね、余裕がなくなると敬語がとれるどころか、すっごく荒々しい口調になるのよ。私のことも普段は“さん”付けで呼ぶくせに、トルドですら呼ばないような呼び方するんだから。」
…一体どんな呼び方なのだろう?
思わず考えてしまったが、グレシアは敢えて聞かないことにした。しかも、何故かリーサ微笑みを崩さないままだった。どうやら見かけによらず、彼女もドーチェ並に肝が据わっているらしい。一方、噂の本人は、2人の会話に気づかず眠り続けている。たぶん、目を覚ましたところでその姿を拝むことはできないだろう。そして何故かそれを残念に思うグレシアだった。
「ねぇ。ドーチェのこと、どう思った?」
「え!?ど、どうって…?」
「ふふっ。深い意味はないのよ。」
そんな彼女の心中を知ってか知らずか、リーサはいたずらっぽい笑みを浮かべながら小声で聞いた。それにグレシアは少し顔を赤らめ戸惑う様子を見せたが、ドーチェを見つめると、すっとどこか誇らしげな表情を浮かべた。
「…私と違って、とても自由な人。それでいて意志は力強くて真っ直ぐで、それが少し羨ましいと思いました。」
その答えに、リーサは「そう」と穏やかに笑った。そしてグレシアの手当てを終え、ドーチェの気持ちが落ち着いた頃にしたやり取りを思い出していた。
『どんな人だった?グレシアさんは。』
好奇心に満ちた瞳でそう問いかければ、彼は少し頬を掻いて悩む様子を見せたあとで、優しい笑顔を浮かべて言ったのだ。
『自分の誇りに真っ直ぐで、心の強い女性でした。僕にはない魅力があって、少し羨ましいと思いました。』
今のグレシアの答えに似たドーチェの答え。それを思い出したリーサは、彼女に気づかれないよう静かに笑っていた。
(一見正反対だけど、実は似た者同士ね、この2人。なんだか長い付き合いになりそう。)
静かにほほ笑むリーサの考えが現実になるのは、もう少し先の話…。