第15章 継がれゆく灯火 U
ロインらの予想したとおり、というべきだろうか。エルナの森に足を踏み入れた一行は、順調に歩を進めていた。時折魔物が襲いかかってくるものの、それはこれまでの道中に遭遇するのと特に大きな違いのない、旅の中でよくある光景だった。
「この調子なら、日が暮れる前にはケノンにたどり着けるな。」
順調に進み続ける一行の先頭を歩くのは、特にこの地に精通しているロインとラミーの2人。鬱蒼とした森の中であるにも関わらず、ラミーはいつにも増して機嫌が良さそうだった。
「ラミー、機嫌いいね。」
「ああ!今日は体の調子がいいみたいでね。おかげで気分がいいんだよ。」
言いながら彼女はくるりと回り、軽い足取りでさらに先へと進んでいった。
「おい、ラミー!置いていくなよ!」
カイウスは苦笑気味に言って足を速めようとした。
「キャァッ!!」
刹那だった。彼の横を、短い悲鳴と共に少女が飛んでいった。自分たちの目が捉えたものが信じられず恐る恐る振り返ると、先頭を軽快に進んでいたはずのラミーが木の幹が陥没するほどの力で叩きつけられ、ずるずると崩れ落ちていた。
「きゃああああっ!!」
「ラミー!?」
ティマの悲鳴が響き渡り、ティルキスらは蒼白な顔で仲間の名を叫んだ。何が起きたのか、理解が追いつけない。困惑する中、それでも本能的にルビアとアーリアは彼女に駆け寄り、急いで治癒術の詠唱に入った。
「前だ!」
全員を現実に引き戻したのは、ロインの叫び声だった。はっとして進路前方に目を向ければ、一体のトレントが枝を振り回し迫っていた。寸でのところで一行は攻撃をかわし、別々の方角へと散る。そして目の前に広がる光景に、思わず背筋を凍らせた。彼らに先制を仕掛けたトレントの他に、もう2体の木の化け物と、ウルフの群れや巨躯のボアが数体現れたのだ。しかし、どこか様子がおかしい。いずれも通常の魔物以上に殺気を放ち、禍々しいオーラを身にまとっている。
「…なるほど。そういうわけか。」
その異常さに目を瞬かせていると、フォレストがその原因を見つけ、瞳を細めた。他の面々が同様にその先へと目をやれば、ウルフの群れの中の一体に近づくスポットがいた。それがウルフに取り付いて消えた途端に、そのウルフの瞳が徐々に禍々しいものへと変貌していく。その光景に、ティルキスは面倒そうな顔を浮かべながら背の大剣を抜いた。
「へぇ。スディアナから溢れたスポットが森に住みついた、というわけか。」
「ただでさえ厄介な森だってのに、迷惑な話だ!」
カイウスは投げやりに言い放って、地を蹴った。
「一掃するぞ!」
「「「「ああ!」」」」
彼の後にティルキスが続き、ルキウス以外の男どもも同様に武器を手に魔物へと向かっていった。
「私も!」
「ティマ、君は彼女たちの援護を!」
さらに続いて得物を手に駆け出そうとしたティマをルキウスが呼び止め、視線を後方へと向けた。そこにはまだラミーの治療にあたっているルビアとアーリアがいる。狙われては一溜りもない。ティマは頷くと、少し下がって彼女たちの守護についた。
「三散華!」
「裂旋斧!裂壊連斧!」
「援護する!エアスラスト!」
その間にベディー、フォレストが接近していたウルフやスポットらに向け拳を叩き込み、戦斧を振り下ろしていた。そこへルキウスの追撃が決まり、余波で体躯の小さい魔物は四方に吹き飛ばされていく。だが木の化け物らやボアには効果が薄いようだ。何事もなかったように彼らの前に立ちふさがり、反撃をしかけてきた。ボアは大地を揺るがす勢いで彼らに突撃し、フォレストは武器を盾にした形で正面からぶつかり合った。
「ちっ!リーチの差はやっぱでかい、か!」
