第15章 継がれゆく灯火 Z
その時だ。
「ッ!そうだった!」
白晶岩が再び光を放ち始め、それを見たロインはまた重要なことを思い出した。今度の光り方は、まるで呼吸をするようにゆっくりと点滅したもの。そして光が収まると、かわりにこちらに向かってくる大量の魔物の気配が感じられた。
「なんだ!?」
「何って、ティマの白き星の民の力が呼び水になったんだよ!来るぞ!」
その異常な数の足音に、滅多に変わることのないフォレストの表情が驚愕で満ちる。対して、ロインは叱咤するように言葉を放った。そして言うとおり、数分もしないうちに魔物の大群が広間に押し寄せてきた。
「ねえ。こいつら、あたし達には目もくれず…なんてことになってくれたりしないかしら?」
「期待しない方がいいだろうな。バオイの丘の時は見境なかったぞ。」
オスルカ山の洞窟では、彼らに目もくれずに魔物たちは通り過ぎていった。あの時のことを思い出したルビアは一縷の期待を込めて言ってみるが、それはカイウスによってすぐに否定されてしまった。いくらこれからの戦いに必要な力のためとはいえ、伴う危険はあまりにも大きい。だが、そんなことはティマの能力の正体が知れた時から覚悟していたことだ。
「さて、とっとと片付けるとするか。」
「ああ。行くぜ!」
言い切る前に、ベディーとティルキスが先陣を切った。続いて前衛陣が地を蹴り、魔物らは咆哮した。
「ティマ、やれる?」
「も、もちろん…!」
「…そんな固まりながら言われてもねえ…。」
その後ろで戦闘態勢を整えながら、ルビアはティマへと確認するように尋ねた。先ほどのやり取りを見る限り、ティマは白晶岩の持つ魔力を自覚できていない状態だ。だがルビアの考えとは異なって、ティマはそちらの心配よりも、むしろ目の前の群衆の半分を占めるアンデットらの存在に震えていた。思わず脱力してしまう彼女の様子に、ルビアは別の意味で安堵を覚えていた。
「ルビア、先手必勝だ!」
「任せて!ディープミスト!」
「みんな、行くよ!アグリゲットシャープ!」
そして気合を入れなおすと、ルビアはルキウスの号令に合わせて共に補助のプリセプツを発動させた。その効果で更に力を増したロインらは、その勢いに任せて敵を討つ。その後ろに控えている魔物たちは、ルビアがかけた霧によって視界を奪われ、戸惑うあまりか動きが鈍い。
「三散華!くらえっ!飛燕雷脚!」
「みんな、巻き込まれるなよ!ビショップスリング!」
その隙を颯爽と駆け抜け、鎌鼬の如く敵を蹴散らしていくベディー。彼と共に最前線を行くティルキスはまるで対照的で、大剣を水平に振り回す回転斬りで敵を吹き飛ばしていく様は台風のよう。
「チッ!雑魚ばかり…邪魔だ!」
煩わしいとばかりに剣を振るうロイン。いくら大群で向かってこようとも、ロインやカイウス、そしてティルキス達の前では、彼らにとって無駄な時間を過ごさせるほどの意味にしかならない。そう思っていた、まさにその時だった。
「ッ! なんだ!?」
魔物らを包む空気が、突然変わった。それにロインらが警戒する中、ゾンビやリターナー、スケルトンウォーリアといった禍々しい容貌の魔物らが一箇所に集まりだした。何が始まるのかと目を凝らしていると、彼らを包む吐き気がするような空気が、徐々にその質を変えていった。そして、目の前の光景も。
「き、きゃああああああああ!!」
積み重なり合い、その肉体を崩し、また結びついていく。そうして出来上がっていったのは、十分に高い天井にすら収まりきらない図体の化物だ。顔はのっぺらぼうで裂けるほどに大きい口しかない。だが代わりに、身体のあちこちからは融合した魔物の名残か、絶望を表す目が、口が、表情が浮かび上がっている。ただでさえ苦手なアンデットが強大な魔物に変貌してこちらに襲いかからんとする様は、ティマにとって恐怖以外の何者でもない。これまでも十分に怯えていたことに違いないが、まるで比ではない。パニックで悲鳴をあげ、ぶんぶんと無我夢中で頭を振り、手当たり次第に武器を振り回し出してしまった。慌ててそばにいたルキウスが取り押さえようとするも、リーチの長いその武器がアダとなってうかつに近づけない。
