第15章 継がれゆく灯火 V
「おおおっ!」
一方、ベディーとは対照的に、ロインは目前のトレントに向かって突っ走っていった。だが、彼の単調な攻撃はお見通しだとばかりに、トレントの枝が彼に襲いかかった
「ぐあっ!」
そしてそれは鈍い音を立てて彼の腹部を強打し、そのまま彼方へと殴り飛ばしていった。衝撃のあまりか、ロインの剣が彼の手をはなれて宙を舞った。
「ロイン!」
「騒ぐな!問題ない!」
焦りの表情を浮かべるカイウスに、ロインは煩わしいとばかりに叫んだ。事実、彼は地面を転がりながらも受身を取り、吹き飛ばされる距離を最小限に留めていた。
「剣は!?」
態勢を立て直すと同時に、手放してしまった剣の行方を求めて辺りをバッと見渡す。そして大きな岩のそばに転がっているそれを見つけ、急いで取りに走った。だがその目の前に、以前この森で対峙した木の化け物―――怪腕樹が立ちふさがった。
「このっ…!」
トレントとはまた異なり、その名の通り全身が人の腕のような形態をした凶暴な木の化物。リーチは比較的短いが、うかつに範囲内に入れば命取りとなる。だがロインは臆することなく、襲い来る枝をかわすように滑り込み、そのまま怪腕樹の背後へと回り込んだ。そして振り返ることなく駆け、剣へと手を伸ばした。だが同時に、怪腕樹は再びロインに向けて枝を伸ばし、攻撃を仕掛けていた。
「ロイン、後ろだ!」
「! ちぃっ!」
ティルキスの声に振り返ると、敵はもうすでにそばまで迫っていた。ロインは剣を掴み取ると同時に身体を反転させ、ぎりぎりその攻撃を受け止めた。だが攻撃を受け流し切ったその時、ガキィンと嫌な音が鳴った。その突然の光景に、ロインだけでなく仲間たちの瞳までもがあまりの衝撃に愕然と見開かれた。
折れてしまったのだ、彼の剣が。
手放してしまった際に、運悪く岩にでもぶつかり欠けてしまっていたのだろうか。剣身の約半分ほどから先が宙を舞い、地面に転がっていった。だが、いつまでもショックを受けている場合ではない。
「がぁっ!」
「ロイン!!」
怪腕樹の追撃を防ぐことができず、強烈な打撃を受けたロイン。まずいと思ったカイウスやティマらが彼の応援に駆けつけようと足を向けた。だが刹那、他の魔物やスポットが彼らの邪魔するように立ちふさがり、容易には近づけなくなってしまう。その間にも、怪腕樹はまるでさらに追い詰めようとするようにじわじわとロインに向かっていく。何の手立てもないロインは折れた剣で攻撃を受け止めようとするが、やはりかばいきれるはずもなく、後方に弾き飛ばされてしまった。
「くそっ!」
「そんな剣じゃ無理よ、ロイン!」
なんとか受身をとり、身体をひねり追撃を避けるロインに向かってティマが叫ぶ。だが、他にどうしようもないことは彼自身が一番わかっていた。他の仲間たちも苦戦を強いられており、この最悪な状況に舌打ちをするしかない。
「そうだ!」
その時、ラミーが何かを思いついた。きょろきょろと周囲を見渡し、ある方角を向くとそちらに向かって一目散に走り出した。
「! ラミー、一体どこに」
「ルキウス、お前も来い!」
「はあっ…!?」
それに気づいてルキウスが声をかけると、まるでついでというように指名されてしまった。ルキウスはわけがわからないとばかりに素っ頓狂な声を上げるが、今にもその姿が見えなくなりそうな彼女の背を目に、チッと舌を打って地を蹴った。
「ちょっ、2人とも!」
「ルビア、下がって!」
その後を慌ててルビアらも追いかけようとした。だがその時、数頭のウルフが一斉に飛びかかってきた。瞬時にティマとベディーが彼女たちをかばうように前に立ったため、ルビアたちはその後ろに下がるしかなかった。
「もう、鬱陶しい!瞬迅…ッ!」
「ティマリア!」
