第15章 継がれゆく灯火 X
その翌日の朝。ロインらはホッポ遺跡に向かう準備を整え、宿屋の外で待っていた。あとはラミーと同室のアーリア、それにティルキスとルキウスが揃うのを待つだけだった。
「ラミーはどうだい?」
「まだ熱が下がらないわね。免疫力が弱っていて、そのせいで回復が遅いのかもしれないわね。」
彼女たちの部屋の前の廊下で、ティルキスの問いにアーリアは眉を下げながら答えた。意識はすでに戻っているが食欲がないらしく、外に連れ出すことはとてもできない状態だった。あの時、ラミーはここ最近で特に体調が良いと言っていた。そのせいで無茶ができてしまい、回復の遅れにつながってしまったのかもしれない。本当は彼女の回復を待ってから遺跡に向かいたいところだが、この調子ではいつになるかわからない。仕方ないが、彼女を置いて出発するしかないだろう。だが、リーサやトルドに任せたいところだが、彼らにも仕事がある。無理を頼むわけにもいかない。誰かが残ってラミーを看ている方がいいだろう。
「じゃあボクが」
「なら、このままわたしが残って彼女を看てるわ。」
そう思いルキウスが名乗りをあげようとした時、アーリアがその声を遮った。
「じゃあ頼むよ、アーリア。」
ティルキスもそれをあっさりと承諾し、ルキウスに行くぞ、と手招きしながら先にロインたちのもとへと行ってしまった。
「あとはわたしに任せて。ロインとカイウスたちを頼むわね、ルキウス。」
そしてその場から動こうとしないルキウスに、アーリアが微笑んで言う。ルキウスは彼女の言葉に少し驚いたような顔をし、そして肩の力が抜けたように柔らかい笑みを浮かべた。
「ありがとう。」
それから短く礼を言ってから、ロインたちのもとへと走っていった。
ケノンからホッポ遺跡までの道のりはそう長くはなかった。魔物からの襲撃がなければ、1時間半程度でたどり着けたのではないだろうかと思うほどだ。
「ふぅ。みんな、大丈夫か?」
「も、もう帰りたい…。」
だが魔物の襲撃があったためにやはりそれ以上の時間がかかってしまい、エルナの森を抜けて遺跡の目の前にたどり着いた時には、すでにティマがへとへとになっていた。
「やっぱり、ティマって体力ないのね。」
「わ、笑わないでよルビア。これでも、この旅でだいぶ体力ついた方なんだからね?」
ルビアも多少疲れているようだったが、ティマほどではないらしい。くすくすと笑っていられるだけまだ余裕があるようだ。
「本番はこれからだぞ。気を引き締めていけよ。」
そんな少女たちをティルキスが笑い飛ばし、先頭に立って遺跡へと足を踏み入れていった。ロインとティマ、そしてカイウスたちも後に続いて中に進んでいった。頑丈な石造りの外観だが、外からの明かりが遺跡の中に入ってくるため、真っ暗というほど暗がりではない。
「あ、こっちに松明があるぞ。」
それでも奥に進むと暗さは増していき、いささか進みにくいと思い始めたその時、ベディーが壁にかかっている松明に気がついた。早速それに火を灯して、さらに奥へと進もうと足を進めた時だった。
「なぁ、それ比較的新しくないか?」
その時、ロインがベディーのつかむ松明を指して言った。思わず「えっ?」と首を傾げて、仲間たちの視線が次々と松明に向けられる。
「確かに、この遺跡の物にしては新しいほうみたいね。」
「ひょっとして、ロインの父親が使ってたんじゃないか?」
ルビアがしげしげと見ながら言うと、ティルキスがもしかして、と楽しそうに言った。
「そういえばロイン。お前どうせ一人で家に帰って調べ物してたんだろ?遺跡について何かあったか?」
思い出したようにカイウスが尋ねた。あの時は結局、図書館と買い物とに分かれただけで、ロインが向かって行ったと思われる彼の家には誰も向かわなかったのだ。それはカイウスなりにロインに気を利かせたからで、彼の予想通りなら、ロインは誰にも邪魔されることなく父の研究の残りをじっくりと調べることができたはずだ。