「ティマ、落ち着いて!」
「ちっ!カイウス、一旦任せた!」
「お、おい!」
「さすがにあれでは仕方ないだろ。」
「図体がでかくなっただけだろ?俺らだけで十分だって!」
そのため、ロインは一時戦線から離れてティマのもとへ向かった。後を任されたカイウスは一瞬戸惑うも、フォレストとティルキスの言葉にすぐに集中を取り戻す。そして一度深呼吸し、剣を握り直した。
「いやぁ、いやああああああああ!!」
「くっ!落ち着け、ティマ!」
その後ろで、ティマはパニックに陥ったままだった。ルビアとルキウスはすでに彼女をロインに任せ、カイウスらの加勢に出向いている。今彼女と向き合っているのは、デタラメに振り回される槍をかわしながらなだめようと奮闘するロインだけだ。しかし、遠巻きから声をかけるだけでは足りないらしい。ロインは舌打ちをすると、攻撃をかわして彼女の懐に飛び込み、その両腕を掴んだ。
「落ち着けって…」
そして
「言ってんだろうが!!」
「うぎゃっ!!!??」
そのまま彼女に頭突きを食らわせた。
「いったぁああい!!なにするのよ!!」
「目覚めたか?ったく…。」
なんとも情けない悲鳴をあげて抗議するティマは、すでにいつもどおりの彼女だった。ロインはぶつけた額をさすりながら、面倒だと言わんばかりのため息を吐く。その時だ。
「ぐぁああっ!」
「! ベディーさん!?」
「見るな!」
ベディーの悲鳴が聞こえ、ティマは反射的にそちらに目を向けようとした。だが、その前にロインが立ちはだかり、彼女の顔を自身の胸元に押し付けた。
「な、ななな、何!?」
突然のことにティマは混乱しそうになりながらもロインから離れようと彼の腕の中でもがく。だがロインは自分だけベディーの方へ視線を向けながらも、さらに力を込めて彼女の抵抗を押さえつけた。どうやら彼が敵の攻撃で吹き飛ばされたようだと認識し、そしてそれだけではない状況の悪さに舌打ちする。だがティマにはそれを見せることなく、そして彼女の顔を見ることなく、低い声で言った。
「覚悟も決まってねぇ状態でアイツを見るな。…またパニック起こすようなら、今度は気絶させる。」
「う、うん。ごめん…。」
ベディーがいる場所――――すなわち戦闘の前線には、ティマにとって恐怖の対象であるアンデットの塊となった化物がいる。そちらに視線を向ければ、必然的にあの怪物も視界に入れることになる。どうやら今のロインの行動は、再び彼女が取り乱すはめになるのを防ぐためのようだ。悟ったティマは素直に大人しくなり、そのまま深呼吸をした。
「…よし。」
「行けるか?」
「うん。でも慣れるまで、もう少し後ろにいさせて。」
「…ああ。」
短いやり取りの後、ロインは一度ぐっと力を込めてからティマを解放した。
「! みんな!!」
そして意を決して見開いた赤茶の瞳に飛び込んできた光景に、ティマは息を呑んだ。彼女が戦線から離れていたのは、そう長い時間ではなかったはずだ。それなのに、あの怪物を前に、カイウス達は膝をつき、苦しそうに顔を歪めて倒れている。
「近づいちゃダメ!」
思わず駆け寄ろうとした彼女を制したのは、怪物と距離を保ちながらも険しい表情で立つルビアだ。彼女から少し離れたところでは、ルキウスが今にもカイウスらに襲いかかろうとする怪物に向かってプリセプツを放っている。それは迎撃というより、魔物の攻撃から動けずにいる兄たちを守るためのものだった。