一方で、木の化け物相手に得意の接近戦に持ち込もうとロインたち剣士組も奮闘するが、簡単にはいかないようだ。トレントの枝を振り回した攻撃は、ロインやカイウスの短剣は言うまでもなく、ティルキスの大剣に対してもいささか有利なようだ。バックステップで攻撃をかわしながらカイウスは舌を打ち、接近が難しいなら、と攻撃の方法を変えようとした。その時だ。彼らの足元に、辺り一帯に広がるほど巨大な陣が浮かび上がった。
「なんだ…ッ!?」
彼らが疑問に思った刹那、陣は光りだした。眩しさに思わず目をつむってしまうが、一瞬の出来事だったようだ。数回瞬き、目が元に戻ったところで周囲を見回すが、どうやら何も起きていないらしい。
「目くらましか?」
「違う。今のは、まさか…」
他の仲間たちの様子を伺ってみるが、誰も目立った外傷を受けた様子はない。ベディーが訝しく思いながらも呟くと、ルキウスの冷静な声がそれを否定した。
「あのスポット、遠距離タイプか!」
だがその続きを耳にする前に、カイウスは先ほどの犯人を見つけ出すと一目散に飛び出していった。次の手を打たれる前にと、どこか気が急っていたのだろう。
「兄さん待って!」
兄の行動に気づき、焦った様子で叫ぶルキウス。しかし、カイウスはすでに剣を振り上げていた。
「魔神剣!」
そして、ルキウスの懸念は現実となった。
―――いつもならその攻撃についてくるはずの衝撃波が出ない。
思わぬ事態に全員の動きが止まり、目を疑った。
「カイウス!」
しかしいつまでも動揺している暇はない。プリセプツによる風の刃がカイウスめがけて地を駆けてくる。最も近くにいたフォレストが反射的に彼を助けに動き、反撃に出ようと斧を振り上げた。だが振り下ろす瞬間、彼の身体から前触れもなく力が抜けた。
「どういう、ことだ?」
「フォレスト!」
突然の変化に戸惑うフォレスト。その隙を狙い、彼の背後から迫るボアをティルキスが大剣で受け止めた。だがティルキスにも同様の異変が起こっているらしい。剣を振り回す以外、攻撃の様子が見られない。
「! そんな!」
「ルビア、アーリア、どうしたの?」
「魔力が、集まらないのよ!これじゃ治癒術が使えないわ!」
その時、ラミーの治療を続けていたアーリア達にも異変が起きていた。彼女たちを守護するために前に立っていたティマがそれに気づき声をかけると、ルビアから信じられない言葉が返ってきた。幸い大きな怪我の治癒は間に合っていたが、今のラミーの身体を考えればそれでも回復できたとは言えない状況だ。次々と目にし、口々にされる仲間の異変。自身の内にあった推測が確信へと変わったことを悟り、ルキウスが声を張り上げた。
「発光の前に巨大な魔法陣が見えた!あれは封印系統の術式だった。たぶん、こっちの術技は封じられている!」
「そんな!」
しかし、それは結果、新たな動揺の波紋となって仲間たちの間に広がっていった。それに構うことなく、なおも襲いかかってくる魔物の群れ。ロインたちは先までと変わらずに応戦していくものの、動揺のためかキレが失われていた。ティマと違い術を封じられては戦えないルビアにアーリア、それにルキウスから伝わる戸惑いは特に大きい。その乱れた空気を黙らせるように、その時、一発の銃声が鳴った。
「それくらいでうろたえてんじゃねえ!」
決して大きくないはずのその一声に、瞬間その空間のすべてが止まった。その隙にラミーは背後の木にもたれながらも立ち上がり、今度ははっきりとした怒号が飛んだ。
「てめぇら、ティマを見ろ!術技なんかなくたって十分戦ってただろうが!これくらいのことでうろたえてんな!!」
「…えーと、いや、技は使えてたんだけどなぁ、一応…。」
ティマだけはこっそりとつっこんでいたが、誰の耳にも届いていないようだ。だがそれは幸か、仲間たちはラミーの言葉に戦意を取り戻したようだ。瞳の強さが変わり、覇気が増した。そしてティマのもとにも小型スポットが飛びかかり、彼女も気を取り直して応戦に向かった。