「平気!…術はともかく、技も使えないって、けっこう不便なのね!」
「あたし達からすれば、術が使えないだけで結構致命的なんだけど…。」
焦る気持ちからか、わかっていながらもつい技を放とうとしてしまい、その瞬間脱力感に襲われてしまう。その隙を狙って牙を剥くウルフの存在に気づき、ベディーがヒヤッとした声をあげる。だが、ティマはそんな心配は無用だと舌打ちしながら槍を突き出し、ウルフを返り討ちにしてみせた。彼女の言葉に苦笑気味に異を唱えるルビアを他所に、彼らはそのまま数を着実に減らしていく。そして少し余裕が生まれた頃には、2人の姿はすでにどこにもなかった。
「ラミー、何処へ行くんだ!」
「いいから…ッ!」
その2人はというと、森の中をひたすら駆け抜け、仲間たちからどんどん離れていった。先を行く彼女の目的が見えないためかルキウスは苛立った声を上げるが、ラミーの足は止まる気配を見せない。しかし、それが突然、糸が切れて倒れるように蹲ってしまった。驚いたルキウスが追いついた時には、ラミーは胸を抑えて苦しそうに荒々しい呼吸をしており、足にも力が入らないのか、ガクガクと震えているようだ。怪我は回復させているとはいえ、ダメージは体に残っている。ましてや生来の無茶がきかないはずの身体で全力疾走をしたせいで、とうとう悲鳴が上がったのだろう。
「一体何を考えているんだ!こんな無茶なんてしてないで、みんなのところに」
「ダメだ!」
普段は穏やかなルキウスが声を荒げ、乱暴に彼女の肩をつかんだ。だがそれ以上の声を出してそれを遮ったラミーの眼は必死そのものだった。その剣幕に圧されて手を離すと、ラミーは胸を抑えたまま立ち上がった。
「行かなきゃ、ならないんだ…ロインのためにも!」
その様子はまるで自分を奮い立たせているようで、ルキウスは並ならぬ気迫を彼女から感じとった。しかし、ラミーの気持ちとは裏腹に身体は言うことをきいてくれない。滲み出る悔しさに奥歯を鳴らしたその時、重い体がふっと軽くなった。驚いて横を向けば、自分に肩を貸す少年の横顔が映った。
「ルキ」
「ワケを聞かせて。」
驚いているラミーの言葉を遮り、ルキウスは彼女を見ることなく口を開いた。有無を言わさない口調ではあったが、ラミーはその眼の色が先ほどまでとは異なることに気づいた。フッと口角を上げると、ラミーは静かに口を開いた。
「ロイン、一度退け!」
「できればやってる!!」
いまだ孤立無援の状況下にいるロイン。カイウスやティルキスは魔物の数を着実に減らしていき、幾度も彼のもとに向かおうとした。だがその度に剣だけではなかなか仕留めきれないボアや怪腕樹、そしてトレントといった大物が行く手に立ち塞がるのだ。そのうえ、スポットによるプリセプツ攻撃がまた厄介で、広範囲にわたるその攻撃が放たれるたびに彼らは逃げ回らなければならなかった。
「ベディーさん、獣化して戦えないの!?」
「くっ!それが、どうやら獣化の力まで封じられてるみたいなんだ!」
ティマの声に、ベディーは飛びかかってきた魔物を殴り飛ばしながら答えた。その後ろではアーリアやルビアも手持ちの杖でなんとか応戦しているものの、せいぜい時間稼ぎ程度にしかならない。このまま長期戦になると皆が覚悟したその時、戦いの中心地に旋風が発生した。その中心から現れたのは、ルキウスとラミーだ。
「ロイン!受け取れ!」
そして仲間達が驚くよりも早く、ラミーの手からロインに向かって何かが放り投げられた。放物線を描いて彼の手に収まったそれは、ロインが所持していたものよりも少し長く、細身のひと振りの剣だった。
「これは…!」
だが、それはただの剣ではなかった。赤茶の柄。刻まれている覚えのあるイニシャル。見間違えるはずがない。ロインの母・グレシアの形見の剣だった。