「ッ!そうだった!」
白晶岩が再び光を放ち始め、それを見たロインはまた重要なことを思い出した。今度の光り方は、まるで呼吸をするようにゆっくりと点滅したもの。そして光が収まると、かわりにこちらに向かってくる大量の魔物の気配が感じられた。
「なんだ!?」
「何って、ティマの白き星の民の力が呼び水になったんだよ!来るぞ!」
その異常な数の足音に、滅多に変わることのないフォレストの表情が驚愕で満ちる。対して、ロインは叱咤するように言葉を放った。そして言うとおり、数分もしないうちに魔物の大群が広間に押し寄せてきた。
「ねえ。こいつら、あたし達には目もくれず…なんてことになってくれたりしないかしら?」
「期待しない方がいいだろうな。バオイの丘の時は見境なかったぞ。」
オスルカ山の洞窟では、彼らに目もくれずに魔物たちは通り過ぎていった。あの時のことを思い出したルビアは一縷の期待を込めて言ってみるが、それはカイウスによってすぐに否定されてしまった。いくらこれからの戦いに必要な力のためとはいえ、伴う危険はあまりにも大きい。だが、そんなことはティマの能力の正体が知れた時から覚悟していたことだ。
「さて、とっとと片付けるとするか。」
「ああ。行くぜ!」
言い切る前に、ベディーとティルキスが先陣を切った。続いて前衛陣が地を蹴り、魔物らは咆哮した。
「ティマ、やれる?」
「も、もちろん…!」
「…そんな固まりながら言われてもねえ…。」
その後ろで戦闘態勢を整えながら、ルビアはティマへと確認するように尋ねた。先ほどのやり取りを見る限り、ティマは白晶岩の持つ魔力を自覚できていない状態だ。だがルビアの考えとは異なって、ティマはそちらの心配よりも、むしろ目の前の群衆の半分を占めるアンデットらの存在に震えていた。思わず脱力してしまう彼女の様子に、ルビアは別の意味で安堵を覚えていた。
「ルビア、先手必勝だ!」
「任せて!ディープミスト!」
「みんな、行くよ!アグリゲットシャープ!」
そして気合を入れなおすと、ルビアはルキウスの号令に合わせて共に補助のプリセプツを発動させた。その効果で更に力を増したロインらは、その勢いに任せて敵を討つ。その後ろに控えている魔物たちは、ルビアがかけた霧によって視界を奪われ、戸惑うあまりか動きが鈍い。
「三散華!くらえっ!飛燕雷脚!」
「みんな、巻き込まれるなよ!ビショップスリング!」
その隙を颯爽と駆け抜け、鎌鼬の如く敵を蹴散らしていくベディー。彼と共に最前線を行くティルキスはまるで対照的で、大剣を水平に振り回す回転斬りで敵を吹き飛ばしていく様は台風のよう。
「チッ!雑魚ばかり…邪魔だ!」
煩わしいとばかりに剣を振るうロイン。いくら大群で向かってこようとも、ロインやカイウス、そしてティルキス達の前では、彼らにとって無駄な時間を過ごさせるほどの意味にしかならない。そう思っていた、まさにその時だった。
「ッ! なんだ!?」
魔物らを包む空気が、突然変わった。それにロインらが警戒する中、ゾンビやリターナー、スケルトンウォーリアといった禍々しい容貌の魔物らが一箇所に集まりだした。何が始まるのかと目を凝らしていると、彼らを包む吐き気がするような空気が、徐々にその質を変えていった。そして、目の前の光景も。
「き、きゃああああああああ!!」
積み重なり合い、その肉体を崩し、また結びついていく。そうして出来上がっていったのは、十分に高い天井にすら収まりきらない図体の化物だ。顔はのっぺらぼうで裂けるほどに大きい口しかない。だが代わりに、身体のあちこちからは融合した魔物の名残か、絶望を表す目が、口が、表情が浮かび上がっている。ただでさえ苦手なアンデットが強大な魔物に変貌してこちらに襲いかからんとする様は、ティマにとって恐怖以外の何者でもない。これまでも十分に怯えていたことに違いないが、まるで比ではない。パニックで悲鳴をあげ、ぶんぶんと無我夢中で頭を振り、手当たり次第に武器を振り回し出してしまった。慌ててそばにいたルキウスが取り押さえようとするも、リーチの長いその武器がアダとなってうかつに近づけない。