「白晶岩の研究資料はあまり残っていなかった。あの時の慌ただしさの中でも、必要なものはきちんと持ち運んでいったみたいだ。」
「じゃあ何もなかったのか?」
「いや、遺跡の白晶岩については残ってた。」
先へと進みながら、ロインはいつもの淡々とした口調で答える。ドーチェがイーバオまで持っていったのは白晶岩についてのみの資料らしく、その研究に必要な周辺の情報はあの家に残されたままになっていたようだ。皆に話していると、ただ、と突然ロインは言葉を濁し出した。彼にしては珍しい様子に、フォレストが思わず問いかけた。
「どうかしたのか?」
「…実は、その中に白晶岩までの地図もあって、今持ってきてるんだが…。」
「そうなの!?それならそうと先に言ってよ!」
「それが、ところどころわけのわからない書き込みがあるんだ。」
「え、本当?」
「ちょっと見せて。」
彼の口から聞かされた予想していなかった持ち物の存在にティマが文句を言うが、ロインはそれよりも気になることがあったらしく、声にあまり覇気がない。ルビアやルキウスに催促され、ロインは荷物の中からそれを取り出し、仲間たちに広げて見せた。見た目は普通の地図のコピーのようだが、彼の言うとおり、丸やら斜線やらいろんな図形のようなものが書き込まれていた。
「本当だな。図書館で見つけた地図には、こんなのなかったぞ。なあ?」
ティルキスも地図を覗き込み、不思議そうに首を傾げた。彼と一緒に図書館に行っていたルビア、ルキウスも同様に頷く。
「あ、ここ!これって、ちょうど今いる辺りじゃない?」
ティマが言って指差した一点には、通路の真ん中にバツ印がつけられていた。
「本当だ。なんだろうな?」
「印がついてるのって、ちょうどこの辺だよな?」
言って、カイウスとベディーは松明で周囲を照らし、変わったものはないかと探りながら歩いていく。
「兄さん、気をつけて」
カチッ
ルキウスが警戒を促したちょうどその時、小さくスイッチの入った音がした。全員が「え?」と頭上に疑問符を浮かべ、音の聞こえた方―――カイウスの足元に視線を向けた。彼がおそるおそる足をどかしてみると、石が並べられて作られている床にまぎれて、小さく丸いボタンのようなものが見えた。直後、遺跡全体が揺れるほどの地響きが起きた。
「な、なに!?」
ティマは驚き、少し怯えた様子で手に武器を構えた。カイウスやティルキスら、そしてロインも通路の中央に集まって警戒する。地響きはなり止むどころか、どんどん大きくなってくる。そして次の瞬間、ドカンと一際大きな音を立てて巨大な岩が彼らめがけて転がってきた。
「うわあああああああああああああ!!!!」
もちろん、一斉に悲鳴が上がり、一行は必死の形相で逃げ出した。
「ななななにあれぇえええ!!?」
「どう見たってトラップだろうが!カイウスが起動させた!!」
「やっぱりオレなのかぁあああ!!??」
「カイウスの他に誰がいるってのよバカぁあああ!!!」
少年少女組が口々に叫ぶその後ろでは、ゴロゴロと岩が追いかけてきている。このまま逃げ続けても、いずれ追いつかれてぺしゃんこだ。
「あの横道に逃げ込め!!」
「! 待て!そっちにも確か書き込みが」
このままではまずいと考えていた矢先に横道を見つけ、フォレストが叫ぶ。しかしロインは焦って異を唱えた、が、もう遅い。仲間たちはすでになりふり構わずに通路へと逃げ込んでおり、ロインも仕方なく後に続いた。岩はそのまま進路を変えることなく、彼らから遠ざかっていった。それにホッとしたのも束の間。平行に続いていたはずの彼らの足元は、突如床そのものから傾いて、急激な斜面に変わった。
「うわああああああああああああああああ!!??」