「フォレストさん、こっちは任せます!僕はティマリア達を!」
「うむ!」
その様子を見たベディーは、前衛から守りの薄い後衛へと下がっていった。
「この調子なら、日が暮れる前にはケノンにたどり着けるな。」
順調に進み続ける一行の先頭を歩くのは、特にこの地に精通しているロインとラミーの2人。鬱蒼とした森の中であるにも関わらず、ラミーはいつにも増して機嫌が良さそうだった。
「ラミー、機嫌いいね。」
「ああ!今日は体の調子がいいみたいでね。おかげで気分がいいんだよ。」
言いながら彼女はくるりと回り、軽い足取りでさらに先へと進んでいった。
「おい、ラミー!置いていくなよ!」
カイウスは苦笑気味に言って足を速めようとした。
「キャァッ!!」
刹那だった。彼の横を、短い悲鳴と共に少女が飛んでいった。自分たちの目が捉えたものが信じられず恐る恐る振り返ると、先頭を軽快に進んでいたはずのラミーが木の幹が陥没するほどの力で叩きつけられ、ずるずると崩れ落ちていた。
「きゃああああっ!!」
「ラミー!?」
ティマの悲鳴が響き渡り、ティルキスらは蒼白な顔で仲間の名を叫んだ。何が起きたのか、理解が追いつけない。困惑する中、それでも本能的にルビアとアーリアは彼女に駆け寄り、急いで治癒術の詠唱に入った。
「前だ!」
全員を現実に引き戻したのは、ロインの叫び声だった。はっとして進路前方に目を向ければ、一体のトレントが枝を振り回し迫っていた。寸でのところで一行は攻撃をかわし、別々の方角へと散る。そして目の前に広がる光景に、思わず背筋を凍らせた。彼らに先制を仕掛けたトレントの他に、もう2体の木の化け物と、ウルフの群れや巨躯のボアが数体現れたのだ。しかし、どこか様子がおかしい。いずれも通常の魔物以上に殺気を放ち、禍々しいオーラを身にまとっている。
「…なるほど。そういうわけか。」
その異常さに目を瞬かせていると、フォレストがその原因を見つけ、瞳を細めた。他の面々が同様にその先へと目をやれば、ウルフの群れの中の一体に近づくスポットがいた。それがウルフに取り付いて消えた途端に、そのウルフの瞳が徐々に禍々しいものへと変貌していく。その光景に、ティルキスは面倒そうな顔を浮かべながら背の大剣を抜いた。
「へぇ。スディアナから溢れたスポットが森に住みついた、というわけか。」
「ただでさえ厄介な森だってのに、迷惑な話だ!」
カイウスは投げやりに言い放って、地を蹴った。
「一掃するぞ!」
「「「「ああ!」」」」
彼の後にティルキスが続き、ルキウス以外の男どもも同様に武器を手に魔物へと向かっていった。
「私も!」
「ティマ、君は彼女たちの援護を!」
さらに続いて得物を手に駆け出そうとしたティマをルキウスが呼び止め、視線を後方へと向けた。そこにはまだラミーの治療にあたっているルビアとアーリアがいる。狙われては一溜りもない。ティマは頷くと、少し下がって彼女たちの守護についた。
「三散華!」
「裂旋斧!裂壊連斧!」
「援護する!エアスラスト!」
その間にベディー、フォレストが接近していたウルフやスポットらに向け拳を叩き込み、戦斧を振り下ろしていた。そこへルキウスの追撃が決まり、余波で体躯の小さい魔物は四方に吹き飛ばされていく。だが木の化け物らやボアには効果が薄いようだ。何事もなかったように彼らの前に立ちふさがり、反撃をしかけてきた。ボアは大地を揺るがす勢いで彼らに突撃し、フォレストは武器を盾にした形で正面からぶつかり合った。
「ちっ!リーチの差はやっぱでかい、か!」
一方で、木の化け物相手に得意の接近戦に持ち込もうとロインたち剣士組も奮闘するが、簡単にはいかないようだ。トレントの枝を振り回した攻撃は、ロインやカイウスの短剣は言うまでもなく、ティルキスの大剣に対してもいささか有利なようだ。バックステップで攻撃をかわしながらカイウスは舌を打ち、接近が難しいなら、と攻撃の方法を変えようとした。その時だ。彼らの足元に、辺り一帯に広がるほど巨大な陣が浮かび上がった。
