第15章 継がれゆく灯火 Y
ドスンと大きな音を立て、埃が舞い上がる。乱雑に積み重なって倒れるロイン達は、ぐったりとした様子でうめいていた。
「いっててて…。おい、みんな、無事か?」
「うう、目が回ってるぅ…」
「無事は無事だが…」
「なんなのよ、この遺跡は…。」
「つ、潰れる…!」
口々に言いながら一人、また一人と立ち上がっていく。そして最後に立ち上がったカイウスが服についた汚れを払い終わるのを待ち、ロインはため息混じりに口を開いた。
「これで十分わかったな、あの地図の書き込みの正体。」
「ああ。侵入者避けのトラップなら、図書館の資料には載っていなくても納得だな。」
ベディーが頭を掻きながら言う。しかも地図を見る限り、目的地はトラップを抜けた先の安全な中央側ではなく、トラップにやられた侵入者達の末路がたどる場所にあるようだ。そのうえ、侵入者が地下から逃げ出すのを防ぐためなのか、地下へのルートにはトラップが待ち受けている。つまり、これから先もトラップを越えながら進まなければならないということだ。それを理解した瞬間、一行から重々しい吐息がこぼれた。
「ロインのお父さんって、本当に一般人なのか…?」
「たしかに。これはもう根性論とかのレベルじゃないぞ…。」
双子はひどくくたびれた様子で呟いた。というのも、あれからトラップだけでなく、グールやナイトゴーストといった魔物らまでが彼らに襲いかかってきたのだ。さすがにこの場所を住処としているだけあるのか、魔物らは運良くトラップに引っかかって自滅、なんてお粗末な真似はしてくれない。その上、幽霊の類がひどく苦手らしいティマはグールやスケルトンが現れる度に悲鳴をあげるし、トラップがあると警戒していたにも関わらず―――しかもなぜか決まってカイウス、ベディー、ティルキス、そしてルキウスの4人のうちの誰かによって―――トラップが起動され、その度に命辛々逃げ回るはめになるのだ。体力的な疲労よりも精神的な疲労が限界に近い。
「カイウスはなんとなくわかる気もするけど、ルキウスまでしょっちゅうトラップに引っかかるなんて、なんか意外だわ。」
「おいルビア、今さりげなく喧嘩売らなかったか?」
「あら、何かおかしいこと言ったかしら?」
「…あいつらはまだ元気そうだな。」
「うん…。」
にも関わらず、いつも通りの光景を展開させた2人に、ロインとティマは呆れたようにそれを眺める。一方でティルキスは呑気に笑っており、ベディーは肩をすくめていた。
「ルキウス、どうかしたのか?」
そんな中、フォレストは彼らから少し離れ、浮かない表情でいるルキウスに気がついた。彼は困ったように「ええ」と力なく返すと、フォレストだけに聞こえる程度の声でぼそぼそと話し出した。
「ボク、兄さん達と一緒に旅ができるってだけで嬉しくて、はしゃいでたんです。だけど、エルナの森じゃみんなを動揺させてしまうし、今も罠に引っかかって足を引っぱってしまうばかりで…。」
「自信をなくしたのか?」
「ええ、少し。」
2年前には、15歳という若さにも関わらず優秀な異端審問官として彼らの前に立ちはだかったルキウス。職務で各地に飛んだこともあり、旅に必要な知識、実力共に彼らの力に十分になれると自負していた。しかし、旅は仕事の遠征とは勝手が違い、ルキウスは自分と彼らとの間にある差を次々と突きつけられた気がして、やや落ち込んでいた。
「だからあの時、初め留守番する気でいたのか。」
と、そこへ彼の横から顔を出し、話の和に加わってきたティルキス。驚くルキウスを他所に、彼は手を顎にあてながら宿を出る直前のやり取りについて言及した。ルキウスは戸惑いながらも、目を伏せて頷く。いつの間にフォレストとの内緒のやり取りではなくなっていたのか、ロイン達までもがその和に加わっていた。そして目を伏せたままの弟の肩を、カイウスは軽い調子で叩いた。
「気にしすぎだぞ、ルキウス。」
「そうよ。カイウスだって、2年前の旅じゃお兄様やフォレストさんのお世話になりっぱなしだったんだから。」
「そんなこと!…ってまぁ、事実なんだけどさ。」
ルビアに言われ、照れくさそうに頬を掻くカイウス。その頃を思い出してか、ティルキスとフォレストは顔を見合わせて口角を上げていた。