そんなことを予測できるはずもない彼らは、そのまま為す術なく転がり落ちていった。
「ラミーはどうだい?」
「まだ熱が下がらないわね。免疫力が弱っていて、そのせいで回復が遅いのかもしれないわね。」
彼女たちの部屋の前の廊下で、ティルキスの問いにアーリアは眉を下げながら答えた。意識はすでに戻っているが食欲がないらしく、外に連れ出すことはとてもできない状態だった。あの時、ラミーはここ最近で特に体調が良いと言っていた。そのせいで無茶ができてしまい、回復の遅れにつながってしまったのかもしれない。本当は彼女の回復を待ってから遺跡に向かいたいところだが、この調子ではいつになるかわからない。仕方ないが、彼女を置いて出発するしかないだろう。だが、リーサやトルドに任せたいところだが、彼らにも仕事がある。無理を頼むわけにもいかない。誰かが残ってラミーを看ている方がいいだろう。
「じゃあボクが」
「なら、このままわたしが残って彼女を看てるわ。」
そう思いルキウスが名乗りをあげようとした時、アーリアがその声を遮った。
「じゃあ頼むよ、アーリア。」
ティルキスもそれをあっさりと承諾し、ルキウスに行くぞ、と手招きしながら先にロインたちのもとへと行ってしまった。
「あとはわたしに任せて。ロインとカイウスたちを頼むわね、ルキウス。」
そしてその場から動こうとしないルキウスに、アーリアが微笑んで言う。ルキウスは彼女の言葉に少し驚いたような顔をし、そして肩の力が抜けたように柔らかい笑みを浮かべた。
「ありがとう。」
それから短く礼を言ってから、ロインたちのもとへと走っていった。
ケノンからホッポ遺跡までの道のりはそう長くはなかった。魔物からの襲撃がなければ、1時間半程度でたどり着けたのではないだろうかと思うほどだ。
「ふぅ。みんな、大丈夫か?」
「も、もう帰りたい…。」
だが魔物の襲撃があったためにやはりそれ以上の時間がかかってしまい、エルナの森を抜けて遺跡の目の前にたどり着いた時には、すでにティマがへとへとになっていた。
「やっぱり、ティマって体力ないのね。」
「わ、笑わないでよルビア。これでも、この旅でだいぶ体力ついた方なんだからね?」
ルビアも多少疲れているようだったが、ティマほどではないらしい。くすくすと笑っていられるだけまだ余裕があるようだ。
「本番はこれからだぞ。気を引き締めていけよ。」
そんな少女たちをティルキスが笑い飛ばし、先頭に立って遺跡へと足を踏み入れていった。ロインとティマ、そしてカイウスたちも後に続いて中に進んでいった。頑丈な石造りの外観だが、外からの明かりが遺跡の中に入ってくるため、真っ暗というほど暗がりではない。
「あ、こっちに松明があるぞ。」
それでも奥に進むと暗さは増していき、いささか進みにくいと思い始めたその時、ベディーが壁にかかっている松明に気がついた。早速それに火を灯して、さらに奥へと進もうと足を進めた時だった。
「なぁ、それ比較的新しくないか?」
その時、ロインがベディーのつかむ松明を指して言った。思わず「えっ?」と首を傾げて、仲間たちの視線が次々と松明に向けられる。
「確かに、この遺跡の物にしては新しいほうみたいね。」
「ひょっとして、ロインの父親が使ってたんじゃないか?」
ルビアがしげしげと見ながら言うと、ティルキスがもしかして、と楽しそうに言った。
「そういえばロイン。お前どうせ一人で家に帰って調べ物してたんだろ?遺跡について何かあったか?」
思い出したようにカイウスが尋ねた。あの時は結局、図書館と買い物とに分かれただけで、ロインが向かって行ったと思われる彼の家には誰も向かわなかったのだ。それはカイウスなりにロインに気を利かせたからで、彼の予想通りなら、ロインは誰にも邪魔されることなく父の研究の残りをじっくりと調べることができたはずだ。