一方、ベディーとは対照的に、ロインは目前のトレントに向かって突っ走っていった。だが、彼の単調な攻撃はお見通しだとばかりに、トレントの枝が彼に襲いかかった
「ぐあっ!」
そしてそれは鈍い音を立てて彼の腹部を強打し、そのまま彼方へと殴り飛ばしていった。衝撃のあまりか、ロインの剣が彼の手をはなれて宙を舞った。
「ロイン!」
「騒ぐな!問題ない!」
焦りの表情を浮かべるカイウスに、ロインは煩わしいとばかりに叫んだ。事実、彼は地面を転がりながらも受身を取り、吹き飛ばされる距離を最小限に留めていた。
「剣は!?」
態勢を立て直すと同時に、手放してしまった剣の行方を求めて辺りをバッと見渡す。そして大きな岩のそばに転がっているそれを見つけ、急いで取りに走った。だがその目の前に、以前この森で対峙した木の化け物―――怪腕樹が立ちふさがった。
「このっ…!」
トレントとはまた異なり、その名の通り全身が人の腕のような形態をした凶暴な木の化物。リーチは比較的短いが、うかつに範囲内に入れば命取りとなる。だがロインは臆することなく、襲い来る枝をかわすように滑り込み、そのまま怪腕樹の背後へと回り込んだ。そして振り返ることなく駆け、剣へと手を伸ばした。だが同時に、怪腕樹は再びロインに向けて枝を伸ばし、攻撃を仕掛けていた。
「ロイン、後ろだ!」
「! ちぃっ!」
ティルキスの声に振り返ると、敵はもうすでにそばまで迫っていた。ロインは剣を掴み取ると同時に身体を反転させ、ぎりぎりその攻撃を受け止めた。だが攻撃を受け流し切ったその時、ガキィンと嫌な音が鳴った。その突然の光景に、ロインだけでなく仲間たちの瞳までもがあまりの衝撃に愕然と見開かれた。
折れてしまったのだ、彼の剣が。
手放してしまった際に、運悪く岩にでもぶつかり欠けてしまっていたのだろうか。剣身の約半分ほどから先が宙を舞い、地面に転がっていった。だが、いつまでもショックを受けている場合ではない。
「がぁっ!」
「ロイン!!」
怪腕樹の追撃を防ぐことができず、強烈な打撃を受けたロイン。まずいと思ったカイウスやティマらが彼の応援に駆けつけようと足を向けた。だが刹那、他の魔物やスポットが彼らの邪魔するように立ちふさがり、容易には近づけなくなってしまう。その間にも、怪腕樹はまるでさらに追い詰めようとするようにじわじわとロインに向かっていく。何の手立てもないロインは折れた剣で攻撃を受け止めようとするが、やはりかばいきれるはずもなく、後方に弾き飛ばされてしまった。
「くそっ!」
「そんな剣じゃ無理よ、ロイン!」
なんとか受身をとり、身体をひねり追撃を避けるロインに向かってティマが叫ぶ。だが、他にどうしようもないことは彼自身が一番わかっていた。他の仲間たちも苦戦を強いられており、この最悪な状況に舌打ちをするしかない。
「そうだ!」
その時、ラミーが何かを思いついた。きょろきょろと周囲を見渡し、ある方角を向くとそちらに向かって一目散に走り出した。
「! ラミー、一体どこに」
「ルキウス、お前も来い!」
「はあっ…!?」
それに気づいてルキウスが声をかけると、まるでついでというように指名されてしまった。ルキウスはわけがわからないとばかりに素っ頓狂な声を上げるが、今にもその姿が見えなくなりそうな彼女の背を目に、チッと舌を打って地を蹴った。
「ちょっ、2人とも!」
「ルビア、下がって!」
その後を慌ててルビアらも追いかけようとした。だがその時、数頭のウルフが一斉に飛びかかってきた。瞬時にティマとベディーが彼女たちをかばうように前に立ったため、ルビアたちはその後ろに下がるしかなかった。
「もう、鬱陶しい!瞬迅…ッ!」
「ティマリア!」