「なんだ…ッ!?」
彼らが疑問に思った刹那、陣は光りだした。眩しさに思わず目をつむってしまうが、一瞬の出来事だったようだ。数回瞬き、目が元に戻ったところで周囲を見回すが、どうやら何も起きていないらしい。
「目くらましか?」
「違う。今のは、まさか…」
他の仲間たちの様子を伺ってみるが、誰も目立った外傷を受けた様子はない。ベディーが訝しく思いながらも呟くと、ルキウスの冷静な声がそれを否定した。
「あのスポット、遠距離タイプか!」
だがその続きを耳にする前に、カイウスは先ほどの犯人を見つけ出すと一目散に飛び出していった。次の手を打たれる前にと、どこか気が急っていたのだろう。
「兄さん待って!」
兄の行動に気づき、焦った様子で叫ぶルキウス。しかし、カイウスはすでに剣を振り上げていた。
「魔神剣!」
そして、ルキウスの懸念は現実となった。
―――いつもならその攻撃についてくるはずの衝撃波が出ない。
思わぬ事態に全員の動きが止まり、目を疑った。
「カイウス!」
しかしいつまでも動揺している暇はない。プリセプツによる風の刃がカイウスめがけて地を駆けてくる。最も近くにいたフォレストが反射的に彼を助けに動き、反撃に出ようと斧を振り上げた。だが振り下ろす瞬間、彼の身体から前触れもなく力が抜けた。
「どういう、ことだ?」
「フォレスト!」
突然の変化に戸惑うフォレスト。その隙を狙い、彼の背後から迫るボアをティルキスが大剣で受け止めた。だがティルキスにも同様の異変が起こっているらしい。剣を振り回す以外、攻撃の様子が見られない。
「! そんな!」
「ルビア、アーリア、どうしたの?」
「魔力が、集まらないのよ!これじゃ治癒術が使えないわ!」
その時、ラミーの治療を続けていたアーリア達にも異変が起きていた。彼女たちを守護するために前に立っていたティマがそれに気づき声をかけると、ルビアから信じられない言葉が返ってきた。幸い大きな怪我の治癒は間に合っていたが、今のラミーの身体を考えればそれでも回復できたとは言えない状況だ。次々と目にし、口々にされる仲間の異変。自身の内にあった推測が確信へと変わったことを悟り、ルキウスが声を張り上げた。
「発光の前に巨大な魔法陣が見えた!あれは封印系統の術式だった。たぶん、こっちの術技は封じられている!」
「そんな!」
しかし、それは結果、新たな動揺の波紋となって仲間たちの間に広がっていった。それに構うことなく、なおも襲いかかってくる魔物の群れ。ロインたちは先までと変わらずに応戦していくものの、動揺のためかキレが失われていた。ティマと違い術を封じられては戦えないルビアにアーリア、それにルキウスから伝わる戸惑いは特に大きい。その乱れた空気を黙らせるように、その時、一発の銃声が鳴った。
「それくらいでうろたえてんじゃねえ!」
決して大きくないはずのその一声に、瞬間その空間のすべてが止まった。その隙にラミーは背後の木にもたれながらも立ち上がり、今度ははっきりとした怒号が飛んだ。
「てめぇら、ティマを見ろ!術技なんかなくたって十分戦ってただろうが!これくらいのことでうろたえてんな!!」
「…えーと、いや、技は使えてたんだけどなぁ、一応…。」
ティマだけはこっそりとつっこんでいたが、誰の耳にも届いていないようだ。だがそれは幸か、仲間たちはラミーの言葉に戦意を取り戻したようだ。瞳の強さが変わり、覇気が増した。そしてティマのもとにも小型スポットが飛びかかり、彼女も気を取り直して応戦に向かった。
「フォレストさん、こっちは任せます!僕はティマリア達を!」
「うむ!」
その様子を見たベディーは、前衛から守りの薄い後衛へと下がっていった。