「そういや、ティマは歩き疲れてよくへばってたな。…いや、今もか。」
「ちょっ!ひどいよ、ロイン!」
その横で、ロインはティマを見て呟く。ティマは顔を真っ赤にして抗議の声を上げ、その様子にベディーは思わず笑っていた。殺伐とした場所であるはずなのに、いつの間にかそこには笑いが満ちていた。その空気につられてか、思わずルキウスもくすっと笑みを浮かべていた。
「なっ?だからそんなこと気にしないでいこうぜ。」
カイウスはそれを見逃さず、笑って彼に言った。ルキウスはまだ吹っ切れていないようだったが、とりあえずは気を持ち直したのか、素直に頷き、兄に微笑んでみせた。その様子に仲間たちは顔を見合わせ、ホッとしたように笑い合った。そんな中ロインだけは瞳を細め、それに、と声のトーンを落とした。
「気が抜けないのは、これからだ。」
ロインは険しい顔つきで通路の先を見つめた。地図を見る限り、あと数回角を曲がった先に目的の白晶岩があるはず。そしてその特性上、魔物が群れで襲いかかってくる可能性が高い。幸いこの先に書き込みはなかったから、ここからは魔物だけに注意を向けられる。ロインの言葉に一行は気合を入れ直し、警戒しながらも急いで先に進んだ。そして3度目の角を曲がった瞬間、一行は思わず息を呑んだ。視界に飛び込んできたソレは、彼らの想像を超えた美しさを放っていた。
「これが、白晶岩…?」
「間違いない。バオイの丘でみたやつと同じだ。」
確かめるように尋ねるティマに、ロインは確信を持って答えた。白晶岩を見たことのあるもう一人の彼―――カイウスも、ロインと同じ目で白く淡い光を放つそれを見ている。
「確かに、不思議な魔力があるって感じね。こう、魔法の類じゃなくて、人を惹きつけるような…。」
「ティマリア、どうだ?何か感じるか?」
その隣で、まるで光に誘惑されているようにルビアはぼんやりと呟く。もう一人の少女は彼女と対照的に、まっすぐ白晶岩を見据え、一歩、また一歩と歩み寄っていく。そんな彼女に、ベディーは少しの期待と緊張を含む表情で尋ねた。しかし、ティマは首を横に振った。
「わからない。…でも」
「でも?」
「…なんでだろう。知っていた気がするの。この岩、前に私を…」
ぽつりぽつりと、まるで奥底にしまわれた記憶を探るように言葉を発していくティマ。するとその時、彼女の声に反応するように白晶岩の放つ光が強くなり始めた。だが逆に、ティマの瞳からは徐々に光が失われていく。
―――まずい!
「ティマ、しっかりしろ!白晶岩に飲み込まれるぞ!」
事に気づいたロインは咄嗟に白晶岩とティマの間に入り、彼女の身体を強く揺さぶった。するとティマは我に返ったのか、ハッと瞳が見開かれた。
「あれ?私、どうしたの?」
そして何も覚えていないのか、彼女はキョトンとロインを見ている。その様子にひとまず安堵したものの、ロインは苛立ったように舌打ちした。
「…白き星の民の力ってのも厄介だな。油断すれば逆にこっちが取り込まれるなんて。」
「え?」
「なんでもない。いいから気を張ってろ。」
「う、うん?」
思わず口からこぼれた言葉は、すぐそこにいるティマにもよく聞こえなかったらしい。だがロインはそれをいいことに、彼女の頭を小突いて手を離した。ティマもよくわからないと首を傾げながらも、それに頷いた。
「いっててて…。おい、みんな、無事か?」
「うう、目が回ってるぅ…」
「無事は無事だが…」
「なんなのよ、この遺跡は…。」
「つ、潰れる…!」
口々に言いながら一人、また一人と立ち上がっていく。そして最後に立ち上がったカイウスが服についた汚れを払い終わるのを待ち、ロインはため息混じりに口を開いた。
「これで十分わかったな、あの地図の書き込みの正体。」
「ああ。侵入者避けのトラップなら、図書館の資料には載っていなくても納得だな。」
ベディーが頭を掻きながら言う。しかも地図を見る限り、目的地はトラップを抜けた先の安全な中央側ではなく、トラップにやられた侵入者達の末路がたどる場所にあるようだ。そのうえ、侵入者が地下から逃げ出すのを防ぐためなのか、地下へのルートにはトラップが待ち受けている。つまり、これから先もトラップを越えながら進まなければならないということだ。それを理解した瞬間、一行から重々しい吐息がこぼれた。