「白晶岩の研究資料はあまり残っていなかった。あの時の慌ただしさの中でも、必要なものはきちんと持ち運んでいったみたいだ。」
「じゃあ何もなかったのか?」
「いや、遺跡の白晶岩については残ってた。」
先へと進みながら、ロインはいつもの淡々とした口調で答える。ドーチェがイーバオまで持っていったのは白晶岩についてのみの資料らしく、その研究に必要な周辺の情報はあの家に残されたままになっていたようだ。皆に話していると、ただ、と突然ロインは言葉を濁し出した。彼にしては珍しい様子に、フォレストが思わず問いかけた。
「どうかしたのか?」
「…実は、その中に白晶岩までの地図もあって、今持ってきてるんだが…。」
「そうなの!?それならそうと先に言ってよ!」
「それが、ところどころわけのわからない書き込みがあるんだ。」
「え、本当?」
「ちょっと見せて。」
彼の口から聞かされた予想していなかった持ち物の存在にティマが文句を言うが、ロインはそれよりも気になることがあったらしく、声にあまり覇気がない。ルビアやルキウスに催促され、ロインは荷物の中からそれを取り出し、仲間たちに広げて見せた。見た目は普通の地図のコピーのようだが、彼の言うとおり、丸やら斜線やらいろんな図形のようなものが書き込まれていた。
「本当だな。図書館で見つけた地図には、こんなのなかったぞ。なあ?」
ティルキスも地図を覗き込み、不思議そうに首を傾げた。彼と一緒に図書館に行っていたルビア、ルキウスも同様に頷く。
「あ、ここ!これって、ちょうど今いる辺りじゃない?」
ティマが言って指差した一点には、通路の真ん中にバツ印がつけられていた。
「本当だ。なんだろうな?」
「印がついてるのって、ちょうどこの辺だよな?」
言って、カイウスとベディーは松明で周囲を照らし、変わったものはないかと探りながら歩いていく。
「兄さん、気をつけて」
カチッ
ルキウスが警戒を促したちょうどその時、小さくスイッチの入った音がした。全員が「え?」と頭上に疑問符を浮かべ、音の聞こえた方―――カイウスの足元に視線を向けた。彼がおそるおそる足をどかしてみると、石が並べられて作られている床にまぎれて、小さく丸いボタンのようなものが見えた。直後、遺跡全体が揺れるほどの地響きが起きた。
「な、なに!?」
ティマは驚き、少し怯えた様子で手に武器を構えた。カイウスやティルキスら、そしてロインも通路の中央に集まって警戒する。地響きはなり止むどころか、どんどん大きくなってくる。そして次の瞬間、ドカンと一際大きな音を立てて巨大な岩が彼らめがけて転がってきた。
「うわあああああああああああああ!!!!」
もちろん、一斉に悲鳴が上がり、一行は必死の形相で逃げ出した。
「ななななにあれぇえええ!!?」
「どう見たってトラップだろうが!カイウスが起動させた!!」
「やっぱりオレなのかぁあああ!!??」
「カイウスの他に誰がいるってのよバカぁあああ!!!」
少年少女組が口々に叫ぶその後ろでは、ゴロゴロと岩が追いかけてきている。このまま逃げ続けても、いずれ追いつかれてぺしゃんこだ。
「あの横道に逃げ込め!!」
「! 待て!そっちにも確か書き込みが」
このままではまずいと考えていた矢先に横道を見つけ、フォレストが叫ぶ。しかしロインは焦って異を唱えた、が、もう遅い。仲間たちはすでになりふり構わずに通路へと逃げ込んでおり、ロインも仕方なく後に続いた。岩はそのまま進路を変えることなく、彼らから遠ざかっていった。それにホッとしたのも束の間。平行に続いていたはずの彼らの足元は、突如床そのものから傾いて、急激な斜面に変わった。
「うわああああああああああああああああ!!??」
そんなことを予測できるはずもない彼らは、そのまま為す術なく転がり落ちていった。