「平気!…術はともかく、技も使えないって、けっこう不便なのね!」
「あたし達からすれば、術が使えないだけで結構致命的なんだけど…。」
焦る気持ちからか、わかっていながらもつい技を放とうとしてしまい、その瞬間脱力感に襲われてしまう。その隙を狙って牙を剥くウルフの存在に気づき、ベディーがヒヤッとした声をあげる。だが、ティマはそんな心配は無用だと舌打ちしながら槍を突き出し、ウルフを返り討ちにしてみせた。彼女の言葉に苦笑気味に異を唱えるルビアを他所に、彼らはそのまま数を着実に減らしていく。そして少し余裕が生まれた頃には、2人の姿はすでにどこにもなかった。
「ラミー、何処へ行くんだ!」
「いいから…ッ!」
その2人はというと、森の中をひたすら駆け抜け、仲間たちからどんどん離れていった。先を行く彼女の目的が見えないためかルキウスは苛立った声を上げるが、ラミーの足は止まる気配を見せない。しかし、それが突然、糸が切れて倒れるように蹲ってしまった。驚いたルキウスが追いついた時には、ラミーは胸を抑えて苦しそうに荒々しい呼吸をしており、足にも力が入らないのか、ガクガクと震えているようだ。怪我は回復させているとはいえ、ダメージは体に残っている。ましてや生来の無茶がきかないはずの身体で全力疾走をしたせいで、とうとう悲鳴が上がったのだろう。
「一体何を考えているんだ!こんな無茶なんてしてないで、みんなのところに」
「ダメだ!」
普段は穏やかなルキウスが声を荒げ、乱暴に彼女の肩をつかんだ。だがそれ以上の声を出してそれを遮ったラミーの眼は必死そのものだった。その剣幕に圧されて手を離すと、ラミーは胸を抑えたまま立ち上がった。
「行かなきゃ、ならないんだ…ロインのためにも!」
その様子はまるで自分を奮い立たせているようで、ルキウスは並ならぬ気迫を彼女から感じとった。しかし、ラミーの気持ちとは裏腹に身体は言うことをきいてくれない。滲み出る悔しさに奥歯を鳴らしたその時、重い体がふっと軽くなった。驚いて横を向けば、自分に肩を貸す少年の横顔が映った。
「ルキ」
「ワケを聞かせて。」
驚いているラミーの言葉を遮り、ルキウスは彼女を見ることなく口を開いた。有無を言わさない口調ではあったが、ラミーはその眼の色が先ほどまでとは異なることに気づいた。フッと口角を上げると、ラミーは静かに口を開いた。
「ロイン、一度退け!」
「できればやってる!!」
いまだ孤立無援の状況下にいるロイン。カイウスやティルキスは魔物の数を着実に減らしていき、幾度も彼のもとに向かおうとした。だがその度に剣だけではなかなか仕留めきれないボアや怪腕樹、そしてトレントといった大物が行く手に立ち塞がるのだ。そのうえ、スポットによるプリセプツ攻撃がまた厄介で、広範囲にわたるその攻撃が放たれるたびに彼らは逃げ回らなければならなかった。
「ベディーさん、獣化して戦えないの!?」
「くっ!それが、どうやら獣化の力まで封じられてるみたいなんだ!」
ティマの声に、ベディーは飛びかかってきた魔物を殴り飛ばしながら答えた。その後ろではアーリアやルビアも手持ちの杖でなんとか応戦しているものの、せいぜい時間稼ぎ程度にしかならない。このまま長期戦になると皆が覚悟したその時、戦いの中心地に旋風が発生した。その中心から現れたのは、ルキウスとラミーだ。
「ロイン!受け取れ!」
そして仲間達が驚くよりも早く、ラミーの手からロインに向かって何かが放り投げられた。放物線を描いて彼の手に収まったそれは、ロインが所持していたものよりも少し長く、細身のひと振りの剣だった。
「これは…!」
だが、それはただの剣ではなかった。赤茶の柄。刻まれている覚えのあるイニシャル。見間違えるはずがない。ロインの母・グレシアの形見の剣だった。