「ティマ、落ち着いて!」
「ちっ!カイウス、一旦任せた!」
「お、おい!」
「さすがにあれでは仕方ないだろ。」
「図体がでかくなっただけだろ?俺らだけで十分だって!」
そのため、ロインは一時戦線から離れてティマのもとへ向かった。後を任されたカイウスは一瞬戸惑うも、フォレストとティルキスの言葉にすぐに集中を取り戻す。そして一度深呼吸し、剣を握り直した。
「いやぁ、いやああああああああ!!」
「くっ!落ち着け、ティマ!」
その後ろで、ティマはパニックに陥ったままだった。ルビアとルキウスはすでに彼女をロインに任せ、カイウスらの加勢に出向いている。今彼女と向き合っているのは、デタラメに振り回される槍をかわしながらなだめようと奮闘するロインだけだ。しかし、遠巻きから声をかけるだけでは足りないらしい。ロインは舌打ちをすると、攻撃をかわして彼女の懐に飛び込み、その両腕を掴んだ。
「落ち着けって…」
そして
「言ってんだろうが!!」
「うぎゃっ!!!??」
そのまま彼女に頭突きを食らわせた。
「いったぁああい!!なにするのよ!!」
「目覚めたか?ったく…。」
なんとも情けない悲鳴をあげて抗議するティマは、すでにいつもどおりの彼女だった。ロインはぶつけた額をさすりながら、面倒だと言わんばかりのため息を吐く。その時だ。
「ぐぁああっ!」
「! ベディーさん!?」
「見るな!」
ベディーの悲鳴が聞こえ、ティマは反射的にそちらに目を向けようとした。だが、その前にロインが立ちはだかり、彼女の顔を自身の胸元に押し付けた。
「な、ななな、何!?」
突然のことにティマは混乱しそうになりながらもロインから離れようと彼の腕の中でもがく。だがロインは自分だけベディーの方へ視線を向けながらも、さらに力を込めて彼女の抵抗を押さえつけた。どうやら彼が敵の攻撃で吹き飛ばされたようだと認識し、そしてそれだけではない状況の悪さに舌打ちする。だがティマにはそれを見せることなく、そして彼女の顔を見ることなく、低い声で言った。
「覚悟も決まってねぇ状態でアイツを見るな。…またパニック起こすようなら、今度は気絶させる。」
「う、うん。ごめん…。」
ベディーがいる場所――――すなわち戦闘の前線には、ティマにとって恐怖の対象であるアンデットの塊となった化物がいる。そちらに視線を向ければ、必然的にあの怪物も視界に入れることになる。どうやら今のロインの行動は、再び彼女が取り乱すはめになるのを防ぐためのようだ。悟ったティマは素直に大人しくなり、そのまま深呼吸をした。
「…よし。」
「行けるか?」
「うん。でも慣れるまで、もう少し後ろにいさせて。」
「…ああ。」
短いやり取りの後、ロインは一度ぐっと力を込めてからティマを解放した。
「! みんな!!」
そして意を決して見開いた赤茶の瞳に飛び込んできた光景に、ティマは息を呑んだ。彼女が戦線から離れていたのは、そう長い時間ではなかったはずだ。それなのに、あの怪物を前に、カイウス達は膝をつき、苦しそうに顔を歪めて倒れている。
「近づいちゃダメ!」
思わず駆け寄ろうとした彼女を制したのは、怪物と距離を保ちながらも険しい表情で立つルビアだ。彼女から少し離れたところでは、ルキウスが今にもカイウスらに襲いかかろうとする怪物に向かってプリセプツを放っている。それは迎撃というより、魔物の攻撃から動けずにいる兄たちを守るためのものだった。