「ロインのお父さんって、本当に一般人なのか…?」
「たしかに。これはもう根性論とかのレベルじゃないぞ…。」
双子はひどくくたびれた様子で呟いた。というのも、あれからトラップだけでなく、グールやナイトゴーストといった魔物らまでが彼らに襲いかかってきたのだ。さすがにこの場所を住処としているだけあるのか、魔物らは運良くトラップに引っかかって自滅、なんてお粗末な真似はしてくれない。その上、幽霊の類がひどく苦手らしいティマはグールやスケルトンが現れる度に悲鳴をあげるし、トラップがあると警戒していたにも関わらず―――しかもなぜか決まってカイウス、ベディー、ティルキス、そしてルキウスの4人のうちの誰かによって―――トラップが起動され、その度に命辛々逃げ回るはめになるのだ。体力的な疲労よりも精神的な疲労が限界に近い。
「カイウスはなんとなくわかる気もするけど、ルキウスまでしょっちゅうトラップに引っかかるなんて、なんか意外だわ。」
「おいルビア、今さりげなく喧嘩売らなかったか?」
「あら、何かおかしいこと言ったかしら?」
「…あいつらはまだ元気そうだな。」
「うん…。」
にも関わらず、いつも通りの光景を展開させた2人に、ロインとティマは呆れたようにそれを眺める。一方でティルキスは呑気に笑っており、ベディーは肩をすくめていた。
「ルキウス、どうかしたのか?」
そんな中、フォレストは彼らから少し離れ、浮かない表情でいるルキウスに気がついた。彼は困ったように「ええ」と力なく返すと、フォレストだけに聞こえる程度の声でぼそぼそと話し出した。
「ボク、兄さん達と一緒に旅ができるってだけで嬉しくて、はしゃいでたんです。だけど、エルナの森じゃみんなを動揺させてしまうし、今も罠に引っかかって足を引っぱってしまうばかりで…。」
「自信をなくしたのか?」
「ええ、少し。」
2年前には、15歳という若さにも関わらず優秀な異端審問官として彼らの前に立ちはだかったルキウス。職務で各地に飛んだこともあり、旅に必要な知識、実力共に彼らの力に十分になれると自負していた。しかし、旅は仕事の遠征とは勝手が違い、ルキウスは自分と彼らとの間にある差を次々と突きつけられた気がして、やや落ち込んでいた。
「だからあの時、初め留守番する気でいたのか。」
と、そこへ彼の横から顔を出し、話の和に加わってきたティルキス。驚くルキウスを他所に、彼は手を顎にあてながら宿を出る直前のやり取りについて言及した。ルキウスは戸惑いながらも、目を伏せて頷く。いつの間にフォレストとの内緒のやり取りではなくなっていたのか、ロイン達までもがその和に加わっていた。そして目を伏せたままの弟の肩を、カイウスは軽い調子で叩いた。
「気にしすぎだぞ、ルキウス。」
「そうよ。カイウスだって、2年前の旅じゃお兄様やフォレストさんのお世話になりっぱなしだったんだから。」
「そんなこと!…ってまぁ、事実なんだけどさ。」
ルビアに言われ、照れくさそうに頬を掻くカイウス。その頃を思い出してか、ティルキスとフォレストは顔を見合わせて口角を上げていた。
「そういや、ティマは歩き疲れてよくへばってたな。…いや、今もか。」
「ちょっ!ひどいよ、ロイン!」
その横で、ロインはティマを見て呟く。ティマは顔を真っ赤にして抗議の声を上げ、その様子にベディーは思わず笑っていた。殺伐とした場所であるはずなのに、いつの間にかそこには笑いが満ちていた。その空気につられてか、思わずルキウスもくすっと笑みを浮かべていた。
「なっ?だからそんなこと気にしないでいこうぜ。」
カイウスはそれを見逃さず、笑って彼に言った。ルキウスはまだ吹っ切れていないようだったが、とりあえずは気を持ち直したのか、素直に頷き、兄に微笑んでみせた。その様子に仲間たちは顔を見合わせ、ホッとしたように笑い合った。そんな中ロインだけは瞳を細め、それに、と声のトーンを落とした。
「気が抜けないのは、これからだ。」
ロインは険しい顔つきで通路の先を見つめた。地図を見る限り、あと数回角を曲がった先に目的の白晶岩があるはず。そしてその特性上、魔物が群れで襲いかかってくる可能性が高い。幸いこの先に書き込みはなかったから、ここからは魔物だけに注意を向けられる。ロインの言葉に一行は気合を入れ直し、警戒しながらも急いで先に進んだ。そして3度目の角を曲がった瞬間、一行は思わず息を呑んだ。視界に飛び込んできたソレは、彼らの想像を超えた美しさを放っていた。
「これが、白晶岩…?」
「間違いない。バオイの丘でみたやつと同じだ。」
確かめるように尋ねるティマに、ロインは確信を持って答えた。白晶岩を見たことのあるもう一人の彼―――カイウスも、ロインと同じ目で白く淡い光を放つそれを見ている。
「確かに、不思議な魔力があるって感じね。こう、魔法の類じゃなくて、人を惹きつけるような…。」
「ティマリア、どうだ?何か感じるか?」
その隣で、まるで光に誘惑されているようにルビアはぼんやりと呟く。もう一人の少女は彼女と対照的に、まっすぐ白晶岩を見据え、一歩、また一歩と歩み寄っていく。そんな彼女に、ベディーは少しの期待と緊張を含む表情で尋ねた。しかし、ティマは首を横に振った。
「わからない。…でも」
「でも?」
「…なんでだろう。知っていた気がするの。この岩、前に私を…」
ぽつりぽつりと、まるで奥底にしまわれた記憶を探るように言葉を発していくティマ。するとその時、彼女の声に反応するように白晶岩の放つ光が強くなり始めた。だが逆に、ティマの瞳からは徐々に光が失われていく。
―――まずい!
「ティマ、しっかりしろ!白晶岩に飲み込まれるぞ!」
事に気づいたロインは咄嗟に白晶岩とティマの間に入り、彼女の身体を強く揺さぶった。するとティマは我に返ったのか、ハッと瞳が見開かれた。
「あれ?私、どうしたの?」
そして何も覚えていないのか、彼女はキョトンとロインを見ている。その様子にひとまず安堵したものの、ロインは苛立ったように舌打ちした。
「…白き星の民の力ってのも厄介だな。油断すれば逆にこっちが取り込まれるなんて。」
「え?」
「なんでもない。いいから気を張ってろ。」
「う、うん?」
思わず口からこぼれた言葉は、すぐそこにいるティマにもよく聞こえなかったらしい。だがロインはそれをいいことに、彼女の頭を小突いて手を離した。ティマもよくわからないと首を傾げながらも、それに頷いた。
■作者メッセージ
おまけスキット
【適材適所…?】
ロイン「ティマ。さっきカイウスが、図書館組と買い物組に分かれて行動してた、って言ったよな?」
ティマ「うん。」
ロイン「それ、どうやって分かれたんだ?」
ティマ「えっと、まず私とルビアがそれぞれの案内役ってことで分かれて、今回はグミとか必要な食料とかまとめてそろえちゃおうってことでフォレストさんが買い物の荷物持ちにまず決まったの。」
ロイン「なるほどな。」
ティマ「で、そのあとは『学がないから』ってカイウスとベディーさんも買い物担当になって、残りの皆が図書館担当に。」
ロイン「…なんだ、その決め方。」
ティマ「あはは…(汗)まあ、仕方ないよ。カイウスは勉強苦手だから図書館行かないって言うし、ベディーさんもこれまでがこれまでだから書物とか苦手らしかったし。」
ロイン「ベディーはともかく、カイウスはどうなんだよ。少しは弟でも見習ったらどうなんだ?」
ティマ「あ、あははは…。」
【適材適所…?】
ロイン「ティマ。さっきカイウスが、図書館組と買い物組に分かれて行動してた、って言ったよな?」
ティマ「うん。」
ロイン「それ、どうやって分かれたんだ?」
ティマ「えっと、まず私とルビアがそれぞれの案内役ってことで分かれて、今回はグミとか必要な食料とかまとめてそろえちゃおうってことでフォレストさんが買い物の荷物持ちにまず決まったの。」
ロイン「なるほどな。」
ティマ「で、そのあとは『学がないから』ってカイウスとベディーさんも買い物担当になって、残りの皆が図書館担当に。」
ロイン「…なんだ、その決め方。」
ティマ「あはは…(汗)まあ、仕方ないよ。カイウスは勉強苦手だから図書館行かないって言うし、ベディーさんもこれまでがこれまでだから書物とか苦手らしかったし。」
ロイン「ベディーはともかく、カイウスはどうなんだよ。少しは弟でも見習ったらどうなんだ?」
ティマ「あ、あははは…。」